第9話 敵の魔法使用者

 甲虫頭大鬼ビートルヘッド・オークの撃破後、私とハワドはその辺にあった雑居ビル内部のソファに横になって夜を過ごした。ビルの従業員は全員逃げ出しており、死神たちもどこか遠くへ隠れたらしく、睡眠を妨げるような者は誰もいない。

 私の心に無断で建造物に侵入している罪悪感はあったが、それ以上にどこか落ち着ける場所が欲しかった。甲虫頭との戦闘で緊張の糸が解れ、体に気力が残っていなかったのだ。


「これから日本はどうなっちゃうんだろう?」


 私はソファに仰向けになり、天井を見つめた。そこにあった天井パネルの模様を眺め、考え事をする。

 この国から遠く離れた中東地域。魔族はそこにしかいないものだと、私は勝手にそう考えていた。まさか今日になっていきなり魔族がこの国に現れるなんて誰も想像していなかっただろう。


「中東から離れた日本ここまで兵士を送り込んでいるとなると、本当は水面下で世界的に支配が進んでいたのかもな」

「けっこう高度な戦略を考えるのね、魔族は」

「魔族の上層部は頭がいい連中が多いからな。下手すると、人間よりも知能があるヤツがいるかもしれない」

「そんな相手に人間は勝てるの?」

「それは、魔法少女が鍵を握ってくるだろうな」


 ハワドは私の顔のすぐ横に降り立ち、円らな瞳で私を見つめた。


「お前も魔法少女の力を使って分かっているだろうが、アレはすげぇ強力なモンだ。効率的に力を使って、襲い掛かってくる魔族を殲滅していけば勝てるかもしれないな」

「今日は何とか、甲虫の巨人をやっつけられたけど、ああいう敵がまだ何体もいるんでしょ? また上手く倒せるとは限らないんだよ?」

「お前、なんかネガティブな意見が多いぞ」

「だってぇ……」


『行動より先に理屈が出るよねぇ』


 そんな琴乃の言葉を思い出す。今、心の中が不安で埋め尽くされているのは、私のこうした性格が原因なのだろうか。

 そういえば、今、琴乃は何をしているのだろう? 魔族から逃げ切れているのだろうか? もしかして、魔族になってしまったのではないだろうか?

 そんな不安も、私の頭を過ぎっていく。


「まぁ、あまり難く考えるなよ? お前の他にも戦ってくれる魔法少女はたくさんいるんだからさ」

「えっ? それ、本当?」

「ああ。魔法少女と契約するための送り込まれた妖精は俺だけじゃない」

「じゃあ、増援を期待していいってことだよね?」

「どうだ? ちょっとは希望が持てるだろ?」

「少しだけ……」

「そうか。他の魔法少女については、そのうち合流できるさ」

「うん……」


 私以外にも魔法少女がいる。

 一体、どんな子なんだろう?


 そんなことを考えながら、目を瞑った。











     * * *


 翌日の目覚めは騒々しかった。


「小夜子! 起きろ!」

「……ん」


 硬いソファで横になったせいで、体のあちこちが痛い。昨日の疲れも抜け切っていないように感じる。室内は完全に冷え切っており、床がひんやりとしている。


「大量の魔族がここに向かってきているぞ!」

「え……」

「迎撃の準備を整えろ!」


     * * *


 私はビルの窓を開け、そこから空へと飛び出した。飛翔魔法を展開し、一気に高度を取る。


「ハワド、気配はどこから来てるの!?」

「海の方角だ!」


 街から南の方向にある港エリアへと顔を向けると、荒波の立った海が視界に入ってくる。轟々と上がる白い波飛沫に混じって、黒い点々のような物体が見えるのに気付いた。


「まさか、あれが全部魔族なの?」

「どうやら海中を歩いてきたようだな」


 その数、軽く百は超える。その黒い全ての点々から魔族の強い気配を感じられた。


 ザッパァァッ!


 波がコンクリートに当たって高く飛沫が上がるのと同時に、黒い巨人たちが上陸し、港へ足を踏み入れていく。彼らの正体は間違いなく昨夜倒した強敵、甲虫頭大鬼だった。敵意に満ちた目がギラギラと輝き、人間の集まる住宅街方向へと歩き始めた。

 甲虫頭だけではない。それ以外にも多数の魔族の姿も見える。空を飛ぶ魔族、地を這う魔族、死神よりも小柄の黒い小人――様々な魔族が街へと侵入していた。


「あの敵、昨日殺したヤツがあんなに沢山」

甲虫頭大鬼ビートルヘッドオークに、小鬼蟲ゴブリンセクト粘体蛞蝓スライムスラッグ。低級魔族ばかりだが、数が多いな」


 魔族の大群は港のコンテナや車両を吹き飛ばし、人間が作り上げた都市を蹂躙していく。


「小夜子、このままあいつらを野放しにすると、甚大な被害が出る。さっさと殲滅するぞ」

「で、でも、あんな数、相手に出来ないよ!」

「あいつら全員を一気に相手にする必要はない。群れから離れた個体から消していくんだ。少しでも数を減らせば、犠牲者も少なくできる!」

「……分かった。やってみる」


 私は大群の端の位置を確認すると、一気に高度を落とた。ビルの隙間を高速で飛行し、群れから離れそうな個体を索敵する。ビルの隙間を通過していけば魔族たちから死角となって、気付かれる前に接近できるはずだ。

 信号機や道路標識を避け、交差点を抜ける。死神から避難して誰もいなくなった街を、ビル風となって飛んだ。


「……いた」


 私の前方に発見したのは、黒い数匹の小人と、地面を這うゼリーのような無数の塊……小鬼蟲ゴブリン・セクト粘体蛞蝓スライム・スラッグの混合部隊だった。


「一気に、倒す!」


 私は今の力でできる限り多くの光剣を召喚し、それぞれのに向かって突き刺さるよう指示を出した。私の放った魔法の剣は、白く光る軌跡を描きながら高速で空中を進んでいく。


 ドスッ……!


 魔法はそれぞれの敵に貫通し、彼らを地面に伏せさせた。それは一瞬のことで、私の存在に気付く暇もなかっただろう。


「小夜子、上だ!」

「えっ?」


 ゴオォォォッ!


 敵を倒した瞬間、私の真上から巨大な火球が降ってきた。直径約2メートル、オレンジ色に光る球体が私の横をかすめる。


「熱ッ!」

「敵の炎魔法だ! あそこに魔法を使う敵がいる!」


 それは魔族が繰り出した対空砲火だった。道路に放置された車の陰に隠れていた魔族――黒光りする甲殻を持つ小人が、エメラルド色に光る複眼で私を睨んでいた。


小鬼蟲僧侶ゴブリンセクト・ビショップか。魔法による後方支援に優れた魔族だな」

「今のが、敵の魔法?」


 狼狽ろうばいする私に構わず、敵は間髪れず再度魔法を放つ準備を進めていた。複眼が強く光り、小人の頭上に火球が構成されて徐々に体積を増やしていく。


「また来るぞ! 構えろ、小夜子!」


 巨大な火球が、再び私に迫っていた。

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