第4話 アイカツおじさんと大都会岡山

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※この物語は、あくまでもフィクションである。


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「なるほど、これが『晴れの国・岡山』か……」


権助は横殴りの激しい雨に打たれながら、駅前のバス停に立ち尽くしていた。


2017年10月29日(日)。


この日、岡山県は二週続けて季節外れの台風に襲われていた。倉敷市にあるJR山陽本線・中庄駅……その駅前には、二度と開くことのない喫茶店と二件のコンビニ、そして近隣最大の娯楽施設であるハードオフが立ち並んでいた。それ以外ぜんぶ山。


なお、次のバスが来るのは一時間後である。


「なるほど、これが『大都会岡山』か……」


この悪天候の中、新幹線が止まる恐怖と戦いながら権助がわざわざ大阪から遠征してきた理由は、皆様ご想像の通り『アイカツ!』である。


『アイカツ!』シリーズの歌唱を担当するSTAR☆ANIS、AIKATSU☆STARS!を含むランティス所属のアーティストを中心とした岡山発のアニソンライブイベント、その名も『大都会岡山アニソンLIVE』が本日ここで……


……いや、ここからバスで数十分の山奥で行われるのだ。


なお、18時の終演時間に対し、帰りの最終バスは16時台となっており、この台風の中、山に置き去りにされる覚悟の上での命がけ参戦である。


「まあ、終わった後のことは後で考えるとして(現実逃避)、バスが来るまでまだ時間があるな……」


台風での鉄道遅延を考慮して早めに出発したが、予定通り運行してくれたおかげで随分と待ち時間が出来てしまった。とはいえ、こんなところにただ立っていても仕方がないので、権助は鞄からイヤホンを伸ばして装着し、お気に入りの『アイカツ!』曲を再生した。


『Angel Snow』

♪フワフワ空から羽みたいな 天使の落とし物

 ダッフルコートのフードかぶって街を走る

 キミのもとへ急がなくちゃ 天気予報は雪のマーク

 もしかしたら今日こそ見れる気がするよ


『Chica×Chica』

♪太陽のリズム Dancing, dancing 歌ってOle(オーレ)!

 ちがう足音 重なり合ったらシンパシー

 好きと嫌いは 誰もが持っている感情

 世界はいつだって十人十色 まわる万華鏡


冬と夏。


冷と熱。


対称的なこの二曲が、権助はとても好きだった。


しかし、どうにも巡り合わせが悪く、どちらも彼の地元・大阪では一度もライブで披露されないまま、時代は新シリーズ『アイカツスターズ!』へ突入してしまった。それ以来、なんとなく権助の心の隅に引っかかったままになってしまっていたのである。


「それがまさか、こんな機会があるなんてな」


ツイッター上で初めてこのライブの告知を見つけた時、正直「岡山か、ちょっと遠いな……」と気後れしたのだが、その考えは演者のリストを見て直ちに撤回された。


STAR☆ANISから、れみ・えり・ゆな。

AIKATSU☆STARS!から、みほ・ななせ・かな。


大都会岡山アニソンLIVE公式サイトに掲載されたアーティスト写真。そこでこの六人が身に纏っていたのは、現行の『アイカツスターズ!』ではなく、旧『アイカツ!』時代の衣装であり、さらにこの組み合わせは『Angel Snow』を歌うユニット・ぽわぽわプリリンと『Chica×Chica』を歌うバニラチリペッパーであった。このメンバーを選出しておいて、あの”うっすん”がこの二曲をセットリストに組み込まないはずはない。


(これが『Angel Snow』と『Chica×Chica』を生で聴ける最後の機会になるかもしれない……)


そう思った時点で、権助には台風だろうが山中の野宿だろうが、このチケットを取る意外の選択肢はなかったのだ。


(……おっ、もしかして、あれはお仲間かな?)


バスの到着時刻が近づくにつれて、駅前に少しずつ人が集まり始めていた。その中の数名が『アイカツ!ミュージックフェスタ』のフェスTや缶バッジといったグッズを装備していることに気が付いたのだ。権助は歳も歳なのであまりこういった物は身に着けないのだが、今回のように複数のアーティストが出演するイベントにおいては、自分が誰を応援しているのかを明確にするという意味では良いなと思った。


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ようやくやって来たバスの車内においても、周囲の座席から漏れ聞こえてくる会話は『アイカツ!』であり、斜め前の座席には大きなタブレットを膝に置いてフォトカツに勤しむ人の姿も見える。


普段、孤独にアイカツ!している権助は、こうしてたまに同好の士に囲まれるとホッと安心してしまう。ああ、この人たちと一緒なら山中に置き去りにされても楽しく逝けそうだな……などとしょうもないことを考えているうちに、バスは会場である岡山県総合展示場・コンベックス岡山に到着した。


「これはまた……!」


正直、立地が立地なだけに期待をしていなかったのだが、いやいやどうして、収容人数4,300人を誇る大展示場をはじめとして、三つのホールを擁する実に立派な会場である。


「ええと、こっちだな」


駐車場から徒歩三分ほど。今回のライブ会場となる中展示場(マスカットホール)へと辿り着くと、既にたくさんの人が列をなして開場を待っていた。権助よりも早いということは、おそらく自家用車でやってきた地元の人達だろう。


「開場まで、まだ三十分あるのか。うーん、また待ち時間ができてしまったぞ」


時間に余裕をもって行動するのは良いことだが、度が過ぎるとこういう事態になる。権助はスマホを取り出し、時間つぶしにキラキラッターを開いた。


「”今、大都会岡山アニソンLIVEの会場に到着しました”……っと」


そう書き込んでからしばらくタイムラインを眺めていると、ある書き込みが目に入った。


「!?」


権助はスマホをしまうと、そこに書き込まれていた「場所」へ向かって歩き出した。


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「あ、あの……」


会場入口の脇にある自販機前に、黄色いシャツを着た男性がスマホを片手に立っている。権助は思い切って声をかけてみた。


「天津飯さん……ですか?」


「えっ! あ、はい! そうです!」


「は、はじめまして……え~っと……」


権助はキラキラッターのプロフィール画面を開いた状態でスマホを見せた。


「権俵権助です。いつもキラキラッターではお世話になっています」


「あ~権俵さん! いえいえ、こちらこそ!」


権俵権助、アイカツおじさん歴5年目にして初の「対話」であった。


(まさか、その相手が天津飯さんだとはなぁ)


彼こそは、ラジカツリスナーならその名を知らぬ者はいないと言っても過言ではない、常連ハガキ職人たちの頂点に立つ男だった(*1)。


(*1:第四部 第2話「アイカツおじさんとラジカツ!」参照)


権助は、彼が自身の服装と居場所をキラキラッターに書き込んで招集をかけていたのに応えて、こうして挨拶に来たのである。


初めての「仲間」との邂逅に興奮しつつ、二人はこれから始まるライブへの期待やキラキラッターでのやりとり等についてしばらく歓談した。


権助は、泉のように口から湧き出てくるアイカツ!を語る言葉の数々に自分でも驚いていた。この五年の間、アイカツ!への想いを他人に話せないまま、それは彼の心にずっと蓄積されていたのだった。


「それじゃあ、またライブの後で」


開演時間が迫り、いったん二人は各々の席へと別れた。しばらくすると場内の照明が落ち、少しのざわめきと共に、あちこちからペンライトの光が灯り始める。


(ああ、祭りの前のこの瞬間……何度味わってもよいものだ)


心臓の音が高鳴り……いよいよライブが始まった。


一番手としてステージに上がったのは、きただにひろし。最初からエンジン全開で『ワンピース』の主題歌を次々に熱唱し、一気に場内の気温を上げていく。さらに、この後に控える『アイカツ!』以外のアーティストは『舞-HiME』のMinami(旧名義・栗林 みな実)、『機動戦士ガンダム第08MS小隊』の米倉千尋、『勇者王ガオガイガー』の遠藤正明……と、『アイカツ!』以前のサンライズアニメを支えてきた歌手ばかりである。


かつて権助は、AIKATSU☆STARS!結成一年目に行われたライブイベント『MBSたいバーン!!LIVEアニソン編』で他アーティストとの共演を目にしたことはあったが、若手中心のあの時とは違い、今回は大ベテランに囲まれ、一番の若輩としてのステージである。しかしそれは同時に、彼女たちがそれだけのベテランたちと並び立てる実力をつけたということでもあった。


そして、STAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!の六人が舞台に立った。


まず一曲目は、定番の『アイドル活動!』。まだ『アイカツ!』を知らないお客さんもいるであろうこの会場においては、やはり掴みはコレだろう。


そして二曲目。STAR☆ANISのれみ・えり・ゆなが前へ出た。ゆなが神谷しおんの歌唱担当となり、ついに三人が揃った「ぽわぽわプリリン」。


歌うのはもちろん。


(このイントロ……『Angel Snow』だ!)


さらに、AIKATSU☆STARS!のみほ・かな・ななせによるユニット『バニラチリペッパー』が『Chica×Chica』で後に続く。


期待通りの選曲に「さすがうっすん!」と、心の中で拍手を送る。


(ああ、はるばる岡山まで来てよかった……)


この時点で既に満腹の権助であったが、持ち時間はまだまだ残されている。


(しかし、ここから先の曲選びはまったく予想がつかないな)


とはいえ、毎日『アイカツ!』のCDをヘビーローテションしている権助である。どんな曲が来ても、そこまで驚くようなことはないだろうと高をくくっていた。


……が、STAR☆ANISのえりがソロでステージに立ち、そのイントロが流れ始めた瞬間、権助は危うく腰を抜かしそうになった。


(き、北大路さくらの『Blooming♡Blooming』!?)


『Blooming♡Blooming』。


発売されたCDに収録されたその曲を歌っているのは、主人公・大空あかりを担当する、るかである。しかし、実はこの曲にはもう一人、歌唱担当がいる。それは、『アイカツ!』第124話「クイーンの花」において、この曲でスターライトクイーンの座を勝ち取った北大路さくら……つまり、今ステージに立っている、えりである。


(そんなレアver.を選んでくるのか! うっすん恐るべし……!)


そう、これが『アイカツ!』楽曲の恐ろしいところである。


ひとつの曲を他の歌唱担当が歌うことで、アイカツおじさんたちの脳味噌は、反射的にアニメで描かれた場面やキャラクター同士の関係性を想像してしまい、秒で感極まってしまうのである。


これは冗談で言っているわけではなく、実際ライブではすすり泣く大人たちが後を絶たないので読者もぜひ一度は足を運んでいただきたいしどうせなら一緒に泣いていただきたいと思っています繰り返すがこれは冗談ではない。


まだまだ、うっすん怒涛のセットリストは止まらない。『ミエルミエール』『薄紅デイトリッパー』『恋するみたいなキャラメリゼ』そして『lucky train!』とレア曲・名曲のつるべ打ち。


そして権助は気付く。


(ああっ、これは……あの『アイカツ!ジャパンツアー』(*)の再現じゃあないか……!)


(*:第二部 第1話『アイカツおじさんとバンダイナムコの慈悲』参照)


ミエルミエールは大阪。

lucky train!は北海道。

薄紅デイトリッパーは京都。

恋するみたいなキャラメリゼは神戸。


すべて、あの旅で出会った各地方のローカルアイドルたちの持ち歌である。


その、うっすんの隠れメッセージに気付いた時、権助は「やはりこの男には勝てない」と悟ったのであった。


フアンの熱量を上回る愛を持つスタッフに支えられた『アイカツ!』は、幸せな作品である。


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「はああ……」


ライブが終わり、放心状態の権助が会場から出てくると、外はすっかり陽が落ちていたが、台風もとうに過ぎ去り、心地よい雨上がりの残り香が空気に沁みついていた。


「んんっ……!」


権助は大きく背伸びをした。本当に、本当にすばらしいライブであった。


「さて……と」


感動冷めやらぬ中、腕時計に目をやる。


18時30分。


なるほど。


…………。


……………………。


………………………………。


「今夜は野宿だな!」


そしてアイカツおじさんの長い夜が始まる……!



-おわり-


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※ちゃんと臨時便が出ましたのでご安心ください。

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