第22話 街に潜む狂気

 甲斐田かいだという男に案内され、私とハワドは彼の家に辿り着いた。彼らの住居はコンクリートの簡素な家で、中には彼の妻らしき女性と息子らしき子どもが待っていた。


「あなたがこの街を救ってくださった魔法少女様なんですか! 狭い家で申し訳ないです!」


 妻が興奮気味に私へ質問する。


「あの『様』付けで呼ぶのは止めてくれませんか? 恥ずかしいので……」

「では、魔法少女様! 今夜はとびっきりのご馳走を用意いたします!」


 女性はキッチンらしき部屋に入ろうする。


「あの……色々言いたいことはあるんですけど……まず、魔法少女は食事を取る必要がないんです」

「えっ! それは便利ですね!」

「そう思いますか? 人間としての楽しみが減ったんですよ?」

「今のように食料を得るのに苦労する状況ではそっちの方が便利でしょう」

「それは……そうかもしれませんね。それと様付けは止めてください」


 私はそこで会話を止め、玄関から住居の外へ出た。日が沈み、星空が綺麗に見える。今は夏なのだろうか。天の川が目に映った。


「昔はこんなに星が見えなかったよね?」


 家の外壁に寄りかかり、ハワドへ尋ねる。


「人間の世界が魔族に支配されてよくなったことといえば、これくらいだよな」


 私はそのまま壁に寄りかかり、住居の中から聞こえる笠原一家の食事中の会話に耳を澄ませた。

 子どもが笑う声や料理の感想など、楽しそうな家族の会話が聞こえる。

 私にもこんな家族風景があったと思う。随分昔の話だが。


「ねぇ、あのお姉ちゃんはパパやママよりも若いのに、どうして敬語使うの?」

「魔法少女は年齢を取らないんだ。だから本当はパパやママよりも長生きしていて偉いんだよ」

「へぇ~、そうなんだ! じゃあ、お姉さんの中身はおばあちゃんなんだね!」


 この会話を聞いて、私の顔が引きつる。こめかみの血管がピクピクと動く。その様子を見てハワドはくすくすと笑っていた。

 子どもは言葉の選び方を知らない。


「……子どもって嫌い」


 私は壁に寄りかかるのを止め、気分転換に街の散策を始めた。あちこちの家で灯り、夕食を取っているようだ。

 そのとき――


「それにしても小夜子ぉ、この街、少しおかしくないか? ずっと違和感を感じてたんだけどさぁ」


 ハワドが私の耳元で彼の感じていた違和感を打ち明ける。


「何が? 普通の街だと思うけど……」

「いや、この街、植物が全く生えてないんだ」

「?」


 彼の違和感を聞いて、周辺の道路を見渡した。彼の言うとおり、街の中には緑が全く見当たらない。街路樹もないうえに、側溝の隙間などに雑草も生えていない。


「街の清掃者がちゃんと仕事してる証拠ね」

「いや、この街の外はビルも道路も蔦や雑草だらけなのに、この辺りだけ全く生えてないのはおかしいだろ?」







     * * *


 私は甲斐田一家が食事を済ませた時間を見計らい、彼の家に戻ってきた。


「街の様子はどうでしたか? 魔族が戻ってくる気配はありませんでしたか?」


 玄関の扉を開けると、甲斐田銀二ぎんじが心配そうに聞いてくる。


「いえ、特にそんな気配は感じません」

「そうですか! ありがとうございます! どうかウチでゆっくりしていってください!」


 キッチンでは彼の妻が食事の後片付けをしていた。水の入った桶で食器を洗っている。私はキッチンに入り、彼女の横に立った。


「あの、何か手伝いましょうか?」

「大丈夫です。どうかゆっくりなさってください」


 私の申し出を妻は断り、食器を洗い続けている。

 そのとき、シンク横に置かれたまな板の端に、赤い液体が付着していることに気付いた。まるで動物の血液のような……。


「あの、まな板の端を洗い忘れてますよ?」

「あら、ほんと! 嫌だわ、オホホホ」


 笠原の妻は焦るようにまな板を洗い出した。


「今日は肉か魚料理だったんですか?」

「え、ええと……肉料理を……」

「ここの住民はどんな食生活をしているのですか?」


 私は会話を広げようと、質問をさらに続ける。

 この世界の人間はどうやって生き延びているのか。そういう個人的な興味もあったのだ。もし魔族を倒して、魔法少女から人間に戻れるのなら――。そんなことを考えない日はなかった。

 しかし――


「い、色々ですよ。鶏とか豚とかね……」


 ――彼女の顔色が悪くなってきている。聞かれてはまずいことでもあったのだろうか。

 私は会話を止め、一度彼女とは距離を置くことにした。


「では、私はまた外の警備に行ってきます」


 私がキッチンを出ようとした、そのとき――


 ペキッ!


 足の裏で何かが割れるような音がした。足を上げると、何か小さな白色のものが床に転がっている。


 私にはそれが、のように見えた。

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