第41話 凶刃の豪雨
「お前、集落で戦った白い魔法少女のことを覚えているか?」
「ああ。ぼんやりとだが覚えている。随分と挑発的な胸をしていた女だったな」
「……」
崩壊した魔族基地の情報閲覧室。
ハワドはどうにか去っていこうとする
透は壁に寄りかかり、ハワドの話に頷く。
「それでだな、お前に聞きたいことは……あのとき、お前は彼女との戦闘を中断して帰還しただろう? しかも、突然に」
「そうだったな」
「あれはどうしてだ? 何で急に去ったんだ?」
「僕の索敵システムに、あの少女が急に敵として認識されなくなったからだ。そこから『敵でないものを斬っても非効率だ』と僕の脳が判断し、自分の体の修復を優先させた」
やはり、
「それで、今、あの白い魔法少女はどうしている?」
「アイツは……魔族になった。おそらく、お前から血液感染したウイルスで……」
「そうか……それは申し訳ないことをしたな」
透が俯く。
「しかし、あの少女の姿が見えないが……」
「アイツは
「
透が目をカッと開き、驚いた表情を見せる。ずっと無表情な彼しか見ていなかったので、ハワドにとってこんな彼を見るのはかなり新鮮だった。感情までしっかりと復活しているらしい。
「
「それに、何だよ?」
「
* * *
その頃、魔法少女である南桜子は崩壊集落から残った生存者を集めて別の避難所への移送を護衛していた。数台のトラックが避難民を乗せ、廃れた街路を走っていく。搭乗者は敵の襲撃に怯えながら外の景色を眺め、無事に目的地へ辿り付けることを祈っていた。
桜子は魔族の気配を感知し、トラックの上からレーダー的な役割を担う。
大丈夫、もう少しで目的地に到着できる……。
ここさえ乗り切れば、敵に発見されるリスクは低くなる……。
そのとき――
「グルォオオオッ!」
あちこちから死神の咆哮が上がる。彼らに気付かれてしまったらしい。
桜子は飛翔魔法を展開し、戦う準備を整える。周囲に漂う魔族の気配から、彼らの位置を探った。
しかし――
「何なのよ……この数は!?」
数百、いや数千もの気配が避難民を囲みつつある。先ほどの咆哮で集まってきたのだろうか、その数はさらに上昇を続け、そこは敵意に溢れた海と化した。彼らは廃墟の屋上に上がり、続々とその姿を現す。どこまでも広がる黒い景色。桜子たちはその中心にいた。
「こんな数……相手にできないよ……!」
避難民を守る魔法少女は、現在自分だけ。それに、避難民には大した武器もない。彼らを守りながら戦うには、敵の数が多すぎる。
死神たちは牙を剥き、爪を構え、唸り声を上げる。
もう無理だ。自分たちはおしまいだ。こんな敵の群れからはどうやったって逃れられない。
そして――
「グオオオオッ!」
一斉に死神が走り出す。全方位から避難民に対して攻撃を開始したのだ。ビルの屋上を跳び、街路を駆ける。桜子も魔法で応戦するも、自分の攻撃を掻い潜って避難民の下へ向かおうとする死神たち。
これまで守ってきた人々の命が消えようとしていた。
「誰か、あの人たちを助けてよッ――!」
そのとき――
ドスッ――!
光剣。
突如、上空から降り注いだ剣が死神たちの頭に深々と突き刺さる。それを受けた敵はその場に伏して絶命し、二度と動くことはなかった。
桜子も、避難民も、死神も呆然とそれを眺めていた。一体、何が起きたのだ、と。
「遅れてごめんなさい、そこの魔法少女さん」
「え……?」
気が付けば、自分の上空に何者かが佇んでいた。
紫の光を放ちながら浮かぶ少女。彼女が纏う衣は白色だが、所々黒い部分も見られる。その外見は魔法少女そっくりだ。
しかし、彼女から感じ取れる気配は――
「――魔族?」
もしかすると、敵戦力の新手ではないだろうか。
そんな不安が避難民たちの頭を過ぎる。
「あなたは……何なんですか?」
その問いに彼女は答えることなく、死神たちの群れを見つめていた。そして、彼女の周囲に大量の剣が形成されていく。羽から放出される光を放つ粒子が空全体に広がった。
あれは、魔法だ。
桜子はそう思った。ただ、光剣の数が尋常じゃない。
数万本。
大量のそれが避難民の上空を覆い、暗くなりかけていた空はその輝きによって再び光を取り戻す。
そして――
ズドドドドドドド!
その剣が一斉に死神たちへと降り注ぐ。剣の雨は死神たちに避ける余裕を与えず、次々とその餌食とした。数千もいた死神はたった数秒でその数を失い、全滅へと追い込まれる。
「すごい……」
魔族が魔族を殺す。美しくも、おぞましい光景だった。
本当に彼女は何なのだろうか。魔法少女? 魔族? 敵? 味方?
桜子の頭が混乱しているとき――
「ねえ?」
「ひぇっ!」
突然、彼女に話しかけられ、桜子は動揺した。
「ここにでっかいクモみたいな魔族が来なかった?」
「い、いましたけど……」
おそらく
「そいつ、どこに行ったか知らない?」
「わ、分かりません……でも、西の方角に去ったのは覚えてます」
「そう……情報ありがとね」
キュオオオオオオン!
その白黒の魔法少女は最後に微笑み、背中の羽から闇魔法粒子を放出して去っていった。魔法少女の飛翔魔法では到底出せない速度である。軌道に光の線を描きながら進んでいく光景は、まるで紫の流星だ。
桜子は恐怖でその場を動けない。結局、彼女が何なのか最後まで知ることができなかった。
「た、助かったんだよな、俺たちは……」
「多分……」
「あいつは何だったんだ?」
「分からない……」
避難民たちもあの少女について考察を始めるが、その答えに辿り付く者はいない。
空には無数の星と、白銀の月と、あの少女の軌道が綺麗に輝いていた。
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