第40話 魔刀剣士

「侵入者……排除する」


 斑鳩透は自身の闇魔法を展開し、日本刀型の武器を形成する。その刀を構え、刃をハワドに向ける。そして、ハワドに向かって跳びかかる瞬間――


「こっちもなぁ、襲われることは想定してたんだよ!」


 パァン! パァン!


 その空間のあちこちで小規模の爆発が次々と起き、白い煙が充満していく。その煙はキラキラと眩い光を放ち、紫だった空間は白銀の世界へと変貌した。


「……」


 煙に包まれ、透の動きが止まる。まるで、電池が切れたかのように。

 この煙の正体は、ハワドの使う光魔法の粒子である。粒子を凝縮した小型爆弾で、万が一何者かに襲撃されたとき、逃げ出す隙だけでも作れるよう基地の各所に配置したものだ。この粒子が魔族の感覚器を阻害し、自分の姿を眩ませる。

 この粒子は殺傷能力が皆無なので実戦で使われることがほとんどない。それでも、一瞬だけ彼から逃れられればそれでいい。

 透はハワドの姿を捉えられず、次の行動へ踏み切れずにいた。


 ここで、ハワドは大きな賭けに出る。


 このまま透から逃げたところで、すぐに捕まってしまう。彼の強化された肉体が繰り出す速度は尋常じゃない。ハワドの速度とでは勝負にすらならないだろう。それに、まだ近くに透の仲間が待機している可能性も捨て切れない。


 ――透に勝負を挑む。


 それがハワドの決断だった。


 白銀の空間の中、ハワドは透の背後を取るように進んでいく。まだ煙が充満していて、彼が再起動する気配はない。彼はじっと耐え、視界が復活するのを待っている。


「頼むから、動くなよ……」

「……」


 そして、ハワドは背後を取った。


「どうか、うまくいってくれ!」


 ハワドは透の後頭部にしがみ付く。その感覚を察知した透はハワドを剥がそう掴みかかった。強化された握力から繰り出される掴みは、握るだけでも殺人級の威力を持っている。それでも、ハワドは必死に回避し、自分の魔法を透へと展開したのだ。


 ――ハワドの回復魔法。


 ハワドは何度も小夜子を治療してきた。その度に鍛えられた魔法の腕。今では短時間に酷い傷も完治させることができる。


 回復魔法で透に施された洗脳手術を元の状態に戻す――これがハワドの狙いだった。


 魔族へと変異した細胞までは完全に治せないかもしれない。しかし、後から付けられた傷なら治療できるはずだ。彼の脳が本来の機能を取り戻せば、かけられている洗脳が解け、元々の少年兵だった頃の彼が蘇る。

 もし、昔の彼が戻ったならば、今の自分が追われることくらいは避けられるはずだ。


「大人しくしろ、透!」

「……」


 やがて、透の動きが止まる。ハワドを掴もうとしていた腕は停止し、体は床にゆっくりと倒れていく。ハワドの術が効いているのだろう。急速に自我や記憶が復活し、頭の中が混乱しているようだ。透の肉体はビクビクと痙攣し、目玉がギョロギョロと動く。「ウゥ、ウゥ」と苦しそうな呻き声を上げた。


「思い出せよ、昔のお前を! 透うううう!」


 そのとき――


「グオオオオオオッ!」


 まだ光粒子が残る空間に、咆哮が響く。

 間違いなく死神のものだ。透と一緒にこの基地へ帰還したヤツらだろう。

 いつの間にか、この部屋に死神が集合し、ハワドは取り囲まれていた。その数、1匹や2匹どころじゃない。光魔法粒子と瓦礫の向こうに蠢く影は、軽く数十体はいる。


「こいつぁ、ヤバイな……」

「グルルッ!」


 やがて、漂う光魔法粒子は薄くなっていき、魔族たちの感覚器が復活していく。ハワドに集中する死神の視線。敵意に満ちた瞳が、じっと彼を捉えていた。


「グオオオオッ!」


 再度、咆哮。

 それと同時に、死神の1体が高く跳躍した。そして上方から、鎌のような鉤爪をハワドへと振り下ろす。


 これで、俺の命も終わりか。


 ハワドがそう思った瞬間――


 ドサッ――!


 跳び上がっていた死神が床へ落ちる。爪はハワドに掠ることなく、バラバラとなって宙を舞った。

 そして、その落ちた死神には首から上が消失している。鋭利な刃物で切断されたように、綺麗な切り口が残され、そこから黒い血液が溢れ出ていた。


「え……」

「僕の体が……自由に動く……」


 死体の上に、斑鳩透が立っている。彼が持つ刀には、死神の体液がベットリと付着していた。そして、もう片方の手には、死神の首。

 目を離した隙に彼はハワドの傍から消え、一瞬のうちに死神を斬ったのだ。

 透は自分たちを囲む死神たちに向けて、敵意のある視線を返す。彼の中で魔族に対する敵対心が再び激しく燃え上がっていた。


「透……お前、戻ったのか?」

「ああ。お前は誰だが知らんが、少しだけ待っていてくれ。礼はこいつらを片付けてから言う」


 透は自分の刀を死神たちの群れに向けた。ギラリと光る刃が彼らの余命を告げる。


「ま、待てよ! お前、この数を相手にするつもりか!?」

「そうだ」


 そして――


「グゴォオオッ!?」


 次の瞬間、死神たちの悲痛な叫び声が響いた。ハワドの視界から透の姿が消えた途端、死神たちが大量の血液を噴出しながら倒れていく。透の凶刃が死神を瓦礫の中に沈めた。彼らは強靭な鉤爪を以って抵抗しようとするも、透が速過ぎて捉えられない。爪は虚しく宙を裂き、二度と振られることはなかった。


「グオオオッ!?」

「す、すげえな、透……」


 数十匹もいた死神は一瞬のうちにその数を減らし、床は死体で埋め尽くされる。透が壁を駆け、強烈な蹴りを食らわせ、敵の頭を刎ね飛ばす。修羅の道を極めた彼の前に立つ者は、容赦なく切り刻まれていった。


「お前らは、もう人間を殺さなくていい。安らかに眠れ」


 元々人間だった死神に対しての慈悲。その命を終わらせることで、透は「人間を殺し続ける呪縛」から彼らを解放した。

 やがて、そこに立つ死神は1匹もいなくなる。


「刀1本で、ここまでできるのかよ……」


 その様子に、ハワドも驚愕していた。身体強化魔法を使った魔法少女でもここまでの芸当はできない。小夜子や琴乃とは別のベクトルで強い男だ。こんなのと正面から戦ってたらと思うとゾッとする。

 透は自分の魔法を解除し、握っていた刀が砂のようにサラサラと消えていった。


「お前が僕の自我を再生させてくれたのか?」

「ああ、そうだが……」

「世話になったな、妖精」


 透はそれだけ言うと、踵を返し、そのままどこかへ立ち去ろうとする。


「お、おい! もう行っちまうのかよ!?」

「何だ? まだ僕に用があるのか?」

「俺からお前に色々聞きたいことがあるんだよ!」


 情報記録用魔導石が粉々に破壊されてしまった今、魔族に関する情報を提供してくれる存在は目の前にいる男しかいない。

 かつての敵だった透に頼むのは不安が大きかったが、どんな些細な情報でもほしい。

 桐倉小夜子という元魔法少女のために、役立たせたかった。

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