第3話 アイカツおじさんとアイカツ!カーニバル!

-------------------------------------------------------


※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


-------------------------------------------------------


「ああ、今年も桜が綺麗だ……」


 ここは京都、平安神宮。


 桓武天皇をご祭神とする、明治28年に創建された宮である。應天門から大極殿へと続く広大な境内には多くの外国人参拝客が訪れており、向かいの岡崎公園では、毎年恒例となった京都さくらよさこいが開催され、たくさんの露店に、よさこいの演舞や猿回しといった催し物を、集まった人々がそれぞれに楽しんでいた。


「……よし、花見もしたことだし、そろそろ行くか」


 権助はそう言って、賑わうお祭りにひとり背を向けた。


 2019年4月7日(日)。


 彼の目的地は、岡崎公園に隣接する京都ロームシアターから二条通りを挟んでちょうど正面に位置する、京都最大級のイベント会場である京都みやこめっせ。今日ここで行われるのは、これで七度目の開催を迎える西のアイカツ!シリーズオンリーイベント(*1)『アイカツ!カーニバル!』(通称アイカニ)である。


(*1:特定のジャンルに限定して行われる同人誌即売会)


「えっと、カタログは入口で買って……なるべくお釣りが出ないように……それから、回る順番を考えて……」


 この権俵権助という男、長年アニメやゲームを趣味として生きてきたが、同人誌即売会というものに参加するのは産まれてこの方、初めてなのである。事前にネットでマナーやルールを調べてきてはいたものの、やはり新しい世界へ飛び込む時は何事も緊張するものだった。


「もう開場五分前か。……しまったな、のんびり花見をしすぎたか」


 腕に付けたアイカツ!スマートキャンバス(*2)で時刻を確認すると、駆け足気味にみやこめっせの自動ドアをくぐった。


(*2:プレミアムバンダイで販売されたスマートウォッチ。時刻の他に日替わりでアイカツ!格言が表示されたり、各アイドルの誕生日にお祝い画像が表示されたりする)


「……?」


 入口に並んでいたのは、身に付けたグッズで”それ”と分かる、わずか十名ほどの人々。


(これだけ……?)


 権助は面食らいつつ最後尾に並んだ。無理もない。彼が事前に調べていた「同人誌即売会」の情報では、やれ「禁止しても徹夜組が出る」、やれ「夏場は倒れる者が続出する」、やれ「集まった人の熱気で雲ができる」……といったトンでもないものや、地平線の彼方まで続く大行列という恐怖写真であったからだ。


「”こんなものなの?”……と」


 キラキラッターに書き込むと、すぐにレスがついた。


”アイカニは他と比べてアットホームなイベントだし、半分は即売会じゃないから”


「へぇ、そういうものなのか。……というか、半分は即売会じゃないって何だ」


 とはいえ開場三分前にもなると、どこからかぞろぞろと人がやってきて、列はたちまち数倍の長さに伸びた。確かに、想像していたものに比べてみんなノンビリ、和気あいあいとしているなと思った。


「えー、そろそろ開場いたします~。入口で購入していただくカタログは再入場にも必要となりますので、いったん会場を離れる際には忘れずにお持ちください~。それでは、順番にこちらへどうぞ~」


 スタッフの案内に従って入場すると、六列に分けて繋げられた長机に、様々に見栄えのする装飾が施されたサークルスペースが設営されているのが見えて、否が応にも期待が高まった。しかし同時に、権助には気になることがあった。


(一体どういうスペースの使い方をしているんだ、これは……?)


 この第2展示場は幅80m、奥行50mという大規模なイベント会場である。にもかかわらず、サークルスペースとして使われているのは、そのおよそ半分だけ。残り半分のうち、一部は来場者用のフリースペースやコスプレ参加者のための更衣スペースとして開放されてはいるものの、それでも、やけに不自然に空間があけられていた。


「……いや、そんなことより今は本を買わねば!」


 スマホを開き、事前にメモしておいた、お目当てのサークルの位置と頒布情報を確認する。


「この日のために、小銭をたくさん用意しておいたのだ」


 と、財布とは別に用意した小銭入れを取り出した。ずしりと重いそれには、たっぷり百円玉と五百円玉が詰め込まれていた。いやいや、日常の買い物で出たお釣りを貯めていけば、小銭ぐらい放っておいても勝手に集まるでしょ……と思われるかもしれないが、彼ら『アイカツ!』プレイヤーにとってはそうではない。なぜなら、意識しなければ小銭は出現次第すべてデータカードダス筐体へと吸収されてしまうからだ。ちなみに彼らはこれを『アイカツ!』への投資だと考えているため、筐体のことを「貯金箱」と呼んでいる。お金を使うことを貯金と呼ぶに至っては、もはや哲学の領域と言えた。


「……おっ、この曲は」


 権助は歩きながら、場内のBGMとして流れている聞き覚えのある曲に耳を傾けた。


「Prizmmy☆の『Jumpin'! Dancin'!』……プリパラの初期エンディング曲か。懐かしいな」


 感慨に耽りながら、ずらりと並んだサークルスペースを見て歩く。そこには、様々なプリキュアの同人誌があった。


 …………。


 いや、会場を間違えたわけではない。


 実はこのイベントは『アイカツ!カーニバル』だけでなく、プリキュアオンリー『プリキュアまつりDX』『ノーブルパーティ』さらに今回からプリティーシリーズオンリー『プリティーパレード』を加えた、計148サークルが集合した一大女児向けアニメ合同オンリーなのである。


「さて、『アイカツ!』シリーズは中央の島だな」


 権助のお目当ては、もちろん『アイカツ!』シリーズである……というか、他ジャンルまで手を出すと間違いなくお財布も荷物も収拾がつかなくなるのは目に見えていた。……では、『アイカツ!』だけなら収拾がつくのかと言えば。


(あ、このサークル、いつもツイッターで素敵なイラストをアップしている方のだ……!)


(キラキラッターの人もたくさん本を出してる……!)


(えっ、こんな綺麗なイラスト描く人いるんだ……今まで知らなかったけど本買おう……!)


 その誘惑の多さは、想像していた遥か上を行くものだったという。


* * *


「あっ、ゴードンさん! おつか~!」


『アイカツ!』エリアの一番端のサークルスペースまでやってきた権助は、キラキラッターで知り合い、今ではすっかり顔馴染みのサークル主であるゴードンさんに声を掛けた。


「権助さん、おつか~」


「新刊一冊ください」


「取り置きしといた本ですね! ありがとうございます!」


「……あっ! ごめんなさい、お札でもいいですか?」


「大丈夫ですよ~。どうぞ」


 新刊のマイキャラ本を受け取ると、権助は左手に提げていたトートバッグに収納した。バッグの中には既に大量の本が積まれており、その安定感は外から見ても分かるほどだった。


「結構な勢いで買ってますね……」


「えっ……あれ? あの、たくさんあった私の小銭たちは一体どこへ消えたのでしょうか……?」


 訊かれても困るし、すばらしい本の数々に変わったとしか言いようがない。加減を知らない即売会初心者が陥る罠であった。


* * *


「よし、欲しかった本は大体買えたぞ」


 欲しかった本どころか、その場で一目惚れして購入した本もたくさんあって完全に予算オーバーであるが、こういうものは本人が満足しているのならそれでいいのだ。目的を達成してホッと一息ついたころには、時刻は14時30分。場内アナウンスが予定通りのイベント終了を宣言した。


 そして。


「続いてはダンスタイムです。奥のスペースにお集まりください」


 ダンスタイム……通常の即売会ではまったく聞かないその言葉が告げられると、一般参加者もサークル参加者も関係なく、例の不自然にあけられていた空間へと移動していく。よく分からないまま、権助も郷に入れば郷に従えの精神でついていくと、皆が集まったところで照明が落とされた。


(これは……すごい!)


 暗く静まり返った会場……大勢が注目する中、壁面にプロジェクターで映し出されたのは、なんとこの日のために作られたオリジナルのCGムービーであった。プリキュア、アイカツ!、プリティーシリーズのキャラクターが次々に登場し、そしてカウントダウンが始まった。と同時に、皆が(当然のように)次々に懐からサイリウムを取り出し、色とりどりの光で会場を包み込んだ。気付けば、コスプレイヤーたちを中心に「踊れる参加者」たちが集合し、カウントゼロと同時に、CGムービーとシンクロして『プリキュア』のエンディングダンスを踊り始めたではないか。


”フッフー!”


 取り囲む観客たちのコールも完璧である。


(た、確かにこれは、とても同人誌即売会という括りだけでは収まりきらないイベントだ……!)


 驚く権助であったが、それは彼だけではなかった。ふと隣を見ると、今回から初参加のプリティーシリーズのサークル主たちも同様に呆気に取られていた……が、しかし。


”次の曲は『Make it!』”


「うおおおおおおおお!! Make it!!!」


 選曲が彼らのテリトリーである『プリパラ』に差し掛かったところで一斉に覚醒が起きた。ああ、そうだ。権助は思い出した。i☆Risのライブって、むしろ”こっち側”じゃないか、と。もちろん、『アイカツ!』も負けてはいない。バリバリのEDMである『episode Solo』が流れ始めると、とても女児アニメだとは思えないドスの効いたコールで圧を高めていく。


 プリキュア、アイカツ!、プリティーシリーズ……各タイトルのコスプレイヤーをはじめとする来場者たちに、本来の客層である小さな子供たちもが一緒になってダンスを楽しんでいる。作品だけでなく、年齢や性別の垣根も軽々と超えて楽しさを共有する……公式がやりたくてもできないことを作品への愛で実現してしまう。これが同人活動の醍醐味なのかと、権助はまた大きく心を動かされたのであった。


* * *


「いやぁ、盛り上がりましたね……!」


「でしょ~」


 ダンスタイムが終わると、ゴードンさんをはじめとするキラキラッター住人たちが十名ほど集まり、各々に感想を述べ合っていた。


「でも、まだこれからじゃんけん大会もありますから!」


 じゃんけん大会……またも即売会らしからぬ単語が登場したが、既にアイカニというイベントの破天荒さに浸かってしまった権助は、特に違和感を覚えることなく受け入れてしまうのだった。


* * *


「それでは、これからじゃんけん大会を始めたいと思います!」


 各オンリーの主催者たち自らが先導して参加者たちを集めると、マイクを持って開催を宣言した。ルールは「主催者 対 全員でじゃんけんをして、主催者に勝った者だけが残る。それを繰り返して人数が少なくなったところで参加者同士で決勝戦を行い、最後まで勝ち残った人が賞品をもらう」という、よくあるもの。賞品も、有志から募ったアニメグッズや同人作家による描きおろし色紙など、手作り感に溢れている。


「最初の商品は……あっ、キュアアクアの色紙ですね! キュアアクア大好きな人は~起立!」


 世界で一枚の美麗な色紙を目指して、権助たちは一斉に立ち上がった。


「それでは、最初はグー! じゃ~んけ~ん……ポイッ!」


(負けた……)


 その最初の一手で、権助を含む三分の二近い参加者たちが着席を余儀なくされた。まぁ、あいこは負けと同じ扱いなので、確率的にはそんなものだ。色紙は他の参加者の手に渡り、気を取り直して次の勝負へ挑む。


「じゃ~んけ~ん……ポイッ!」


(また負けかぁ)


 再び、着席。さらに、次の勝負も一戦目で脱落。賞品を得ることなく、ひたすらに起立と着席を何度も繰り返す。


(これではじゃんけん大会というより、ただのスクワットだな。……ん?)


 ふと隣を見ると、権助と同じくスクワットに精を出すゴードンさんの姿があった。きっと、この大会が終わる頃には二人してスピードスケート選手のようなブ厚い太ももになっていることだろう……などと勝手な想像をしていると、なんと次の勝負でゴードンさんだけが決勝戦まで勝ち進んだのである。いよいよ対戦相手の女性と一対一での最終決戦……これに勝てば念願の賞品が手に入る。


(がんばれ、ゴードンさん! …………あっ)


 権助は”それ”に気が付いた。気が付いてしまった。相手の女性の傍らで、まだ二歳ほどの小さな女の子が、祈るような表情で母の勝利を待ち望んでいるのを。ゴードンさんの方を見ると……その苦笑いを浮かべた表情から、彼もまたこの状況を理解していることが伺えた。だが、時は止まらない。非情にも勝負の幕は切って落とされた。


「じゃ~んけ~ん……」


 緊張が走る。


「ポイッ!」


 お母さんが出した手はパー。


 そして。


 ゴードンさんが出したのは………………グー。瞬間、女の子の顔に笑顔の花が咲いた。主催者から彼女へ賞品が手渡され、場内は拍手と祝福の声に包まれた。そして同時に、その大きな拍手はゴードンさんへも向けられていた。一瞬、遅れて出されたグー……その固く握られた拳の内には、これまで長年の『アイカツ!』イベントで学んできた「子供の笑顔が最優先」の教えが凝縮されていた。


 それでこそ、それでこそアイカツおじさんなのだ。


* * *


 すべての行程を終え、『アイカツ!カーニバル!』はここに終了した。


 来場者たちが記念にたくさんのイラストを描き残したホワイトボードが出口に並び、この楽しかったイベントの余韻を残していた。


「よーし、じゃあ打ち上げの焼肉とスイーツ、行きますか!」


 権助は会場の外で再びキラキラッターの仲間たちと合流すると、楽しかった今日のことをたっぷりと語らい合うために、みんなと一緒に京の町へと繰り出した。その手には、詰まった愛情の分だけずしりと重い、たくさんの素敵な本たちが抱えられていた。ああ、自分もいつか自分の作品をこんな風に形にできたらいいなぁ……なんて夢見る権助であった。


 なお、彼はこの数か月後に東京のアイカツ!オンリーイベント「芸能人はカードが命!」で頒布される『アイカツフレンズ!』の合同誌に作品を寄稿することになるのだが、それはまた別のお話である。


-おわり-

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る