第2話 アイカツおじさんとニューヨークからの来訪者

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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


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 2019年1月4日(金)、午後三時過ぎ。


「喉が渇いたな……何か買うか」


 権助は、歩道の脇にある自動販売機に目を留めた。午後の紅茶のミニ缶が50円、Metsの500mlペットボトルが60円、コーンポタージュが80円、あと、まむしドリンクが50円。


(来るたびに思うが、本当にここの飲み物は大丈夫なのか……?)


 安さもラインナップも怪しすぎるが、この辺りでは当たり前の光景である。他にも、自販機の近くにある無人ゲームセンターの前には「エロすぎる」「ゲスすぎる」等と称された下世話なガチャガチャが大量に置かれ、壁に掛けられた標語タペストリーには「なにわの町 みんなでやるで 火の用心」と方言丸出しの文言が掲げられている。


 ここは大阪の電気街・日本橋。


 権助が普段ホームにしているキタの梅田と比べると、このミナミと呼ばれる地域は、より「大阪色」が濃いエリアである。大阪の代表的な観光地である道頓堀と通天閣のちょうど中間に位置する日本橋は、東京で言うところの秋葉原に近い雰囲気を持つ電気街だが、町全体に漂うアクの強さはやはり大阪である。


「うん、今日もすばらしい景色だ」


 権助はnamco大阪日本橋店の壁面に描かれた巨大な『アイカツフレンズ!』イラストを見て、うんうんと頷いた。ここへ来るのは、昨年十月のアニONカフェ以来である(*1)。


(*1:第七部 最終話「アイカツおじさんのハロハロハロウィン・ナイト!」参照)


 入店し、一階の一番くじ販売エリアを抜けると、おなじみのキッズカードゲームコーナーがある。ここの『アイカツフレンズ!』は録画機器こそ無いものの、六台同時稼働という回転率の良さが最大のウリである(*2)。今は先輩が三人と、アイカツおじさん二人がプレイ中。権助は空いている一台に座ってコインを入れた。


(*2:2019年3月のオフィシャルショップ移転に合わせたリニューアル時に八台に増加)


「今日の交換用に、”コンスケ”ちゃんのカードを量産しておかないとな」


 全国各地でたくさんのマイキャラカードを交換した結果、フレンド登録上限の60人に達してしまったため、権助は最近、「ゴンスケちゃん」に続く二人目のマイキャラ「コンスケちゃん」を登録したのだった。こうなると、コンスケちゃんも育てていきたいし、マイキャラ同士でフレンズを組んで遊んでもみたいし、コンスケちゃんのカードも色んな人と交換したくなるのも仕方がないわけで、早い話がマイキャラ沼に落ちた本人が、自らその沼を拡張しているのである。


(ああ、5弾の新曲『いっしょにA・I・K・A・T・S・U!』めちゃくちゃ良いな……早くCD音源が欲しいぞ)


 譜面の後ろで可愛らしく踊るマイキャラをチラチラと見ながらプレイする。登録したばかりのコンスケちゃんはダイヤモンドフレンズカップには参加しないので、なんだか久しぶりにのびのびとアイドル活動している気がした。


 プレイを終えて席を立ち、時間を確認する。


「そろそろ、かな……?」


 と、入口の方へ目を向けると。


「あっ、ごんだわらさ~ん! お久しぶりです~! あと、あけましておめでとうございます!」


 ちょうど、こちらに向かって手を振っていたのはキラキラッター仲間のクルクルさんである。その後ろにも、よく見知った顔がたくさん見えた。


「あけましておめでとうございます! クルクルさんお久しぶりです~。あっ、きのこさん、ゴードンさん、どーるさんにまかろんさんも! おお~他にもたくさん……こりゃあ、すごいなぁ」


 集合時間になり続々とやってきたのは、主に西日本のキラキラッター仲間たちである。キラキラッターは開設されてから早や一年半以上が過ぎ、登録者数は既に4,000人を超えており、権助にもそこで知り合った多くの友人たちができていた。


「いやー、年始だというのに、集まりましたねぇ」


「まあ、今日はみんな来ますよね、やっぱり」


 キラキラッター登録者同士の小さなオフ会は頻繁に開かれているが、公式イベント以外で、しかも地方で今回のように十数名が一度に集まる規模のものは稀であり、つまり、今日はそれだけの理由があるということだった。そして、集まった全員のお目当てである”ゲスト”がついにやって来た。


「あっ、Dalkさんだ!」


「おお~! Nice to meet you!」


「本物だ~!」


 数名の参加者に連れられてやってきたのは、カナダから来日したDalkさんである。キラキラッターには、日本以外にも香港や韓国、インドネシアにカナダにアメリカにと様々な国の『アイカツ!』フアンたちが登録している。彼らにとって日本は『アイカツ!』の聖地であり、中には、こうしてわざわざ海を超えて訪れてくれる熱心な人たちもいるのだ。そんな彼らに、日本のアイカツ!好きたちはいつも手厚い歓迎をする。特に今回は……。


「皆さん、こんにちは~。ほら、あの人ですよ」


 Dalkさんが流暢な日本語で紹介してくれたのは、同じく北米大陸はアメリカ合衆国からやって来たeggloafさんと、そしてもうひとり。


「学園長~! ないすとぅーみゅーちゅー! あいむ”権俵権助”!」


 その姿を確認するや、権助はどうやっても日本語にしか聞こえない英語で話しかけながら右手を差し出した。その手を少し照れくさそうに握り返してくれたその人こそ、キラキラッターの創始者である、ニューヨーク在住のWalfieさん……通称「学園長」であった。


 キラキラッターがこれほどにグローバルなSNSであることや、4,000人を超える登録者を集めたことは、やはりWalfie学園長がかねてより熱心な『アイカツ!』のフアン活動を行っていたことが大きいだろう。他国で展開されている作品専用のSNSを立ち上げるなど、よほどの「好き」が無ければ、とてもできることではない。


「学園長~!」


「お会いしたかったです!」


 学園長は昨年にも一度東京を訪れていたが、関西へ来るのは今回が初めてということで、たちまち西のキラキラッター民たちに囲まれて握手責めに遭うことになった。そして挨拶が一段落ついたところで、学園長は懐から一冊のスケッチブックを取り出し、テーブルの上に置いて開いた。


「えっ……うわっ、すご……」


 集まった皆が思わず息を呑む。ここに具体的な名前を記すことはできないが、『アイカツ!』シリーズの主要スタッフによる直筆サインや、アイカツ!創作界隈で知らぬ者はいない神絵師達のイラスト群など、皆のWalfie学園長を慕う想いがそこに結集していた。


「おいおい、国宝やぞ、これは……」


 このスケッチブックの価値を理解する彼らにしてみれば、手を触れることすら躊躇われるそれに対し”国宝”というのは決して過剰な表現ではない。そして、その国宝はただ見せるためだけに開かれたものではなかった。学園長がスマホの画面をこちらに向けた。そこには、翻訳機能を通してこう書かれていた。


”どうか、ここにイラストを描いてください。お願いします”


 その一文に、集まった内の特定の人達……つまりアイカツ!同人作家たちがザワついた。描くのか? この国宝に? ……そんな中、行動力に定評のあるゴードンさんが一番手に名乗りを上げてペンを持った。しかし、さすがにその表情には緊張が伺える。


「こっ、こんなとんでもないスケブに一発描き……手が震える……!」


 とは言いつつ、さすがの腕前。すらすらと複雑な構図の大空あかりちゃん(学園長の推しアイドル)を描き上げる。続いて、まかろんさんや他の絵師たちも次々とあかりちゃんのイラストを描いていく。ただでさえ国宝なのに、こうなってはもはや地球宝である。


「ふふっ……!」


 新たに神イラストが描き足されたスケブを手に、満足げな学園長。この表情が見られただけでも会いに来た甲斐があったというものだ……と、特に何もしていない権助は勝手に思った。そして、今度は学園長とeggloafさんが皆にプレゼントを配り始めた。二人による、柔らかくかわいらしいタッチで描かれたあかりちゃんとココちゃん、そしてかえでちゃんのお手製ステッカーである。


「うわ~! ありがとうございます~!」


「これ絶対大事にする……!」


 こうして自己紹介とプレゼント交換を終え、いったん交流会が落ち着いたところで、権助は勇気を出して学園長に声を掛けた。


「あの……! 一緒に『アイカツフレンズ!』しませんか……?」


 その誘いに、学園長は少し恥ずかしそうに頷いてくれた。


* * *


(うわ~、本物の「わるふぃーちゃん」だ……!)


 学園長と隣同士で筐体に座った権助は、昨年、東京で『アイカツスターズ!』をプレイした時に作ったという学園長のマイキャラ「わるふぃーちゃん」を初めて生で見て感動していた。キラキラッターに「我が子自慢」としてアップされる全国のマイキャラちゃんたちの写真を繰り返し見るうちにフアンになってしまうことはよくあるのだが(アイドルとはそもそも偶像崇拝である)、こと海外勢のマイキャラに会える機会となると、その希少価値は計り知れない。しかも、そのわるふぃーちゃんと自分のマイキャラであるゴンスケちゃんの共演ライブなんて夢のようだ。バンダイナムコさん本当にこれ二百円でいいんですかお金もっと入れた方がいいですか慈善事業の域ですが大丈夫ですか?


「ありがとうございました……! あの、もしよければ……」


 学園長との協力プレイを終えた権助がマイキャラカードを差し出すと、学園長は快く「わるふぃーちゃん」のカードと交換してくれた。それを見て、他のキラキラッター民たちも次々と申し込み始める。


「学園長、一緒に遊びましょう!」


「次は私と!」


「Dalkさんもやりましょう!」


 その光景を見て、こりゃあ、学園長はわるふぃーちゃんよりも他の子のマイキャラカードを多く持ち帰ることになりそうだなぁ、と権助は苦笑した。


* * *


「皆さん、この後どうするんですか?」


 と、権助はアプリで英訳した文章をeggloafさんに見せて訊いた。すると、eggloafさんは自身のスマホに一枚の写真を表示させた。そこに映る、頭でっかちなタワー……それは、権助ら大阪人には馴染み深い通天閣であった。


「なるほど……それなら、いいルートをご案内しますよ」


* * *


 外はすっかり陽が落ちていた。namco大阪日本橋店を出た一行は、権助を先頭にぞろぞろと通天閣へ向かって歩き始めた。ここから最短ルートで向かうのであれば、大阪メトロ・恵美須町駅のある電気街を突っ切るのが一番だったが、彼が選んだのは難波駅の西側を通る裏道であった。幹線道路の脇を歩き続けるこの道は、一般的な観光ではまず通らない。権助がわざわざそんなルートを選んだのには、もちろん理由があった。およそ十分ほど歩いたところの交差点で権助は足を止め、道路の向こうに見える、網目状の外壁が目を惹く大きな建物を指さした。


「どうじまニーナ、しんぐ『ミエルミエール』いん、でぃすシアター」


 たどたどしい日本語発音の英語に手振りを交えてどうにか伝えると、eggloafさんが「OH!」と声を上げて建物にスマホを向け、学園長やDalkさんと一緒にパシャパシャと撮影会を始めた。この建物は2012年にオープンした、スタンディング時2,500人超のキャパを誇るライブハウス、Zeppなんば大阪。そして、アイカツ!第162話『☆メチャパニック☆』において、大阪のご当地アイドル・堂島ニーナが持ち歌『ミエルミエール』を披露したライブハウスのモデルとなった場所である。うきうきした表情で「聖地」を撮影する学園長たち。アイカツ!フアンによるアイカツ!フアンのための観光案内ができたことで、権助は今度こそ本当に来た甲斐があったと思えた。


 それから、ライトアップされた夜の通天閣を観光し、ご利益があるというビリケンさんの足の裏をみんなで撫でたところで、とうとうお別れの時間が来た。


「それじゃあ、学園長。お元気で!」


「Have a nice trip!」


「また大阪に遊びに来てね!」


 名残惜しさに、夜の街へと消えゆく学園長たちの背中に声を掛ける。一体、次にいつ会えるのかは分からない。けれど、『アイカツ!』を好きでいれば、きっとまたいつか必ず会えるだろう。最後に、皆で叫ぶ。


「おつか~!」


 『アイカツ!』から生まれたその挨拶は、もはや日本語でも英語でもなく、海を越えて通じる『アイカツ!』を愛する者同士の共通語となっていた。


* * *


 学園長たちが帰国してから、数日後。


 権助は、USBメモリから録画したプレイデータを回収し、いくつかのスクリーンショットを抜き出した。


「今日、わるふぃーちゃんとフレカツしてきました……っと」


 キラキラッターに、一枚の写真が投稿された。そこには、ゴンスケちゃんとワルフィーちゃんが一緒に楽しそうに踊る姿が映っていた。すると、すぐさま学園長が「お気に入り」ボタンを押したことを知らせる通知が届いた。


 ニューヨークからやってきた「わるふぃーちゃん」のアイカツは、これからも、この日本でずっと続いていくのだ。


-おわり-

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