2024夏の特別編

前編 アイカツおじさんと夏のドリアカーニバル

「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」


 朝から駅前でボーッと突っ立っていた権助は恰好のターゲットに見えたのだろう。街頭アンケートのお姉さんがバインダー片手に話しかけてきた。


「アンケートですか?」


「はい!」


「それ、記名式ですか?」


「はい!」


「変な名前なのでやめときます」


「……あ、はい」


 おかしな人とは関わらないほうがよいと判断したらしく、速やかに別の人へアンケートを取りに行くお姉さんの背中を見ながら、権助は


(暑いのに大変だなぁ……)


 と、ハンカチで額の汗を拭った。


 2024年7月31日(水)、午前9:50。日光は雲に遮られることもなくアスファルトを焼き続け、気温はこの時間で既に35℃近くまで上昇していた。


 ここ、秋葉原駅前にある商業ビル「アトレ」の入口では、早くも十数名の人々が厳しい日差しに目を細めながら午前十時の開店を待っていた。それぞれ推しのアニメグッズを鞄や服に装備していることから、皆、二階にある「バンダイナムコCrossStore」がお目当てであることが容易に推察できた。ここではバンダイナムコの擁する様々なアニメ作品のグッズを販売しているのだ。かくいう権助も、その中のアイカツ!グッズ専門店「アイカツ!オフィシャルストア」に入場するために並んでいるのである。


「ただいまより開店いたします」


 扉が開かれると同時に、待機していた人々が一斉に正面エスカレーターへと走った。一方、権助は加齢により体力が失われているため、のんびりと店へ向かった。世の若人たちが想像する「落ち着きのある大人」というものは幻想であり、単に元気と体力のない姿がそのように見せているだけである。


 さて、二階へ上がると、店の入口では買い物かごにメルリのぬいぐるみを入れた星宮いちごの等身大ポップが来客を出迎え、壁面に掛けられたデジタルサイネージには、始動したばかりの『アイカツアカデミー!』の広告が流れていた。まさに歴代アイカツ!シリーズすべてを取り扱う店の佇まいである。


「デザインマート(※1)が無くなった時にはどうなることかと思ったが……この様子なら安心だな」


 店の外にまで続く大行列の最後尾に並び、権助は関係者でもないのにその盛況ぶりにホッと胸をなでおろした。早速、棚から新商品の「デミカツ」アクスタをいくつか手に取ってレジで精算を済ませると、会計スタッフが権助にレシートを手渡しながら言った。


「ゲームを遊ぶなら、あちらのスタッフに声をかけてくださいね」


 指さされた先──店の隅に人だかりができていた。そこには、とうの昔に稼動を終了した初代『アイカツ!』筐体と、『アイカツオンパレード!』筐体とが並んでいた。なんと、ここで買い物をするとどちらかを一回遊ばせてもらえるという、古参アイカツ!フアンにはたまらないサービスが行われているのだ。(※2)


「今からだと、どれくらい待ちますか?」


「うーん……一時間か、一時間半くらいですかねえ」


 並んでいる人たちを見ると、その多くが若い女性であった。かつて「女児先輩」だった頃を懐かしんで遊びに来ているのかな、と権助は思った。


「すみません、時間が無いので次の機会にします」


 権助は後ろ髪を引かれつつ店をあとにした。今日のところは先輩たちに譲ることにしよう。この日の権助にはこのあと大切な予定が入っているのだ。


※ ※ ※


「ここだ」


 電車を乗り継いでやってきたのは都会のオアシス、緑豊かな代々木公園。そのイベント広場に架かる陸橋の大階段を前にして、権助は「ふん!」と気合を入れると、後ろに手を組んで腰を深く落とした。


「よいしょっ!」


 気合一発、階段を一段うさぎ跳びした。


「……………………」


 そこで動きが止まった。汗がシャツにへばりつき、たちまち喉が水分を欲し始めた。蝉がけたたましく鳴き、執拗に夏をアピールする。うさぎ跳びなど、こんな酷暑の中でやることではない。いや、そもそも酷暑でなくとも不審な行為はいけない。二段目に挑む根性のない権助は、息を切らせながら何事もなかったかのように立ち上がると、ミネラルウォーターをがぶ飲みして、


「やはりアイドルはカードと体力が命だな」


 と、勝手にひとりごちた。そう、ここは『アイカツ!』の異母兄弟とも言える男性アイドルアニメ『ドリフェス!』(※3)第四話において、主人公三人組がうさぎ跳びの特訓を行った場所なのである。他にも第十話でメンバーの海外行きを引き止めた野外ステージ、第四話でユニット名の由来が明らかになる渋谷税務署前の信号機など、渋谷一帯は『ドリフェス!』の聖地に溢れていた。この聖地巡礼こそが彼の大切な予定……


「せっかく来たんだし、ついでに聖地巡礼もしておかないとな」


 ……ではなく、どうやら他に用事があるようだ。権助は代々木公園を後にすると、道路を渡って、あるコンサートホールの前に立った。


「ついに来たぞ」


 壁面の「LINE CUBE SHIBUYA」の文字を見て権助は感慨に耽った。


 遡ること十年前。ここがまだ渋谷公会堂と呼ばれていた2014年2月11日。この場所で『アイカツ!』初のワンマンライブが行われたのだ。そして今日、ここで行われるのは「夏のドリアカーニバル」。初代『アイカツ!』に登場したライバル学校、ドリームアカデミー初の単独ライブである。そう、これこそが本日のメインイベントである。


「まさか十年越しにここで初代『アイカツ!』のライブが観られるなんてな」


 今になってそんな企画が通ったというのは、『アイカツ!』登場から年月が過ぎ、かつてメインターゲットだった女児先輩たちが成長したことで、あらためて彼女たちに向けて大人向けのイベントを開催できるようになったということだろう。その証拠に、今回はいつもの親子向けファミリー公演がなく、昼夜公演とも一般チケットのみの販売となっている。


「それにしても、なんというか……肩身が狭いな……」


 アイカツおじさんの肩身が狭いのは今に始まったことではないが、もともと『アイカツ!』は子どもを抜きにしても女性フアンの方が多いコンテンツだと言われており、そのうえ元・女児先輩がそこに加わると、権助のような本格的なおじさんはいよいよマイノリティである。


 居場所がなく、なんとなく落ち着かない権助は、会場に隣接する公園の木製階段に座って開場時間まで待つことにした。日陰ということもあり、しばらくするとそこにも人が集まってきて、皆それぞれにアイカツ!談義に花を咲かせていた。


「権俵さん、お疲れ様です」


 ぼんやりと待っていた権助に声をかけてくれたのは、一昨年、権助を『アイカツプラネット!』のロケ地巡礼に連れて行ってくれた くまおじさんだった。


「どうもお久しぶりです。……いや〜、暑いですねえ、どうにも」


「ほんとに。熱中症になりそう」


「お互い、健康には気を付けないといけませんね」


「あ、そういえば甥っ子ちゃんが生まれたそうで。おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 権助とくまおじさんがキラキラッター(*4)で知り合ってから、そろそろ七年になるだろうか。天気、通院、親戚の子供の話……。いつしかアイカツ!以外にも普通の世間話や近況報告もするようになっていた。アイカツ!を通じて知り合った人の中には、最近アイカツ!を好きになった人もいれば、どこかでアイカツ!から離れた人もいる。しかし、アイカツ!から始まった交友関係はアイカツ!を離れたところでも続いていく。


 おじさんという生き物は、歳をとるにつれ学生時代の友人たちとは疎遠になり、会社の同僚たちもそれぞれの家庭に縛られてゆき、皆、多かれ少なかれ孤独を抱えて生きているものだ。そんな中で、権助はこの歳になってできた新しい友人たちとの出会いをくれたアイカツ!に本当に感謝していた。


 その後もライブにやってきた多くの友人たちと挨拶や談笑をしているうちに、あっという間に昼公演の開場時間を迎えた。


「それでは、また後で!」


「ライブ楽しみましょうね!」


 入口で別れた権助たちは、各々のチケットに記された座席へと向かった。


「ええと、一階の18列目……ここか」


 キャパおよそ二千人と、この手のコンサートホールとしては小ぶりなLINE CUBE SHIBUYAは、どの席も写真で見るよりステージを近くに感じられた。権助の席は中央よりやや後列だったが、後部には傾斜がつけられているので視界を遮るものがなく、快適に観覧できそうだった。


 そして開演時間──照明が落ちる。


"夏のドリアカーニバル、プレビュー公演、まもなく開演です!"


 音城ノエルの影ナレでライブの始まりが告げられると、星座ドレスのプレミアムレアコーデに身を包んだ歌唱担当、ふうり・ゆな・えりの三人が暗闇に浮かび上がった。


♪ 叶えましょう! この夢を 叶えましょう! 君とFly High 光るツバサ 愛の愛のツバサ 羽ばたけ空へ


(やはり一曲目はこれだな!)


 ドリームアカデミーが初登場した『アイカツ!』二年目のオープニングテーマ『KIRA☆POWER』。まさにドリアカーニバル開幕に相応しい曲である。続けて風沢そらのソロ曲『Kira・pata・shining』が披露されると、次にステージに立ったのは音城セイラ歌唱担当のふうり。


♪ Lets' go 君が 気になる、かも? 夢見てるプリティーガール


(ああ、『キラキラ☆デイズ』がこんなに注目される日が来るなんて……!)


 特徴的な2、3、4、2拍子を打ちながら権助は感慨に耽った。


 本来、ここで歌われるべき音城セイラのソロ曲は『アイドル活動!ver.Rock』である。しかし、この曲は諸事情によって当面使うことができない。そのため、この『キラキラ☆デイズ ver.Rock』がピンチヒッターとしてセイラに新しく用意されたのだ。


 この曲は元々、フォトカツ以前にダンスレッスン用として配信されたスマホアプリ『アイカツ!ミュージックビデオメーカー』のために作られたものである。そのため、アニメではライブシーンが描かれることがなく、現実のライブにおいても、ここ七年ほど披露されることのなかった幻の曲なのである。


 余談になるが、『アイカツ!』第103話「いいこと占い」で星宮いちごがこの歌をレコーディングしていたり、『劇場版アイカツ!』にて「大スター宮いちごまつり」のセットリストを決める際、ホワイトボードに候補として貼られていたりするので、注目してみると楽しいかもしれない。


 そして、驚きは『キラキラ☆デイズ』だけに留まらなかった。


♪ 微笑むペプラム うっとり水玉 見方を変えたらキュービック


(は!?)


 イントロ無しで突然始まったのはなんと、まだドリームアカデミーが登場する以前の『アイカツ!』一年目の楽曲『fashion check!』。だが権助が驚いた理由はそこではない。


(し、信じられない。幻のドリアカバージョンだ……!)


 通常、『fashion check!』を歌うのはスターライト学園のアイドルである。だが、この曲には別のバージョンがある。『fashion check! ~セイラ&きい&そら&マリア Ver.~』、それは遡ること八年前、2016年5月25日に発売された『アイカツ!フォトonステージ』シングルシリーズ05「ドリームバルーン」にカップリング曲として収録された楽曲である。初期のフォトカツCDには「ルミナスのダイヤモンドハッピー」をはじめとした別歌唱バージョンが収録されており、これらは2024年現在、いまだ配信が実現していない。つまり、この『fashion check!』は配信でもなく、フォトカツアプリでもなく、当時このCDを買った人だけが聴くことのできたレア中のレア曲なのである。


(これがドリアカ単独ライブということか!)


 当然だが、シリーズを重ねるほどに楽曲の数は増していく。しかし、一度のライブで歌える曲数が限られている以上、絶対に外せないアンセムや知名度の高い曲から優先的に選ばれるのは仕方のないことだ。特に、ミュージックフェスタのような作品の垣根を越えた大イベントにおいては、各作品の代表曲を詰め込むだけでセットリストの多くが埋まってしまうことになる。それだけ『アイカツ!』シリーズには素晴らしい曲が多いということではあるが、裏返せばマイナー曲を聴く機会がほとんど無いということでもある。


(だが、ここでなら聴ける!)


 一作品の中の、一学校だけの単独ライブ。そこまで範囲を限定することで、普段は聴けないレア曲までもセットリストに組み込むことができたのだ。


♪ ピンクは夢見る自分に ミドリはまっすぐな自分に 無限の遊び場にて 万華鏡みたいに変われる


"RED、PINK、BLUE、YELLOW!"


 条件反射的に蘇った十年前の記憶が体の隅々まで瞬時に駆け巡り、かつて覚えたコールが自然に皆の口から飛び出していた。


 そして……。


"アイ! カツ! アイ! カツ! みんなに元気を届けるんだ!"


 そのナレーションに合わせてステージ上のモニターに表示されたロゴは、初代『アイカツ!』ではなく『アイカツオンパレード!』。


♪ 光と影が交差して マワルまわる まばたきの瞬間 未来旅行


 『トワイライトエトランゼ』──この曲を歌うのは、そら・マリア役のえりともう一人。プレミアムスクールドレス、ドリームエミネンスコーデに身を包んだ音城ノエルの歌唱担当、あやねである。


(ああ、ついにノエルちゃんのステージをこの目で見られる時が来た。ここまで本当に、本当に長かった……)


 初代『アイカツ!』第53話での初登場から実に十一年越しのステージである。今、この会場に集まっているほぼ全員が彼女のステージデビューを観に来たと言っても過言ではないだろう。


 なお、これは著者の推測にすぎないが、この曲の初披露──つまり、あやねの音城ノエルとしてのステージデビューは、本来はコロナ禍で中止になった全国ツアー、ユニパレでのサプライズを予定していたのではないだろうか。そのあたり、いつか公式からの裏話を聞きたいところである。(※5)


 さらに続けて『アイカツオンパレード!』の楽曲である『In Bloom』をドリアカキャストで歌うというアクロバットを見せ、いよいよ最後の曲。そう、ドリームアカデミーと言えばこの曲を外すわけにはいない。


♪ ハートのボリューム急上昇 きらきらカラフルなSchool☆days 歌声は重なった瞬間ほらね ハッピィクレッシェンド


(やっぱり最後はこれだよな!)


♪ I Need You友達 I Need You先生 I Need Youアイドル I Need Youライバル I Need You家族を I Need Youみんなを I Need Youあなたを I Need You I Need You I need.


『愛と情熱!!!』


 権助ら二千人のアイカツフアンの十年を凝縮した全力の叫びが会場を一体とし、ここに夏のドリアカーニバル・プレビュー公演は最高の終演を迎えたのだった。


※ ※ ※


「体感一分で終わりましたね……」


「早すぎる、楽しすぎる」


 会場を出た権助たちキラキラッター民は近くのIKEAで合流して食事を摂っていた。ライブは終わった後の感想会もまた楽しいのだ。


「そうだ、せっかく集まったんだから、みんなのマイキャラ出しましょうよ!」


 各々、データカードダス筐体でアイカツしていた頃のマイキャラのアクスタやお手製ぬいぐるみを取り出して集合写真を撮った。新たに始まったデミカツこと『アイカツアカデミー!』にはアーケードでのゲーム展開が無いため、マイキャラも存在しない。だが、彼らのマイキャラたちはこうやって愛情を注ぎ続ける限り、これからもアイドル活動を続けていけるのだ。


「おっ、公式からXでおふれが出てますよ」


"『#夏のドリアカーニバル』<ライブプレビュー公演>ご来場の皆様へのお願い


14:30からの公演は、ライブパートを一足早くご覧いただけるプレビュー公演となります。そのため、SNS等インターネット上でネタバレとなる投稿はカーニバル公演が開演する19時までお控えくださいますようお願い致します。"


「ふふ、そりゃあドリアカ版『fashion check!』や『In Bloom』があるなんて、とてもネタバレできないですよね」


「いやあ、夜公演だけのお客さんが驚く顔が目に浮かびますなぁ」


「彼らは今からアイカツ!セットリストの恐ろしさを味わうことになるんですね……」


 謎の優越感に浸りながらIKEAを出た権助たちは、ふたたび会場へと向かうのだった。


※ ※ ※


 そして夜公演が終わり、会場の外で再び合流した権助たちは……。


「2024年にミトレジャーノどういうこと!?」


「石原夏織・ふうりのダブルセイラなんて聞いてない!!」


「アラビアンロマンス完全版なんて予想できるか!!」


「やろう、またやりやがったな!」


 一体あのネタバレ緘口令はなんだったのか。昼公演には無かった楽曲の数々に徹底的に打ちのめされた権助たちであった。


-つづく-


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※1:正式名称「デザインマート BYアイカツ! スタイル東京駅店」。東京駅地下の「東京キャラクターストリート」で営業していた、アイカツ!グッズを取り扱う常設店舗。2022年6月5日をもって閉店し、跡地は仮面ライダーストアとなった。


※2:プレイ内容には制限があり、マイキャラの使用はできない。


※3:第三部 最終話「アイカツおじさんと今日が生まれかわるセンセイション」参照。


※4:第四部 第四話「アイカツおじさんとキラキラッターにご用心」参照。


※5:第九部 第三話「アイカツおじさんと幻のユニパレ」参照。

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