【体験レポ】流鏑馬体験 午前の部

 武術仲間でもある友人が興味深い話を持ってきた。


流鏑馬やぶさめを体験できる牧場がある」


 流鏑馬とは疾駆する馬上から矢を射て的に当てる、日本古来の武芸である。

 自作中でも馬に乗るシーンを何度となく書いてきた身としては、これは行かねばならぬと心に決めた。


 かくして行ってきました、流鏑馬体験。

 場所は山梨県の紅葉台木曽馬牧場。前日に河口湖駅近くで宿を取り、送迎車に乗って移動すること30分程度で牧場に着く。山の斜面すぐ横に沿って流鏑馬用の直線コース、さらにその横に小さめのサッカー場程度の馬場がある。小石や草などがしっかり取り除かれた馬場の土は驚くほど柔らかかった。さながらスポンジケーキの上に立っているかのようである。


 小屋の中に荷物を置き、貴重品のみをウェストポーチに詰めて厩舎で本日のパートナーとなる馬とご対面。まずはインストラクターの説明を受けながらブラシをかける。これはタワシのような金属のクシで毛並みに沿って撫でる。馬の皮膚は分厚いため、強めに力を込めて撫でて良いとのこと。ただし、背骨近くは薄いため柔らかく。クシと逆の手は馬体に添え、暴れないよう押さえておく。


 続いてくら馬銜はみの取り付けについて説明を受ける。これは説明のみで、装着は牧場の方にお任せする。

 本格的な流鏑馬では木製のくらを使うが、バランスが取りづらいのと、乗り方が悪いと馬体にも苦痛を与えるため、今回は乗りやすいウェスタン鞍を使う。

 あぶみは輪ではなく、側面のないスリッパのような和鎧だ。これは危急の際に即座に馬から離れられるようにであるという。輪型の鎧では足が抜けずに動けなくなってしまうというわけだ。

 なるほど戦場で馬が倒れた際に即座に立ち上がれなければ、無防備なところを一突きにされてしまうわけで、これは理にかなっている。


 ヘルメットを選んだら早速乗馬開始だ。最初の騎乗は高さのある踏み台の上から。

 私が騎乗したのは藤風ふじかぜくん。体高(前脚の蹄からキ甲、人間でいううなじ部分に突出した骨まで)はおよそ150cm、体重は400kg程度あるとのこと。おそらく私が参加者の中で一番重かったために大きめの馬があてがわれたのだろう。別に私が太っているわけではない。別の参加者が騎乗したあかつきくんは体高130cm、体重350kg程度とのこと。和種馬としてはこちらのほうが平均的だ。

 しかし西洋馬と比べれば低いといえ、乗ってみるとやはりぐんと視点は高くなる。


 ここでインストラクターの方が乗り方を指導しながら注意点を述べる。

「この馬はたまに寝転がりたくなる時があるので、頭が下がったら手綱を引いてください」

 マジですか。

 このとき私の脳裏には嬉々として枯れ草の中に飛び込む藤風くんと、投げ出される私自身の姿がありありと浮かんだのであった。先に結果を言えば、杞憂であったが。


 騎乗の姿勢は西洋式とは異なる。あちらが「座って乗る」なら、和式は「足で乗る」。

 骨盤は立て、膝は緩めて脹脛ふくらはぎで馬体を包み、背筋を伸ばし、あぶみは下方向に踏み、曰く「偉そうな感じで」乗る。手綱は上方向に輪を向けたとき、小指と薬指の間を通して中指と人差し指で包み、親指で押さえて握る。体に寄せると馬が退いてしまうので、体から放して前に置くように。

 発進は斜め前方向に膝を伸ばし、自重で振り下ろすように踵で腹を蹴る。減速および停止は上体ごと後傾しつつ手綱を引き、馬が指示に従えば即座に緩める。


 牧場内を何周か歩き基本操作を覚えたら、そのまま外乗がいじょうへ。

 一列になり牧場を出て、山の中の遊歩道のような道をまずはゆっくり歩く。その中で加減速と方向転換を実践しつつ、文字通り「道草を喰」いそうになるのを抑える方法を覚える。

 しばらく行くと今度は傾斜のある道に差し掛かる。下りでは上体を後傾、上りでは前傾になり、重心を移すことで馬が楽になるよう調整する。後傾する際に一緒に手綱を引いてしまうと馬は停止指示と勘違いして止まってしまう。

 また前傾は猫背にならないよう、背筋を伸ばしたままを意識する。


 最後は駈歩かけあしで数十メートルほど駆ける。

 これはかなり馬体が上下に揺れ、尻が浮く。ので、自転車を立ち漕ぐように膝で衝撃を受けつつ、しかし棒立ちにならない程度にする。また少し前傾となり馬が走りやすくしつつ、下腹を前輪まえわに押し付けるように。

 さらに今度は走りながら手綱を片手にまとめ、弓をイメージしつつ左手を横に伸ばす。前傾姿勢を忘れずに。最初は片手でも離すのに決心が要るが、慣れてくると恐怖心も薄れてきた。


 というところで、突如暴れる藤風くん。振り落とされそうになるのを鞍に掴まって耐える。後ろ足立ちになるような激しい暴れ方ではないにせよ、これにはさすがにビビった。知らず手綱を引き過ぎていたようだ。


 牧場に戻って馬を降りる。鎧から少し踵を後方に外し、左足を馬の尻に添うようにして回す。そこから上体を鞍へうつ伏せになるようにするのだが、右足も鎧の上で90度踏み直さなければ馬体に鎧の先が刺さる形になってしまう。右足も鎧から離したら、ひょいと飛び降りる。これが下馬の手順となる。


 馬を厩舎に戻し、再びブラッシング。鞍を外すと思った以上に汗ばんでいる。馬の平均体温は人間よりもやや高く、そのため夏場はバテやすく、涼しい季節に活発なのだそうだ。水を組んだバケツを口元へ持っていけば、ゴクゴクと飲んでいた。


 再び牧場に出て、今度は弓の練習。まずは弓を選ぶ。体の前面で構え、上から降ろしながら左右肩甲骨を寄せるように弾き、弾ききれる程度の強さを選ぶ。

 矢は木製の滴のような形のやじりが付けられたものを使う。腰に挿す方法はいくつか流派があるそうだが、ここでは腰に巻いた手拭いへ斜めに挟み、騎乗したとき太腿に添うように挿すやり方で行った。


 射法は弓道と異なる。

 まず馬上で射るものなので、中腰前傾姿勢である。体の正面で矢をつがえたのち、はず(矢の後ろ部分に入った切れ込み)の下側に親指第一関節を掛け、これを人差し指で押さえて輪を作る。そして手の甲を上向けるように捻ると、人差し指側面で矢を弦に押しつけることができる。この状態で弓矢を頭上に掲げ、三角形を描くように弾く。弓は親指の股で押すイメージにし、腕から親指の先までが一直線になるようにする。

 この状態で右親指を外せば矢を射ることができる。


 まずはこの一連を定位置で繰り返す。慣れないうちは弦を弾いた瞬間に筈が外れてしまったり、あるいは左手側で矢が親指の背、矢枕やまくらから落ちてしまう。

 この一連の操作をある程度滞りなくできるようになったら、次は歩きながら射る。ただ歩きながらではなく、手綱を放し、矢を抜き、番え、再び手綱を取り、的が見えたら放し、弓を掲げ、弾き射ち、そしてまた手綱を取る、とやることが一気に増える。


 ここまで練習したら、午前の部は終了。牧場隣のドライブインにて昼食を摂り、午後の部へ。

 山梨名物ほうとうおいしい。

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