(補遺)最も忌避すべきもの

 戦闘の場において、あるいは常在戦場の者が最も忌避すべきは何か。


 油断することだろうか。相手を見くびり力量を見誤る。確かに避けるべきだ。

 恐れることだろうか。体が震え、足は竦んで動けない。確かに忌むべきだ。

 血戯ちそばえることだろうか。気分が高揚し、むしろその凶刃を喜んで振るい、人の心を忘れる。これもある意味忌避すべきか。


 しかしながら私の考えとしては、最も警戒すべきは「居付いつき」である。一般的には「住み着く」程度の意味だが、剣道用語としては別の意味で用いられる。


 とっさの動きに迷いが生じ、息を忘れ、体が硬直し、隙を見せてしまう。戦闘においてあってはならない瞬間、その体の状態を「居付いている」と表現する。「る」の字の意味する通り、その場から動けなくなってしまうことだ。

 集中力が不意に途切れてしまったとき、何か不測の事態が発生して驚いたときに陥りやすい。


 小説的には、急に過去の記憶が蘇ったり、不意打ちを受けたり、誰かの悲鳴が聞こえたり、相手の言葉に惑わされたりした瞬間に発生するだろうか。


 日常生活でも、例えば道を歩いていて不意に死角から人や車が飛び出してきたとき、あなたはきっと息を呑み、体を伸び上がるように直立させ、腕をぐっと縮めて固まるだろう。ぶつかる相手が人間ならまだしも、自転車や車であるなら堪えられようはずもないのに、である。

 この状態に陥るとあなたは進むも退くもままならず、結局回避することができずに飛び出してきた相手とぶつかってしまうだろう。車であれば撥ねられるし、悪意ある人間の奇襲であれば一撃で急所を貫かれる。

 理想を言えば瞬時に飛び退いて相手の進路から逃れ、かつ次の回避行動に移れるよう体は緩んでいるべきだ。あるいは瞬時に相手を迂回するよう足を運ぶ。


 大抵の武術は脱力を旨とする。力を抜いた状態から変幻自在に動き出す。居付きとはその対極にある状態だ。凝り固まった状態を溶かしてから動くというのは、一瞬一秒が命運を分ける場面においてあまりにも無駄な時間だ。


 戦闘場面において「居付き」が発生したとき、その隙に付け込まれるか、あるいは瞬時に挽回できるか。そのキャラの力量が試される。

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