第35話 去っていく親友
「私は――」
床に横たわる琴乃からの質問に、私はこう答えた。
「――まだ、救いたいと思う」
この戦いで、一緒に戦ってくれた何人もの魔法少女を失った。
ここで私が諦めてしまったら、彼女たちの犠牲が水泡に帰す。そうなることは、どうしても避けたい。
「小夜子ちゃん、まだそんなこと言ってるの?」
「だって……」
「魔族との勝利よりも、目の前の経済を安定させるために魔法少女を殺すことを選んだ連中だよ!? 私の両親だって、お金が目的で殺されて……そんなの……そんなの救う価値がないに決まってるじゃん!」
ヒステリックに叫ぶ琴乃。
彼女は両親を強盗殺人によって亡くしている。
金目的で殺された両親と、資源目的で殺された魔法少女たちを自分の中で重ね合わせているのだろう。人間に対して憤怒や憎悪が沸くのも当然だった。
「それでも――」
それでも、この戦いが終わったら、私は――
「でも……琴乃、私たちも人間だったんだよ?」
「それが何なの?」
「私は、人間だったあの頃が大好きだった。家族に囲まれて、琴乃にも出会えた。悲しいこともたくさんあったけど、嬉しいこともたくさんあった。この時間がずっと続けばいいなって」
――私は、今でもあの頃に戻りたいと思ってる。
魔法少女になってから何度も何度も願った夢。
もう叶わないと分かりながら。
「琴乃はどうだった? あの頃の自分や私が嫌いだった?」
「そんなの……好きだったに決まってるじゃん……」
「そうだよね。あの頃の琴乃はすごく楽しそうだったから……」
私と一緒にいた琴乃は何度も笑顔を見せてくれた。
彼女の悲しい過去を感じさせないほどに。
私も彼女の楽しそうな姿を見るのが嬉しかった。
「私は、あのときの自分を否定したくないの。人間に生まれて幸せだったと思ってる。そんな生活が崩れたとき、すごく悲しかった」
「小夜子ちゃん……」
「確かに魔法少女は裏切られてたくさんの死者を出したかもしれない。でも、きっと、みんなあの頃の私たちみたいな生活を続けたいって思ってる」
せめて、この戦いを終わらせて、平穏に暮らしたい。
また人間に戻り、人間としての新しい生活を。
そこに、琴乃も一緒にいてほしい。
「琴乃は両親が生きていた頃の自分を否定できるの? そこにいたくなかったって、人間なんて死ねばよかったって思ってるの?」
「違う……あのときの私は……」
琴乃も頭の中では分かってる。
他人にも過去があって、家族がいて、それぞれに幸せがあることを。
かつての彼女自身と同じように。
「じゃあ、何よ小夜子ちゃん。魔族になって人を殺している私がバカみたいじゃない……」
「ううん、琴乃はバカじゃない……」
「え……」
私が琴乃の立場だったら、きっと同じように魔族になる道を選んでいただろう。
だから、私は彼女を選択を心の底から咎められない。
私も妹を失っている。その怒りで自分の魔法を人々に向けていたかもしれない――そう考えると、彼女を責めることができなかったのだ。
「小夜子ちゃんはバカだよ。どこまでも優し過ぎるよ……」
「私は人間でいたときの時間を大切にしたいだけ」
「もう付き合いきれないよ……」
琴乃は魔法粒子で蝶羽を形成し、ふわりと浮き上がる。
「ごめんね、琴乃。あなたが苦しんでいることに気付いてあげられなくて……」
「……小夜子ちゃんのバカ」
その言葉を言い放つと、出口から紫の空間の外へ去っていった。私へ振り向くこともなく、その場から逃げるように。
彼女の表情は俯いていて分からない。
だが最後に放った声は低く、どこか悲しみのようなものを感じた。
「よかったのか、小夜子。あの嬢ちゃんを引き止めなくて。また人を殺すかもしれないぞ?」
「きっと大丈夫。琴乃の心に、ちゃんと私の思いは伝わってる」
琴乃は自分の怒りの置き場所がほしかったのだ。
友人の死、魔法少女への裏切り……多くの辛いことでぐちゃぐちゃになった心を解放し、自分を保つために。
琴乃の気配は徐々に私から離れていく。
やがて、彼女の存在を感知できなくなった。
* * *
「それじゃあ、
『はい。出撃記録へアクセスしますか?』
「最新の情報を説明して」
琴乃が去った後、私は再び情報記録用魔導石にアクセスした。
これから調べるのは
『この基地に立ち寄った後、以下の座標に向かっています。座標は北緯――』
「そこに何があるの?」
『人間の
人間の集落?
あの重態なのに、どうしてそんな場所に向かったのだろうか。
「ね、ねえ! まさか、
『そう記録されています。作戦の最終目標は
「そ、そんな……」
琴乃を倒し、基地内の探索を始めたのが今朝。あれから何時間もこの中を歩き続けた。
つまり、丁度今頃が殺戮を始める時刻となる。
石の表面には襲撃座標周辺の地図が表示され、出撃した魔族の規模も明らかになった。
この基地にいる魔族のほとんどが作戦に参加しているようだ。ここに敵がほとんどいなかった理由はこれだろう。
「どうして!
『肉体を換装したようです。この基地の格納庫から
「肉体? 換装?
意味の分からない単語が羅列される説明。
『
「そんな兵器、聞いてない……」
追い詰めたはずの
しかも、このままでは人間の
どうにか魔族を阻止しなければ。
しかし、彼らの行き先はここからかなり離れている。今から
「どうにかして、彼らに追いつかないと……」
「居住区の連中を助けたいのか、小夜子? でもよ、距離があり過ぎる。お手上げ状態だ」
ハワドもこの状況には諦めを示す。
そのとき――
『《
「何よ……
石からまた謎の単語が飛び出す。
どうも嫌な響きがする名前だ。また魔族の隠し兵器だろうか。
『現在この基地の格納庫に保管中の、
「もしかして、それ……私も脳髄を移植してそれに乗り移るってこと?」
『補助部品であれば脳髄移植までしなくても、簡単な調整で身に纏うことが可能です』
それは、新たな力を求める者への誘いだった。
【第4章 完】
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