最終話 アイカツおじさんはおんなじ時間生きてる

 2021年3月19日(金)。


 ここは大阪、大丸梅田店。婦人服や宝石店など、主に女性向けの店舗が並ぶ老舗の百貨店である。今も一人の奥様が昇りエスカレーターに乗り、お目当ての店に向かって移動中だ。


「……………………えっ?」


 突然視界の端に現れたスーツ姿の男性と視線が交わり、驚いて目を丸くした。エスカレーターのすぐ脇でひとり椅子に座っている謎の存在。しかし彼女はその答えを知る前に上階へと消えてしまった。


「これまで様々な晒し台で遊んできたが、このロケーションはかなり上位だな」


 男は権俵権助。人通りの多いエスカレーターの真横に並べられた4台の『アイカツプラネット!』筐体は、どれも通りすがりの人々の視線を集めていた。もっとも、目立たなければ設置する意味が無いのだから、この配置は何も間違ってはいない。


 さて、なぜ百貨店に筐体が置いてあるのかといえば、そこから数メートル先に作られた「アイカツ!デザインマートBYアイカツ!スタイル POP UP STORE@大丸梅田店」がその答えである。これは期間限定で出店されたアイカツ!グッズの販売店であり、ここでしかもらえない購入特典もあるとあって、初日から完売続出、入店にも整理券が配布されるほどの大人気となっていた。かく言う権助も先ほど買い物を済ませて、非売品の「チョコメルリスイング」をGETしたばかりであった。


 それはさておき、近くにnamco梅田店があるというのに、なぜ彼がわざわざこんな人目に付く晒し台でプレイしているのかと言えば、ここで3回遊ぶと手に入る限定ヘアアクセ「デザインマートバレッタ」のためである。デザインマートはこれまで東京駅地下の東京キャラクターストリートにしか出店されていなかったため、地方住みの権助にとってはレア度の高いアイテムであり、かわいいマイキャラを着飾るためにはこの機会を逃すわけにはいかなかったのだ。


「よし、これで3回終了。無事にアクセも手に入れたし、次は……」


※ ※ ※


「絶景かな、絶景かな」


 眼下に広がる京都の景色。そこには、石川五右衛門が歌舞伎「楼門五三桐」でその有名なセリフを発した南禅寺も含まれている。


 2021年4月16日(金)。権助は京都タワーの展望台にいた。


「緊急事態宣言が明けて、やっと京都に来ることができた」


 円形の展望スペースをぐるりと回り、本日の目的地がある南へと目を向ける。はるか足元には映画『ガメラ3』で破壊されたJR京都駅が、その向こうには世界遺産である東寺の五重塔が見える。だが、権助の目指す場所はそのどちらでもなかった。


 余談になるが、2021年4月現在、京都タワーの展望台には声優・安野希世乃さんのサインが飾られている。権助は「京都のランドマークタワーに北大路さくらちゃん役の安野さんのサインが!」と一人でテンションを上げていたが、実際はマクロスΔ関係のサインである。しかしながら、彼と同様になんでもすぐに「実質アイカツ!」と叫びがちな人は観光名所の一つとしてチェックしてみるのもいいだろう。


※ ※ ※


「ここか」


 京都タワーから歩いて十五分ほど。権助が辿り着いたのは、先ほど見えたJR京都駅と東寺のちょうど中間地点にあるイオンモールKYOTOだった。


 世界遺産でもなければランドマークでもない。ちょっと郊外へ出れば日本全国どこにでもある、なんの変哲もないイオンモールである。はっきり言って、外国人観光客なら誰もツアーには含めないであろう場所だ。


「上か」


 入ってすぐのエレベーターで4階まで昇ると、namcoイオンモールKYOTO店がすぐ目の前に現れた。……と言っても、イオンモールにnamcoのゲームセンターはつきもの。これもまたさして珍しいものではない。


「えーと……おっ、あった」


 店の隅にある区切られたスペースに『アイカツ!』のポップが飾られているのが見えた。その「アイカツ!オフィシャルショップ」こそが彼が目指す場所だった。


 アイカツ!オフィシャルショップ、通称「オフィショ」は、その名の通りアイカツ!シリーズ専門のショップで、様々なグッズや、ここでしか手に入らない景品が当たるくじの販売の他、演者のサインや衣装の展示なども行われている。ゲームセンターの敷地の一部を借用していることからも分かるように常設の店舗ではなく、以前は大阪の天王寺や日本橋に店を構えていた。今はここイオンモールKYOTOに出店しているため、大阪に住む権助は緊急事態宣言が解除されるまで訪れることができなかったのだ。


「ほー、色々と新商品もあるな……」


 狭い敷地にぎっしりと詰め込まれたグッズを見て回っていると、ふとモニターに流れている映像に目が留まった。それは、初代『アイカツ!』から最新作『アイカツプラネット!』までの全タイトルから選抜されたメンバーが歌う新曲『Shiny day』のプロモーションビデオだった。


(これもそうだが、コロナ禍で長らくライブを開催できていないせいで、まだ生で披露できていない曲がたくさんあるんだよな)


 それに、本当なら今頃STARRY PLANET☆(※1)だって、全国を回って子どもたちと触れ合うイベントを行っていたはずなのだ……と口惜しく思いながら、権助はオフィショの裏側へと回った。


(※1:『アイカツプラネット!』の出演者による歌唱ユニット。補足すると、オンラインで子供と一緒にゲームを遊ぶイベントは開催されている)


「この台だな」


 2台並んだアイカツプラネット!筐体に座り、百円硬貨を投入する。アイドルライセンスの読み込み時間中にスマホを開き、『アイカツプラネット!』のマイページを確認する。


「えーと、3回プレイで『スウィートピンクバレッタ』、5回で『グリーンシックスタートドレス』か」


 そう、デザインマート同様、ここオフィショでも限定アバターパーツが手に入るのだ。これが権助の第一の目的であった。


 そして、第二の……最大の目的は。


「さて、無事にパーツもゲットしたことだし……そろそろ会いにいくか」


 立ち上がって振り向くと。


「四ヶ月ぶりだな」


 縦長のモニターに手元のタッチパネル。そして赤・緑・黄の丸くて大きな3つのボタン。『アイカツスターズ!』から『アイカツオンパレード!』まで、四年半に渡って子どもたち(とアイカツおじさんたち)を楽しませてくれた、かつての筐体がそこにあった。昨年『アイカツプラネット!』にバトンを渡して引退したその旧筐体は、わずかな数だが全国のオフィショでまだ稼働を続けていたのだ。


 権助は着席してゲームを始めると、鞄からマイキャラパスを取り出した。「ゴンスケちゃん」の写真がプリントされた、世界で一枚のマイキャラパスだ。


 以前、テヅカツや杉カツで初代『アイカツ!』筐体が再稼働したことがあったが(※2)、当時のプレイヤーデータはICカード内に保存されていたため、オフラインでもマイキャラを呼び出すことができた。しかし、この二代目筐体においてはユーザー情報はすべてサーバー上で管理されており、『アイカツオンパレード!』は四ヶ月前に正式な稼働終了日を迎えているため、マイキャラパスを読み込ませたところで意味はないのだ。


 本来ならば。


 ……けれど。


 けれど、彼女はそこに現れた。


 別れた時の姿のままで。


 サーバーはまだ生きていた。


 いや、生かしてくれていたのだ。全国に数台しかない旧筐体のためだけに。


"おともだちと一緒に26回アイカツ!してきたよ! 楽しかったぁ!"


 嬉しそうに報告するマイキャラに、心の中で「よかったな」と呟く。これまで様々なイベントでアイカツ!カードを交換してきた日本中の友人たちが、数少ないオフィショの筐体を使ってそんなにもたくさんウチの子を呼んでくれたのだと思いを馳せると、権助はそれだけで泣いてしまいそうになった。


(※2:第六部「第2話 アイカツおじさんと手塚治虫 ~黎明編~」、第七部「第1話 アイカツおじさんと杉カツと上井草のラーメン」参照)


「ひさしぶりにキミのアイカツ!を見せてもらうぞ」


 この日のためにたっぷりと持ち込んだアイカツ!カードを取り出し、マイキャラとフレンドたちにドレスを着せていく。画面の中で楽しそうに歌い踊る彼女たちを見ていると、たった四ヶ月なのにずいぶんと懐かしい気持ちになる。


"アイカツ!カードにしたいドレスを選んでね!"


「今日は全部ブロマイドにするぞ」


 タッチパネルからブロマイド印刷を選択する。これは通常の2倍の大きさのアイカツ!カードを作れる機能で、しかもその回のプレイ映像から印刷する場面を抜き出すことができるのだ。


"まずは写真を撮影するよ! シャッターは三回押せるよ!"


 タイミングよくベストショットを撮影し、マイキャラとフレンドたちが映ったブロマイドを作成する。


「えーっと……みんなの名前を入れて、枠を選んで、それから星のキラキラでデコって……」


 プリクラ撮ってんじゃねえんだぞ、とは『アイカツ!』第6話「サインに夢中!」の紫吹蘭のセリフだが、今の権助は完全にプリクラ気分である。


「よし……これを入れて完成だ」


"2021.4.16"


 彼が最後に入れたのは今日の日付だった。


「これが、マイキャラたちが今でもアイカツを続けている何よりの証拠だ」


 取り出し口からブロマイドを取り出すと、権助はスマホでそれを撮影し、ある人物へと送った。


「あなたのアイドルは今日もアイカツを続けています」


 そのメッセージの送り先は、先ほど一緒にアイカツをしたフレンドの持ち主だった。


「さて、次はどの子を呼ぶかな。今日は時間が許す限り遊びたおすぞ」


 幸い、ゲームセンターの隣はフードコートである。この日、権助は宣言通り夜が来るまで噛み締めるようにフレンドたちとのアイカツ!を続けたのだった。


※ ※ ※


 翌朝。


 権助はスマホが震える音で目を覚ました。


「……おっ」


 画面には昨日写真を送った友人の一人からの返信が表示されていた。


"ひさしぶりに私のマイキャラに会えてうれしかった! ありがとう!"


 それは時差のある海の向こうからの返事だった。まだ世界が新型コロナウイルスに蹂躪される以前、遠く日本までやってきてくれたアイカツ!好きの友人たち(※3)。あれから渡航が禁じられ、彼らは自分のマイキャラに再会できないまま旧筐体の稼働終了を迎えた。だからこそ、権助は日付を入れたブロマイドを作り、彼女たちの「今」の姿を報せたのだ。


 『アイカツ!』第97話「秘密の手紙と見えない星」で星宮いちごは言う。


”昼間だって、まぶしい夏だって星は消えないんだよ。輝きが見えないだけ。"


 たとえ地球の裏側からから姿が見えなくなったとしても……たとえいつかサーバーが停止したとしても……見えない星は今も、そしてこれからもその場所で輝き続けているのだ。


(※3:第九部「第2話 アイカツおじさんとニューヨークからの来訪者」参照)


-おわり-

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たたかうアイカツ!おじさん(第十部) 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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