最終話 アイカツおじさんのハロハロハロウィン・ナイト!

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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


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「おー、今日も壮観だなぁ」


2フロア分に渡ってビルの壁面に描かれた『アイカツフレンズ!』の特大イラストを見上げて、権助は感嘆の声を上げた。これはnamco大阪日本橋店の名物であり、『アイカツスターズ!』から『アイカツフレンズ!』へと新シリーズに合わせて描き変えられているため、その時にしか見られないという希少性もあり、遠方から大阪へ遊びに来た『アイカツ!』フアンたちがよく立ち寄ることでも知られている。


2018年10月19日(金)、夕刻。


権助は、ある待ち合わせのためにこの街、なんばを訪れていた。


namco大阪日本橋店から西へ歩き、南海電鉄の難波駅に隣接する商業施設、なんばパークスへと歩みを進める。屋上の映画館などは権助もよく利用している、人通りが多く賑やかな場所だ。エスカレーターに乗って6Fまで上がったところで腕時計に目をやる。


「約束の時間まではもう少しあるな……ちょっとやっていくか」


彼が「やる」と言えば呑みでもバクチでもなくDCD筐体である。向かった先は、同フロアのnamcoなんばパークス店。日本橋におけるデータカードダスの設置店と言えば、六台の同時稼働を誇る先ほどのnamco大阪日本橋店か、もしくは電子マネー対応のタイトーステーションかというところだが、実はこのお店にも一台だけ設置されているのである。


「おっ、ここまだプレゼントルーレット残ってるのか」


権助は、筐体に貼られたハガキ大のおしらせポップを見つけて言った。


プレゼントルーレットは『アイカツスターズ!』から導入されたもので、ゲーム終了後にプレイ金額百円につき一回、プレミアムレアドレスのコーデセット引換券が当たるチャンスルーレットに挑戦できる仕組みである(引換券の印刷には別途百円が必要)。財力に物を言わせるアイカツおじさんたちでもプレミアムレアドレスを揃えるのは一苦労なので、子供たちにとってみればまさに高嶺の花。運が良ければそれらが一度に手に入るという救済策なのだが、引き換えられるカードがオンデマンド印刷ではなく、初代『アイカツ!』と同じ、箔押しが美しい硬いカードということで、アイカツおじさんたちの間でも非常に人気があった。


ちなみに、『アイカツスターズ!』時代には「初回当選のみ35クレジット目で確定」という裏技が存在したため、稼働初日に開店突入して誰もいない間に3,500円分の連コインでルーレットを当てて帰る人達もいた。なお、この仕様は『アイカツフレンズ!』で廃止されている。


「残り枚数8か。まだ半分近く残ってるなんて穴場だな」


ディスプレイの右下、バージョン情報のすぐ上に表示されている数値が残りの当選数である。筐体一台につき15回まで当選するため、引換券はまだ7回しか出ていないことになる。人気のあるお店だと一週間もしないうちに枯れてしまうので、10月4日の第四弾稼働日から二週間以上経ってまだこれだけ残っているというのは、確かに相当な穴場であると言える。これは恐らく、ファッションやおしゃれな雑貨を扱う店舗の多いなんばパークスは主な客層が若者であり、親子連れやアイカツおじさんたちが訪れることが少ないためだろうと思われた。


「今日は……よし、ハロウィンの季節だからな」


権助がタッチパネルで選んだのは、第四弾期間限定スペシャルイベントの「ファンタジックハロウィンキャンペーン」。このモードでのみ排出されるハロウィンドレスカードを使うと、特別なスペシャルアピール「パンプキンタワー」を出すことができる。デフォルメされたオバケに乗って現れるその可愛らしい所作は、四弾が始まってすぐに各所で話題になっていた。


「おお、『アイデンティティ』のステージにハロウィンの飾りつけがされているし、タッチパネルで押すボタンもカボチャになってる。芸が細かいなぁ」


これといってハロウィンに縁がないおじさんは、こうして『アイカツ!』で季節を感じるのだ。


余談になるが、季節感のあるイベントと言えば『アイカツスターズ!』星のツバサ第一弾稼働時に、金曜日にスタープレミアムレアドレスの排出率が3倍になる「スタープレミアムフライデー」が実施された事例があるが、そもそもプレミアムフライデーは子供である先輩たちには関係がなく、かといってアイカツおじさんたちにとっても97%の企業が採用しなかったためおおむね縁が無かったし、しかもフライデーなのに何故か金土日の三日間続く……という謎の多い内容であったが、それはそれとしてPR排出率3倍の恩恵はしっかりと受けたアイカツおじさんたちなのであった。


(うーん、ハロウィン用に新録したデュエット版の『アイデンティティ』もいいなぁ……)


プレイを終えた権助は、足下から排出されたカードを取り出し、満足げに眺めた。なお、ルーレットは外れた。


「こんばんは~」


後ろからの声に振り向くと、キラキラッター仲間のどーるさんが仕事帰りのスーツ姿でにこやかに立っていた。どうやら、権助のプレイが終わるのを待っていてくれたらしい。


「あっ、どーるさん! どうも~」


「どうも~。ここ、まだルーレット残ってるんですね。集合時間までもうちょっとありますし、一回やってもいいですか?」


「どうぞどうぞ」


アイカツおじさん同士、考えることは同じである。なお、ルーレットは外れた。


「それじゃあ、そろそろ行きましょうか」


二人はゲームセンターを出て……いや、出ずにそのまま同じ敷地内にある、隣のカフェスペースの受付へと移動した。


(そういえばこのアニONカフェ、前のDJライブツアー(*)のチケットを買いに来たことはあるけど、実はまだ入ったことないんだよな)


(*:第四部 最終話「アイカツおじさんと、あの子がうらやむオトナモード」参照)


アニONカフェ。


それは、バンダイナムコが全国五都市で展開するアニメコラボ専門のカフェである。店内では作品の楽曲をリクエストしたり、コラボメニューの注文やグッズを購入したりできる。期間ごとにコラボするタイトルが変わり、ちょうど今は『アイカツ!』シリーズのハロウィンイベントの真っ最中なのだ。


「あっ、主賓が来ましたよ」


エスカレーターで上がってきたのは、同じくキラキラッター仲間の天津飯さん。遠方に住む彼が来阪するということで、地元の『アイカツ!』仲間と一緒にアニONカフェでオフ会をしようというのが今日の趣旨なのである。


「どうも~。おひさし……いや、5thフェスぶりだからそうでもないですね」


「……ですね」


アイカツおじさんたちは基本的に同じイベントに参戦するため、日本全国いつでもどこでも似た顔触れになるのはよくあることである。 オトナになれば時間も距離もカンタンに越えられるのに、という『Summer Tears Diary』の歌詞は真実なのだ。


「それじゃあ入りましょうか」


受付で入場料500円(なお小学生以下は無料)を支払うと、一人一枚ずつリクエストチケットが手渡された。


「おっ、あこちゃん柄だ」


「こっちは……メガネ拭きが大人気の諸星学園長ですね」


「どっちもハロウィン回のやつじゃないですか。タイムリー」


このリクチケは入場時以外にも購入金額500円ごとに一枚オマケで付いてくるもので、一枚につき一曲、LIVEタイムに好きな曲をリクエストすることができる。ちなみにリクチケの柄はなんと100種類を超えるため、数ある『アイカツ!』グッズの中でも相当にコンプリート難度が高いことで知られている。


(へえ、中はこんな風になってるんだ……)


天井まで届く敷居と暗幕でゲームセンターから隔離されたカフェスペースは、やや暗めの照明で落ち着いた雰囲気だ。座席数は、四人掛けの丸テーブルが十席。壁面にはDCD『アイカツ!』シリーズの映像がプロジェクターで流されており、奥にはLIVEタイム用のDJブースがある。見渡すと、平日だが先客も十名ほど見える。


「お~い、こっちですよ!」


奥のテーブルで権助たちを呼ぶのは、先に入店していたゴードンさんだった。


「どうも~。おひさし……ぶりじゃないですよね~」


「ですよね~」


四人は着席してひとしきり挨拶を終えると、早速メニューやリクエスト曲一覧を眺めながら、直近のイベントやアニメ最新話の感想といった『アイカツ!』談義を始めた。近況報告やらが一切無く、いきなり本題に切り込んでいくこの感じは、共通の趣味人たちによる会合独特のものだろう。


「コラボメニューどれにしようかな……」


目移りしながら、備え付けのペンで注文書に記入してレジへ持っていく。


「二千円になります」


(あれっ、おかしいな……いつの間にかレジ横に置いてあるグッズを一緒に購入してしまっている。どういうことだ?)


どういうことも何も無く、ただ欲望に忠実なだけである。席へ戻ると、たしか料理を注文してきたはずの皆も当然のように何らかのグッズを手にしていた。


「料理を待ってる間に、買ってきたマグバッジ開封しますね~。……おっ、あかりちゃんだ! かわいい~」


「こっちは珠璃ちゃんですね。かわいい!」


アイカツおじさんたちは同年代の男性に比べて「かわいい」を発する回数が圧倒的に多いのだが、常に『アイカツ!』を通じてカワイイものを摂取し続けている以上それは仕方がないのである。


「お待たせいたしました~」


ちょうどリクチケを書き終えた頃に料理が到着した。


「おお~、スターライト学園ドリンク、てっぺんに校章が乗ってますよ!」


「ゴシックヴィクトリアドリンクも青い薔薇が付いてて、ブランドのイメージ通りですね~!」


と、飲み物は各自好きなものを注文していたのだが、ある一種の注文だけは全員に共通していた。


「トマトバジルチーズのスペシャルサンドイッチ!」


その名称からどんな料理なのか非常に分かりやすいそれは、『アイカツフレンズ!』の主人公・友希あいねの実家「ペンギンカフェ」の看板メニューであり、物語が動き出すきっかけになった逸品である。コラボメニューには「劇中の何かをイメージしたもの」もあるが、フアンとして嬉しいのは、やはり「劇中に登場したもの」である。通常、アニメからは視覚と聴覚だけで情報を得ているため、こうした「劇中そのもののコラボメニュー」によって「ああ、実際はこういう食べ物だったのだ」と五感の残り、触覚・嗅覚・味覚から得られる情報は、作品の理解を深める上でとても貴重なのだ。


「そうだ、これ写真に撮ってキラキラッターにアップしましょうか」


「いいですね! オマケの特製コースターも一緒に映して……あっ、こっちの『盛り上がってきたじゃない!』看板も使いましょうか! そっちの手で押さえてもらって……撮りますよ~」


と、成人男性たちがスマホを構え、角度や照明を気にしながらパシャパシャと可愛い料理を撮影し、ネットにアップし始める。まさか自分のようなオジサンが、お洒落なスイーツでインスタ……いやキラキラッター映えする写真を撮ることになるとは思ってもみなかった権助であった。


「これ、思ってた以上に美味しいですね……!」


「うん、本当に美味しい」


劇中のイメージにも繋がるだけに、見た目の再現だけでなく、ちゃんと美味しいのはありがたい限りである。


「あ、そうだ。今日はダブりカードたくさん持ってきたので、どれでも好きなの持ってってください」


「そういえば天津飯さん、『アイカツスターズ!』からのDCDデビューですよね。『アイカツ!』時代のスターライト学園制服カードを持ってきたのでどうぞ~」


「これ、このあいだ東京のライブで買って来た、元AIKATSU☆STARS!のななせさんの新曲CDです」


食事が一段落したところで、各々の情報とお土産の交換が始まった。ひとくちに『アイカツ!』が好きと言っても、人それぞれ活動地域や守備範囲は異なっている。それは決して悪いことではなく、むしろ、自分が知らなかった『アイカツ!』の新しい一面を教えてもらえるということなのだ。言い方を変えると、様々な沼の入口がたくさん開いていると言えなくもない。


「JUKE BOX ROCK ON! ただ今より、皆様のリクエストにお応えいたします!」


午後七時半ちょうどに、DJブースのお姉さんがマイクを手にして元気よく宣言した。先ほどBOXに投函したリクエストチケットを使って行われるDJタイムである。一時間半ごとに実施され、18時以降の回では声を出しての応援も可能となっている。


「あっ、オトナモード! これ自分がリクエストした曲ですね~」


壁面に映し出されるPVを眺めながら、ゴードンさんが嬉しそうに言った。それからドールさん、天津飯さん、権助とそれぞれのリクエスト曲が選ばれる。比較的空いている平日の夜が幸いした採用率の高さである。


権助は自分がリクエストした『アリスブルーのキス』を聴きながら、ああ、5thフェス楽しかったなぁ……と改めて思い返した。そして同時に、そんな楽しい思い出話を分かち合える友人たちの存在を、心からありがたく思うのだった。


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「それじゃあ、また次のイベントで!」


「ええ!」


「またお会いしましょう!」


「おつか~!」


アイカツおじさんたちは、再びそれぞれの生活へと戻っていく。お互いに名前も知らぬ、暮らしも知らぬ。それでも、いや、それゆえに『アイカツ!』の一点で結ばれた絆は強い。五年前に生まれた「アイカツの『WA』」は、これからも大きく広がり続けていくのだ。



-おわり-





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<補足>

小説の内容はテンポや娯楽性を重視して脚色している部分があります。後世の資料として役立てられるよう、脚色部分の補足を以下に記載します。


第3話「アイカツおじさんと5thフェスティバル!! DAY1」

『アリスブルーのキス』は、5thフェス以前に豊永氏個人のライブで一度だけ披露されています。


最終話「アイカツおじさんとハロハロハロウィン・ナイト!」

スタープレミアムフライデーは、スタープレミアムレアドレス以外にも、通常のプレミアムレアドレスも排出率3倍の対象になりました。開催期間は2017年4月28日~4月30日。


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