第3話 アイカツおじさんと100万人の友だち

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。


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「まさか、二日続けてのアイカツ!イベントとは……」


2018年4月1日(日)。


つまり、テヅカツ!で『アイカツスターズ!生オーディオコメンタリー上映会』が行われた翌日である。昨日の宝塚に続き、今度はここ、大阪府守口市のイオンモール大日に、権助を含むアイカツ!フアンたちが集合していた。


「郊外のショッピングモールでの無銭イベントと言えば、大阪ではあべのHoop以来だから……約一年ぶりか(*1)」


(*1:第四部 第3話「アイカツおじさんとステージに咲くふたつの華」参照)


イオンモール大日は三洋電機の工場跡地に作られた店舗で、周辺の土地の広さを利用して建てられたタワーマンション群の住人を主な顧客としている。タワーマンションの購入層は比較的若い夫婦が多いため子供もたくさん住んでおり、むしろ今までアイカツ!のイベントが行われていなかったことが不思議な好立地と言えた。


「噂には聞いていたが、凄い人数だな」


本日のイベント開始時刻は11時と14時。しかし、その整理券の抽選に参加するため、まだ午前8時にも関わらず、モールの入口前には既に数百人の行列ができていた。ちなみにこの日は最終的に、各回150名・合計300名定員のところに500名近くが集まることになった。先だって神奈川のラゾーナ川崎で行われたイベントでも、あまりに大勢が並んだために急きょ定員を100名増やしたというから、『アイカツフレンズ!』への期待値の高さは相当なものと言える。この調子なら、新主人公・友希あいねの口癖「めざせ友だち100万人!」も決して夢物語ではない。


なお、本日のイベントはいつものようなミニライブではなく、DCD『アイカツフレンズ!』筐体で使えるアイドルカードを、担当声優のサイン入りで本人から直接、手渡してもらえるという「お渡し会」である。これには、まだ番組開始前で曲が浸透していないことや、まずは新人声優である友希あいね役の松永あかねと、日向エマ役の二ノ宮ゆいにイベントの場数を踏ませることなどの理由が考えられた。


「お渡し会は年齢制限ナシか。……うーん、この行列だと確実に定員オーバーで抽選になるだろうから、今日のところは先輩たちに譲って、自分はゲームの先行プレイ列に並ぶとするか」


エスカレーターの脇に広がる1Fのイベントスペースには、『アイカツフレンズ!』に登場するアイドル6人の等身大ポップが立ち並ぶフォトスポット兼お渡し会エリアと、DCD『アイカツフレンズ!』筐体がずらりと設置された先行プレイ用エリアとが併設されていた。DCD筐体の待ち行列も、同じくうねうねと何度も折り返しながら伸びていたが、こちらには定員オーバーは無いので、時間さえかければ確実に一度はプレイできるのだ。


「試遊台は五台か。オフラインでアイカツパス(*2)を使わないとすれば、1プレイおよそ7分程度。今、並んでいるのがざっと100人と仮定して、だいたい二時間半ぐらいかな。……二時間半、かぁ」


(*2:プレイヤーデータを保存するカード。前作までの学生証に相当する)


すぐにこういう計算をしてしまうのは、普段から貴重な可処分時間を割いてアイドル活動にいそしむアイカツおじさんの癖である。


「そういえば、今この近畿圏に歴代アイカツ!筐体がすべて稼働しているんだな」


列に並びながら、ふとそのことに気が付いた。今日、手塚治虫記念館には初代『アイカツ!』が、日本全国のゲームセンターには『アイカツスターズ!』が、そしてこのイオンモール大日には『アイカツフレンズ!』がそれぞれ同時に稼働している。こんなことは、今後もう二度と無いかもしれない。


「感慨深いな……アイカツ!シリーズも今年でついに五周年だものな」


五年。


それは大人にとっては短いが、子供にとっては永遠に感じられる長さだ。今、この行列に並んでいる中高生のお姉さんたちは、きっと小さな頃にアイカツ!を好きになった、かつての「先輩」なのだろう。


「まぁ、並んでいるのは元・先輩だけではないようだが……」


子供やお姉さんたちに混じって、ところどころに権助と同じアイカツおじさんたちも並んでいるのが見える。よくよく見ると、ライブやゲームセンターで出会った顔見知りも数名、確認できた。彼らは存在自体がマイノリティゆえ、同じイベント会場で鉢合わせするのは必然であった。


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「もうちょっとかかりそうだな……」


あれから二時間ほど経って。権助の番はまだ来ない。


と、その時。


何やら後ろが騒がしいな……と振り向くと。


「おお……!」


お渡し会とDCD先行体験、ふたつの行列に笑顔で手を振りながら、『アイカツフレンズ!』の新人声優ふたり……友希あいね役の松永あかねと日向エマ役の二ノ宮ゆい……が会場へとやってきた。その服装は、劇中に登場するスターハーモニー学園のスクールドレスである。


「みなさん、こんにちは~! 『アイカツフレンズ!』友希あいね役の松永あかねです!」


「日向エマ役の二ノ宮ゆいです!」


挨拶は元気だが、その表情にはまだまだ緊張が見て取れる。みんな最初はこうだったなぁ……と、権助は過去のモールでのイベントを思い出して微笑ましかった。二人の前にサイン入りアイドルカードが置かれた長机が設営されて、いよいよお渡し会が始まった。笑顔でカードを受け取る子供や、恥ずかしくなってお父さんの後ろに隠れてしまう女の子、そして気さくに話しかけるアイカツお姉さんやおじさんたち。こうして様々なフアンと直接触れ合うことは、彼女たちが今後『アイカツ!』を担当するにあたっての心構えや活力に繋がるのだろう。


お渡し会の所要時間は一人あたり10秒ほどなので、150人は30分足らずであっという間にはけていく。慌ただしい分、緊張している暇もないようで、だんだんと二人の自然な笑顔が見られるようになっていった。


(松永さんは嬉しそうにピョンピョン跳ねてて、なんだか小動物みたいだな……。逆に、二ノ宮さんは深々とお辞儀をしていて落ち着いた印象で対称的だ。うん、二人はこれからいいコンビ……いや、いい”フレンズ”になりそうだ)


「あっ、あの、今日はたくさんの人が集まってくださって……本当に嬉しかったです! ありがとうございました!」


「わたし、コミュニケーション能力が無くって、ちゃんとお話できたかどうか分かりませんが……これからも頑張りますので、どうか応援よろしくお願いします!」


お渡し会を終えた二人が締めの挨拶をすると、集まった人々から温かい拍手が送られた。和やかな雰囲気のまま、また手を振りながら二人が去っていくと、カードを受け取った人たちがゆっくりとあちらへこちらへ散っていった。権助は、これからの成長が楽しみな二人だなぁ、でも、やっぱりライブが無いのはちょっと寂しいなぁ……などと思いつつ、再び自分の順番を待っていた。


すると。


”はじめよう、アイカツフレンズ! 皆さん、はじめまして、友希あいねです!”


”日向エマです!”


「!?」


突然、聞こえてきたのはモールの館内放送だった。


”今日は、イオンモール大日 1Fサニーコートでデータカードダス『アイカツフレンズ!』先行稼働イベントを実施しているよ!”


”4月5日稼働予定のデータカードダス『アイカツフレンズ!』をいち早く遊べるチャンス!”


”それだけじゃないんだ! 虹野ゆめちゃんと私、あいねのコラボカードやデータ保存カード、アイカツパスも配布しているよ!”


”すっご~い! アイドルの必須アイテムだね!”


”うんうん! その他にも、フォトスポットやグッズ展示もあるから、ぜひ遊びに来てね!”


”いや~、それにしても今日は本当に楽しかったね、あいねちゃん!”


”そうだね、エマちゃん! 今日は本当に……”


”ありがとうございました~!”


”あなたも今日からアイカツ!デビュー!”


”目指せ、友だち100万人! BEST FRIENDS!(*3)のあいねと”


”エマでした!”


”以上、2Fモールインフォメーションからお送りしました!”


”ばいば~い!”


(*3:『アイカツフレンズ!』声優による歌唱ユニット名)


「なっ、生アフレコだ……!」


歌唱担当が卒業し、声優が歌唱を兼任することになった『アイカツフレンズ!』。始めたばかりでまだライブが出来ないのなら、声優の強みを活かしたサプライズを仕掛けてやろう……そんなサービス精神旺盛な人と言えば……!


「お疲れ様です! 武道館のブルーレイ、楽しみにしてます!」


後ろの方から聴こえてきた声に振り向くと、行列の外で、アイカツおじさんたちが黒ずくめの男性に挨拶をしている。相手は、ランティスの”うっすん”こと、あの臼倉竜太郎氏であった。


(ああ……引き続きアイカツフレンズ!をよろしくお願いします……!)


と、権助は心の中だけで伝えた。


なぜなら。


DCD先行プレイ待機列はまだまだ続いていたからだ。


「いいんだよ……人気がある証拠だから……」


がんばれアイカツおじさん! 筐体まであと30分だ! たぶん。



-おわり-

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