第三話 アイカツおじさんと幻のユニパレ

「ふう~、今朝のジョギング、終わり!」


 権助は朝靄のかかる公園でスポーツタオルを片手に息を整えた。本格的に体力作りを始めてから、そろそろ一ヶ月になる。別に市民マラソンに出ようとか、四十代に入り、焦って健康に気を使い始めたとか、そういうわけではない。


「よし、体力も筋肉も高校時代に戻ったようだ。これなら、来たる三日間も耐え抜けそうだぞ」


 そう、すべてはその三日間のためなのだ。


※ ※ ※


 時は少し遡り。


「来年の1月から3月にかけて『アイカツ!』ユニット全国ツアー……!?」


 2019年10月20日(日)。東京ドームで開催されたバンダイナムコエンターテインメントフェスティバルDay2にて、それは唐突に発表された。


 このイベントは、バンダイナムコが保有する様々なコンテンツが一同に介する音楽イベントで、特に二日目は『アイカツ!』『アイドルマスター』『ラブライブ!』の三大アイドル作品が初めて共演するという意味でも注目されていた。実際、このイベントをきっかけに各コンテンツのフアンたちが相互乗り入れを行い、それぞれの作品の活性化に繋がる大成功を収めたのだった。


「確かに以前、木村監督がユニット別に地方でライブができたらいいねという旨の発言をしていたが……しかし、まさかここで発表とは……」


 バンナムフェスは、あくまでも合同イベントの場である。まさか『アイカツ!』単独の重要な告知が行われるなど青天の霹靂であった。


「全国ツアーとなれば、2年以上ぶりの大事だぞ。場所と日程が分かり次第、直ちに有休申請の準備にかからねば」


 『アイカツ!』のために仕事のスケジュールを調整するのにもすっかり慣れたもので、既に大変さよりもツアーの楽しみの方が完全に上回っていた。


 この時は、まさかあんな波乱万丈に満ちたツアーになるとは露知らず。


※ ※ ※


「な、なんだこれは……?」


日時:2020年1月11日(土)

17:15開場/18:00開演

会場:愛知・BOTTOM LINE


日時:2020年1月19日(日)

17:15開場/18:00開演

会場:宮城・Rensa


日時:2020年1月25日(土)

17:15開場/18:00開演

会場:福岡・DRUM LOGOS


日時:2020年2月29日(土)

17:15開場/18:00開演

会場:大阪・umeda TRAD


 発表を見た権助が驚いたのは、その会場の規模である。どれもキャパ数百人の小さなライブハウスだ。これまでに日本武道館や幕張メッセを埋め、先日は合同イベントとはいえ東京ドーム公演を行った人気コンテンツのライブ会場としては、あまりにも小さい。


 急遽決められたツアーだから……或いは、オリンピックの影響で各地のハコが抑えられてしまっているから……或いは、『アイカツ!』というコンテンツが大きくなりすぎたことで離れてしまったフアンとの距離を縮めるため……或いは、そのすべて。


 意図はともかく、権助たちアイカツおじさんたちにとっては、これまでで最もチケット当選倍率の高いライブとなることは間違いなかった。


※ ※ ※


「うわ~、楽しそうだなぁ……」


 2020年1月11日。


 Twitterやキラキラッターに流れてくるユニパレ愛知公演のレポートに、権助は羨望の眼差しを向けていた。ライブ後に撮影された記念写真には、小さな会場を埋め尽くすフアンたちと演者の楽しそうな表情が写っていた。確かに、この距離感は久しく無かったものだ。


 ただ、権助がその場にいないことからも分かる通り、数少ないチケットの争奪戦は熾烈を極め、結局、地方公演は一箇所たりとも参加することができないでいた。


「残る可能性があるとすれば、地元・大阪の当日券と……あとは東京公演だな」


 地方公演は小さなライブハウスで行われたが、千秋楽の東京公演だけは「ユニパレDX」と名付けられ、下記の日程でTokyo Dome CityHallを使って行われることが決まっていた。


日時:2020年3月6日(金)

【ナイトタイム】17:00開場/18:00開演

日時:2020年3月7日(土)

【ファミリータイム】12:00開場/13:00開演

【ナイトタイム】17:00開場/18:00開演

日時:2020年3月8日(日)

【ナイトタイム】15:00開場/16:00開演


「おそらく、東京公演が『アイカツオンパレード!』の締め括り……つまり、これまでシリーズが積み上げてきた七年間の集大成となるはずだ。このチケットだけはなんとしても確保しなければ」


※ ※ ※


「ふう~、今朝のジョギング、終わり!」


 時は戻って2020年2月。


 先行抽選、通常販売、公式リセール、親切な方からの譲渡……あらゆる機会を使い、ついに権助は東京公演のチケットをすべて揃えた。あとはただ楽しむだけだ……と言うには、ひとつ大きな不安を抱えていた。


 「体力」である。


 ついに四十代という人生後半戦に突入してしまった権助にとって、三日連続の大型ライブ……それも二日間はスタンディングという耐久戦は、あまりにも厳しいと言わざるを得なかった。そこで、こうして毎日のジョギングと筋トレを己に課して肉体改造に取り組み始めたというわけである。


「体は作った。あとは開催を待つばかりだ」


 そう、すべてはその三日間のために。


 しかし。


※ ※ ※


――――――――――

令和2年2月26日


政府といたしましては、この1、2週間が感染拡大防止に極めて重要であることを踏まえ、多数の方が集まるような全国的なスポーツ、文化イベント等については、大規模な感染リスクがあることを勘案し、今後2週間は、中止、延期又は規模縮小等の対応を要請することといたします。


【内閣府公式サイトより】

――――――――――


 この日、残るユニパレ大阪公演およびユニパレDX東京公演、すべての中止が発表された。


※ ※ ※


「はぁ~……」


「どうした、権俵くん。元気ないね」


 オフィスでため息をつく権助に部長が声をかけた。


「いえ……まあ、色々と」


「三月には有休でどっか遊びに行くんだろ? それを楽しみに頑張ろうじゃないか! はっはっは」


「そうですね……」


 その楽しみが消えた今、残ったのは虚無の休暇と、やたらと健康になった体だけだった。


※ ※ ※


「よし、観るか!」


 2020年3月8日(日)、16:30前。


 本来ならばユニパレDXの最終日であったこの日、権助は自宅のPC前で待機していた。


―――――

Twitter

アイカツオンパレード!アニメ公式


この後16:30~昨年夏に開催された『BEST FRIENDS!スペシャルLIVE~Thanks⇄OK~』最速無料ライブ配信されるよ♪バンダイチャンネル、LINE LIVEをぜひチェックしてね☆みんなで一緒に盛り上がろう!

―――――


 まだBDも発売されていない、昨夏のライブ映像を特別に無料配信するというのだ。


 グッズを扱うオフィシャルショップは休業、ゲームセンターでの店頭大会は中止、アイカツ神社のあった京都マルイの閉店前最後のお渡し会イベントも開催を断念……と、新型コロナウイルスによる暗いニュースが続く中、これは久しぶりに『アイカツ!』にとっての明るい話題であった。


「ライブ、本当に楽しかったな……」


 ディスプレイに映るパシフィコ横浜を観ながら、あの暑い夏の日を思い出す。ウイルスの感染が早く収束して、またこんな楽しいイベントができる日が来るといいな……そんな思いを抱きながら配信を見つめた。そして、ライブはいよいよアンコールへ。


「そうだ、ここで『アイカツオンパレード!』の重大発表があったんだよな。あの時は歓声があまりにも大きくて、会場では映像の音声が全然聞こえなかったのを思い出すよ」


 その呟きと同時に。


 いきなり画面が9分割され、会場の観客たちを映し出した。そのカメラは『アイカツオンパレード!』の発表と同時に泣き、叫び、立ち上がり、抱き合い、歓喜の声を上げる我々の姿をあますところなく記録に残していた。どうしてそんなことするの。


「ア、アイカツおじさん曼荼羅……」


 なお、配信でも音声はろくに聞こえなかった。


「さ、最後のはともかく……実に楽しい配信だった。さて、そろそろ晩飯の支度を始め……」


"特報"


「!?」


 いきなりディスプレイに映ったその二文字。こんなものは昨夏のライブの記憶にはない。これは、まったくの新情報だ。


"今度の舞台は……ドリームアカデミー! 『アイカツオンパレード!』特別編は3月28日午前11時からアイチューブにて配信スタート!"


「ノ、ノエル4期……!」


 権助は驚愕した。その新シリーズの主役に抜擢されたのは音城ノエル。初代『アイカツ!』第2期に登場したアイドル、音城セイラの妹であった。


 彼女が初めて登場したのは、今を遡ること六年半前の2013年10月に放送された『アイカツ!』第53話「ラララ☆★ライバル」。当時まだ小学生だったノエルは、当初は姉・セイラがアイドルを目指す理由付としての役割を持ったサブキャラであった。


 しかし、リアルタイムで時間が経過する『アイカツ!』世界の中で生きていくうち、彼女もまた成長し、姉をはじめとするアイドルたちに憧れを抱き始める。


 そして2015年1月5日、深夜3時。


『アイカツ!』の監督である木村隆一氏がポツリと呟いたひとことで、フアンの間に激震が走った。


"ノエル4期…"


 時は『アイカツ!』3期の中頃。ついに、ついに来年はノエルがアイドルデビューするのか!? 小学生の頃から彼女を見守ってきたアイカツおじさんたちにとっては、もはや孫のような存在である。その晴れ舞台がついに見られるのではと皆、浮足立った。そして、実際に彼女は第172話「春のドリアカーニバル!」にてドリームアカデミーに入学し、アイドルとしての道を歩み始めることになる。


 だが、時既に遅し。


 その時点で、最終回までに残された話数はわずか6話。彼女の活躍を描くには、それはあまりにも短すぎた。


「そのノエル4期が……四年前に諦めたはずのノエル4期が……ついに、ついに実現した……!」


 さらに、その喜びに浸る間もなく。


"特報2"


「!?」


"2020年 秋"

"アイカツ!シリーズ新プロジェクト始動!"

"テレビ東京系列で地上波放送決定!"


 直後、縦に2つのワイドディスプレイを繋げた、プロトタイプらしき黒い機械の姿が映し出された。


"2020年6月 情報解禁"


「し……新筐体だ……!」


 『アイカツスターズ!』以来、実に四年半ぶりとなる新筐体。『アイカツオンパレード!』というシリーズ総括をやったことで、もしかしたら『アイカツ!』というコンテンツ自体が終わってしまうのではないか……そんなフアンたちの心配を丸ごと吹き飛ばす大ニュースであった。


「アイカツ!は……『アイカツ!はつづく!!』」


 第152話……第4期が始まる直前に伝えられたそのアイカツ!格言は、未来との約束だったのだ。


-つづく-

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