第34話 戦争の裏にあった惨劇

桐倉きりくら……有紗ありさ?」


 それは私の殺された妹の名前だった。


 紫の空間で、その名前が静かにこだまする。


 確かに、妹と琴乃には友人関係があったはずだ。琴乃を何度か自宅に招待し、妹も一緒に混ぜてガールズトークをした。お菓子作りをしたこともある。ショッピングにも一緒に出かけた。


 でも、問題はそこじゃない。

 私が本当に驚いたことは――


「私の妹が……魔法少女だった?」


 自分の知る限り、妹の有紗は普通の女子高校生だったはず。

 私の知らぬ間に彼女は妖精と契約を交わして魔法少女に転身していたのだろうか。


「実際に、桐倉有紗は魔法少女だったの?」

『はい。回収された契約妖精の死体から確認済みです。桐倉有紗は確実に魔法少女だったと思われます』

「妖精の死体が回収されてた? そんな話、聞いたこともないのに……」


 私の脳裏に有紗が死亡した当時の様子が浮かび上がる。

 霊安室で泣き叫ぶ両親。

 その傍に佇む警察官。

 それを私は遠くから見つめていた。


 警察官が話す、死亡したときの状況。

 その中に妖精に関する情報はなかった。

 有紗を殺害した犯人が持ち去っていたのだろうか。


「その妖精の死体は、誰が回収してたの?」

『回収した人物の名前は不明ですが、引渡しは日本政府から行われました』

「日本政府? どうして国が……」


 そのとき――


「国が魔族との密約で魔法少女と契約妖精を殺していたからだよ、小夜子ちゃん」


 背後から聞こえる、今にも掻き消えそうな弱々しい声。


「琴乃……」

「小夜子ちゃんも知っちゃったんだ……有紗ちゃんが魔法少女だったことを」


 床に寝かせていた月舘琴乃は意識を取り戻し、薄く目を開けて天井を見つめていた。私と視線を合わせてくれそうな気配はない。


「どういうことなの、琴乃? 日本が魔族と密約していた、って」

「魔族はね、あらゆる国の政府に魔法少女と妖精を殺害するよう要求していたの。これから戦争が起こった際に脅威になるであろう彼らを消すことで自分たちが有利になるようにね」

「まさか、政府はそれを呑んだの?」


 そんなことをしたら、戦闘が起きたときに人間が不利になってしまう。自分たちの貴重な戦力を潰すような要求を本当に受け入れるだろうか。


「世界中のあらゆる国は中東で発掘される資源に頼っているところに、魔族は目を向けたの。だから、石油採掘基地や輸送海路を占領して、その解放条件として魔法少女殺害を各国に命じた」

「じゃあ、本当に政府が有紗を……」

「そうだよ。魔族も始めはそんな要求呑む訳ないって考えてたみたいだけど、それだけ人間が愚かだったってことだよ。どこかの国が最初に殺して実際に解放されるのを見ると、どんどん数を稼ごうと魔法少女狩りを盛んにやった」


 琴乃の話が正しければ、魔法少女が魔族に負けたのは人間の自業自得ということになる。


「結局、そのせいで魔法少女と契約妖精の数は激減して、戦いの形成は逆転した。人間が勝てるはずだった戦争を自分の手で負けに導いたの」

「そんな……」

「小夜子ちゃん、戦争が始まる当時、少女連続殺人事件が世間を騒がせていたのを覚えてる? アレ、ほとんどが政府が雇った暗殺者の仕業なんだよ?」


 覚えている。

 何人も犠牲になっていたあの事件。連日報道されているのに犯人が全く捕まらない。世間を恐怖させていた。


 アレは政府の仕業でその証拠を隠していたとすれば、犯人が捕まらなかったことに納得できる。


「そこの妖精さんも気付いていたんじゃないかな? あまりにも魔族と魔法少女に戦力差があり過ぎることにね」

「ああ、それは妖精オレたちの間で度々疑問にはなっていた。まさか、そういう裏があったなんてな」


 ハワドは琴乃の言葉に頷く。どうやら、彼も思い当たるところがあるらしい。


「結局、ウイルス型魔族がバラ撒かれていることを察知した米軍は魔族との密約を破棄して反撃に出たけど、何もかも遅すぎた。人間は負けるべくして負けたんだよ」


 琴乃は深いため息をついた。


 これが、彼女の言う『戦争の真実』なのだろう。

 そして、彼女が魔族側に就くようになった理由だ。


「どうして、教えてくれなかったのよ……」

「言える訳ないじゃん……『あなたの妹は魔法少女だったけど、戦う前に無駄死にした』なんて……」


 人間は魔法少女とともに戦わず、目の前の資源と彼女たちの命を交換することを選んだ。


 魔法少女たちの命を踏みにじったことが、琴乃の怒りを買ってしまった。友人であった有紗もそれで失っている。


 自分の知らないところで、この戦争は人間の負け戦になっていたのだ。

 魔法少女が頑張って戦っても、すでに戦力差は開いていた。私たちに勝てる見込みなんてない。


 魔法少女の戦いが無駄に帰す――琴乃が以前、そう言っていたのを思い出す。

 私たち魔法少女は守るべき人間に裏切られ、その多くを殺された。魔族に勝てることもなく無駄に死んでいく――彼女が言いたかったのはこういうことだろう。


「私はこれを知って、人間には救う価値がないって思った。こんな種族は滅びて当然だと思った。彼らと同じ人間でいることに嫌気が差した。だから、私は魔族に就くことを選んだ」

「琴乃……」

「人間と魔族との本格的な開戦がもう少し遅かったら、小夜子ちゃんも人間に殺されていたのかもしれないんだよ?」


 ここでようやく、琴乃は私と視線を重ねた。

 悲しげな表情。彼女の大きな瞳が私の心を飲み込もうとする。


「ねえ、小夜子ちゃん。まだ魔法少女として人間を救いたい?」

「えっ……」

「人間を守っても、また裏切られるかもしれない。身勝手な行動で傷付けられるかもしれない。それに小夜子ちゃんは、有紗ちゃんも失った。それでも、小夜子ちゃんは人間の味方をするの?」


 琴乃から突き付けられた質問。

 それに私は答える。


「わ、私は――」

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