第二話 アイカツおじさんがアイドルになっても?

 2020年12月10日(木)。


 ついにやってきたデータカードダス『アイカツプラネット!』稼働日、その夕刻。権助はタイトーステーション梅三小路店のキッズカードゲームコーナーへとやってきた。


「これはすごいな……!」


 圧倒されたのは、なんといっても新筐体の大きさである。横幅はこれまでの1.3倍、上下に2つの大型モニターを並べたその存在感は、数多くの大型筐体が並ぶゲームセンターの中でも際立っている。


 下画面はプレイヤーがリズムゲームをプレイするタッチパネルで、上画面にも基本的には同じ映像が流れているのだが、こちらはノーツやゲージなどが取り払われ、代わりに「LIVE」の文字と共に歌詞が追加表示されている歌番組風のレイアウトとなっている。このようなライブモニターは、同じバンダイナムコゲームスの『鉄拳』や『機動戦士ガンダム エクストリームバーサス』シリーズでも採用されているが、一台につき一枚というのは非常に贅沢な仕様だと言える。


「なるほど、上のモニターはギャラリー用か。下画面は、目の前にプレイヤーが立って(大人は座って)遊ぶ都合上、ギャラリーがプレイ中の映像を見られないものな」


 多くのゲームが立ち並ぶゲームセンターにおいてギャラリーへのアピールは大切である。とにかく、まずは「うちのゲームは面白いよ!」と視覚的に訴えかけなければ、お客様になかなか百円玉を投入してはいただけないのだ。


 余談になるが、「スパる(人のプレイを見て攻略法を盗み見る)」「ベガ立ち(プレイヤーの背後で腕を組み、仁王立ちで観戦すること)」「解説くん(人のプレイを見ながら勝手に解説する人)」など、昔からギャラリーに関するゲーセン用語が多いことからも、不特定多数の人間が訪れるゲームセンターならではの観戦文化を伺い知ることができるだろう。


「よし、始めるか!」


 百円硬貨を投入し、先ほど店頭配布でもらったばかりの「アイドルライセンス」と「スイング」を取り出した。前者は今までのシリーズでもお馴染みのプレイヤーデータを保存するためのカードだが、後者は今回初めて手にしたアイテムだ。


 縦59mm×横59mm、少し厚みのある正方形のプラスチックカード「スイング」。


"アイドルはスイング勝負!"


 そのキャッチコピーが示す通り、このスイングこそが、これまでのアイカツ!カードに代わる『アイカツプラネット!』のキーアイテムである。レア以上のスイングに施された箔押しの高級感は印刷式になる前の初代アイカツ!カードを思い出させるが、それに加えてしっかりとした重量感が『いいものを手に入れた』という所有欲を満たしてくれる。おじさんの権助でもそう感じるのだから、女児先輩にとってはきっと宝物のような存在なのだろうと思えた。権助はおじさんなので、あくまでも想像である。


「まずはマイキャラづくりか」


 筐体が刷新されたことでマイキャラもイチから作成である。3Dモデルが一新されているため、以前の「ゴンスケちゃん」に近い姿にしようと、似たパーツをやりくりしてようやく完成にこぎつけると。


「うおっ」


 生まれたばかりの新たな「ゴンスケちゃん」が、画面のこちら側にいる権助を見つめ、手のひらを向けていた。


「こ、これが噂に聞く『ミラーイン』か……」


 ミラーイン。


 それは、プレイヤーが画面の向こう側にいる「アバター」に乗り移ってアイカツプラネット!の世界へ行くことである。「なりたい自分にミラーイン!」のキャッチコピーが示す通り、マイキャラ=プレイヤーの構図がより強調されている。これはおそらく近年のVtuber人気を鑑みて用意された設定であろう。2016年の『アイカツスターズ!』の時点で既にYouTubeへのプレイ動画アップロード機能を備えていたように、キッズ向けコンテンツは最新の流行を捉えなければ生き残れない世界なのだ。


「い、いいのか……おじさんがアイドルになっても……?」


 おそるおそる、あまりに小さなマイキャラの手に、おじさんの手のひらを合わせる。


"ミラーイン!"


 いざ、アイカツプラネット!の世界へ。チュートリアルをひとしきり終えると、おなじみの曲選びである。


「最初は『HAPPY∞アイカツ!』にしよう」


 「アイドル活動!」「Let'sアイカツ!」「アイカツ☆ステップ」「アイカツフレンズ!」と、連綿と続く主題「アイカツ」を冠したテーマ曲の最新作である。


♪ 行こう ハート弾ませ まだ見ぬ世界へ ココロの羽広げ HAPPY∞アイカツ!Yeah!


「これは……なかなか忙しいな!」


 リズムに合わせて流れてくるノーツを叩くというゲーム性の根幹こそ変わらないが、操作系が物理ボタンからタッチパネルへと変わったことで、『アイカツプラネット!』はこれまでとまったく別のゲームへと変貌していた。


「えーと、次はこっちで……あれ? こっちが先だっけ?」


 画面を直接タッチするため、体は必然的に筐体へと近付く。そのため視界が狭まり、ノーツの順番を見失うこともしばしば。


(こうやって新しい操作に体を慣らしていく時期は、ダイレクトに上達を実感できて特に楽しいものだ。……よし、次はさらに難しいモードで遊ぶか)


 権助のゲーマー魂に火が点いた瞬間であった。


 なお、難度を下げればノーツの流れてくる範囲が狭くなるため、メインターゲットである先輩たちもニコニコ楽しくアイカツできる仕様となっている。


「それにしても、随分と思い切った方向転換をしたものだ」


 実写を取り入れ、カードをスイングに、ボタンをタッチパネルに変えたことも勿論大きな改革ではあるが、権助が言っているのはもっと根幹……作品のコンセプトにまで遡った部分である。


「スイングを使ったデッキ構築、バトルを前面に推した遊び……これは男児向けホビーの文化だ」


 これまでのアイカツ!は、好きなドレスを組み合わせる着せかえ人形的な楽しさや、友達と一緒に仲良く遊ぶモードなど、いわゆる王道の女児向け娯楽であった。しかし『アイカツプラネット!』ではそれらを廃し、レベルや属性、スキルが設定されたスイングを並べて相手と戦い、勝者だけがドレスを着られるという、勝つことに前のめりな遊びへと変わった。この娯楽性は主に男児向けホビーで培われたノウハウによるもので、女児向けコンテンツに取り入れられるのは異例である。


 しかし、異例ではあるが前例はある。


 「女の子だって暴れたい!」をコンセプトに、徒手空拳でのバトルを女児向け作品に取り込んだ『ふたりはプリキュア』である。その結果は皆様ご存知の通り、2004年の放送開始以来、17年にも渡って愛され続ける長寿シリーズとなった。


 プリキュア初代プロデューサー・鷲尾天氏はインタビューにこう答えている。


"企画を考えたときは「小さな子どもは、男の子も女の子も変わらない」と思っていました。親御さんが「女の子らしくしなさい」「男の子らしくしなさい」と教育して、だんだんと分化していくんだろうと。"


-2018年2月28日 朝日新聞デジタル「男女に差なんて、ない プリキュア生みの親、秘めた信念」より抜粋-


 ナルホドと思う権助であったが、そもそも性別も年齢も関係なく女児向けコンテンツにハマっているアイカツおじさんが今さらナルホドも何も無いのであった。


※ ※ ※


 2021年1月22日(金)。


 権助はこの日もタイトーステーション梅三小路店でアイカツ!に勤しんでいた。ここに設置された筐体は3台。1台はスイング購入台で、残りの2台がプレイ台である。


「よし、今ならいけそうだな」


 周囲を念入りに見渡し、プレイ待ちがいないことを確認した権助は着席し……2台ともに百円硬貨を投入した。「ゴンスケちゃん」と「コンスケちゃん」、二人のアバターをそれぞれに読み込ませ、同時に「店内対戦」を選んだ。しばらくするとマッチングに成功し、二人の対戦が始まった。直後、何を思ったか権助はゲームプレイを放棄し、ゆっくりと席を立って、少し離れた場所からスマホを構えた。


「うん、このあたりなら2台ともカメラに収まるな」


 と、動画撮影ボタンをタップする。プレイヤーがいなくなったゲームは、当然どちらもスコア0点のまま進行していく。


"ドレシアチャンス!"


 ゴンスケちゃんとコンスケちゃん、二人のバトルが始まった。この時、スコアの高い方が勝者となりドレスを着ることができるのだが……。


"勝っちゃった!"


"勝利いただき!"


 二人が共に勝ち名乗りを上げ、同時に美しい双子のドレスを纏った。


 勝者だけがドレスを着られるのならば、一切スコアを稼がず同点に持ち込めばどちらも勝者になれる。システムの盲点を突いた裏技であった。


(ああ、やっぱりウチのマイキャラちゃんたちはプラネット世界でもかわいいな……!)


 なりたい自分にミラーイン!……アイカツおじさんがアイドルになったっていい。ならば同時に、アイドル自身ではなくマイキャラを応援する人間になったっていいのだ。


「私はこれまで通り、アバターではなくマイキャラとして接していく。プレイヤーの数だけプレイスタイルはあるのだから」


 なんか良いこと言ってる風ではあるが、筐体から離れてマイキャラのライブを撮影するおじさんの姿は、我が子のお遊戯会をビデオに収める親バカお父さん以外の何者でもなかった。火が点いたはずのゲーマー魂は、我が子かわいさにすっかり消火されていた。


「……む、だんだん人が多くなってきたな」


 プレイ(?)を終えて見渡すと、いつの間にか増えたお客さんたちで店内はごった返していた。クレーンゲームや音楽ゲームなどの人気筐体だけではない。パンチングマシンにガンシューティング、果てはインベーダーゲームから、博物館のように並べられた大昔の『電車でGO!』まで、あらゆるゲームに人が群がっていた。それは、このコロナ禍で苦戦を強いられているゲームセンターとしては異様な光景だった。


「あまり密になってもいけないからな。いったん外に出るか」


 人混みをかき分けて店の前に出た権助は、入口に掲げられた「タイトーステーション」の文字を見上げた。


「今までお世話になりました」


 2017年の開店から三年。駅前の再開発のため、本日をもってこのタイトーステーション梅三小路店は閉店となる。その最後を見届けようと常連たちが集まっていたのだ。


(朝8時の開店から朝カツをしたり、ダイヤモンドフレンズカップを戦ったり……色々あったなぁ)


 今までにもらったたくさんの思い出を噛み締めながら、外から最後の賑わいを眺めた。そして、ついに閉店時間。すべてのお客さんが退店したところで、駅員風の制服を着た店長が最後の挨拶に立った。


「たくさんのお客様にこうやって見守っていただいて閉店できるということは、私にとってとても感慨深いものがございます。本当に大変厳しい状況下ではございますけれども、皆さん上を向いて、日本を良くしていきましょう。本日は最終最後まで閉店を見守っていただきまして、誠にありがとうございます。スタッフ一同に代わりましてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」


 店長が深々と頭を下げると、集まった多くの人々から感謝の拍手と「ありがとう」の声が送られ、タイトーステーション梅三小路店はその歴史に幕を下ろした。


 いつまでもあると思うな親とゲームセンター。アイカツおじさんは、ゲームセンターがあるからアイカツおじさんでいられることを決して忘れてはならないのだ。


-つづく-

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