たたかうアイカツ!おじさん外伝

アイカツおじさんの一番長い日

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本章は、帰還者トーマスさん(https://twitter.com/kikansya2001)の同人誌に寄稿させていただいたものになります。

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「みんなは、夢を見たことがありますか?」


 劇場いっぱいに集まった子供たちにAIKATSU☆STARS!のリーダー・るかがステージの上から問いかけると、ひとりの女の子が元気よく答えた。


「『アイカツ!』のゆめ~!」


(ああ……これが自分の愛した『アイカツ!』の姿だ……)


 この尊さに満ちた光景を、最後列から眺めて涙する男がいた。権俵権助(38歳、独身)、いわゆるアイカツおじさんである。


 2018年1月14日(日)、オリックス劇場で開かれたAIKATSU☆STARS!スペシャルLIVE TOUR「MUSIC of DREAM!!!」大阪公演。権助はそのファミリー回を観覧していた。なお、彼には一緒にアイカツ!してくれる小さなファミリーがいないので、後方席で静かに見守ることを条件とした<「紳士・淑女」の心得チケット>による入場である。


 AIKATSU☆STARS!がこんなに大きな舞台に立っていることも感無量だったが、それ以上に、どんなステージでも変わらず子供たちに夢を与え続けていることが嬉しかった。


※ ※ ※


「尊すぎて消滅するかと思った……」


 昼公演が終わって劇場を出ると、ロビー付近ではこの後のナイトタイムを待ち焦がれた大人の『アイカツ!』フアンたちが長い物販列を作っていた。権助は既に買い物を済ませていたので、向かいにある新町北公園で次の開場を待つことにした。都市部にありながらオリックス劇場の三倍の面積を誇るこの公園は、全国から集まった大勢の人々が『アイカツ!』談義に花を咲かせるのにうってつけだった。加えて。


「こりゃあ、ちょっとした露店街だな」


 見ると、地面に敷いたマットの上に物販のバッジやカードを並べてトレードを呼びかける人がたくさんいた。ブラインド販売による全70種のジャケバッジに、全45種のアイカツ!カードという途方もないコレクションの制覇を目指すには、またとないチャンスだからだ。


「これと、これを交換してもらえますか?」


 権助も数人に声をかけ、お目当てのバッジやカードを手に入れた。歴代のアイドルやCDジャケットがデザインされたバッジは、見るだけでこれまで『アイカツ!』と共に歩んできた記憶を思い出させてくれる。そして、今回のツアーで初めて販売された特製アイカツ!カード。


「まさか、こんな商品が発売される日が来るなんて」


 『AIKATSU☆STARS!&STAR☆ANISセレクションパック』と名付けられた3枚入りのカードパック。食玩や自販機などでのカード販売は今までにもあったことだが、この商品にはそれまでのものとは決定的に異なる点があった。それは、裏面に歌唱担当の写真が印刷されていることと、「ショコラチェックコーデ」がラインナップされていることである。


 ショコラチェックコーデ。


 それは、このライブツアーを迎えるにあたり、AIKATSU☆STARS!のために用意されたオリジナルの新作ドレス。つまり、これまでアニメにもゲームにも登場していない、歌唱担当のために作られたコーデなのだ。


「本当に、よくここまで登ってきたものだ」


 一体、誰だか知らないけれど、『アイカツ!』の曲を歌っている人たちらしい……最初はその程度の認識だった。


 結成したばかりの頃、たった三人で全国のショッピングモールを巡って無料ミニライブをしていたAIKATSU☆STARS!。それが回を重ねるごとに持ち歌を増やし、新たなメンバーを加え、そして何よりパフォーマンスのレベルを高めていった。


 そのうち『アイカツ!』だけでなく、彼女たち自身を目当てに集まる人々が増えた。このオリジナルのアイカツ!カードは、そんなAIKATSU☆STARS!のフアンに向けて作られたものなのだ。もちろん、このカードはデータカードダス筐体に読み込ませて使うこともできる。これまではアニメのアイドルが着ていたドレスを身に纏っていたAIKATSU☆STARS!が、今度は自分たちのドレスをアニメのアイドルに着せるのだ。その対等な関係は、いつも前を歩いていたテレビの中のアイドルたちに、ついにAIKATSU☆STARS!が追いついたことを意味していた。


「この全国ツアーは、彼女たちが登ってきた先にある景色だ」


 いよいよ、ナイトタイムの幕が開く。


 そして。


※ ※ ※


「………………はあああ」


 夜。ライブから帰宅した権助は床に仰向けに倒れ込むと、大きく深呼吸をした。楽しい時間はあっという間とはよく言うが、その一瞬に放たれた眩い光は、たとえ時間が経っても心の中に残り続けている。


「…………」


 天井を見つめながら、頭の中で今日のライブを反芻し、余韻に浸る。一曲目から伝家の宝刀を抜いた『STARDOM!』で奪われた心を、続く りさの『Foever Dream』が掴んで離さない。四年ぶりの大阪となるゲストのトライスターは更に輝きを増し、『新・チョコレート事件』での ゆなの歌い分けにも衝撃を受けた。


「ラジカツで聴き続けた『ラン・ラン・ドゥ・ラン・ラン! ~NEXT LAP~』や、まさかの『ダイヤモンドハッピー』も本当に盛り上がったなあ。……しかし」


 恐らく、この日のライブを観た観客の大半は同じことを思ったのではないだろうか。


「今日の主役は、『荒野の奇跡』を歌いきった ななせだ」


 大阪公演から遡ること六日、Tokyo Dome CityHallで行われた全国ツアー東京公演ナイトタイム。そこで、ななせは白銀リリィの持ち歌である『荒野の奇跡』を歌った。東京公演は後日発売されるBlu-rayにも収録される大一番である。しかし、彼女はそこで歌詞を飛ばしてしまったのだ。その後のフォローは完璧だったし、最後まで堂々と歌いきったところはさすがだった。……けれど、彼女は自分で自分を許せなかった。表情から、それが痛いほど伝わってきた。あんなに辛く、悔しそうな ななせを見たのは初めてだった。


 そして迎えた今日の大阪公演。


 白銀リリィのソロ曲は『Dreaming Bird』と『荒野の奇跡』。今回のツアーでは、この2曲をショート尺が基本のファミリー回とフル尺のナイトタイムとで、各公演ごとに交互に入れ替えるセットリストとなっていた。そして東京のナイトタイムで歌った『荒野の奇跡』は、今日の大阪公演ではファミリー回で披露された。ということは、ナイトタイムは『Dreaming Bird』である。


 誰もがそう思っていた。


 しかし。


 そのイントロが鳴った瞬間、鳥肌がたった。2公演続けての『荒野の奇跡』。そのセットリストは、明確で強い意思を放っていた。「ここを乗り越えて前に進め」……その意味が伝わった瞬間、オリックス劇場は一体となった。あの時、皆の思いは一つだった。


”いけ! ななせ!”


 そして、やりきった。その鬼気迫るパフォーマンスは、間違い無く彼女のベストだった。大きな公演を一つ乗り切ると、歌手はそれ以上に大きく成長する。短期間に全国を回って公演を重ねるツアーともなればなおさらだ。ひとつひとつのステージでドラマが生まれ、その度に最高が更新されていく。


 最後のドラマは、千秋楽・福岡公演で待っていた。


※ ※ ※


”みんなにお願いがあります”


 権助がキラキラッター(『アイカツ!』愛好者たちが集まるマストドンのインスタンス)でその書き込みを見たのは、福岡公演の前日であった。


「えっ、本当にそんなことができるのか? けど、もし成功したら……」


※ ※ ※


 2018年2月3日(土)、福岡公演当日。


 あいにく日程が合わず参戦できなかった権助は、Twitterとキラキラッターで現場から随時送られてくる実況コメントを追いかけていた。


”福岡着いた!”


”会場の入口でジョニー先生のコスプレした人がサイリウム配ってるけど、なんだろう?”


”『虹の夢Project』って書いた紙もらったよ”


”すごい企画!”


 様々な呟きが流れていくのを眺めているうちに、ついに最終公演の開演時間を迎えた。


(うまくいくといいな……)


 権助を含むキラキラッターの住人は、事前に「虹の夢Project」のことを知っている。しかし、お客さんの大半は当日その場で初めて知るのだ。果たして上手く行くのかどうか、それは誰にも予想がつかなかった。


※ ※ ※


~ ラジカツスターズ!第96回より採録 ~


かな「……その光の話で言うとさ、ゆめちゃんのステージの」


ななせ「あっ!」


かな「虹の! レインボーになってたよね、光が!」


ななせ「びっくりしたよ~!」


かな「みんなすごいよね」


ななせ「あのさ、落ちサビあたりでせなちゃんがちょっと感極まってるな~っていうのは感じてたんだけど、あたしたちは袖にいたから、光が見えなかったから、どうしたんだろうって最初思って。で、ステージ出ていったら虹色だから! うわあ、これかあ!ってビックリしちゃって。ホンットにキレイだったねぇ」


かな「ねっ! あんな綺麗に……すごいよねえ」


ななせ「私たちも成長していくけど、お客さんも……」


かな「うれしかったね~。愛を感じるね」


ななせ「ありがとうございます……!」


※ ※ ※


 『虹の夢Project』


 それは、せなが歌う『Message of a Rainbow』の歌詞に合わせて、座席列ごとに一斉にペンライトの色を変え、客席全体に七色の虹を架けようという有志企画である。会場の入口で趣旨を書いたプリントを手渡し、ペンライトを持っていない人には座席列に合わせた色のサイリウムを配布し、ひとりひとりに協力のお願いをした。そして、みんなの「アイカツ!のWA」が、福岡国際会議場に大きな大きな虹の橋を架けたのだった。


 こうしてAIKATSU☆STARS!初の全国ツアーは、ついに最後にはステージと客席が一体となり、最高の終演を迎えたのである。


 そして、その余韻も抜けやらぬ翌日。


 その冬の日は、アイカツおじさんたちにとって一番長い日となった。


※ ※ ※


 権助はPCの前でぼうっとしていた。何をするでもなく、かれこれ二時間は経つ。正確に言えば、何も手につかなかったから、ぼうっとするより他になかったのだ。


”STAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!は「アイカツ!ミュージックフェスタ inアイカツ武道館!」をファイナルライブとしアイカツ!シリーズから卒業します。これまでたくさんのご声援ありがとうございました。これからはメンバーそれぞれの未来に向かって頑張っていきます。応援よろしくお願いします”


 ある者は自宅のPCで。ある者は出かけた先でスマホを見て。ある者は福岡帰りの飛行機の中でそのニュースを受け止めた。……いや、中には受け止めきれなかった者たちもいた。権助は、この日のキラキラッターの様子を今でもよく覚えている。こんなにも暗く、悲しい空気に満ちたキラキラッターを見たのは初めてだった。


「……………………」


 権助は一度PCの前から離れた。けれど、頭の中からそれが離れることはなかった。歌唱担当に初めて出会ってから三年半。たくさんの思い出が蘇ってきた。


 かつて、『アイカツ!』が終わってロスに苦しんでいた時、権助の命が繋ぎ止められたのはAIKATSU☆STARS!が歌唱担当を継続してくれたおかげだった。


 はじめは「『アイカツ!』の情報が得られたらいいな」くらいの気持ちで聴き始めたラジカツは、いつしか彼女たちのことをもっと知りたくて聴くようになっていた。


 アイドルというものは長く続けられる職業ではない。それが一企業のコンテンツに依るものであるなら尚更だ。そう遠くない将来にこの日が来ることはわかっていた。そのはずだったのに。


「覚悟、できてなかったんだなぁ……」


 権助は、自分で想像していたよりもずっと大きなショックを受けていたことに、その時はじめて気が付いた。


「でも」


 覚悟というのなら。


「ずっと笑顔だった」


 全国ツアーをやり遂げたAIKATSU☆STARS!は、本当にいい笑顔をしていた。昨年の夏に全国ツアーと武道館ライブが決まるのと同時に、彼女たちは『アイカツ!』を卒業することを知ったのだ。その上での、あの笑顔。覚悟ができていなかったのは、自分たちだけだった。


「あっちが笑ってるのに、こっちが泣いてちゃな」


 だから、送り出す時は笑顔で……そう決めた。


「でも」


 今はもう少しだけ、時間をください。


-おわり-

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