(補遺)致命傷となりやすい傷

 人を殺傷するとき、もっとも致命傷になりやすい傷とはどのようなものであろうか?


 一時期、法医学に興味を持った時期がある。

 法医学とは推理モノによく登場する、直腸温度や胃残存物から死亡時刻を推定したり、白骨死体から年齢や性別を特定したり、傷口から凶器がどのような物であったかを絞り込むあれだ。


 そのとき得た情報によると、致命傷となりやすいのは刺し傷(刺傷ししょう)であるそうだ。

 刺傷は一突きで身体の深部に達するため、より重要な血管や臓器に至りやすい。言われてみれば至極当然のことだ。刃で切り付けても脳や心臓は骨に守られていて届かない。しかし突き貫いたなら届く。線ではなく点であることもその威力に寄与するだろう。

 となると、ナイフを持った人間が逆手で相手に刃を突き立てたり、時代劇で未亡人が「夫のかたき!」と言って腰だめに短刀を持って突進するのは、その点からすると理にかなったことなのかもしれない。


 一方、漫画や映画の戦闘では、剣や刀で「斬る」動作をよく使っていると思う。大きく武器を振り回したほうが動きが派手になるし、キンキンと刀剣が鎬を削って鳴り響く絵面は爽快だ。

 ところが切創せっそうというのは存外傷が浅くなりやすく、傷口は大きい割にそれ単体は致命傷になりにくいそうだ。痛みはあろうが、戦闘の興奮状態にあればそれも薄れる。もちろん、首や腕を斬り落とすほどであれば別だが、それはもはや裂創れっそう割創かっそうと呼ばれる部類だ。

 満身創痍でも立ち上がるというのは、実は浅い切創ばかりを負っているだけなのかもしれない。


 いずれにせよ、致命傷とは十分に深く肉体を損傷させなければならない。

 偉丈夫とはほど遠い、ひ弱な者が敵を倒す場面があるとするなら、刺突攻撃が有効と言えそうだ。

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