第37話 斬羽の魔法少女 

「これが、換装肉体の格納庫……?」

「そのようだな」


 暗く、広い格納庫。どこまでも続いているかのような感覚になる。まるで屋外だ。


 私の飛翔能力を格段に向上させるという斬羽ザンザーラはここに収納されているらしい。


 とりあえず、斬羽ザンザーラがどういうものかだけ確認し、私が装着するかはそこで判断する。

 正直、魔族が作ったものを自分の身に纏うのは抵抗があるが、今の状況では使えるものは何でも使わないと彼らに勝てる見込みがないだろう。敵の数は圧倒的に多いし、強さが魔法少女にも劣らない個体も存在する。彼らを倒すために、彼らの戦力を利用してやるのはアリだと思う。


 私とハワドは格納庫の中を進み続けた。

 カツンカツンと私の靴音が空間に響く。

 そして、魔族の血の臭い。


「ねえ、ハワド! あれって!」

「ああ、蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーだろう」


 臭いの発信源らしき場所に横たわっていたのは、片腕を失い、胸部に複数の穴が開いた魔族の死体――蠅の王ベルゼブブだった。

 しかし、もう魔族の気配は感じない。すでに息絶えている。私が負わせた傷は治療の形跡もない。


「これを見ろ、小夜子」

「脳髄が……抜き取られている?」


 ハワドが死体の頭を持ち上げると、そこには鋭利な刃物で切開したような傷口があった。傷の奥には空洞があり、元々そこに脳などが収められていたのだろう。今は体の奥から黒々とした闇がこちらを覗いているだけだ。


「と、なると……あの魔導石が言っていたことは本当のようだな」

「そうね。まだあいつは生きている……」


 彼は自分の体を乗り換え、新しい肉体を入手している。自分の古い体を捨て、更なる力を取得したのだ。

 死体周辺にはクレーンのような見上げるほど巨大な機械が置かれている。おそらく、アレが移植手術用の機械だ。これを使用して自分の甲殻を切開させ、新しい体に移植した。


 蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー

 それが彼の新しい名前。


 石が話してくれた情報によると、騎兵トルーパーというよりは蜘蛛スパイダーみたいな外見らしい。山のような巨体で、目の前にあるものを粉砕する。反魔法甲殻アンチ・マジック・クラストも健在で、あらゆる魔法を無効化できるようだ。保有魔力量も、刈者リーパーの数十倍はあるという。

 

 刈者リーパーの状態で苦戦していたというのに、そんな化け物と対峙したら確実に私は負ける。あれ以上の強さなど、想像できない。


 今後、彼と出会う可能性を考えると、やはりここで新たな力を入手するべきだろうか。

 例の換装肉体とやらを――。


 そして――


「おい、小夜子。アレじゃねぇのか?」

「えっ……」


 ハワドが格納庫に広がる暗闇を指差す。

 闇の先にあったのは、何枚もの羽が生えた人間のような物体だった。先端が尖った漆黒の羽。光沢を放ち、その形状はどこか刈者を連想させる。


 間違いない。


 これが斬羽ザンザーラだ。

 その外見は、記録用魔導石から教えてもらった情報と一致する。


「これの補助部品を調整すれば、私の飛翔魔法の効果を大幅に上げられるんだよね?」

「そうだけど、いいのかよ」

「え?」

「魔族の作った訳の分からないものを身に纏うんだぞ? 抵抗とかないのかよ」


 もちろん、抵抗はある。

 換装肉体は自分の体を乗り換えて使う兵器だ。つまり、使用者は自分の神経をこれに繋げる必要がある。

 補助部品でもその本質は変わらない。扱うためには、自分の神経に魔族の肉体を接続しなければならないのだ。


 ハッキリ言って、恐い。

 こんなものを自分の体に接続したら、何が起こるのだろう。

 自分が自分でなくなるような気もする。


 集落での戦いで私は魔族になることを拒み、魔法少女としてのアイデンティティを保ってきた。その行為が無駄に帰すのではないだろうか。








 ――いや、違う。


 あの抵抗はすでに水疱となって消えている。


 自分自身、薄々と気付いていた。

 私の体に起こっているに、目を背けていたのだ。

 おそらく、ハワドも琴乃も気付いていない。


 私の体はとっくに――


「おい、どうしたんだよ、小夜子?」

「私のことは大丈夫。だから――」


 ハワドは心配そうに私の瞳を覗き込んでくる。

 彼は言葉遣いが荒くて不器用な性格の妖精だけど、私は彼のことがけっこう好きだ。これまでに何度も彼によって救われた。これからも彼と一緒にいたい。


 でも――


「――だから、私に斬羽ザンザーラを接続して」

「本当か? もしかしたら、もう人間に戻れなくなるかもしれないぞ?」

「大丈夫。だって、もう、私の体は――」


 きっと、これでハワドに頼るのは最後になる。












「ねえハワド、接続にはどれくらい時間がかかる?」

「神経に接続するだけだから、そんなに時間はかからん。10分もあれば終わる」

「そっか……」


 残り10分。

 それが私とハワドの魔法少女契約が成立している残された時間だ。

 この10分を過ぎたとき、私は魔法少女ではなくなる。


「ただ問題は、お前が斬羽ザンザーラに慣れるのにどれだけ時間がかかるか、だな」

「すぐに慣れて、使いこなしてみせる。きっと、魔族が向かった集落には助けを求めている人がたくさんいるから」


 ハワドは「はぁ……」と小さくため息をついた。彼の表情には諦めのような悔しさのような、何ともやり切れない色が浮かんでいる。

 彼はおそらく、私が斬羽ザンザーラの補助部品を纏うことに心の底から納得していない。いくら人々を助けるためとはいえ、ここまで連れ添ってきた仲間が未知のものに触れてしまうのは心が痛むのだろう。

 それでも彼は、私の意見を尊重してくれた。


「じゃあ、始めるぞ」


 ハワドは刈者リーパーの死体の傍にあった換装用手術機に乗り込み、そのアームを斬羽ザンザーラへ伸ばし始める。やがて、その腕は換装肉体の背中に取り付けられている部品を取り外した。

 鋭く尖った漆黒の羽だ。合計で4枚。どれも私の身長と同じほどのサイズがある。これが私に接続される補助部品なのだろう。


「本来、これは推進力を生み出すための部品らしい。だが、体から分離させて剣としても使用できる。反魔法甲殻に覆われているから、敵の魔法も防げるはずだ」


 聞けば聞くほど使い勝手のいい兵器だ。こんなものを魔族が使ってきたらと思うとゾッとする。

 やはり、私がこれを奪うのは正解だったかもしれない。

 魔族の誰かが使う前に――。

 これが使われて多くの人が殺される前に――。


 ハワドの操作する機械によって、私の背中へと移動していく。斬羽ザンザーラの背中にあったように、これは背中に接続するものらしい。


「それじゃあ……接続して」

「いくぞ、小夜子」


 来た。

 何かが自分の中に入ってくる感覚。


 そんなおぞましいものを自分の体に接続するなんて自暴自棄だ、と言われれば、そうだったかもしれない。


 でも、私の体など、もうどうでもよかった。

 もう人間だった頃の日常には戻れない。


 私はに気付いてしまったのだ。


 集落での戦闘時、透が撤退した理由。

 魔族基地のセキュリティ・ゲートが勝手に開いた理由。

 情報記録用魔導石が私に情報を提供した理由。


 高度な感知システムだけが認識した、私の体の中で起こっている変化。


 すでに私は魔法少女ではなかった。


「大丈夫。だって、もう、私の体は――魔族になっているんだから」


 私の体は、魔族へと変異していた。

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