小説家のための武術秘伝

古月

上の巻

序文

はじめに

「小説内のアクションシーンに入れると『お、これはすごいぞ』と思われるようになるかもしれない武術うんちく、を書いたら需要はあるだろうか」


 ある日、ふと思い付きでそのようなことをtwitterにつぶやいた。これが発端だ。


 私は「古月」、武侠小説という日本の小説界隈ではマイナーなジャンルの小説を書いている。

 武侠小説とは「武術の使い手たちが任侠を行う物語」である。その性質上、武術家同士の戦闘場面は必須と言って過言ではない。


 武術を主題としない作品であれば、戦闘場面に多くの言葉を割く必要などない。

「二人はたちまち数十合を交わした」

「紫電一閃、彼は目にも留まらぬ速さで相手の首筋を斬り裂いた」

「斧を渾身の力で振り落とすと敵は防御もままならずに倒れ伏した」

 この程度でも十分な描写だろう。実際、私自身も雑魚戦描写ではこのぐらいだ。


 しかしながら、武侠小説とは武術も主題、登場人物らがしのぎを削る場面を疎かにはできない。

 それが物語に重要な意味を持つ場面であればなおさらである。

 ここ一番の戦闘をただの拳の応酬、武器の打ち付け合いにしてしまうのは勿体ない。読者も味気なく感じてしまうに違いない。


 とは言え、戦闘の場面を躍動感溢れる筆致で書き綴るのは至難の技だ。

 映画ならば、カメラワークや光の効果、映像演出もあれば効果音もある。

 が、我々には文字しかない。これはいかんともし難い「弱み」だ。


 ――否、否。「文字という最大の強みがある」のである。


 映像では表現できないことを、小説は文字を使って書き記すことができる。

 その一挙動に込められた奥妙深淵な技を綿密に描き出すことができる。

 目には見えぬ力の流れを示すことができる。

 刹那の思考を読者に追体験させることができる。

 これは、小説でしか表現できないことなのだ。


 ここで多くの方が言うだろう。

「我々は文人である。武人の境地を我々が描き出せるものか」と。


 よろしい、ならばここに明かして進ぜよう。

 若輩めが大仰に語るは笑止千万、真の武術家諸兄に至っては「なにをバカげたことを書き散らすのか」と鼻で笑って蔑むやも知れぬ。

 それであっても、私は手に汗握る戦いをもっともっと読みたいと願い、そしてもっともっと多くの方に描き出してほしいと願うのだ。


 そもそも私は武侠小説と同様に、武術そのものも好きだ。大好きだ。「シャーロック・ホームズは日本のバリツを嗜む」と読んで柔道を始め、「グリーン・デスティニー(臥虎蔵龍)」や「射鵰英雄伝」に影響されて中国武術をも学び、遂には剣術の真似事にまで手を出してしまった。

 私はもっと多くの人に武侠小説を知ってもらい、さらには武術そのものにさえも興味を持って欲しいのだ。

 今の時代では顧みられることの少ない「武術」であるが、その精妙奥深さは時代を経ても変わらぬものだ。

 私はそう信じている。


 それがために、私はここに「小説家のための武術秘伝」と題し、皆様方の小説で戦闘を鮮やかに描き出す一助となるであろう諸々の事柄を書き記すこととした。

 あらかじめ弁解しておくと、私はあくまで「武術マニア」であって、真の意味での「武術家」ではない。往々にして未熟な理解や勘違いなどを含む。

 また記述する内容についても、そもそもが私の中でも体系化されているわけではないので、心に思いつくまま、感じるままに書くことになるだろう。

 加えて「武術」とは容易に切り分け・分類できるものではなく、個々の技法は別の技法と綿密かつ複雑怪奇に繋がっている。これを一つ一つ切り出して述べようとするのだからいささかわかり辛いものとなることも致し方ないことだ。

 そのため散文的でとりとめもない文章になると思われる。その点はご了承いただきたい。


 なお、ここまで妄語する私自身の筆力は如何いかんと疑問に思う方もおられよう。

 これについては拙作「剣侠李白」をまずご一読いただきたい。それを元に各々方で私・古月の言が取るに足るか否か判ずることができるはずだ。


 正直、これは私が有する最大の「強み」を晒すことになる。それこそ武術に例えるならば、己の秘技を晒そうというのである。武術家にとって技を明かすなど自殺行為以外のなにものでもない。

 しかしながら既に述べたように、私の願いは武侠小説と武術の発展だ。


 これから記す私の「技」が皆様の作品における戦闘描写に役立てば幸い、さらにはその読者が武術に興味を持ってくれるのなら、私ごときが「強み」を失うことの一体なにを恐れようか。

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