エピローグ 紫の流星
俺が小夜子と別れてから数年が経った。
今でも、ふと彼女のことを思い出す。
彼女を発見したのは、魔族がウイルスをばら撒く数日前のことだった。
「こいつは強い魔法少女になるぞ」
彼女から読み取れるオーラが、俺にそう告げる。
他にも魔法少女となれる材料はたくさんいたが、その中でも彼女は特段輝いて見えた。
「俺と契約して魔法少女になれ!」
俺は魔法少女契約を結んでくれる確率を上げるために、魔族が本格的に戦争を仕掛けた直後を狙って小夜子に接近する。危機を実感した人間は何にでもすがろうとするものだ。精神が憔悴して命の危機にあった彼女はあっさりと俺の契約を呑むことになる。
危険が迫ってない状況で魔法少女契約を結ぼうとすると成功率が低い。俺は確実に強い魔法少女を入手するため、彼女に危機が訪れるまで根気強くタイミングを図っていたのだ。
実際、魔法少女になった小夜子は強かった。森羅万象を切り裂く光剣。保有している魔力量も、他の少女と比べて桁違いだ。
強いカードを入手した俺は妖精の中で優位に立ち、戦争終結後には高い階級を手に入れられる。そんなことを計算していた。
だが、予想外の事態が起きる。
魔法少女の数が少ない。
魔族は俺たちよりも巧く人間社会を掌握し、魔法少女と妖精を排除していたのだ。これによって戦争は泥沼化し、俺たちは熾烈な戦いを強いられることになる。
そしてもう一つ、俺に予想できないことがあった。
俺は桐倉小夜子に恋心を抱いてしまったのだ。
最初、彼女は俺の保有するただの兵器に過ぎなかった。
しかし生活や戦闘をともに過ごしていくうちに、俺の心は彼女の美しい容姿や健気で優しい心に惹かれいく。いつしか彼女の幸せを願うようになった。
この子と結ばれたい。
静かに眠る彼女を見ながら、そんなことを毎晩のように思う。
だが、それは叶わぬ夢だ。
いつか彼女はこの戦争が起きた原因に気付くだろう。妖精が魔法少女を作って魔族を殺したこと。妖精と魔族にとって人間は何の因縁もなかったが、俺たちがこの戦いに巻き込んだのだ。
小夜子がそれを知ったら、きっと俺たちを恨む。実際、透はそれを知っており、俺を殺すような目つきで睨んできた。
罪悪感を抱えながら、俺は小夜子をサポートした。
そして別れの日が来てしまう。
俺も気付かぬうちに、彼女は妖精の敵である魔族になっていた。
黒い羽を持つ小夜子。魔法少女だった頃と比べると、その姿は特異でおぞましい気配を放つ。
しかしそんな姿を見ても、彼女への恋心は変化しない。
結局、俺は最後まで妖精の罪を伝えることができなかった。
* * *
「おい、桜子! そっちの柱をちゃんと支えていろよ!」
「わ、分かってますって!」
小夜子と別れてから、俺は人間の集落に合流して復興作業を手伝っている。俺は復興作業の中で、建築作業や怪我人への回復魔法による治療を任せられた。作業現場と治療所を往復する日々。今は瓦礫だらけの街に新しい住居の建設中だ。
一緒に作業をしている相棒は
昔は彼女も魔法少女だったらしいが、今は契約を解除しているため普通の少女だ。
現在、魔族は周辺に確認されておらず、戦闘も起きていない。魔法少女はもう魔法少女のままでいる必要がなくなった。
世界各地を支配していた魔族は魔界周辺へ戻っていった。
また、死神ウイルスも沈静化し、新たな患者はここ数年間発見されていない。人類と妖精は魔族の脅威から救われたのだ。
おそらく誰かが『皇蜂の紋章』を入手し、この戦争を終わらせるよう命令を下したのだろう。
斑鳩透がやったのか。
それとも……。
「ハワドさん、大変です! 建築中のビルが崩れて怪我人が……!」
「ああ、分かったよ! 今すぐ治しに行ってやるから!」
桜子からの知らせを受け、俺は集落の治療所へ向かった。人間の妖精遣いは結構荒い。
俺は抱えている罪悪感を少しでも紛らわせるため、人間の復興に協力している。
天界に戻って平和に暮らしたら、透が俺を殺しに来るような気がするからだ。あのとき透が口にした「ツケを払ってもらう」という言葉の意味はまだ分からないが、何も償いをせずに帰還するのは不安が残る。
それに、この世界にいれば、彼女と再会できるような気がした。
これは未練というヤツだ。
愛しているという気持ちも、妖精が人類を戦争に巻き込んだことも、俺があいつを狙って魔法少女にしたことも、大切なことは全部伝えることができなかった。
それが後悔となって心の奥に残り続ける。
「どうしたんですか、ハワドさん? ため息なんか吐いて」
「ちょっと昔のことを思い出してな。それより、怪我人はさっきのヤツで最後か?」
「はい。全員の治療が終わりました。これから休憩にします?」
「そうしてくれ」
トタンを繋ぎ合わせて作られた簡易な治療所の外に出ると、青空が広がっていた。そこに白煙が昇る。集落の広場では炊き出しが始まっており、住民の多くが集まりつつあった。風に乗って、穀物の炊けるふんわりとした匂いが俺の鼻腔に届く。
「俺たちも行くか」
「はい! 私、お腹空いちゃいました!」
そのとき――
「魔族?」
不意に感じた、何かが蠢くような気配。
最近は滅多に遭遇することがなくなったが、これは魔族の気配だ。
「え、魔族の気配を感じたんですか!?」
「大丈夫だ、こっちを襲って来るような殺気まではない」
昔なら嫌悪感を感じていたはずのそれだが、なぜか今は心が落ち着く。
懐かしい。
それはあの少女と旅をしていたときの感覚に似ている。
「小夜子……お前なのか?」
俺は気配の出所を見つめた。
集落の遥か上空。
どこまでも続く青に、紫の線が描かれている。
「――紫の流星」
俺は呟いた。
涙で俺の視界が霞む。
瞬きをした間に、それはもう見えなくなっていた。
魔法少女ディジェネレーション ゴッドさん @shiratamaisgod
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