常在戦場の備えとは

※今回はおおよそギャグと思って読んでください。


 武術を修める者としては、やはり常在戦場の心構えをしたいものだ。


 いつ何時、戦わねばならぬ場面に出くわすとも限らない。

 強盗に襲われるかもしれない。通り魔が現れるかもしれない。誰かにうっかり線路へ突き飛ばされるかもしれない。怨恨を抱えた相手に自宅で待ち伏せされるかもしれない。街角を曲がったらヒグマが待ち構えているかもしれない。気が付けば周りをゾンビに囲まれているかもしれない。


 できることなら逃げるべきだ。君子危うきに近寄らず、敵とは距離を取り、然るべき者に任せるのが一番だ。


 だがもしも、退路を断たれていたら? あるいは大切な家族友人が今にも害されそうになっていたら? あるいは戦うしかあるまい。

 そしていざ戦うならば、万全の状態で戦いたい。自身が修めた技を遺憾なく発揮し、そのうえで敗北したのならばまだ死に際に無念はあるまい。

 だがもしも、自身の技量とは関係のない部分で勝敗が決まってしまったら? 死んでも死にきれない。


 では常在戦場の備えとは何か?


 まずは体調を常に万全にすること。

 下痢腹など抱えていては満足に動けない。極端に腹が減っていたり、あるいは食べ過ぎていても動きは鈍ってしまう。胃腸の状態には気を付けねば。しっかり三食を適切な量で摂取し、腹を冷やさないようにして常に胃腸を整える。酒や煙草も遠ざける。

 手洗いうがいを欠かさず、少しでも不調を感じたらすぐに休んで回復に努める。病気になるのは仕方がないが、その間は体が鈍ってしまう。早く治して元の体力を取り戻さなければ。


 次に動きやすい服装だ。

 靴は足に馴染んだ、地面を強く踏みしめられるものが良い。安定性に難のある踵の高い靴など私は到底履く気になれない。攻撃するにせよ逃げるにせよ、地面をどれだけ強く踏めるかは重要になる。

 また可能な限り、爪先が硬いものが良い。足指は急所だ、踏みつけられると戦意を削がれる。逆に硬ければ踏まれても問題ないばかりか、むしろ攻撃力も上がる。空手のように足先を反らせるなどということを考える必要もなく、脳天にでも急所にでも叩きこんでやればいい。万全を期すなら安全靴がベストだ。スニーカータイプも販売されている。


 不必要に肌を露出する服は着ない。身体に密着し過ぎて動きを妨げるような服も着ない。刃物で切りつけられた場合に少しでも傷を浅くするためにも、できるだけ厚みがあり、長袖で、襟のある服を着る。

 ファッション性? 知らん。


 荷物は最小限にする。ショルダーバッグのようなものは体を転回させると大きく振り子のように動いてしまって邪魔だ。同じ理由で上着のポケットにもあまり物は入れない。

 バッグを持つならできるだけ体に密着したものがいい。それで言うとリュックが良さそうだが、これは掴まれると羽交い絞めされるのと同じことになってしまう。これらはいっそ振り回して武器にするか、とっとと投げ捨てるが良い。あるいは荷物を減らして、せいぜいウェストポーチ一つにまとめることだ。


 イヤリングやネックレス、これらは弱点にしかならない。一切身に着けない。

 腕時計も可能なら外したい。手首の動きが制限され、特に掌打の邪魔になる。いっそ手に握りしめてナックル代わりにしたほうが役に立ちそうだが、壊すにはもったいない。


 頭髪は短いほうがいい。掴まれると一気に動きを制限されることになり厄介だ。

 爪も短くしておくべきだ。引っ掻き攻撃を多用するなら別だが、割れたり剥がれたりするのは辛い。


 普段の所作も重要だ。

 電車やバスを待っているとき、棒立ちにならない。特に、片足にだけ体重をかけた立ち方をしない。これは危急の際の反応を一瞬遅らせる。体が動くのがほんの一瞬だが遅れてしまう。

 だから膝はあえて伸ばし切らない。わずかに余裕を残し、両足とも均等に体重を預ける。こうすることで不意の衝撃を受け止められるようにする。歩く時も同様に、膝は伸ばし切らず、しっかりと体を安定させながら足を進める。あまり極端にやりすぎるとASIMOになる。


 上体も常に脱力だ。強張りを排除し、瞬間的に動けるよう備える。ただ猫背になるのとは違う。

 視線は足元ではなく、正面を広く遠く見る。周囲の状況をよく見、進路を横切ろうとしている人物はいないか、地面に物は落ちていないか、あるいは落ちてきそうな物がないか、危険が迫っていないかよく観察する。


 そして平常心。

 どのような敵、どのような武器が現れても驚き慌てず、しかし的確に状況を判断できる精神を持つこと。

 こちらがむやみに動けば相手も同調してより興奮状態に陥らせかねない。逆にこちらが冷静沈着であれば相手も気勢を削がれて大人しくなることがあるし、よしんば襲い掛かってきたとしてもいたずらに手足を振り回して怪我を負うリスクを避けられる。


 最後は人間関係。そもそも敵を作らないことが最善だ。誰かに嫌厭されるのは世の常としても、殺したいほど憎まれないように身を慎んで生きる。誰と親交を深めるか見極め、害となる人物からは距離を取る。


 なお、私自身はここまで述べた事柄の半分も実践できていない。だから、例えば何かの縁で私と実際に会うことになっても、いきなり襲い掛かったりはしないでほしい。

 ……いやフリじゃないからね?

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