第十部 「アイカツの星たち」

第一話 アイカツおじさんはカードなんていらない

 2020年11月。


 一日の仕事を終えた権俵権助(41・独身)は今日も『アイカツオンパレード!』筐体の前に座る。画面の中で歌い踊るマイキャラの姿を見れば、その日の疲れがあっという間にどこかへ消えてしまうからだ。仕事帰りのアイカツ!は、今や彼にとって欠かせないルーティンになっていた。


 だが、一見当たり前に思える日常が本当は限りあるものだったということを我々はコロナ禍によって思い知らされたばかりであり、それはアイカツ!とて例外ではなかった。


"アイカツ!シリーズ データカードダス公式 @aikatsu_dcd

2020年11月30日(月)22時をもちまして、「アイカツオンパレード!」マイページのサービスを終了致します。"


 新たな始まりはこれまでの終わり。


 新筐体『アイカツプラネット!』が稼働を始めるまでに、現行の『アイカツオンパレード!』筐体は順次稼働を終えていく。


 残された時間は少ない。


 権助はマイキャラのアイカツパスを取り出した。


 より深く『アイカツ!』の世界を知りたい。そう思い、初めてデータカードダス『アイカツ!』にお金を入れた時、画面の指示に従って言われるままに作ったマイキャラ。


 最初は何の思い入れも無かった。ただのアバターだと考えていたから、名前もそのまま「ゴンスケ」にした。だが、遊ぶほどに彼女への思い入れは強くなっていった。『アイカツスターズ!』筐体へ引継ぎをする頃には、彼女に会いに行くのが目的になっていたと言ってもいいほどだ。アイドルを応援することは、すなわち偶像崇拝である。その意味において、自らの理想を詰め込んだマイキャラは究極のアイドルだったのだ。


「さて、今日はどれを着せるかな?」


 権助は鞄から立方体のカードケースを取り出した。黒く、中身の見えない地味なケース。万が一、職場で鞄の中身をぶちまけた時のリスクを鑑みれば、かわいらしいデザインの公式カードファイルは使えないのがアイカツおじさんである。持ち上げたケースはずしりと重い。中には相当な数のアイカツ!カードが収納されている。紙といえば薄く軽いイメージがあるが、辞書や図鑑を思い浮かべれば分かる通り、束になった時の重量は相当なものである。


 以前の権助はこれほど多くのカードを持ち歩くことはしなかった。なにしろ『アイカツ!』シリーズのプレイ時間は、スキップを駆使したとしても一回七分程度はかかる。仕事帰りに一時間、すべて別々のコーデで遊ぶとしても、せいぜい十着もあれば事足りるからだ。そんな彼が、こうして何十着分ものカードを持ち歩くようになったのには理由がある。


"お友達とアイカツする?"


 手元のタッチパネルに「お気に入り」に登録した12人のフレンドたちが表示された。その中から一緒にライブをするメンバーを選ぶ。


"アイドルのコーデをする?"


 迷いなく「はい」ボタンをタッチする。


 そう、権助はフレンドに着せる分のコーデを持ち歩いているのだ。これは、彼がかつて一人で孤独にアイカツしていた時には考えられないことだった。


「新曲の『コスモスサーチ』……マイキャラとフレンド、どちらも可愛らしく映る素晴らしい曲だな」


 一曲終えて、今度はまた別のフレンドを呼ぶ。


「次は『Future Jewel』だ。これも二人それぞれに見せ場があって最高だ」


 ワンプレイごとにパートナーを交代しつつ、一通りフレンドと遊び終えた権助は席を立ってスマホを取り出した。開いたのは『アイカツオンパレード!』公式サイトにあるマイページだ。


「次は……っと」


 慣れた手付きでお気に入りフレンドを別の12人に入れ替えていく。この四年半、全国で行われてきた公式イベント、SNS、同人誌即売会……様々な場でアイカツ!を好きな人達と出会い、アイカツ!カードを交換してもらったことで、「ゴンスケちゃん」のフレンドは既に上限いっぱいの60人に達していた。


 なお、権助はデータカードダス公式サイトで毎弾行われているアンケートに「もっとフレンド枠を増やしてください全然足りませんあいねちゃんも目指せ友達100万人って言ってましたよね?」と要望を出し続けていたが、小学校のクラスふたつ分のフレンドを登録しようと思うと、それだけでおよそ10時間と6,000円が必要であり、ほとんどの女児先輩には無関係な話なので対応する理由は無いのである。そこで権助は二人目のマイキャラ「コンスケちゃん」を作ることでこの問題を解決したが、それによって「マイキャラ複数育成」という、より深い沼に沈んだことは言うまでもない。


「もうこんな時間か……」


 権助は腕時計を確認し、この日最後のアイカツを終えて帰路についた。遊びたい曲、着せたいドレス、呼びたいフレンド……やりたいことは無限にある。ただ、時間だけがなかった。


※ ※ ※


 数日後。


"お客様各位 こちらのゲーム機は11月26日にとりさげます。ご了承ください namco梅田"


「……!」


 権助のホームであるnamco梅田店にそれは貼り出されていた。近いうちにこの日が来ることは分かっていたとはいえ、想定よりもかなり早い。公式サイトのマイページは11月いっぱいまで使用できるのだから、ナムコ直営店ならば少なくともそれまでは稼働しているだろうと油断していた。


(最後の日は近い……)


 ホームを失った権助は、この日からタイトーステーション梅三小路店へと拠点を移すことになる。


※ ※ ※


♪ レッツゴー梅三! 毎度おおきに元気が溢れる レッツゴー梅三! 召しませグルメを思いのままに レッツゴー梅三! あなたの笑顔に出会えるだろうか 一直線なのもいいが もっと梅三小路で会いましょう


 陽気なテーマ曲が流れる、食と遊びの専門店街・梅三小路は、JR大阪駅から西に進んで横断歩道を渡ったところにある。入ってしばらく進むと右手に見えてくるのがタイトーステーション梅三小路店、縮めて「タイステ梅三」である。2017年5月26日にソフマップ梅田店跡地にオープンしたこのゲームセンターは、歴代『電車でGO!』筐体を並べたインパクトのあるビジュアルで知られ、タイトーの音楽チーム『ZUNTATA』のミニライブや『ハイスコアガール』と連動したレトロゲーム特集といったイベントを精力的に行ってきた活気あふれる店舗である。


 しかしながら、こと『アイカツ!』に関しては、設置台数や交換ボードの有無などでnamco梅田店に一歩譲るところがあった。


 それには明確な理由がある。


 『アイカツ!』はバンダイナムコゲームスのIPなので、お膝元であるnamco梅田店では大会やコラボなどの公式イベントを行うことができる。となれば、同じキタで商売をするタイステ梅三がいくら『アイカツ!』に力を入れたところで二番手に甘んじるのは必定である。その代わりに、競合IPであるタカラトミーのプリティーシリーズへ注力することで、これまで長らく「アイカツ!のnamco梅田、プリティーのタイステ梅三」の棲み分けが行われてきたのだ。なお、ミナミでも同様に「アイカツ!のnamco大阪日本橋店、プリティーシリーズのタイステ大阪日本橋店」がそれぞれのプレイヤーの拠点となっている。


「筐体は2台、録画台は片方だけか……」


 やはりnamco梅田店の4台体制に比べると心許ない。幸い、今日は録画台に先客の女性が一人だけなので空いている台で遊ぶには遊べるが、やはり最後の思い出を動画として残したい権助は後ろで順番を待つことにした。


「どうぞ」


「あ、どうも」


 先客と一声交わして交代すると、その女性は先程の権助と同様に後ろで次のプレイを待った。やはり皆、録りカツ(※1)がしたいのだ。


(※1:録りカツ……ゲームプレイを録画する行為は、いかに直営ゲームセンターが録画台を設置しているとしても非公式である。以前、誰かがプリパラの録画台の是非について公式に問い合わせた結果、セガ直営全店から録画台が撤廃された事件があったように、あくまでも「お目こぼししていただいている」ことを忘れないようにしたい。それはそれとして、個人的には一過性のゲーム体験にならざるを得ない、筐体レンタル&オンラインアップデート方式のキッズカードゲームのプレイ動画を後世に残すことは史料アーカイブとしての意義があると考えている)


 ワンプレイを終えて女性と交代し、また後ろで待つ。それを繰り返す。


(もどかしいが、それは向こうも同じだろうな)


「……あの、すみません」


 何度目かの待機をしていた権助に話しかけてきたのは、制服を着た男性店員だった。


「もう一台空いてるんですが、どうしてそちらでプレイされないのですか?」


「録画台を使いたいので……」


 答えると、店員は「なるほど」と納得して立ち去っていった。


(namco梅田店で遊べなくなった分、これからはもっと混みそうだな……)


※ ※ ※


「あっ!」


 翌日、再びタイステ梅三を訪れた権助は驚きの声を上げた。なんと、筐体2台ともに録画機が設置されていたのだ。


(昨日の店員さんがプリ☆チャンから分けてくれたのかな。ありがたく使わせていただきます……)


 それから日が経つにつれ、権助の予想通り、タイステ梅三には多くのアイカツおじさんとお姉さんが集まるようになった。皆、最後の思い出を作ろうと、一つひとつのステージを噛みしめるように見つめていた。


 そして11月30日。


 マイページ使用期限日……つまり公式が発表した稼働最終日がやってきた。


「今回は、ちゃんとお別れしないとな」


 権助は初代『アイカツ!』筐体の最後にきちんと立ち会わず、その後「テヅカツ」で再会するまで随分長く後悔を引きずってしまった反省から、今回は計画的に「最後にやりたいことリスト」を用意して、この日までに順調に消化してきていた。


「よし」


 いつもと同じように両替を済ませ、いつもと変わらない動作で百円硬貨を投入する。たとえこちら側から見えなくなったとしても、画面の向こうのマイキャラたちはこれからもアイカツを続けていくのだから、いつも通り送ってあげるのが一番なのだ。


『フレンド』


 最後の曲は決めていなかったが、筐体の前に座ると自然とそれを選んでいた。


♪ ねえ もうすぐそばにいつもいられない そんな日が来るって考えたくないないない でもお互い 一歩さきを 冒険 応援 挑戦したい きっと乗り越えてゆく どんな問題も君なら スマイル スマイル そうポジティブに! Let's go with you 一人じゃないもん


 ふたりのマイキャラと60人以上のフレンドたち。彼女たちの門出を祝った権助は、筐体に一礼して最後のアイカツを終えた。


(四年半の間、本当にありがとうございました)


※ ※ ※


「……さむ」


 2020年12月。


 仕事を終えて外に出ると、冬の木枯らしが頬を撫でた。


(久しぶりに、寄り道しないで帰ろうかな)


「………………」


 その思いとは裏腹に、彼の足は今日もタイステ梅三小路へと向いていた。


(まあ、日課みたいなものだ)


 ゆっくりと店内を見て歩く。クレーンゲームの景品は『鬼滅の刃』だらけだな……新しい音ゲーが入荷しているな……そんな当たり障りのないことを考えながら、気が付いた時にはキッズカードゲームコーナーへと辿り着いていた。


「………………あ」


 そこには数名が並んでいた。先日のお姉さんもいる。顔ぶれを見て分かった。プリ☆チャンの待ち行列ではない。


「あぁ…………!」

 

 アイカツオンパレード!筐体。画面の右上に表示された印刷可能枚数は残りわずかだ。それでも、まだ動いていた。


 『アイカツ!』シリーズの筐体はメーカーからのレンタルで設置されている。タイステ梅三は公式の稼働期間を過ぎても、返却期間ぎりぎりまで動かすことを決めたのだ。


 それを見た権助は、迷うことなく列に並んでいた。


 ……何が。


 何が、最後にやりたいことリストだ。


 何が、ちゃんとお別れしないとだ。


 そんなもの。


 そんなもので、すっぱりと気持ちの整理をつけられるはずがない。


 フレンドみんなとブロマイドを撮りたい!


 いろんな配役でドラマステージを遊びたい!


 あの曲もこの曲もアンコールが見たい!


 いつまでも、うちの子たちとアイカツを続けていたい!!


 まだまだ、後からいくらだってやりたいことは生まれてくる。


 百円硬貨を投入し、アイカツ!を再開する。


"下から一枚、アイカツ!カードが出てくるよ! 忘れずにとってね!"


 いらない。


 アイカツ!カードなんていらない。


 カードが印刷される度に減っていく画面右上の数字。それは彼女たちとの別れを告げるカウントダウンだ。


 カードさえ……アイカツ!カードさえ出てこなければこの時間は永遠に終わらないのに。


 何度目かの順番が回ってきた。印刷可能枚数、営業時間的にもこれが本当に最後の一回だ。椅子に座り、マイキャラのアイドルパスを読み込ませる。選んだのは、『アイカツオンパレード!』オープニング曲『君のEntrance』。


♪ きっと終わりはないよ 


  ずっと大丈夫だよ


  いつも近くにいるよ 


  ちゃんとわかっているよ


(…………うん)


 権助には、その歌がマイキャラたちからのお別れの手紙のように思えた。


♪ 青春がいつもここにあった


  自然と笑顔が零れた


  たくさんの想いが集まった場所


  「こんな自分」って言わなくなっていた


  いつかは訪れる さよなら


  そのひとつひとつが次のEntrance


(……さようなら、私のアイドルたち。四年半、一緒にアイカツしてくれて本当にありがとう)


 最後のアイカツ!が終わった。


 それから間もなく、日本全国の『アイカツオンパレード!』筐体はその役目を終えて撤去された。そして新たに搬入された『アイカツプラネット!』筐体によって、また次の時代が始まるのである。


※ ※ ※


「よし、始めるか!」


 2020年12月10日(木)夕刻、タイトーステーション梅三小路店。権助は初めて『アイカツプラネット!』筐体の前に座り、鞄から財布を取り出した。


 その鞄の中には、今も「ゴンスケちゃん」たちの最後のカードが大切に仕舞われている。


-つづく-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る