第6話 命を焼く炎

「これが……魔法の威力」


 私は寝室の床に転がる魔族の死体を見て呟いた。


「そうだ。魔族に対抗するには、それぐらいの威力がなければ太刀打ちできない」

「そんなに魔族って強いの?」

「ああ。統率の取れた魔族の軍隊は、戦車や戦闘機を使っても歯が立たないだろうな。それにこんな恐ろしい外見の死神でも、魔族の階級の中では最底辺なんだぜ」

「階級?」

「魔族内には階級制度ヒエラルキーがあるんだよ。上位に行くほど強い。知能だって上がるし、今のお前と同じように魔法を使える敵だって多くいる」

「魔族も……魔法を?」


 ハワドは淡々と語る。

 私がニュースや新聞から得ていた情報だけでは分からなかったが、どうやら魔族は想像以上に手強い相手らしい。これまで軍隊が討伐作戦を何度も行ってきたが、その度に失敗している。その理由を、今、この身をもって実感した。


 魔族が発生している中東地域から遠く離れた日本。自分たちの暮らすそんな国で、その化け物が何も武器を持たない市民に国民に襲いかかっている。


 私は魔族発生のニュースを『遠くの国の出来事』としか考えていなかった。いや、この国に暮らす人間の誰もがそう感じていたに違いない。突然魔族が襲撃してくるとは誰も考えてはいなかっただろう。


 私は足元の死神の生首を見ながら、そんなことを考えていた。


 そのとき――


 ドクン……!


 私の心臓が突然高鳴る。


「何、この感じ?」


 体がを脳へ訴えている――そんな感覚に襲われた。

 とてつもない嫌悪感。

 沢山の何かが自分の見えないところで蠢く気配。

 私の体は無意識にとある方角へ注意を向けていた。


 その方向にあるのは、先程の魔族によって空けられた寝室の巨大な穴。

 そこから見えるのは遠くまで続く茜色の空。

 私はそれをただの夕焼けだと思っていた。だけど、夕日が続いている時間が長すぎる。今はもう日が沈んでいる時間帯のはずだ。


「空が……赤い?」


 ――ビュオッ!


 そのとき、破壊された窓枠を風が通り抜けた。


「このにおい……!」


 私の鼻腔に何かが焦げるような臭いが届く。その風に混じり、細かな灰も舞っていた。

 茜色の空。焦げた臭い。空中に漂う灰。

 そこから導き出される結論は一つ。


「街が……燃えている?」


 我が家から見える赤い空の下にはオフィスビルや商店が多く並ぶ繁華街がある。まるで焼夷弾で空襲されたような大火が街を覆い尽くしていたのだ。ハワドは街の方向をじっと眺め、口を開いた。


「どうやらそのようだな、小夜子。あの方角に魔族の気配を感じる」

「魔族の気配?」

「ああ。妖精は遠くに存在する魔族の位置を感じ取ることが可能だ」

「妖精にそんな力が……」

「お前も魔法少女も気配を感じ取ることが出来るはずだが、何か感じないか?」

「それは……」


 先程私が感じた嫌悪感。

 それがきっと魔族の気配であり、魔法少女になったことで付与された探知能力。

 沢山の何かが蠢く気配。ハワドの言うことが本当に正しいのならば、あの大火が上がっている場所に多くの魔族がいることになる。


「魔族は本格的に人類との戦争を開始したらしい」

「せ、戦争?」

「治安が悪い中東地域を支配して、戦争の準備を整えていたんだろうな。そして、今に踏み切った」

「そんな……」

「これから、この国にも大量の魔族が来るはずだ。殺戮が始まるぞ」

「沢山の人が死ぬ……」

「でもな、小夜子。お前ならそれを防ぐことが出来るかもしれない」

「え?」

「今のお前が持つ魔法少女の力を使って魔族を迎撃するんだ」

「それは……」

「小夜子、早くお前の力を使って向こうにいる魔族を倒しに行こう!」


 ハワドにはそう提案された。


 しかし――


「わ、私には無理よ」


 私は魔法少女の力をハワドから貰い、高い威力を持つ光の剣を入手した。それを使い、襲いかかる両親や死神も排除した。この力をうまく使えば魔族を迎撃することも可能かもしれない。


 しかし、急に戦場に赴いても、まともに戦えるわけがない。私は普通の新学校に通うただの女子高生だ。運動神経だって悪い方で、体力テストだって学年でほぼ最下位だった。戦場で機敏に動ける自信は皆無だ。


 それに、私は今さっき魔法少女になったばかり。魔法を使った戦術も素人だ。先程までの戦闘で生き残れたのは、単に運が良かったからだ。自分の使う魔法がいくら強力でも、それを使う人間の能力が低ければ魔族にすぐに殺されてしまうだろう。


 それに――


「恐いのよ……あんな化け物と対峙するのが……あんな化け物に殺されるのが」


 すでに私は魔族という生物の恐ろしさを体感している。無慈悲で、残虐で、暴力的――そんな生物が何匹もあちこちに存在しているのだ。それを考えるだけでも胸が痛くなる。

 それに、魔族に戦いを挑んで敗北した場合、凄惨な死が用意されているに違いない。


 人間はいつ、どこで、どんな風に死ぬか分からない。それでも、あんな醜い生物に体を裂かれ、食われ、貪られて死んでいくのは、想像するだけで耐えられない。


「……俺がちゃんとサポートする」

「でも、私、今までただの女子高生だったし、運動神経も悪いし、あなたの足手纏いになるだけよ」

「魔法少女になった人間は身体能力や回復力も強化されるし、軽い傷ならすぐに完治する。余程損傷が酷くなければ死には至らない」

「例えそうだとしても……あんな化け物と戦うのは、私には荷が重いし、戦うなんて……私には無理よ」

「でも、小夜子。お前がここで魔族を食い止めないと大勢死人が出る」

「分かってる……だけど」


 私は寝室のベッドに横たわる家族の死体に目を向けた。体中血だらけで、目は閉じられている。


 彼らはもう動かない。


 私を育ててくれた家族はもういない。いつか病気や事故などで別れが来ることは覚悟していたが、こんな別れ方をすることになるなんて夢にも思わなかった。


「小夜子?」

「うん……分かった。ハワド、行こう」


 私は魔法少女の力を使って魔族を倒すことを決意した。


 私にはもう帰る場所がないのだ。


 家族の死体はいずれ朽ちていくだろう。家族のそんな姿は見たくなかったし、心のどこかに家族を殺してしまった罪悪感があった。


 私はここにいてはいけない。

 そんなことが私の頭を過る。


「お母さん、お父さん、悠太……有紗……行ってきます」


 ベッドに横たわる家族の死体にシーツを被せ、私はハワドとともに家を出た。

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