第35話「真名」

 宇宙魔王、いやレックスは倒れたままだった。

 死んではいない、よな?


「レックス様!」

 ネイロとスノが彼に駆け寄った。

「……ここは? 私はいったい?」

 レックスが目を覚ましたようだ。

「あなたは……」

 ネイロはこれまでの事を彼に話した。

「そうか、思い出してきたぞ。私はたしかにこの地球を征服しようとした。だがそれは」

 レックスはネイロとスノに支えられて立ちあがり、俺達の方を向いた。


「すまなかった。私はなんという事を」

 レックスは頭を下げて謝罪してきた。

「いや、あんたは妖魔に憑かれてたんだろ。それに俺達もさんざん痛めつけたし」

「妖魔……そう、私は元々それを倒す為、その手段を得るために地球へと向かっていたのだ」

「え、何で?」

「奴らが存在する限り永遠に宇宙の平和が訪れないと思い、それをずっと探していたが、ある時気晴らしのつもりで祖先が残した古い文献を読んでいたら、そこに書かれていたのだ」

「そうだったの? で、それが神力だと?」

「いや、未知のエネルギーとだけだったが、それを使えれば奴等を一掃できると。かつて大宇宙に現れた大妖魔を倒したのもこの力だと……だが途中で私自身が取り憑かれ、そして……後は知っての通りだ」

 レックスはそう言って俯いた。


 

「ふと思ったが、何故あんたが倒れた時、妖魔はあんたから抜け出さなかったんだ?」

 兄ちゃんが尋ねると、

「千年前にあなた達に倒された時、妖魔は私から離れようとした。だがあれを放てばまた誰かに取り憑くのではと。だから私は自分の魂で妖魔を封印したのだ」

「ええ!?」

 俺達はそれを聞いて驚き叫んだ。


「だがそれも千年が限界だと思った。その頃に私の意識が完全に消え、妖魔が私の体を使ってまた……だから『千年後に蘇る』と言ったのだ」

「それは後世に伝える為だったんだな」 

「ああ。千年もあれば対策も立てられる。いや未知のエネルギーを使いこなし、妖魔を完全に滅ぼせる者も生まれてくるのではと思った」

 そうか、彼は千年もの間ずっとここで妖魔を封印してくれていたのか。

 俺には想像もつかない苦しみだっただろうな。


「お話はまた後にして。まだ終わってないわよ」

 マウが以前の口調で言ったが、まだって?


「な、何だあれは!?」

 誰かの叫び声が聞こえたので、そっちを見ると……

 

 そこには人や動物や妖怪、そして宇宙人みたいなものの顔が積み重なった巨大な化け物がいた。


「な、あれはまさか」

 弘法大師様が驚きながらそれを見ていた。

「え、あれって何なんですか!?」

「あれは妖魔獣。負の業の集合体だ」

「な、なんだって!?」


「弘法大師様。あれはかつて拙者やたけぞう、他の友人達で消滅させたはずですが」

 彦右衛門様がそう言ったって、以前あれを倒したの?


「それとはまた別のものです。あれは今まで政彦殿達が倒してきた宇宙人達の怨念と妖魔が集まっている。そしてかつての宇宙魔王より遥かに強大です」

「えええっ!?」

 宇宙魔王も強敵だったのに、それ以上の相手だなんて。

「でも、やるしかない」

 俺が言うと、

「ああ。皆、もうひと踏ん張りだ!」

 兄ちゃんが刀を上にかざして叫んだ。


「私も戦……うっ」

 レックスが身構えようとしたが、ダメージが残っているせいで膝をついた。

「レックス様、無理はいけません!」

「ありがとう。だが彼等だけに戦わせるわけには、え?」

 その時レックスの体が光輝いた。


「もう体は治ったでしょ?」

 香菜様がレックスに話しかけた。

 どうやら香菜様が神の力で回復させたようだ。

「あ、ああ。礼を言う」

「お礼はいいですよ。わたしの子孫を、多くの人達を守ってくれたら……わたしが直接戦えたらいいんですけどね」

「……? まあいい。では行くかネイロ、スノ。

「え? ああっ!」

 ネイロが振り返ると、そこにはスノだけでなく死んだはずのオークボとダイマドもいた。

「さっき倒された時、薄れゆく意識の中で二人を生き返らせたのだ。『私はもうここまで、だから最後の力で』と思ったのにな、ふふ」

 レックスは苦笑いしていた。

「いいじゃないですか。さて、あいつらに俺が脳筋じゃないとこ見せてやるぜ」

 オークボが笑いながら言い、

「さあ行きましょうぞ。後であやつらと茶でも飲んで語り合いたいですしのう」

 ダイマドも好々爺のように笑いながら言った。

「ああ」


 

 そして俺達と妖魔獣の戦いが始まった、が。



「ぐっ。あ、あいつ全然ダメージを受けない?」

「な、なんという強さだ……」


 俺達は地面に突っ伏していた。

 全員全力で戦ったのに……たけさんや妖怪達、宇宙魔王軍の面々ですら歯が立たずにいた。


- グロロ、キエサレ -


 妖魔獣の掌に黒い気が集まりだした。


「あ、あれは……やばいわ! あれを撃たれたらここだけじゃなく地球が木っ端微塵になるわ!」

 俺の隣にいたマウが叫んだ。

「何!? ……くそ、もう防げないのか!?」

「……ねえ、政彦」

「何だよ?」

「あたしと接吻してくれにゃ~♡」

 マウがいつもの口調で笑いながら言った。

「な、何だよ、最後にってか?」

「違うにゃ。あたしの力をフルパワーにする為にゃ」

「へ?」

「いいからするにゃー!」

 返事する前にマウは俺の唇に……。

 そしてマウの体が金色に輝き出した。


-グロ……ナ、ナンダコノヒカリハ?-



「とうとう見せますか……様」



 その光が収まると、そこには猫耳と尻尾があり、白くて裾の短いキトンのようなものを着ている二十代位の女性がいた。


「え、マウ?」

 俺がおそるおそる声をかけると、


「いいえ、妖怪猫女マウとは仮の姿。私の真名は……バステト」


 バステト?

 ってまさか……エジプト神話に出てくる猫女神バステト!?

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