第三話 アイカツおじさんと銀幕のスター宮
2020年末、全国の映画館ではソーシャルディスタンスを守りつつ大行列ができていた。言うまでもなく、空前の大ヒット作品『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』に並ぶ人々である。
それはここ、TOHOシネマズなんばも例外ではなく、次回の上映開始を待ちわびる列がロビーにずらりと伸びていた。そんな人々を横目に、一足先に上映の終わった劇場から出てきたのは権助である。
「あぁ、実に面白かったなぁ。日本のアニメ作品の持つ熱量にはいつも驚かされるばかりだ」
映画の出来栄えに感心しながら満足げに言った。
「やはり名作だな、『伝説巨神イデオン』は」
『伝説巨神イデオン』とは、『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督が手掛けた、今から40年前に作られたロボットアニメである。その劇場版、特に「発動編」は『新世紀エヴァンゲリオン』にも多大な影響を与えた日本のアニメ史に残る傑作……ではあるのだが、そんなことより、問題は何故そんな昔の作品がこの令和の時代に名画座でもない映画館で上映されているのか、ということである。
「この『ドリパス』という企画はすごいな。ウェブサイトから観たい映画をリクエストすれば年代やジャンルに関係なく上映してくれるんだから」
無論、なんでもかんでもというわけではなく様々な条件はある。しかし、一度上映期間の終わった作品を再び銀幕で観られる可能性があるというのは実に夢のあることだった。
「上映してくれるだけでもありがたいが、観に来る人がみんなその作品を映画館で観たくてリクエストしたファンだというのがまたいいよな」
と、そこまで考えてふと気付く。
「……もしかして」
スマホでドリパスのサイト内を検索する。すると、目当てのものはすぐに出てきた。
「あったぞ、『劇場版アイカツ!』が!」
『劇場版アイカツ!』は、2014年12月13日に公開された『アイカツ!』シリーズ初の映画作品である。主人公・星宮いちごのアイドル活動の集大成とも言える物語は、当時多くの子供とアイカツおじさんたちに大きな感動を与えた。かくいう権助も、鑑賞を終えたあと「面白かったね!」と劇場を後にする先輩たちの中に混じって、ひとり心を揺さぶられすぎてしばらく立ち上がれなくなってしまった思い出がある。
「ドリパスを使えば、あの感動をもう一度味わえるかもしれない……!」
※ ※ ※
年も明け、2021年1月。
「よし、今年の目標は『映画館でアイカツ!を再上映すること』だ!」
早速スマホでドリパスのサイトにアクセスし、ポチポチとリクエストボタンをタップする。投票できるのは一日に4票まで。そのすべてを『劇場版アイカツ!』に捧げると、少しだけ順位が上がった。
「まだ300位か……上映までは遠いなぁ」
実際に上映されるためにはいくつかのハードルを超える必要がある。そもそも権利問題をクリアーできるかどうかは交渉が始まってみないと分からないし、劇場を押さえたところでチケットが一定以上売れなければ上映は行われない。
しかし、それよりも何よりも、なんといっても重要なのがリクエスト数である。毎週月曜日の午前9時の時点でリクエスト上位3位までに入った作品だけが「上映候補」となり、再上映のための交渉が始まる。逆に言えば、リクエスト数が増えない限りスタートラインには立てないのだ。
「うーむ……しかし、これはどいうことだ?」
権助が疑問に感じたのは、『劇場版アイカツ!』の累計リクエストポイントとファン登録されている人数である。
「累計ポイントが200ちょっとなのに対して、ファン人数が160人。一日に4ポイント投票できることを考えると、人数に対してポイントが少なすぎる」
その謎を解明すべくポイントの仕組みを説明したページを読み進めていくと、あっさりと答えは見つかった。
「……なるほど。ポイントには有効期限があるのか。確かに、一人が何年もかけてポイントを積み上げていったとしても客は一人だけだからな。短期間に大勢が投票した作品であれば、上映した際に集客人数をある程度担保できるというわけか」
となると、この160名のファン数が意味するところも明らかになる。つまり、過去に権助と同じように『劇場版アイカツ!』の再上映を目指し……そして挫折した人の数である。
「160人いてもダメなのか……」
上位の映画を見てみると、どれも500人以上のファンが登録されている。遠い。目の前にそびえ立つ壁の高さを実感し、挫けそうになる。
「……いや、いちごちゃんだって高い崖を登ってプレミアムレアドレスを手に入れたんだ。千里の道も一歩から。投票を続けながら、地道にみんなに呼びかけることが大切だ。まずはツイッターで宣伝活動だ」
"ドリパスで『劇場版アイカツ!』に投票して再上映を実現しましょう!"
※ ※ ※
"本日も『劇場版アイカツ!』に投票よろしくお願いします!"
権助が投票を呼びかけてから一週間。順位は少しずつ上がっている。……上がってはいるが、しかしそれはポイントの少ない下位だからであって、上位に目をやればひとつ順位を上げるのにも数百……いや千票以上を稼ぐ必要があることが分かる。
「どれだけ順位を上げたところで3位内に入らなければ意味がない。『アイカツ!』第96話『レッツ!あかりサマー!』でのジョニー先生の『努力したかではなく、できるかできないか、0か1かでしか判断できないことがある』という言葉が、今こそ身に染みて分かるな……」
ところが。
それから数日後、突然順位が上がり始めたのである!
「いきなり130位!? なんだなんだ、急にどうしたんだ」
権助は自身が投票を呼びかけたツイートを開き、リツイート先を確認していく。するとその中に数件、見覚えのあるアイコンを見付けた。
「あっ……!」
それは数千のフォロワーを持つ、アイカツ!界隈では名の通った絵師たちによるものだった。リツイートは次のリツイートを生む。これが起爆剤となり、連鎖的に多くのアイカツ!好きへと『劇場版アイカツ!』再上映投票の呼びかけが広まっていったのだ。
「おいおい……!」
試しに「ドリパス」「アイカツ」でツイッターを検索してみる。
"目指せ再上映!"
"また映画館で観たい!"
"アイカツ!に投票して徳を積んだ"
「すごい……こんなにたくさんの人が投票を……しかも宣伝まで……!」
こうなると、もはや権助ひとりの願いではない。
再び銀幕でスターライト学園のアイドルを観たいと願う人たち。
後から『アイカツ!』を好きになり、当時映画館で観られなかった人たち。
バンナムフェス2ndが延期になり、子供たちへのミニライブも行われず、イベントに飢えている人たち。
様々な想いを乗せた票が幾重にも積み重なり、凄まじい勢いで順位を押し上げていく。
そして。
「10位……! ついにトップが見えた!」
権助の呼びかけからわずか三週間。右肩上がりに伸びたファン登録数は既に700人近くに達し、目標だった一日1,000ポイントも軽く超えた。破竹の勢いとは正にこのことである。
「みんな、『アイカツ!』のことが好きなんだな……!」
しかし、作品にかける愛情は他の映画に投票している人たちも同様である。
映画祭で一度しか上映されなかった映画を全国に広めたい。
若くして亡くなった俳優の作品を映画館でもう一度観たい。
一つひとつの作品に、それぞれの強い気持ちがあった。権助は彼らの希望もいつか叶うことを願いながら。
「でも、今回は!」
2月1日。ついにその時は来た。
"ファン登録なさっている「劇場版アイカツ!」が上映候補に入りました! おめでとうございます!"
ドリパス運営から届いたメールを開き、権助は拳を握ったのだった。
※ ※ ※
「いよいよだ……!」
2021年2月19日(金)。
権助はPCの前に座り、ドリパスの『劇場版アイカツ!』ページを開いて緊張していた。上映候補入りからわずか2週間で開催決定のメールが届き、このあと23時から早速チケットの販売が始まるというのだ。なんというスピード感。これ以上ない最高の仕事である。ドリパスえらい。ドリパス素晴らしい。
「今回は秋葉原UDXシアターのみでの開催なので私は参戦できないが、果たしてどれくらいチケットが売れるのかは気になるぞ」
いよいよ時計の針が23時を指した。
「この劇場のキャパは170人。完売してくれると嬉しいのだが……」
頃合いを見て、予約状況を確認するためチケット販売ページへのリンクをクリックする。
「……あれ?」
ページが開かない。おかしいな、と何度かF5キーを叩くとようやく繋がった。
「えっ、これは……」
表示された座席表を見て驚愕した。販売開始からまだ一分も経っていないにも関わらず、既に座席の半分以上が埋まっていたのだ。サーバーに繋がらなかったのは、チケットを求める人々が一斉にアクセスしていたからであった。
驚きながらもう一度F5キーを押すと、読み込み直した座席表はほぼすべて埋まっていた。
「この速度は……まるで神埼美月のライブチケット並みじゃないか!」
かくして座席はあっという間に完売し、2021年3月27日、ついに念願の『劇場版アイカツ!』再上映が行われたのである。
権助は遠く大阪の地で、その時の様子をツイッター越しに眺めていた。
"上映が終わったらみんなが拍手してくれて感動しました!"
"あちこちからすすり泣きがいっぱい聞こえてきてすごかった。"
"私、終始泣きっぱなしでした……。"
"アイカツ!を後から知ったので、当時劇場版を見られなかったことをずっと悔やんでいました。本当にありがとうございました!"
上映終了後、つぶやきの数々を見て、権助は声を上げて本当に良かったと思った。同じサンライズアニメである『伝説巨神イデオン』から始まった『劇場版アイカツ!』復活上映企画は、こうして見事に成功を収めたのであった。
ありがとう、投票してくださった皆様。
ありがとう、富野由悠季監督。
ありがとう、ドリパス。
ドリパスは最高のサービス。
ドリパス、えらい。
ドリパス、すばらしい。
ドリパス、日本一。
ドリパス、大統領。
……次は地方でも開催よろしくお願いします。
-つづく-
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