後編 アイカツおじさんと夏のスタンプラリー

「あれは……?」


 前方に見える建物の窓にカラフルな何かを発見し、権助は目を凝らした。近づくにつれ、屋内にのぼりが立っているのだとわかった。それも一本ではなく、それぞれに着物を着た星宮いちご、大空あかり、氷上スミレ、北大路さくら、藤原みやび、藤堂ユリカ様の新規イラストが描かれた特注品だ。


「なんと、あんなところに『アイカツ!』ののぼりが……あ……あ……ああああああああああ!!!」


 突然、権助の視界が急降下した。


「おわあああああ!!」


 権助を乗せたローラーコースターは建物の脇スレスレをすり抜け、食事中のおじさんがいる民家の中を突っ切り、ガコンと派手な衝撃音を立てて急停止した。


「はい、おかえりなさいませ〜。お出口後ろ側になりまーす」


 スタッフの陽気なアナウンスに促され、権助はむちうち気味の首筋を抑えながら降車した。


「じょ、上空からスタンプの場所を探せればと思ったが、とてもそれどころではなかったな……」


 と広げたスタンプラリーの台紙には、コースター乗車口の傍にあった藤原みやびのスタンプだけが押されており、残り四箇所は空欄のままだった。


 2024年8月1日(木)、夏のドリアカーニバルから一夜明けて。


 権助は浅草にある日本最古の遊園地、花やしきを訪れていた。現在ここでは『アイカツ!10th STORY 未来へのSTARWAY in 花やしき』というコラボが実施されており、コラボフードや星宮いちごのアナウンスなど、園内は『アイカツ!』一色に染まっていた。このスタンプラリーもそうしたイベントの一つである。


「しかし、なんでこんなに難しいんだ……」


 花やしきは狭い敷地面積に限界までアトラクションを詰め込むように設計されているため、内部はかなり入り組んだ作りになっている。つまり、スタンプを隠すにはうってつけの遊園地なのだ。


「それにしても暑すぎる。あそこでいったん休憩しよう……」


 連日の酷暑に耐えかねた権助はローラーコースターの下にあるフードコートKIKIへと逃げ込み、コラボドリンク『大空あかりの青空ドリンク』を飲みながらスタンプ未探索地域を確認した。


「……よし、水分補給もしたし、さっきのぼりが見えた建物にでも行ってみるか」


 道中、フードコート前で「大空あかり」スタンプを、休憩スペースの廊下で「氷上スミレ」スタンプを発見しつつ、のぼりの見えた建物の三階へとエレベーターで昇ると、そこはコラボグッズの物販コーナーであった。


「おお、今回の描き下ろしイラストを使用したアクスタ、缶バッジ、ブロマイドにキーホルダーにクッキーに……いやあ、どれも目移りしてしまうなぁ……じゃなくって!」


 あいにく、ここにはスタンプは無かったようだ。とぼとぼとエレベーターへと戻った権助は、ふと「屋上」へのボタンがあることに気が付いた。


(いや、屋上にアトラクションは無いぞ。そもそも、スタッフ以外は行かない場所ではないのか……?)


 とは思いつつ、まさか……とボタンを押してみる。年季の入ったエレベーターがゆっくりと上昇し、扉が開くと。


「……き、北大路さくらちゃん発見」


 エレベーターの出口正面に設置されたスタンプを半ば呆れつつ台紙に押し、いよいよあとは藤堂ユリカ様を残すのみとなった。


「もう園内は何周もしたはずだが……一体どこにいるんだユリカ様は。……よし、もう一度、上から見てみるか」


 と、権助が乗り込んだのはアトラクション「スカイシップ」である。帆船の形をしたゴンドラがゆっくりと園の上空を一周する、のんびりとした乗り物である。


「さっきはコースターのスピードに翻弄されてまともに地上を観察できなかったが、これなら大丈夫そうだな」


 ゴンドラからは地上の様子だけでなく、園外に浅草寺やスカイツリーもよく見えた。


「いい景色だな」


 権助はいつも遊園地に来ると絶叫マシンにばかり乗るタイプなのだが、たまにはこういうのもいいなと思った。


「いや、それよりスタンプを探さねば。……ん、あれは?」


 見つけたのはスタンプ……ではなく、星宮いちごのラッピングが施された一本の柱にタブレットを向けて360度から熱心に撮影を行う、ある人物だった。


※ ※ ※


「どうも、権俵です」


「どうも〜」


 地上に戻った権助が先程の柱の場所で声をかけたのは、同じキラキラッター民のアイカツマスクさんである。


「何してるんですか?」


「ああ、これは柱のアイカツ!ラッピングを3Dデータとして保存してるんですよ」


 アイカツマスクさんは以前から『アイカツ!』シリーズに関するあらゆるデータを収集・保存していることで知られており、その情報量や正確性から頻繁に公式と間違えられてクソリプを送られている。みんなは気をつけましょうね!!


「なるほど……。あ、そういえば、あっちのテーブルもアイカツ!仕様になってましたよ」


「ええ、あれも撮影済みです」


「さすがだ……。ちなみにスタンプラリーの進捗どうですか?」


「うーん……あとはあかりちゃんだけですね」


「えっ、ユリカ様見つけたんですか!? どこに!?」


 権助が驚くと、アイカツマスクさんは不思議そうに「え、そこの建物の二階に普通に置いてありましたよ」と首を傾げた。


「ええ~、あそこは何回も通ったはず……」


 ……が、しかし。


※ ※ ※


「あ、ある……」


 ごく普通に、まったく隠す様子もなく、廊下の壁際にユリカ様のスタンプは設置されていた。


「あの、これ……たった今、いきなりポップしたのでは?」


「最初からありましたよ」


 一度見逃すと「もうそこには無いはず」と意識の外に出てしまうのが人間というものである。


「ありがとうございます。おかげでスタンプをコンプリートできました! ……あ、自分はもうあかりちゃん見つけてるんですけど、どうしますか?」


「え、どこにありましたか?」


「フードコートと射的場の間です」


「ええ~、あそこは何回も通ったはず……」


※ ※ ※


 あかりちゃんのスタンプも変わらずそこにあった。


「あの、これ……たった今、いきなりポップしたのでは?」


「最初からありましたよ」


 かくして二人とも無事にスタンプラリーを完遂し、星宮いちごスタンプの押印と景品のオリジナルポストカードを獲得したのであった。


※ ※ ※


「これからも楽しく『アイカツ!』できますように……」


 花やしきを出てアイカツマスクさんと別れた権助は浅草寺を訪れ、両手を合わせた。


「さて、次は総本社へ向かうか」


 実は浅草には、もう一か所お参りするべき場所があるのだ。


「どうか、これからも末永くアイカツ!をよろしくお願いいたします」


 そう言って、権助は『アイカツアカデミー!』仕様にラッピングされたバンダイ本社へ両手を合わせるのであった。その祈りは、浅草寺の時の何倍も力強かったという。


-おわり-

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たたかうアイカツ!おじさん 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

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