解説編

川辺での攻防

 第一回目の解説はやはり私の主力作「剣侠李白」の第一話から引用するとしよう。


 この話の主人公である辛悟しんごは川辺にて敵に襲われる。辛悟は徒手、敵は剣だ。しかし力量差としては辛悟の方がはるかに上である。


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 二歩三歩と後退しつつ剣刃を受け流す辛悟。その身ごなしは慣れたもので、武芸の心得があるのは明々白々だ。一方の痩せ男はさらに闇雲に剣を振り回す。こちらに武芸の心得がないことも、また明々白々であった。

(中略)

 川辺から十分距離を取ってから、辛悟はやおら手を掲げる。痩せ男の剣を振り下ろそうとしたその手首を、掲げた手刀で受け止める。そのまま払うようにして流し、もう一方の肘を相手の開いた脇腹に打ち込んだ。ぼきりと肋骨の折れる手応え。この頂肘ちょうちゅうを打ち込むため、辛悟は足場の良い位置へと逃げていたのだ。固い地面と強い踏み込みで威力は倍増している。痩せ男は斬りかかった勢いのまま倒れ込み、ゴボゴボとひとしきり血を吐くとそのまま動かなくなった。死にはしないだろうが酷く肺を傷つけたはずだ。もはや立ち上がれまい。


『剣侠李白』「相碁井目 - 道とすべきは常の道に非ず」より

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880213703/episodes/1177354054880213797

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 まず戦闘場面は前述の通り川辺である。この直前のシーンで、辛悟なる人物は地面のぬかるみに盤面を描いて囲碁の対局を演じている。つまり、足場は非常に悪い。

 徒手編「一撃は大砲の如く」にて、強力な一撃には強固な土台が必要であると述べた。そのため、この辛悟はまず足場の確保を優先したのである。


 相手は剣を振り回しているため、この剣をどうにか封じたい。辛悟は徒手編「逸らす、受け流す」「攻撃を制する」の用法で敵の武器を持つ腕を封じ込み、相手の脇腹が大きく開いた状態を作り出した。


 下部肋骨が急所であることは演武編「似非解剖学」に記してある。そしてこの時点で敵と辛悟の距離はかなり接近しているはずだ。拳を放つのではすでに近すぎる。であれば、徒手編「間合いの駆け引き その二」で示したように、その間合いに適した方法で攻めれば良い。ゆえに彼はここで肘を用いた。

 しかも、彼はこれを相手が斬りかかろうと踏み込んだ一瞬で放った。徒手編「相手の力を利用する」で例示した内容と同じく、自身は一歩も動くことなく、相手の力を利用して攻撃しているのだ。


 この戦闘は敵方が素人であるが、辛悟は武芸を修めている。そのため敵方の攻撃は一切当たることがなく、辛悟はただの一撃で相手を下すようにした。


 さてこうして見ると、私は左右のどちらへ彼らが動いたのかを示していない。まあ、戦闘が一瞬で終了するからには位置関係などさほど重要ではないが、厳密を喫するならば「辛悟は左の手刀で受け、右肘で攻撃した」と明示すべきだったかも知れない。剣を扱う敵はおそらく右手で剣を振るったはずであり、であればそのようにするのが最も自然な動きとなるからである。


■今回の関連記事


徒手編「一撃は大砲の如く」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880833858/episodes/1177354054881055339

徒手編「逸らす、受け流す」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880833858/episodes/1177354054880963238

徒手編「攻撃を制する」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880833858/episodes/1177354054880974991

演武編「似非解剖学」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880833858/episodes/1177354054881293149

徒手編「間合いの駆け引き その二」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054880833858/episodes/1177354054881020591

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