第47話 光の巨塔

「琴乃!」


 観覧車のような巨大なジェネレーターの頂上。

 そこからのビーム攻撃で私に加勢してくれたのは、月舘つきだて琴乃ことのだった。

 重火器のような魔法武器を太いコードで魔力ジェネレーターに繋ぎ合わせ、そこからエネルギーを吸い取ってビームの威力へと転換する。

 その凄まじい紫光は敵を護衛する死神を一掃し、私に反撃の機会を与えてくれた。


「小夜子ちゃんは、殺させない!」

「琴乃ォォォォッ! 貴様ァァァァァッ!」


 蠅の王ベルゼブブが琴乃を睨み、巨大な口を開けて吠えた。


「所詮、人間は敵か! 今から貴様を殺してやる! そこを動くなァッ!」

「ううっ……!」


 琴乃は蠅の王ベルゼブブに命令されると、まるで何かに操られたかのように直立し、そのまま頂上で動かなくなった。彼女の魔法武器は砂のように消えていく。彼女は目だけを開かせ、私たちの方向を見つめていた。

 おそらく、これが『皇蜂の紋章』の効果なのだろう。自分の考えたままに仲間を操れる本来の力を発揮している。


 そして、蠅の王ベルゼブブは再び胸部のビーム発射口を開き、魔法粒子攻撃の準備を整えた。射線上にいるのは動かないままの琴乃。自分を裏切った彼女を消すつもりだ。


「琴乃、逃げて!」

「ダメ……できない。それよりも蠅の王ベルゼブブを……」


 私は彼女に向かって叫んだ。しかし、私の願いが通じることはなく、彼女は一歩も動くことができずにいた。


「でも、琴乃が!」

「私のことを心配してくれてありがとう、小夜子ちゃん」


 琴乃が私に優しく微笑む。


 そして――


 キュオオオオオオン!


 直径数十メートルにもなる巨大粒子ビーム。

 それが騎兵トルーパーの胸部から発射された。琴乃がいたジェネレーターを飲み込み、光の筋となって夜空を走る。どこまでも長く伸びていた。


「琴乃……!」


 琴乃が死んだ。

 私の思考は真っ白になる。目の前に敵がいることも忘れて。


「フハハハハッ! 見たかァ! これが裏切り者の末路だァッ!」


 敵の高らかな笑いが耳に障る。

 彼女は一度敵になったけど、また親友に戻れるかもしれないって思ってたのに。


 そのとき――


「いや、琴乃は大丈夫だ」

「え?」


 すぐ隣から男の声がした。


 気が付けば、自分の横に誰かが立っている。

 黒いコートのような甲殻。鋭い目つき。白いエプロン。


 間違いない。

 この人は、かつて私と対峙した――


「ビームが当たる直前、僕が琴乃を引っ張って移動させた。今は『皇蜂の紋章』が効かないよう気絶させて物陰に潜ませている」

とおる……どうして?」


 琴乃とともに活動していた透という男。

 彼が今、ここにいる。


「お前の連れだった妖精と色々あってな」

「ハワドのこと?」

「そんなこと、今はどうだっていい。さっさと一緒にあのデカブツを倒すぞ」


 透は自身の魔法武器である刀を手の中に作り出し、蠅の王ベルゼブブへ刃を向けた。

 どうやら彼も騎兵トルーパー討伐に協力してくれるらしい。


「そうね。あなたが味方してくれるなら心強いわ」


 私も斬羽ザンザーラの刃を漆黒の巨躯へ向ける。


「透ゥゥゥ! 貴様もワタシを裏切るのかッ!?」

「お前には目の前で仲間を殺された挙句、無断で脳改造された恨みがあるからな。あいつらのかたき、取らせてもらう」


 圧倒的に不利な状況だったが、彼となら乗り越えられる気がする。

 強力な仲間の誕生に、思わず笑みが零れた。


「おい、巨乳女。騎兵トルーパーへ脳が移植された位置は分かっているか?」

「ええ、頭部の中央辺りだったかしら」

「そこに攻撃を集中してヤツの脳を破壊する。再び死神の集団が来るまで時間がない。せっかく琴乃が作ってくれたチャンスだ。一気に片付けるぞ」

「分かってる」


 死神の群れは地平線の彼方にもまだ残っている。彼らは蠅の王ベルゼブブの下に向かって来ており、合流すれば先程の状態に逆戻りだ。肉壁を作られ、攻撃が通りにくくなってしまう。

 そうなる前に、決着をつけなければ。


「行くぞ」

「ええ!」


 私と透は同時に走り出した。

 目の前にいる強敵に向かって。


「おのれェェーッ! 貴様らぁぁあッ!」


 キュオオオオオオン!


 敵から放たれる無数の粒子ビーム。

 透はそれを驚異的な身体能力で回避し、一気に距離を詰めていく。騎兵の脚を駆け上がり、ビームの発射口に透の魔法武器である刀を突き立てる。粒子をうまく発散できなくなった発射口はエネルギーが充満し、内部で爆発を引き起こした。


「ぐおおおおっ!?」


 騎兵トルーパーの姿勢が崩れる。爆発したのは脚部分だ。覆っていた反魔法甲殻アンチ・マジック・クラストが吹き飛び、内部構造が露出していた。


「まだだァッ! まだワタシの力はこんなものじゃない!」


 装甲の隙間から何本もの隠し腕が出現する。鋭利な爪を装備した巨大な手。それが透の体を追いかけ、彼を拘束しようとした。


「それはさせない!」


 私は残っていた斬羽ザンザーラを彼らの元に向かわせた。

 黒い刃は隠し腕の装甲が薄い関節を次々と切り落とす。


「くそおおおっ! 貴様ァァァ!」


 再び開かれる胸部のビーム発射口。体の表面にあるものより一回り大きなそれは、直径何十メートルにもなる高威力のビームを生み出す。

 蠅の王ベルゼブブはそれを四方八方に放ち、私たちを巻き込もうとする。『下手な鉄砲も数撃てば当たる』作戦だ。


「跪けえええッ! 塵となれええええッ! 人間は消滅シろオオオッ!」

「そんな攻撃、弱点を晒すようなものでしょ!」


 私は光剣を召喚し、胸部のビーム発射口に突き刺した。剣山のようになったそれは体の深部までは届かずとも、エネルギー放出を大きく阻害する。放出されなかったエネルギーは体の内側を破壊し、胸部の装甲が吹き飛んだ。胸部は高熱でドロドロに融解し、マグマのように溢れ出している。


 冷静に考えればこうなることは予想できそうなものだが、今の蠅の王ベルゼブブは怒りで我を忘れていた。『騎兵トルーパー』という体と『魔王』という称号を入手して傲慢になり過ぎた彼は冷静さを失い、攻撃のために弱点を自ら曝け出してしまった。


 胸部を破壊されたダメージで動けなくなった巨躯を、透が駆け上がる。

 頭部に辿り着いた彼は敵の目に腕を突っ込んだ。その身体能力で手刀となった彼の腕は、敵の虹彩や水晶体を破る。


「グアアアアッ!」


 その痛みで断末魔の悲鳴を上げる騎兵トルーパー

 透はそこから赤く巨大な眼球を引き抜いた。ブチブチと音を立て、視神経を裂いていく。アドバルーンのような眼球が取り除かれ、それを収めていた場所に窪みが出現した。


「おい、巨乳女! この奥に脳がある! お前の剣をぶち込め!」

「分かった!」


 私は光剣を再び召喚し、それを窪みの中へ向かわせた。何本もの剣が蠅の王ベルゼブブの脳へ針山のように突き刺さっていく。


「このワタシがアアアアアッ! 崇高な魔族の王であるワタシがアアアァッ!」


 脳に剣が何百本と刺さってもなお、強い生命力で抵抗しようとする巨躯。

 頭部の巨大な口が開き、そこへ紫の光が集まっていくのが感じ取れた。私に向けてビームを発射するつもりなのだろう。これがヤツにとって最後の抵抗だ。


「まだよ!」


 それを見た私はさらに斬羽ザンザーラを窪みへ突撃させた。頭部の内側で刃が暴れ、脳をズタズタに破壊する。敵の神経や血管が壊れて口や目の窪みから血液が噴出し、巨大な噴水のように流れ落ちた。


 キュオオオオオオン!


 口の中へ溜められていた魔力は暴発し、私へ撃つはずだった粒子ビームは夜空に向けて放たれた。蠅の王ベルゼブブを基部にして、私の前に巨大な光の塔ができ上がる。


「今度こそアンタの負けよ。蠅の王ベルゼブブ


 騎兵トルーパーの体は制御できなくなった自らの魔力によって焼かれ、最後は高熱で融けていった。光の塔はその墓標となり、それを見た多くの者に蠅の王ベルゼブブの死を知らせたのだ。

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