第3話 アイカツおじさんと遠いステージ

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。

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2014年10月某日。


権俵権助は、いつもとは違うショッピングモールに居た。


いや、違うのは場所だけではない。まず今日は日曜日であり、それに伴い私服であり、さらに子供たちが元気に駆け回る午前十時だ。


一人静かに『アイカツ!』を楽しみたい権助にとっては、これ以上ないほどに酷いコンディションである。


しかし、今日の権助はキッズカードゲームコーナーを素通りし、モールの奥にある「スカイコート」と名付けられた屋外ステージ付きの中庭へと向かっていた。


その場所に近づくにつれ、目に見えて人通りが増えてくるのが分かる。

親子連れが大半だったが、時折、権助のような成人男性も見受けられた。


「……おお」


この賑わいの中心地は、やはりスカイコートであった。


日陰に設置された特設CD販売ブース、限定配布カードをもらうための長蛇の列、そして屋外ステージの正面に設けられた観覧スペース。


そう、今日はここで『アイカツ!』の無料ミニライブイベントが催されるのだ。


いつもゲームで攻略し、すっかり耳になじんでいる歌を生で聴ける貴重な機会である。開催時刻の十一時まであと一時間。権助は子供たちに混じって列に並び、配布カードをもらうことにした。


「ブリカジガーリーコーデの三枚セットか。受け取りに年齢制限が無いのはありがたいな」


十分ほど列に並び、透明のビニールで梱包されたキュート属性のカードセットを受け取った権助は、あたりを見回し、ひとまず通行人の邪魔にならない場所でイベントの開始を待つことにした。


ライブの開始時刻が近づくにつれて、だんだんと観覧スペースに子供たちが集まってきた。座って観られるようにマットが敷かれた観覧スペースは整理券を持った子供たち専用で、その後ろ、ロープで区切られたエリアはその保護者のためのものである。


さらにその後ろはスカイコートを通り抜ける人のための通路であるため……子供でも保護者でもない、ただのアイカツおじさんである権助の居場所は、さらにその後ろということになる。


ステージが、遠い。


ふと周りを見てみれば、いつの間にか権助と同じ境遇のアイカツおじさん・お姉さんたちが、この「節度ある位置」でたくさん待機していた。


開始五分前になると、ステージの脇から現れた男性スタッフが権助らに向かって声を掛けた。


「えー、”大きいお友達”の皆さんは、今日も『先輩』に敬意を払って、コールやクラップなどはナシでお願いしまーす!」


『先輩』という用語が公式化していることへの驚きはさておき、この注意事項に、権助は改めて自らの立ち位置を思い知った。


『アイカツ!』のステージは遥か遠く、まずは子供たちがその一番近くに居て、次にそれを見守る親御さんたちが居て、そして「世間の目」という障害物に隔てられたその先に、権助たちは居るのだ。


これが普通の歌手のファンであったのなら、堂々と料金を払い、例えばライブハウスなどで前列を陣取って楽しむことも可能だろう。


だが、ここで最も楽しむべきお客さんは当然ながら子供たちなのだ。


いよいよ時計が十一時を指すと同時に、毎週アニメで聴きなれた曲がステージに響いた。この二年以上、繰り返しアレンジを加えながら使い続けられている、アイドルたちがフィッティングルームで綺麗なドレスに着替える時のBGMだ。


子供たちと大きなお友達が期待に胸を膨らませ、曲が終わるのを待つ。


そして現れたのは……それぞれ色違いのスターライト学園のスクールドレスに身を包んだ、三人の女の子。そして、お馴染みのイントロが流れ出す。


きみにスマイル 明日に夢

アイカツしよう Ready Go!!


『アイカツ!』三年目、新世代を象徴する新曲『Let's アイカツ!』だ。


歌っているのは、このために結成されたグループ「AIKATSU☆STARS!」の、るか・もな・みきの三人。彼女たちは、それぞれメインキャラである「大空あかり」「氷上スミレ」「新条ひなき」の歌唱を担当している。


『アイカツ!』では、声優と歌唱担当の二人で一人のキャラクターを作りあげる、いわゆる『マクロス7』の「歌バサラ」方式を採用しているのだ。


ああ、すごい、本物だ……と権助が子供たちと同じかそれ以上に感動しているうちに、あっという間に一曲目が終わり、続いて出演者たちによる挨拶が始まった。


「み、みんなー! こんばんはー! ……あっ、じゃなかった、こんにちはー!」


プロ根性を感じる歌とダンスの一方で、そのなんとも初々しい挨拶を、権助は微笑ましく思った。それぞれの自己紹介のあと、今度は新オープニング曲『Du-DU-Wa DO IT!!』が始まった。


歌声だけでなく、ダンスの振付までもゲーム中のものとまったく同じであることに、権助は「『アイカツ!』は実在した」と感じた。ありがたかった。


それから簡単なクイズコーナーを挟みつつイベントは進行し、いよいよ終演の時間が近づいてきた。


「それじゃあ、最後はみんなの知ってる曲だよー! 一緒に歌って、踊ってね!」


それを聞いて、権助の頭にクエスチョンマークが浮かんだ。


恐らく、それは他の「大きなお友達」もそうだったに違いない。何故なら、ここまでで既に彼女たちの持ち歌はすべて披露済みだったからだ。


となると、選ばれる曲は先輩である「STAR☆ANIS」の曲か……? だとしたら、かなりレアだ、ラッキーだぞ……そんな権助の期待と予想を裏切り、流れてきたイントロはまたしても『Let's アイカツ!』であった。


まあ、それはそれで……と聞き入る権助であったが、意外なことに子供たちは初回以上に大盛り上がりで、一生懸命に振付を真似て踊っている子たちもいた。なんとも楽しそうで、権助たちも思わず微笑んでしまう。


……ああ、そうだ。このイベントで初めて『アイカツ!』に触れる子もいるはずだ。その子にとっては、ここまではきっと知らない曲ばかりだっただろう。

けれど、二度目なら一緒に盛り上がって楽しめる。


このイベントを一番楽しむべきは子供たちであり、そして、自分たち「大きなお友達」は、その子供たちの笑顔も含めて楽しめばよいのだ。


ここは決してアウェーではない。子供たちの幸せを「おすそわけ」してもらえる空間なのだ。権助は、ようやくその事に気が付いた。


曲がCメロに入ったところで「AIKATSU☆STARS!」の三人が歌いながら子供たちのいる観覧スペースに降りてきて、順番にハイタッチを始めた。突然のファンサービスに嬉しそうに手を差し出す子供たち一人一人を笑顔で迎え続け、結局、三人がステージ上に戻ったのは、すっかり歌が終わってしまった後だった。


喜ぶ子供たちと、その様子を微笑ましく眺める親御さん……とアイカツおじさん・お姉さんたち。ああ、子供たちよ、どうかずっと『アイカツ!』を好きでいてくれ……と権助は思った。


そして同時に「『アイカツ!』が少しでも長く続くように、親御さんもお金を落としてあげてください……」とも思ってしまったあたり、アイカツおじさんの業は深いと言えた。


- つづく -

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