第三部 「アイカツ家の一族」
第1話 アイカツおじさんと朝までアイカツ!
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※この物語は、もしかするとフィクションである。
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「ここへ来るのも久しぶりだな」
2016年8月10日(水)、午後八時半。
大阪市営地下鉄・東梅田駅上がってすぐ、東映系列の映画館である梅田ブルク7の入ったE-MAビルの前に立ち、権俵権助(37歳・独身)は呟いた。
ここは昨年の2月に『アイカツ!LIVE☆イリュージョン スペシャル上映会』を行ったこともある、大阪における『アイカツ!』贔屓の劇場である。
エレベーターで映画館のある七階まで直行すると、ロビーには既にたくさんの人々が待機していた。年齢層は主に20~30代、男女比は6:4といったところか。皆、どこかそわそわした様子で売店を覗いたり、予告編の流れるモニターを眺めていたり。冷房の効いた屋内にも関わらず、そこには静かな熱気が感じられた。
「さすが、この上映に参加するだけあって猛者たちが揃っているようだな」
何の上映が行われるかと言えばもちろん『アイカツ!』なわけだが、しかし通常、子供向け作品である『アイカツ!』に、こんな夜遅くから始まる……いわゆるレイトショーというものは存在しない。そのため、権助たちのような「大きなお友達」は劇場版が公開される度に、子供たちとその親御さんに囲まれながら映画を鑑賞するという羞恥プレイを強いられているのだが。
「今日は、そんな気兼ねをせずに楽しめそうだ」
と、権助は上着の胸ポケットから取り出したチケットに目をやった。
そのタイトルは。
『朝までアイカツ!』
そこに書かれていた上映時間は、21:00~29:00。今年三月に放映を終了したアニメ『アイカツ!』全178話の中から、木村隆一監督選りすぐりのエピソード16話分を、八時間に渡りオールナイトで応援上映しようという、まさに選ばれしアイカツおじさんたちのために用意された企画である。
「お待たせいたしました。ただいまより入場を開始いたします」
待ちかねた場内アナウンスが流れると、アイカツおじさん&お姉さんたちがぞろぞろと列をなして、梅田ブルク7最大の収容人数を誇るシアター1へと吸い込まれていった。
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「座席は、ええと、M-12……おっ、ど真ん中で、スクリーンからも程よい距離。なかなかいい場所じゃないか」
それはそうだ。
このチケットの予約開始当日、オンラインチケット販売サイトにて0時15分の販売開始時刻と同時にF5キーを連打し、事前に用意しておいたクレジットカード情報をすばやく打ち込んでどうにか確保した座席である。いい場所でなければ困る。
「……よし、と」
足下に置いた鞄から、STAR☆ANISライブの時に購入したロゴ入りのペンライトを取り出して準備は万端だ。右の座席には30代の男性二人組、左側には20代の男女カップル。前方には20代の女性三人組。客層はまちまちだが、皆、持参したペンライトやグッズを手に取り、うきうきした表情で開演を待っている。
「おっ、始まるな」
いよいよ開演時刻になると、スタッフ用の入口から入場してきた司会の男性がスクリーンの前へと上がった。壇上には司会者の分を含めて座席が三つと、いよいよこの二週間後に上映を控えた『劇場版アイカツスターズ!』のキービジュアルが描かれた立て看板。
「皆様、本日は『「劇場版アイカツスターズ!」「アイカツ!~ねらわれた魔法のアイカツ!カード~」2本立て公開記念☆朝までアイカツ!セレクトエピソード ライブは一体感!オールナイト上映 』へ、ようこそお越しくださいました!」
長いタイトルだ。
「それでは、早速お呼びいたしましょう。木村隆一監督と、伊藤貴憲プロデューサーです!」
観客たちの割れんばかりの拍手に歓迎され、紹介された二人が壇上へと上がった。そう、今日のオールナイトは上映だけでなく、この『アイカツ!』という素晴らしい作品を、その中心に立って作り上げてくれた監督とプロデューサーによるトークイベントも行われるのだ。
(ああ、本物だ……あ、ありがとうございます……)
実際に監督やプロデューサーに会ったらどういう気持ちになるのだろうと思っていた権助であったが、その答えは「感謝」であった。
それにしても驚くべきは、この木村監督は『アイカツ!』が初めての監督作品であるということだ。絵コンテや演出の経歴が十五年以上あるとはいえ、初監督でこれほどの大人気かつ長寿作品を作り上げてしまったというのは実に凄いことだ。
余談になるが、この日のオールナイト上映にも含まれている『アイカツ!』第41話「夏色ミラクル」は、『アイカツ!』制作の直前、木村監督が『アイカツ!』のスーパーバイザーでもある水島精二監督の下で副監督を務めた作品『夏色キセキ』から取られた題名である。
「さて、本日上映されるエピソードについてお話を伺っていきたいのですが……」
トークイベントは司会者による質問を中心に展開する形で行われた。
たとえば、『機動戦士ガンダムユニコーン』から異動してきた伊藤Pが、第159話「ギャラクシー☆スターライト」に登場する「アイドル宇宙戦記オオゾラッコーン」の「コーン」の部分が「ガンダムユニコーン」のパクリではないか?と疑われることを危惧してわざわざ許可を取りに行ったという話や、第122話『ヴァンパイアミステリー』では、メカデザインで知られるカトキハジメが「アイカツ!をやらせてくれ」と絵コンテ志願してきた上に、頼んでもいない銃のデザインまで仕上げてきて危うく商品化の話まで出そうになった……など、大人の『アイカツ!』ファンが楽しめる様々な制作の裏話を聞くことができ、わずか30分程ではあったが、権助は既に大きな満足感に包まれていた。
「アイカツガン、か。もし発売されたとして、果たして小学生女児が買ったのだろうか……?」
そんなトークショーの余韻が消えないうちに、静かに場内の照明が落ちた。観客たちのざわめきと共に、ポツポツとペンライトの光がそこかしこに灯り始める。
そして。
”私のアツいアイドル活動、『アイカツ!』始まります! フフッヒ!”
大スクリーンに初代主人公・星宮いちごが映ると同時に、客席から大歓声と無数の鮮やかな光が上がった。そして第一期オープニング曲『Signalize!』が始まると、「オイ! オイ!」「フゥフゥー!」と、歌に合わせて一斉にコールが巻き起こった。
こうして文字に起こすとかなりマヌケであるが、ライブの盛り上がりにコールは必須である。
オープニング、エンディングに劇中ライブシーンと、一話につき三回も歌が流れる上に、歌唱担当のSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARSによる実際のライブが何度も行われたことでコールが完成している『アイカツ!』と「応援上映」の相性は抜群であり、さらにこんな八時間ぶっ続けのオールナイトに来るようなアイカツ猛者たちが観客となれば、それはもう盛り上がらないはずはない。
まず最初に上映されたのは、やはりというか、すべてがここから始まった第1話。
大きなお友達に大人気のあおい姐さんが登場すると、男性ファンたちのウオオという地鳴りのような歓声が上がり、ライブシーンで定番の「アイドル活動!」が始まると、美しく揃った手拍子が場内に鳴り響いた。そして最後に紫吹蘭の迷言「やれやれ、仲良しでいられるのも今のうちだよ」が飛び出し、笑いと拍手に包まれたまま、あっという間に第1話の上映は終わった。
(ああ、楽しい。楽しいが……しかし、こんなペースで最後まで持つのか?)
と、早くも中年の体力に不安を感じる権助であったが、続けて始まった第12話もまた盛り上がる話である。
友人のためにクリスマスツリーを調達すべく、ミニスカートの制服のまま吹雪く雪山へと登り、巨大なモミの木を斧とノコギリで伐採し、御柱祭よろしくその大木に跨って一気に急斜面を滑り降りて下山するという、ある意味で『アイカツ!』の方向性を決定づけた回だ。
木村監督が「大画面で観たかった」と言う、いちごがサンライズ十八番の勇者パースで斧を構える場面になると拍手喝采、ライブシーンではクリスマスに相応しく、赤と緑のペンライトの光が場内を満たした。
(ああ、『アイカツ!』の楽しさをこうして共有できるなんて、こんな嬉しいことはない……)
これなら最後まで存分に楽しめそうだぞ、と思った矢先……次の第38話「ストロベリーパフェ」が始まった時に、権助はある「異変」に気が付いた。
(……ん? あれ? いや待て待て。おかしいぞ)
周囲を見回してみるも、皆、普通にスクリーンに見入っている。
(私がおかしいのか? いや、そんなはずはない。……仕方ない、後で確認するか)
権助はその疑問をいったん胸に仕舞っておいて、ひとまずアイドルたちの応援に戻った。
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「うう……第50話、なんべん観てもワゴンの中のあおい姐さんのシーンで泣いてしまうな……ええ話や……。……あっ、いや、そうじゃなくって」
時刻は深夜11時半過ぎ。
5話の連続上映が終わった後の最初の15分休憩だ。
権助は先ほどの「異変」について事実確認をすべく席を立ち、劇場入口に立つスタッフの元へと向かった。
(しかし……これを確認すると、場合によっては他のお客さんに迷惑がかかるかもしれないな。……いや、だが、こればかりは確認せずにはおれんのだ)
「あの、すみません」
「はい? なんでしょうか?」
「先程の上映、第37話のところで、間違って38話が流れていたんですが……」
「えっ!?」
慌ててカウンターの下から上映スケジュールを取り出すスタッフ。
「あ、これです。この第37話『太陽に向かって』が、38話の『ストロベリーパフェ』に……」
「わかりました! すぐ確認いたします! 御座席、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「M-12です。よろしくお願いします」
そう言って権助が座席に戻ると、すぐに先程のスタッフが飛んできた。
「お待たせしました。後ほど対応させていただきます」
その報告を聞いて、権助はひとまずホッと胸を撫でおろした。
第37話『太陽に向かって』は、主役であるいちご・あおい・蘭の三人がユニット「ソレイユ」を結成するという『アイカツ!』の中でも特に重要な回で、権助はこの話を観て大変な感銘を受けたことで、この限りなく深いアイカツ!沼へと落ちたのである。そんな「きっかけの回」を皆で大画面で観ることは権助にとってこのオールナイトの重要な目的のひとつであったので、後で何らかのフォローがあることを祈った。
……しかし、それから5分、10分、15分と経ち、休憩時間の終わりが来ても次の上映が始まらない。徐々に観客たちがざわつき始める。
と、そこでようやく照明が落ちて上映が再開された……のだが。
(ん? これは正月の話か? 確か、次は大晦日が舞台の第63話『紅白アイカツ合戦!』のはずだが……)
その直後、突然上映が中断され、再び照明が点いた。
場内が騒然とする中、先ほどのスタッフがスーツ姿の年配の男性……おそらく上司だろう……を連れて入場してくると、そのまま二人でマイクを持ってスクリーン前の壇上へ立った。
(な、なんだか大事になってきたぞ。というか、こんな深夜にお疲れ様です……!)
あー、あー、とマイクテストをした後、上司が話し始めた。
「皆様、大変申し訳ございません。ただいま機材トラブルにて、本来上映予定だった話のひとつ先の回を上映してしまいました。つきましては……お忙しい方には大変申し訳ございませんが……これより、改めて第37話から上映を再開させていただきます」
(ああ、良かった……しかしこれで確実に終演時間が伸びてしまう……。すまない、忙しい皆さん……! しかし、しかし私はこの回を観ずには……)
と権助が心の中で謝罪を始めたその時、意外なことが起きた。壇上で謝罪を続けるブルク7のスタッフたちに対して、客席からは大歓声と拍手喝采が贈られたのだ。
(なん……だと……?)
権助は甘く見ていたのだ。
そう、今日ここに集まっているのはアイカツおじさんの中のアイカツおじさんたち。皆、観られる話数が増えれば増えるだけありがたいというアイカツ永久に見続けられる勢だったのだ。
(今日のお客さん、穏やかじゃない!)
そうして始まった第37話の盛り上がり方は尋常ではなかった。ライブシーンで2ndオープニング曲でもある『ダイヤモンドハッピー』がかかると怒涛のコールが始まり、サビ前では、いつしか音頭を取るようになっていた中央のアイカツおじさんの「せーの!」に合わせて、全員が声を揃えて「wow wow wow yeah!」を叫んだ。オレンジ色の光に包まれた場内が一体となった瞬間であった。
(ありがとう、ソレイユ。ありがとう、アイカツおじさんたち。そしてありがとう、ブルク7の皆様……本当にお疲れ様です……!)
こうして始まった次の6話連続上映が終わる頃には、時刻は午前三時前の丑三つ時となっていた。
「ふう……」
これが最後の15分休憩である。
権助は、ンン……と座ったまま伸びをして背中をほぐしながら周囲を見た。さすがにそろそろ睡魔に負けた脱落者が出ているかな……と思ったが、みんなまだまだ元気そうである。かくいう権助も、事前に予想していたよりはずっと体力が残っている。どうやら、アイカツおじさんにとって『アイカツ!』は滋養強壮の効能があるようだった。
(さて、いよいよラストスパートだ)
ここから先は主役が星宮いちごから大空あかりへとバトンタッチする。その「あかりジェネレーション」から選ばれたエピソードは、新たな主人公ユニット結成回である第147話『輝きのルミナス』をはじめ登場アイドルみんなに見せ場の用意された隙の無いチョイスで、眠気などに襲われている暇などはなく、むしろ回が進むにつれてアイカツおじさんたちのボルテージは上がる一方であった。
最後のオープニング曲である『START DASH SENSATION』が始まると、皆のテンションは最高潮。コールだけでなく、さながら歌舞伎の如くスクリーンに映るアイドルたちに声援が飛ぶ。
「あかりちゃーん!」
「ユリカ様ー!」
そして、いよいよ最終上映回……第177話『未来向きの今』が始まった。
そのアバンタイトル。大空あかりの親友である氷上スミレが最高難度のスペシャルアピールに挑み、失敗した場面でそれは起きた。
拍手。
拍手の嵐。
上映開始からおよそ八時間半。この日、最大級の大喝采が彼女へと送られたのだ。
かつて、この場面がテレビで放送された時、たまたま元プロ野球選手の清原和博が覚せい剤所持で逮捕というニュース速報が流れた。そのことで「清原の逮捕に驚いて失敗した」等という面白半分の記事がネット上を賑わし、アイカツおじさんたちはとても残念な気持ちになった。
だが、今ここに集まっているのは、真剣にアイカツを愛し、アイカツによって生かされている者たちばかりである。間違ってもくだらない野次は飛ばさず、ただただ、拍手を送り続けた。
権助は思った。
「ああ……今日ここに来たのは、このためだったのだ」と。
そして、ついに長いようで短かったオールナイト上映が終わった。
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「……まぶし」
映画館の外は、すっかり日が昇っていた。なんだかんだで予定の押したオールナイトは結局九時間に及び、今の時刻は午前六時。随分前から始発も動いていた。
「さて、帰るとするか」
権助たちアイカツおじさんたちは、心の中をアイカツ!でいっぱいにしながら、すがすがしい気分で帰路につく。
そして。
「帰って、本日正午からの『劇場版アイカツ!』地上波初放送を観るとするか!」
アイカツおじさんたちに、休息の時はない。
- つづく -
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