第5章 退廃した少女

第36話 騎兵蹂躙

 南桜子は魔法少女だった。


 魔族との大戦が本格的に始まる前、妖精と契約を結んで転身した少女である。小夜子たちとは別のグループで活動し、仲間とともに活動を開始した。

 どうにか大戦を生き抜き、地下に避難する人々を守ってきた。荒廃した世界でもその活動は続き、現在は巨大な居住区を構築しつつある。


 集落を襲撃する魔族との戦いに身を置きながらも、そんな生活に希望を見出そうと集落の平穏を求めていた。








     * * *


 ある日の正午頃。

 集落周辺を警戒に当たっていた魔法少女たちは気付く。


「何……この気配は?」

「えっ?」


 遥か遠くに魔族の気配を感じ取れる。

 普通なら感知できないほどの距離だ。廃墟となった元繁華街のさらに向こう側。こんな遠方から気配を感じ取れたことは今までにない。


 それだけ、その気配を放つ魔族が、強大な力を持っていることを示していた。


 最近、「琴乃」や「透」と呼ばれる人間型魔族との交戦もあったが、彼らの強さよりも格段上。背筋が凍るほどの、殺意を向けられたような感覚だ。


 桜子は人々の集まる路上から飛翔魔法で空へ上がり、殺意の発信源がある方向を見つめた。仲間たちも敵の襲撃に備えてそれぞれが定めている戦闘ポジションへ移行する。


 そのとき――


 キュオオオオオン!


 紫色の光柱。

 桜子も何度か見たことがある。あれは上級魔族が使う闇魔法粒子ビームだ。


 ただ――


「何……あれは……!」


 そのビームの規模が尋常じゃない。

 その直径は数十メートルにも達する。放出される魔法粒子量は、琴乃が使う粒子砲の数百倍はあるだろう。膨大な魔力が使われていた。


 廃墟の向こうで上空に向けて放たれるそれは、ゆっくりと角度を下げ、桜子たちが守る集落へ倒れ込んできた。


「なっ!」

「みんな、避けて!」


 ゴオオオオオオオッ!


 ビームは軌道上にある廃墟のビルを軽々と吹き飛ばし、大地を深く削った。


 やがて集落にも達し、その紫光に多くの家と人間が飲み込まれる。ビームは集落を縦断し、広範囲に渡って集落にある何もかもを削り取っていく。

 塵一つ残さない。

 ビームに当てられたものは、完全に消失した。

 周囲は光から放たれる熱気に包まれ、間一髪直撃を免れた人間の命も無慈悲に奪う。攻撃跡周辺に倒れる人間の傷から溢れ出る血液は、グツグツと煮えていた。


「そんな……」


 上空に逃げた魔法少女たちは何もできず、その様子を呆然と眺めていた。彼らを助けようとしていれば、確実にあのビーム攻撃の餌食になっていただろう。


 桜子も恐怖していた。

 あの琴乃でも、ここまでの攻撃はできない。つまり、新たな強大な魔族が自分たちを襲撃してきたことになる。


「と、とにかく、今はこのビームを出した魔族を片付けるよ! ここで死んだ人間の敵を討とう!」

「は、はい!」


 リーダー格の魔法少女が仲間を鼓舞した。魔族の気配を感じる方向を指差し、飛翔魔法の出力を全開にする。


 しかし――


「見て、何か向かってくる!」


 ビームを発射したと思われる場所から、猛烈な砂埃が空へ舞い上がっていた。

 急接近する殺意。

 漆黒の甲殻を纏った何かが、この集落へ走ってきている。


「何よ、あの大きさは……!」


 驚くべきは、その大きさだった。

 これまでに誰も遭遇したことのない、巨大な魔族。小鬼蟲戦車ゴブリン・セクト・ルークも軽く踏み潰せるサイズだ。その自重で目の前にある建築物を粉々に吹き飛ばす。怪獣という形容が相応しい。

 近づくにつれ徐々に明らかになるフォルムは、節足動物のクモのようだ。


「このままじゃ、アイツが集落に辿り着いちゃう! 魔法で迎撃するのよ!」

「はい!」


 桜子を含む魔法少女たちが一斉に魔法攻撃をその巨体へ放つ。火炎、雷、氷柱、レーザー……様々な魔法が次々とクモに直撃した。


 しかし――


「効いてない……!」

反魔法甲殻アンチ・マジック・クラスト……」


 その甲殻に傷はない。魔法は全て掻き消えた。


 ドガアアアン!


 巨体の勢いは衰えず、ついに集落への侵入を許してしまう。逃げ遅れた人間が踏み潰され、吹き飛ばされ、建造物の崩壊に巻き込まれ、それが通過するだけで大災害を引き起こす。

 集落の建造物は廃墟で拾った廃材で建てられたものがほとんどだ。耐久性は高くなく、それが多くの犠牲者を出す要因にもなった。


 やがて集落の中央で立ち止まる魔族。その高い視点から、見下すように人間たちを眺めていた。


 そこに人間の一斉砲火が始まる。

 集落に残っていた戦闘員が戦車やミサイル砲台を起動させ、自分たちの集落を蹂躙する不届き者へ逆襲を開始した。砲弾やミサイルが巨体に次々と向かっていく。


 しかし――


 キュオオオオオオン!


 再び、魔法粒子ビームの起動音が集落に鳴り響いた。

 次々と甲殻が開き、無数の穴が体全体に現れていく。


 そして――


 ドォオオオン!


 無数の穴から発射される何本もの粒子ビーム。発射口が体を覆っており、全方位攻撃を可能にしている。

 そのビームが迫る砲弾やミサイルを焼き焦がし、空中で消失させる。さらにそれだけに留まらず、戦車や砲台までをも貫く。その肉体には人間の兵器すら届かない。

 犠牲者は短時間で数百人を越えた。周辺に転がる彼らの死体は人間としての原形を留めず、最早誰だったのか分からない。


 蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーはその形を変え、新たな絶望として人間に牙を剥いたのだ。

 その名は蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー


刮目かつもくしろ、魔法少女どモよ! これがワタシの新たな力だァ!」


 騎兵トルーパーが誇らしげに声を周囲に響かせる。

 その巨体の頭部に複数並ぶ赤い瞳が、怪しく光を増した。


「何なのよ、アイツは!」


 この同時全包囲攻撃によって、集落は壊滅状態だ。

 燃え盛る建造物。散らばる肉塊。大破した戦車。


 それでも、生存者はまだ残っている。

 集落のあちこちに、急いでここを離れようとする人間を確認できた。

 また、目の前で起きた惨劇で頭が混乱しているのか、泣き叫びながら右往左往する子どもたちもいる。どうにかして、避難させねば。


「ねえ、桜子」

「な、何?」

「あなたは生存者を助けに回って」


 それは魔法少女のリーダーからの提案だった。

 彼女は鋭い眼差しで桜子を見つめる。


「え、でも……」

「私たちがアイツを止める。だから、何があっても、生存者を守って」


 反魔法甲殻なら、あのコーティングを剥がさないと魔法攻撃が通らない。魔法少女にとって厄介な敵だった。コーティングを剥がすために、何かを高い威力でぶつけなくては。


 私の仲間たちはそうやってあの魔族に対抗しようとしている。

 あの隙のないビーム攻撃を潜り抜けて、本体を叩くつもりなのだ。


「じゃあ、頼んだわよ、桜!」


 そう言って、桜子の仲間たちは飛翔魔法を全開にした。各々が手に金属片を持ち、目の前の敵を討つために。


「無垢で愚かな魔法少女どモよ!」


 キュオオオオオン!


 再び全方位に粒子ビームが放たれる。

 その攻撃を避け切れなかった少女たちは体をバラバラにされ、儚く沈んでいく。


 それでも何人かは攻撃をすり抜け、敵の甲殻の表面へ辿り着いた。


「食らいなさい!」


 手に持った武器を振り上げる少女たち。


 しかし――


「ぐぁっ!?」

「甘イな。あの白い魔法少女のときのよウなてつは踏まん」


 隠し腕。

 甲殻の隙間から飛び出した何本もの巨大な手が少女を掴む。その爪が少女たちの腹部に深く食い込み、そのまま握り潰す。巨大な指の隙間から血液がボタボタと零れ落ち、彼女たちの命が絶たれたことを意味していた。


「みんなが……」


 桜子の頬を涙が伝う。

 これまで一緒に戦ってきた仲間の喪失は、彼女の心に深く圧しかかった。


 それでも、彼女にはやらなければいけないことがある。


 仲間の少女たちが命を削って作り出したその隙を突いて、桜子は動き出した。

 飛翔魔法全開。自分が持つ全ての魔力を推進力へ。

 集落で泣き叫ぶ子どもたちを掻き集め、物陰へと身を隠す。


「絶望せよ、魔法少女ォォ! これガ、騎兵トルーパーの力だァァァッ!」


 蠅の王ベルゼブブの高らかな笑いが、桜子たちの耳に酷く残っていた。

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