第二話 アイカツおじさんと宗教になったアイカツ!
「福はぁ~内ぃ~! ごもっとも~、ごもっとも~!」
独特の掛け声に合わせて、袈裟に身を包んだ年男と年女たちが勢いよく豆を撒いた。
「よっ、と!」
その幾つかを空中で掴み、権俵権助(40歳、独身)は今年の福を得た。
2020年2月3日(月)、節分。
権助は代休を利用して、ここ京都の知恩院で毎年行われている
「よし、次はお隣の八坂神社へお参りだ」
日本人は年を取ると何故か寺社仏閣巡りを始めるもので、今年で四十路を迎えた権助もその例外ではなかった。
「なんだか、懐かしい風景だな」
イカ焼き、たこ焼き、フランクフルト……参道を挟んで屋台が並ぶ景色は昭和の頃から変わらないものだ。変わったところがあるとすれば、外国からの観光客の割合が増えたことだろうか。とはいえ、例年に比べれば今年の京都は随分と人出が少ない。恐らく、新型コロナウイルスの流行のせいだろう。
「いいこと占い的には、落ち着いて観光ができて助かる」
『アイカツ!』第103話「いいこと占い」で学んだポジティブ思考である。
「おっ、こっちでは舞妓さんの舞が見られるのか」
桃、青、黄、緑……と、艶やかな着物を纏った舞妓さんたちが
(綺麗なドレスを着て歌やダンスを披露し、人々を魅了する……これは日本古来の『アイカツ!』だな)
権助にかかると、大抵のものは『アイカツ!』である。
「さて、いよいよ次が本命だ」
四条大橋を歩いて鴨川を渡ると、景色は様々な店が立ち並ぶ繁華街へと一変する。四条通と河原町通とが交差するこの四条河原町に、本日最後の目的地があった。
「京都マルイ……来るのは久しぶりだな」
交差点に面した、ブラウンの外壁が特徴的な京都マルイは、2011年に四条河原町阪急の跡地に開店した百貨店だ。歩道にせり出した軒を潜って入店すると、レディスファッションにアクセサリーにスイーツにと、おじさんにはほとんど縁のないショップ群が出迎えた。
「百貨店というものは、いつ来ても場違い感があるな……」
居心地悪く、そそくさと目の前のエスカレーターに乗り込む。目指す6階に到着すると、権助の背よりも高い、真っ黒な壁に囲われたエリアが目に入った。そこに貼り出されていたのは、歴代アイカツ!カードのリストだった。
「これを見るのは一体、何度目だろう」
四年前、堂島リバーフォーラムで行われたライブイリュージョンでは初代『アイカツ!』のカードだけだったそのリストには、二年前のテヅカツ!では『アイカツスターズ!』が、そして今日は『アイカツフレンズ!』が加わっていた。権助はこのリストの数が増えるたびに、重ねてきた『アイカツ!』シリーズの歴史を感じるのだ。そしてこれが展示されているということは、つまり今ここで『アイカツ!』の新たなイベントが開催されているということである。
「『オールアイカツ!ミュージアム』……近畿地方にも来てくれてどうもありがとう!」
オールアイカツ!ミュージアム。
それは、東京アニメセンター in DNPプラザにて2019年12月13日(金)から2020年1月13日(月)まで開催された、『アイカツ!』シリーズのグッズや原画の展示会である。……確かに魅力的ではあるが、ライブツアーなどに比べるとこじんまりとしたイベントだし、仕事に追われて忙しい年末年始に上京するのは現実的ではないな……と、諦めていたところに京都マルイでの開催という朗報を耳にし、こうして駆けつけてきたのだ。
「ここへ来たのは、一昨年の9月に『アイカツ!』歌唱担当の衣装展示を見に来て以来だな。百貨店は苦手だが、京都マルイはいつも『アイカツ!』をひいきにしてくれるありがたいお店だ」
ぐるりと黒い壁を回り込むと、中へと続く入場受付と、その向かいにグッズ売り場が見えた。
「絵馬にお守り、クリアファイルにアクリルスタンド……どれも描き下ろしの巫女衣装アイドルたちのイラストが使われていて可愛らしいな」
とはいえ、入場前に荷物を増やしても仕方がない。グッズはひとまず後回しにして受付へと向かった。
「大人ひとり」
入場料の千円を出すと、受付のお姉さんがにこやかに言った。
「エポスカードはお持ちですか?」
「えっ? いや、持ってません」
「では! お作りになられますか!」
「(なんだ、やけに押しが強いな)いえ、結構です」
エポスカードとは丸井グループが発行するクレジットカードである。既によそのクレカを使っている権助が、わざわざ滅多に来ない百貨店のカードを作る理由はない。
「実は! 入会特典として2,000円分のクーポンが付いてきます!」
「あ、いや、別に……」
「クーポンは! そこで売ってるグッズにも使えます! 今日! 今すぐに!」
「……お願いします」
※ ※ ※
「……きっと、相当な人数がカード作ったんだろうな」
まんまとやられたと思いつつ、歴代アイドルたちのパネルが飾られた通路を進む。
「おお……!」
権助を最初に出迎えたのは、初代『アイカツ!』最終シリーズである第4期のメインビジュアル、その彩色前の原画であった。北海道出身の大地ののと白樺リサが前面に推されたそのイラストは、これまで彼が穴が開くほど繰り返し見てきたものだ。その原画がいきなり目の前に現れたのだから心臓に悪い。いや、むしろ健康にいい。
「線、ほっそ……。ほとんど描き直した形跡が無い……なのに完璧にののリサだ、すごい……!」
感激しながら次のエリアへ歩みを進めると、さらなる驚きが待ち構えていた。
「これはっ!?」
高さ1メートルほどの巨大なアイカツ!カードが、トップス、ボトムス、シューズの順で、奥に向かって宙に浮かんでいる。
「アイカツ!システムだ……!」
『アイカツ!』シリーズに登場するアイドルたちは、アイカツ!システ厶の中にある巨大なアイカツ!カードに飛び込むことで、そのカードに描かれたドレスを身に纏うのだ。魔女っ子アニメでいうところの変身ステッキのようなものである。
「ははあ、なるほど。そういう仕組みか……」
よく観察してみると、宙に浮かんだカードの正体は、昭和時代にご家庭でよく見かけたビーズ暖簾であった。その白く小さなビーズを向こう側が見えないほどに高密度に集めて「通り抜けられる壁」を作り、そこにプロジェクターでアイカツ!カードのイラストを投影しているのだ。
「…………」
ザザッ、とビーズを鳴らしながら3枚のカードを潜り抜ける。まるでアニメの通りである。
「これは、おじさんでもちょっとテンションが上がるな」
と、通り抜けてきたカードの方を振り向くと、なんとその絵柄が変わっていた。なるほど、プロジェクターだからこういうこともできるのだ。
「……………………もう一回やろ」
※ ※ ※
満足行くまでカードを通リ抜けると、その先では原画展示の続きと、今回のイベントのために描き下ろされた『アイカツオンパレード!』の主人公、姫石らきの巫女装束イラストのメイキングビデオが上映されていた。
「お、外にあったグッズのイラストか」
色彩設定を手掛ける大塚真純氏によって、線画の取り込みから彩色まで、子供でも分かるように作業工程が順を追って説明されている。
「お仕事アニメである『アイカツ!』に相応しい展示だな。……ん?」
メイキングビデオの最後に、「姫石らきの瞳の秘密」と称された映像が流れ始めた。
「らきちゃんの瞳の色は、いちごのレッド、あかりのピンク、ゆめ・あいねのオレンジ、みおのブルーでできています。主人公カラーの集合体!」
これまでのシリーズすべてを繋げた『アイカツオンパレード!』、その主役である姫石らきのデザインに籠められたクリエイターの想いがそこにはあった。
「こんな細部にまでこだわって創られているから、心を動かされるのだなぁ……」
さらに先へ進むと、今度は巨大パネルの展示エリアである。大日本印刷が主催しているイベントだけあって、歴代のプレミアムドレスが等身大に近いサイズで美しく印刷されている。特に『アイカツスターズ!』でアニメーターの生死が心配になるほど描き込まれていた太陽のドレス。その細かな装飾がじっくり見られるのはありがたいことであった。
「ん? あれは……」
パネルの向こうを覗くと、なんだかごちゃっとした展示が見えた。色とりどり、バラエティ豊かと言えば聞こえはいいが、色も大きさも素材も形もみんなバラバラ、やたらに統一感のない物がガラスケースや壁にぎっしりと飾られていた。
「これは……随分と懐かしいな」
CDにDVD、フィギュアに玩具にぬいぐるみ、雑誌やレコード、ライブグッズ……。それは、この7年間に発売された多種多様な『アイカツ!』のグッズたち。この雑多なラインナップこそが、長い時間をかけて広がってきたシリーズの歴史そのものなのだ。
「しかし、あれだな……。このグッズ……」
権助はざっと見渡して思った。
「割とうちにもあるな」
カオスなグッズ展示コーナーを抜けると、いよいよ最終エリアである。ある意味、今日はここに来るのが目的だったと言っていい。
「今まで我々アイカツおじさんたちのあまりの信仰心と熱心な布教ぶりから、外野からは『アイカツ!は宗教だ』と冗談混じりに言われてはいたが……」
真っ赤な鳥居の向こうに敷き詰められた玉砂利が、奥の本殿へと続く参道を形作っている。百貨店の中に突如現れた境内。権助は鳥居を見上げて、そこに記された名を呟いた。
「ついに建立してしまったか……アイカツ神社を」
参道を進み、賽銭箱に五円玉を投げ入れた権助は、本殿に飾られた御神体「星宮家のおしゃもじ」に向かって二礼二拍手一礼をした。
(これからもずっと『アイカツ!』が楽しめますように……)
本日、三ヶ所目の神社にして本命の参拝であった。
「よし、おみくじでも引くか」
御神体の横には、巫女装束を纏った姫石らきのポップと共に「星みくじ」と書かれたおみくじの一式が用意されていた。
「一回百円、と」
料金箱に硬貨を入れて、おみくじ箱を逆さに振る。出てきたみくじ棒に従い、隣の棚からくじを一枚引き出した。
「おっ、かぐやちゃんだ」
赤黒2色刷のおみくじには、『アイカツフレンズ!』に登場するアイドル・白百合かぐやのイラストと共に「運勢・ラッキー」と記されていた。
「これは……もったいなくて木には結べないな」
おみくじを大切にしまい、権助はアイカツ神社を……いや、オールアイカツ!ミュージアムを後にした。
「決して広くはない空間に、隅々まで楽しませようという創意工夫が凝らされた、実に愛のある展示だった。それに、歴史ある寺社仏閣が集まる京都にアイカツ神社が建ったことは実に趣深い」
満足げに頷きながら表に出ると、そこには手書きメッセージ付きの絵馬がたくさん飾られていた。
"データカードダス アイカツオンパレード! まだまだ盛り上がります! かわいいアイカツ!カードとドレスをおたのしみに! バンダイDVD担当"
"アイカツ!の神様、面白い作品を創る力を貸してください バンダイナムコピクチャーズ伊藤"
"歌唱担当せな りえ ななせ"
スタッフ、声優、歌唱担当……アイカツ!を生み出す様々な人達の想いがそこに刻まれていた。もちろん、『アイカツオンパレード!』の主役・姫石らきを演じる彼女の絵馬もあった。
"ユニパレもがんばっちゃお! 逢来りん"
「ユニパレか……。本当に楽しみだな」
シリーズの垣根を超えて全国を回る『アイカツオンパレード!ユニットライブツアー、ユニパレ!』。来月には、いよいよその千秋楽となる東京公演が行われる。
「恐ろしいまでのプラチナチケットで地方公演は全敗したが、東京公演だけはなんとか手に入れたのだ。会社を質に入れてでも行くぞ!」
思い返せばこの時、既に「兆し」は現れていたのだ。
-つづく-
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