第4話 アイカツおじさんが死んだ日

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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♪今わたし達が 駆け抜ける毎日も 懐かしくなるのかな

 頑張ったぶんだけ 遠くまで行こうね

 立ち止まらないよ


(ブラヴォー……! ブラーヴォー……!)


2016年2月14日(日)、大阪・あべのキューズモール スカイコート。


『アイカツ!』を大好きな子供たちの前で堂々と歌い上げる歌唱担当グループ・AIKATSU☆STARSを目の前にした権俵権助は、地蔵スタイル(子供たちの邪魔にならぬよう、静かに棒立ちでライブを鑑賞する様)のまま、心の中で賛辞を送った。


このスカイコートはAIKATSU☆STARSが初めて大阪でライブを開いた場所であり、かつてそこで権助が見た頼りないアイドルの姿は、もうそこにはなかった(『たたかうアイカツ!おじさん』第三話「アイカツおじさんと遠いステージ」参照)。


(ブラヴォー、AIKATSU☆STARS。そしてブラヴォー、うっすん)


権助の賛辞はAIKATSU☆STARSだけでなく、彼女たちをステージ脇で見守る全身黒ずくめのスタッフに対しても送られていた。


『アイカツ!』の音楽CDやDVDの販売を手掛ける株式会社ランティスに勤める「うっすん」こと臼倉竜太郎氏。AIKATSU☆STARSのライブイベントを取り仕切る男である。


(ううむ、やはり「うっすんのイベントにハズレなし」という私の言葉に間違いは無かったな)


期待していた通りにセットリストに含まれていた、念願の『START DASH SENSATION』のフルサイズを聴きながら権助は思った。


権助がうっすんの存在を意識したのは、昨年4月に行われた『「アイカツ!」春の学園祭ツアー』であった。まぁ、子供向けのライブだろう……と軽い気持ちで観に行った権助を、怒涛のセットリストが襲ったのだ。


~ 回想はじまり ~


「ああっ! 大空あかりが髪を切り、自分だけのアイドルを模索し始めた第77話「目指してるスター☆彡」で重要な役割を果たした『オリジナルスター☆彡』の2番だけを!? なに、初めてスペシャルアピールを出せた名作回、第97話「秘密の手紙と見えない星」の『ハートのメロディー』をしかもフルで!? おまけに実質の主役交代を行った第125話「あこがれの向こう側」で歌詞との見事なシンクロを見せた『Good morning my dream』だと……! 選曲だけで見事に新主人公のアイカツ!ヒストリーを表現しているのに加え、前者二曲に至っては、昨年発売された、もう商売として売り込む必要のない曲だぞ……! 一体、この尋常でない拘りを感じるセットリストを組んだ奴は誰だ!?」


~ 回想おわり ~


といった権助の興奮ぶりをご理解いただく必要はないが、とにかく、その「完全にアイカツおじさん側」の思考で組まれたセットリストを用意したスタッフこそが、うっすんであった。そして本日のイベントが行われる前に、うっすんはツイッターでこう呟いていた。



【臼倉竜太郎】

2/14のイベントはなんていうか、ハドラーに追い詰められたダイが初めてギガブレイクを試みたみたいな空気感でのぞもうと思ってます。いらっしゃれる方はぜひ。きっと楽しんでいただけるハズ。


※作者注:うっすんはジャンプ黄金世代なので、あらゆる事象を『ダイの大冒険』で例えます。


うっすんのその言葉通り、このイベントのセットリストはパーフェクトの更に上を行っていた。権助が事前に期待していた、アニメ最終1クールにおける主役三人の曲をすべて歌った上で、『アイカツ!ジャパンツアー』大阪編の舞台のモデルとなったここ、あべのキューズモールでのイベントであることを踏まえ、大阪のご当地アイドル・堂島ニーナの歌唱担当・かなをサプライズゲストとして呼び、さらにバレンタインデーだからと先輩STAR☆ANISの曲『新・チョコレート事件』のカバーまで披露するという、小さなお友達以上に大きなお友達のテンションを爆上げするセトリを用意してきたのだ。


(さすがはうっすん、これ以上の選曲は考えられぬ)


そう、この時点で、このAIKATSU☆STARSのメンバーで、これ以上は無い。

すべてを出し切った選曲。


それは、この大阪における『アイカツ!』としての最後のライブであることを意味していた。ライブが終わり、AIKATSU☆STARSが手を振りながら舞台袖へと去り、ついに子供たちも居なくなったスカイコートに立ち尽くした権助は、ようやくそのことを理解した。


そして、2016年2月27日。


氷上スミレ歌唱担当・もながAIKATSU☆STARSからの卒業を発表。


これにより、AIKATSU☆STARSのオリジナルメンバーが揃って舞台に立つことは二度と無くなったのである。



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2016年3月31日、木曜日。

午後6時30分。


ついにアニメ『アイカツ!』最終話は放送された。


そして。


食事を終え、風呂を済ませ、いよいよ床に就く段になっても、権助は虚ろな目で何事か考えているのかいないのか、いまだ呆けた表情のままであった。先日のライブに続き、アニメもまた全力を出し切った最高の最終回を迎えた。それは素直に嬉しい事だった。権助は『アイカツ!』に関わったすべてのスタッフとキャストに、心の中で「ありがとう」と伝えた。


しかし、布団に潜った権助は言い知れない不安に包まれていた。


来週から再び始まる『アイカツ!』の無い生活とは、果たしてどんなだっただろうか。今となっては、そんな三年半前の自分が思い出せなくなっていた。



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最後に残ったのは、『アイカツ!』の原点であるアーケードゲームであった。


2016年4月4日、月曜日。


新番組『アイカツスターズ!』の放送開始を三日後に控えていたその日、権助は仕事帰りにいつものショッピングモールのキッズカードゲームコーナーへと足を向けた。この日は定時上がりだったので、まだ子供たちがたくさん居る時間帯であったが、すでにアニメの放送が終わった『アイカツ!』筐体にかつての人だかりは無かった。


「…………」


権助はスマホを取り出し、データカードダス『アイカツ!』の公式サイトを開いた。連動すべきアニメの放送が終わったゲーム中で開かれているイベントは、過去のエピソードの再収録が中心。さらに、次の最終弾では輩出カードがすべてレア以上になるという最期の大盤振る舞いをするとのことだ。


「とうとう、こっちも店じまい……か」


権助は公式サイトからマイページ「アイドルック」へログインし、これまで自らの分身としてスターライト学園に通い、アイドル活動を続けてきた銀髪のマイキャラ「ゴンスケちゃん」の写真を開いた。


「……お前とは、割と長い付き合いになったな」


権助は、手にしたスターライト学園学生証を模したユーザーカードに目を落とした……が、結局その日、権助は『アイカツ!』をプレイしなかった。


アニメが終わったことでモチベーションが無くなってしまったのか。それとも、過去のエピソードを目にすることで彼女たちとの別れを再認識するのが辛かったのか。


自分でもよく分からなかった。


数日後、このゲームコーナーの『アイカツ!』筐体に、四月末を持って撤去になるとの告知が貼り出された。


権助の手元には、プレイの思い出が詰まった数百枚のアイカツカードと、使い古したスターライト学園の学生証、そして最後まで使うことのなかった予備の学園証が残った。


5月中旬にはゲーム筐体を一新した『アイカツスターズ!』が稼働を始め、撤去された『アイカツ!』筐体は順次、データカードダス『ウルトラマン フュージョンファイト!』を始めとしたさまざまな新作ゲームへと生まれ変わっていくという話だ。


さようなら、『アイカツ!』。

『アイカツ!』に、言い尽くせないありがとうを。



そして。



すべての『アイカツ!』筐体が稼働を終えたその日、『アイカツ!』をプレイする成人男性……通称「アイカツおじさん」は、この日本から居なくなったのである。


- 最終話につづく -

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