第38話 光の道へ

 斬羽の補助部品を自分に接続する作業中が終わったら、自分は持てる限りの力を使って人間のいる集落へ救援に回るつもりだ。


「このまま私の体が完全に魔族に変わったら、あなたとの魔法少女契約は終わりになっちゃうのかな」

「そうだな……お前が持つ魔族の力が強すぎれば、『契約者のウイルス感染による死亡』と見なされて契約破棄になるかもしれん」


 私の体は、徐々に魔族と化していた。

 ハワドの情報が正しければ、もうすぐで魔法少女の契約が切れてしまう。そうなれば、私とハワドを繋ぐものは消えてなくなる。そして、私が完全に魔族に転身してしまうと、もう二度と魔法少女にはなれない。


「どうして、こうなっちゃったんだろうな、小夜子」


 ハワドは嘆く。私が魔法少女ではなくなり、魔族になってしまっていたことを。


 魔法少女には死神ウイルスが効かない。でも、私は魔族であると考えて間違いはないだろう。そうでなければ説明できない事柄が多すぎる。


「私も詳しいことは分からない。でも、思い当たる原因はある」

「何だ?」

「魔族が使っていた、人間の外見や知能を保持したまま魔族にするウイルスよ」

「ああ、琴乃ことのとかいう嬢ちゃんが使っていたヤツか」


 現在、私が存在を知っている魔族ウイルスは2種類ある。感染者を死神にするタイプと、人間としての容姿・知能を保持したまま魔族にするタイプだ。

 おそらく、魔法少女は前者のウイルスへの抗体を持っていて、それによって死神化を防いでいる。

 しかし、後者のウイルスに対して、魔法少女は抗体を持っていないのではないだろうか。そのウイルスは魔族がつい最近開発したもので、従来の死神ウイルスと別物だと考えると、魔法少女の体内に侵入を許したときに体が排除せず、そのまま横行を許してしまう。


「きっと、あのウイルスが私の体内に侵入したのよ」

「でもよぉ、それは上級魔族が管理していて、厳選した人間しか打ち込まれないはずじゃ?」

とおるや琴乃の体内に入っていたウイルスが、私の体に血液感染したのかも」


 以前、集落での戦いで、透と対峙したときのことだ。

 彼は私の光剣を受けて体を大きく損傷しており、大量に出血していた。その血液の中には彼を人間型魔族にするためのウイルスが含まれていたはず。それが彼の得物である日本刀型の魔法武器に付着、そのまま私へ斬り込んだ。私の体内に入った彼の血液。そこからウイルスに感染したのだと思われる。


 月舘琴乃は透について「強化手術をしている」と言っていた。その手術の中に、高度な敵認識システムの付与も含まれていたのではないだろうか。

 この敵認識システムが「感染した私=魔族」と判断し、彼は攻撃を中断した。彼は私のことを仲間だと思ったのだ。


 琴乃や蠅の王ベルゼブブは私の外見や強く残る魔法少女の気配から敵と判断したが、その後に接触したセキュリティ・ゲートや情報記録用魔導石は私のことを仲間と判断し、その機能の使用権を認めた。もし、私が感染していなかったら、こうも簡単に基地内へ侵入できてはいなかっただろう。


「もうすぐ、接続手術が完了する。確認のために、少し動かしてみてくれ」

「うん」


 私が接続された部位に向かって念じると、剣状の羽が私の背中から分離した。4枚の羽は周囲を漂い、まるで私を護衛するかのように位置取りをする。斬羽ザンザーラの接続手術がうまく進んでいる証拠だ。


 今、私が接続を開始した斬羽ザンザーラだってそうだ。魔族用の兵器を魔法少女が纏えるなんておかしい。私が魔族の体を持っていたからこそ、こうやって操ることができる。あの魔導石も、それを前提として私にこの方法を勧めたのだろう。


 そして――


「……これで、接続手術は完了したぞ、小夜子」


 ハワドは手術用機械から降り、私の方へふわふわと寄ってくる。


「本当に、これでよかったんだな?」

「何度も言わせないでよ。大丈夫だって」

「俺は、お前が心配で……」


 ハワドが俯く。


「ごめん、小夜子」

「どうしてあなたが謝るのよ?」

「いつか、お前を人間に戻して、平穏な生活を送らせてあげたいって思ってたのに、俺は何の手伝いもできなかった気がするんだ」


 ハワドが初めて語ってくれた、私への想い。彼はずっとこんなことを考えながら、私のことを援護してくれていたらしい。


「元の生活に戻すどころか、俺たちはお前を戦場にどんどん送り出して、大怪我を負わせて、それに今は魔族にさせまった」

「ハワド……」

「許せないんだよ、自分が。怪我を治すことくらいしか能のない自分が。お前を辛い状況に追い込んでいる自分が……」


 そんなハワドを私はそっと抱き締めた。ふわふわと温かい。彼の涙が私の胸元を濡らす。


「そんなに自分を責めないで。私はあなたのこと、大好きだから」

「だが……」

「私はあなたに何度も助けられた。あなたの存在が、私に魔法少女として戦っていく希望をくれた。だから――」


 ずっと一緒にいた相棒。大切な相棒。何度も世話になった相棒。

 私は彼の幸せを願った。


「だから――生きていて」


 もうすぐ、私は完全に魔法少女じゃなくなる。だから、ハワドも契約妖精としての義務は消滅する。私の傍で援護する必要もない。彼は天界から負わされた役目から解放されるのだ。

 斬羽ザンザーラが生み出す速度も、ハワドの飛翔速度では追いつけないという計算結果が出た。彼を連れて行くのは無理らしい。


 それに、これから先、私はこれまでよりも熾烈な戦いに巻き込まれる。そこにハワドを連れてはいくのは不安が残る。

 彼には平穏に暮らしてほしい。私が掴めなかった夢を、どうか叶えてほしい。


「今まで、ありがとう。ハワド」


 私はハワドを抱き締める腕をゆっくりと解いた。


「私、もう行くね」


 斬羽の推進ユニットから猛烈な魔力が溢れ、私の背中を押し出す。これならいつもの飛翔魔法より、かなりの速度を出せそうだ。


 ゴゴゴゴゴ……!


 格納庫の天井にある巨大な搬入口が開き、基地の外と空気が繋がっていく。暗かった空間に温かな陽光が差し込まれ、私に進むべき光の道を示す。


 キュオオオオオン!


 斬羽のパーツが噴出す魔力はさらに勢いを増し、私の体が浮き上がる。


 そして私は、天井の搬入口に向かって飛び出した。


 一気に数百メートルもの上空へ。

 魔族の基地である紫の塔が、もう小さく見える。

 白い雲を裂き、果てしなく広がる青色の空間を突き進んだ。


 背中の推進ユニットから発せられる紫光。それはまるで流星だった。

 私が高速飛翔するその姿は、見た者にかつての蠅の王ベルゼブブ刈者リーパーを連想させただろう。

 私は魔族が襲撃した集落へと向かったのだ。

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