第11話 自分の魔法の欠点を見る

「敵は大分片付いたね」

「うん……」


 数時間後、街に上陸してきた魔族の殲滅が完了した。すでに日が傾き、周辺は夕日の茜色に染まり始めている。


 私と中川なかがわ飛鳥あすかは魔族たちの上陸地点である埠頭にて合流し、巨大なクレーンの上から襲撃を受けた街の様子を眺めていた。


 私が切断した魔族のバラバラ死体。その周囲には黒い血液が飛び散っている。


 中川が殺した魔族の焼死体。周りの建造物ごと焼き焦がし、今も熱を帯びているのか、なかなか煙が消えない。


「それでも……犠牲者は出ちゃったけど……」

「それは仕方ないよ、小夜子ちゃん。敵は何百体もいたのに、こっちはたった2人だもん」


 市街地に転がっているのは魔族の死体だけではない。

 彼らに殺された市民の死体も、かなりの数が放置されている。魔族が暴れていたせいで、誰も死体の回収に手をつけられない状態になっていたのだ。

 その死体のどれもが、損傷が激しい。爪や牙で大きく裂かれた傷からは血液や臓器が飛び出している。そんな死体が大量に横たわっている様子は、まさに地獄絵図と言えるだろう。


「あんな姿で死ぬなんて……見てるこっちが耐えられないよ……」

「小夜子ちゃん……」

「こんな戦い……いつまで続くんだろう……」


 私の魔法少女としての戦いは始まったばかりだ。

 しかし、もう心が折れそうになっている。

 誰かが魔族を減らさないと、さらに被害は拡大する――そのことは十分、頭の中では理解していた。それでも、私の目の前にあるのは辛い現実だけのような気がしたのだ。


「それにさ……中川さんの魔法……私の魔法よりすごく良いし……」

「そう? 小夜子ちゃんの魔法だって、かなり便利だと思うよ?」

「ううん。今日の戦闘で気付いたんだけど、この魔法……かなり不便なんだ」

「え……?」


 戦闘中、甲虫頭大鬼ビートルヘッド・オークの腹を魔法で切り裂いたときのことだ。

 私の魔法で甲虫頭は絶命した。それと同時に、大量の甲虫頭の黒い血液や臓器内部の消化液が地面に飛び散る。


 ――そこで見てしまったのだ。


 飛び出た消化液の中に、溶けかけた人間の子どもの死体が入っているのを。


 ドロドロになりかけている見開いた眼が、自分を真っ直ぐに見つめていたのだ。


 そのグロテスクな光景に、気が動転しそうになった。

 自分の胃の内容物まで吐き出したい気分になったが、なぜかそれはできなかった。

 ハワドが言うには、魔法少女は人間の生理的な機能をストップできるらしい。


「あんなものを見てしまうくらいなら……中川さんの魔法みたいに、全部焼いてしまう方がマシのように思えるの……」

「小夜子ちゃん……」


     * * *


 その日の夜、私たちは人がいなくなったホテルに泊まった。


 現在、日本政府は非常事態宣言を出しており、外出を控えるよう国民に呼びかけているらしい。

 外には化け物にがいるかもしれないのに、わざわざこんなホテルに入ろうとしてくる人間なんていないだろう。


 中川とはあまり言葉を交わさないまま、すぐに眠りへと落ちてしまった。

 私自身、かなり肉体的・精神的に疲労していたのだ。


     * * *


 翌日、私は早朝に目を覚ました。

 すぐにベッドで就寝したせいだろう。その分、早く目覚めてしまったのだ。

 窓から外の様子を見てみたが、まだ日の出も確認できない。

 真っ暗な街並みが続いている。人工的に発せられる光は街から消え、静寂が包み込んでいた。


「星が綺麗……」


 街の光が消えた分、星空の光が増していたのだ。


「……小夜子ちゃん?」

「中川さん?」


 私がベッドからいなくなっているのに気付いたのか、中川が私のすぐ横まで近寄っていた。彼女も窓辺に立ち、一緒に星を眺める。


「あの……昨日はごめんね、中川さん」

「えっ?」

「私……昨日、何か卑屈みたいなこと言っちゃって……」

「大丈夫だよ、小夜子ちゃん」


 彼女はそう言って微笑んでくれた。


「アタシ、小夜子ちゃんだって、すごいと思うよ?」

「え?」

「小夜子ちゃんの魔法なら、敵を苦しませることなく一撃で仕留められるから……」


 中川は再び、星空を見上げる。


「アタシの魔法……必ず、敵を長時間苦しませちゃうから……耳に残るんだ……断末魔の悲鳴が……」


 私も彼女の魔法が発動されたときに聞いた。

 そっか……彼女の魔法にも、彼女なりの悩みがあるんだ……。

 彼女も同じように、悩みを抱えている……。

 そのことが、私の気持ちを軽くさせた。


「それに、小夜子ちゃん、アタシよりもすごいところあると思うよ」

「えっ?」

「小夜子ちゃん、アタシよりも、おっぱい大きいし……顔も綺麗だし、グラビアアイドルみたい……」

「も、もう!」


 私は両手で胸を隠し、中川に背を向けた。

 私の長所を他人に尋ねると、いつもこれだ。友人はみんな私の胸について弄ってくる。あまり自覚は無いのだが、私の胸は俗に言う「巨乳」というヤツらしい。親友の琴乃からも「グラビアアイドルになって、世の男性をメロメロにしちゃおう」と言われたことがあるほどだ。


「顔赤くなって……小夜子ちゃん、可愛い」

「む、胸のことはあんまり関係ないでしょ!?」


 私は中川に背を向けたまま、窓の外へ目をやった。


 そのとき――


「ん……?」


 ――一閃。


 星空を走る、紫の光。


 その光は、瞬きをした間に消えてしまった。


「……小夜子ちゃん? どうしたの?」

「今、流れ星が……」

「えぇ!? すごいじゃん! ラッキーだよ! アタシも見たかったなぁ!」

「……」


 私はその紫光があった位置から、しばらく目を離すことが出来なかった。


「どうしたの? 小夜子ちゃん?」

「ううん……何でもない」


 ――とてつもない不安。


 あの紫光を見た瞬間、なぜかそんな感覚に襲われたのだ。


 日の出までしばらく星空を見続けていたが、あの紫光を再び見つけることはできなかった。

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