第39話 傀儡の少年兵

「魔法少女はドコダァァァッ!?」


 青空の下で、人間の集落を破壊し尽くした蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパー

 その集落の廃墟から殺し損ねた魔法少女を探していた。怪しい箇所をビームで消滅させ、巨大な足で踏み潰す。

 しかし、一向に見つからない。彼が持つ怒りのボルテージはさらに高まり、手当たり次第にビームを撃ちまくる。


 そのとき――


蠅の王ベルゼブブ……」

「どうシタ? とおる?」


 いつの間にか、蠅の王ベルゼブブの部下である透が頭部の上に立ち、騎兵トルーパーを眺めていた。彼の表情はいつもと同じく微動だにしない。


魔界アークからの伝令……蠅の王ベルゼブブは帰還せよ……らしい」

「今すぐ、ワタシに魔界アークへ戻れトイウノカ!?」


 魔族の出撃地点であり、自分たちの王である「魔王」が佇む場所――魔界アーク

 そこへの回帰命令が蠅の王ベルゼブブに出されたのだ。


「仕方ない。残党狩りは貴様に任せる」

「それは……できない」

「どういうことダ?」

「基地から……琴乃ことのの……定時連絡……途絶えた」

「何ダト!?」


 基地の防衛を任せていた月舘つきだて琴乃ことのが、連絡できない状況になっている。闇魔法粒子による信号弾が基地から定期的に発射される手筈だったが、それが空に確認できないことを透は不審に思っていたのだ。


「今すぐ……確認に向かう」

「じゃあ、残党狩りはドウスルつもりだ!?」

「ここにいる……仲間に……任せる」


 透は騎兵トルーパーの頭から飛び降りると、地表にずらりと並ぶ死神たちの前に着地した。どこまでも続く黒い巨体の列。推定、数千匹はいるだろう。各々が牙を剥き、鎌のような鉤爪をカチカチと鳴らし、人間への敵対心を露にする。


「何人かは……付いて来い。残りは……残党狩りを……続けろ」


 この言葉は発せられた瞬間、死神たちは一斉に廃墟へと走り出す。残る人間を斬るため、食らうため、殺すため。空からは黒い絨毯のようにも見えるそれは激しく動き、さらなる追撃を開始した。

 廃墟の街を駆け、跳び、次々と破壊する。


「ぎゃあああっ! 助けてくれ!」

「嫌だ! こっちに来るなあああっ!」


 街のいたるところに隠れ伏せていた人間も次々と発見され、死神の餌食と化していく。爪が体を裂き、牙が頭部を貪り食らう。あちこちで上がる悲鳴。街路は鮮血で赤く染まり、あちこちに人間の腕や足、臓器がごろごろと転がる。一人、また一人とその命が奪われていく。


「フン、他愛もないものダナ……」


 蠅の王ベルゼブブは呟いた。


 人間など、実に弱々しい生物だ。こんなヤツらが地表を支配していたなど、思い上がりも甚だしい。自分たち魔族こそ、この世界を支配し、調和を保つのにふさわしい生物である。

 人間を排除し、、かつての美しい世界を取り戻すのだ――と。


「そうは思わないか、透よ?」


 彼はそこにいるはずの透へと目を向けた。

 しかし、彼はもうそこにいなかった。








     * * *


とおるに関するデータを見せてほしい」


 斬羽ザンザーラを纏った小夜子さよこがを飛び立った後、ハワドは基地内に残っていた。

 紫の空間にポツンと浮かぶ情報記録用魔導石の前に立ち、魔族たちの情報を探る。本来は魔族しか使うことのできない設備だが、小夜子が妖精にも使用できるよう許可を残してくれたのだ。


「悪いな、小夜子。俺はもう少し、ここでやらなきゃいけないことがある」


 魔族の基地など早く離れて自分の安全を確保すべきだが、ハワドは心の奥で納得がいかなかった。何が小夜子を魔族にしてしまったのか、この目で確かめたくて仕方なかった。気持ちの整理ができず、その場を去ることを彼に躊躇させる。

 そこで、小夜子へのウイルスの感染源らしい透について調査を始めた。本当に彼が彼女にウイルスを侵入させた人物なのか。


『検索結果、該当件数1件』

「それを説明しろ」


 石の表面に表示されたのは、透らしき人物のプロフィールだ。そこに映る顔写真は、あどけない少年のようだった。


「へぇ……あいつ、本名は『斑鳩いかるがとおる』っていうのか」


 初めて知る彼の本名。集落での戦闘時、彼は琴乃から「透くん」とばかり呼ばれていたので本名を知る機会がなかった。それだけ、琴乃とは親しい間柄だったのだろうか。


「で、アイツはどういう経緯で魔族になったんだ?」

『死神ウイルスによる感染です』

「は? だが、アイツは人間としての姿を保ったままだぞ?」

『死神ウイルスが体内で変異しているのが確認されました』

「まさか……それが新種ウイルスだったのか?」


 魔族が新たに開発した、人間の形を維持したまま魔族へ変えるウイルス。

 その原型は彼の体内から発見されたらしい。増殖中に遺伝子のコピーミスでも起きたのだろう。それは別の何かに変異し、彼を死神化から守った。


 斑鳩透は「死神ウイルスの適合者」とも言えるのではないだろうか。


『人間の対抗軍の中で少年兵として参加している彼を、蠅の王ベルゼブブ様が発見されました。斑鳩透様から採取されたウイルスをさらに応用し、新たなウイルス兵器として確立したのです』

「ん? 抵抗軍の中にいたってことは、元々ヤツは魔族と対立する立場にあったのか?」

『そのようです。精神潜入サイコダイブの結果、斑鳩透様は『魔族への強い敵対心がある』と判断されました』

「じゃあ、どうして今は魔族に協力している?」

『脳への手術によって、魔族への忠誠心を植え付けました。その他、手術によって高度な感知システムの付与や筋力増強なども実行されています』


 随分と可哀想な話だ。

 彼は小夜子や自分と同じく、魔族に対抗する立場だったのに……彼も心の奥では「協力したくない」などと考えているかもしれないが、無理矢理に従わされてしまっているのだ。

 そう考えると、小夜子を傷付けた彼に対する怒りが沈静していく。彼もまた、魔族の被害者であり、自分の生活を蹂躙された者だった。


「小夜子と戦ったのは、本心からの行動じゃなかったんだな……」


 そのとき――


 ドオオオオオオン!


 突如、天井が崩落した。

 空間全体が揺れ、視界がぐらぐらとぶれる。


「な、何だよ!?」

『何者かがセキュリティ・ゲートを破壊し、ここへ乗り込んできたようです』


 次々と落下する天井の破片。紫の結晶が床に当たってパリンパリンと砕け散る。

 侵入者を警戒して内側から閉じさせていたセキュリティ・ゲートだが、これが突破されてしまったらしい。頑丈なゲートを破壊するほどの強大な力は基地全体を揺るがし、ハワドがいる部屋にも振動が送られる。


 そして――


 ドゴォオッ!


 天井を形成する巨大な結晶が崩れ落ち、ハワドの前に倒れ込む。その結晶塊は情報記録用魔導石を押し潰し、原形を留めないほどに粉砕する。水色の輝きを放っていた魔導石はその光を失い、ただの石に戻っていたことを示していた。


 その崩落した結晶塊の上に何者かが立っている。

 コートのような黒い甲殻。その上かかる白いエプロンが崩落で発生した気流によってひらひらと揺れていた。


「斑鳩……透!」

「侵入者……発見」


 蠅の王ベルゼブブ騎兵トルーパーとともに人間の居住区コロニーに出撃していたはずの斑鳩透。

 その彼がここへ戻ってきた。基地の異常を察知したのかもしれない。感情の篭っていない、凍えるような視線がハワドを捉える。


「侵入者……排除する」


 透が自分の闇魔法を発動し、手の中に日本刀型の武器が形成されていく。黒く光を反射する刃がハワドに向けられたのだった。

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