第2話 アイカツおじさんと2つのスタートライン
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※この物語は、もしかするとフィクションである。
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「うーむ、平日昼間はさすがに空いているな」
2016年10月14日(金)15:00。
ナムコランド梅田3Fにあるキッズカードゲームコーナー。この日、権助は有り余る有給休暇を使って『アイカツスターズ!』を堪能することにした。
「最近は、なかなか落ち着いてプレイできる機会が無いからな……」
この年の6月23日より風営法が改正されたことで、保護者同伴であれば16歳未満の児童も22時までゲームセンターに入場できるようになった。それ自体は喜ばしいことではあるが、権助らアイカツおじさんたちにとっては、子供たちの視線に晒されることなくアイカツできる19時以降の「安全地帯」を奪われた形となったのだ。それだけに、こういう機会には遊べるだけ遊んでおきたいのであった。
「えーと……375か。この台はまだまだ大丈夫だな」
権助が初めにチェックしたのは、『アイカツスターズ!』筐体のモニター右上に表示されている数字。
『アイカツスターズ!』ではオンデマンド印刷によるカード排出を採用しており、この数値は残りの印刷可能枚数を示しているのだ。これがゼロになるとエラーが発生し、店員を呼んでロール紙を交換してもらわければいけなくなる。周囲の目が気になるアイカツおじさんにとって、けたたましくエラー音のなるカード切れ状態は最も避けたい事態なのだ。
「ふむ、秋フェスに、ハロウィンに……第三弾もゲーム内イベント目白押しだな」
と、手元のタッチパネルに表示されたモード選択画面に目移りする。
「ま、最初はコレだな」
権助が選んだのは「オンエアバトル」。COMと対戦形式でリズムゲームをプレイし、勝利して一定数のポイントを稼ぐとプレイ動画を自動的にYoutubeにアップしてくれるという、いかにも今時の子供たちへの訴求力が高そうなモードだ。
実際、綺麗に編集された動画を観るのは大人の権助でも楽しい。
「プレイした当日中にアップされるなんて、すごい時代になったもんだな。『バーチャファイター5』の頃なんか、翌日にアップロードされた上に動画一本につき百円かかっていたぞ」
おそらく、そんなことを考えながらアイカツしているのは権助だけである。
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それから数回のプレイでポイントを貯めた権助は、足元の鞄から『アイカツスターズ!』用とは別のカードケースを取り出した。そこから選び出したのは「ブルーエンプレスジャケット」、同「スカート」「ブーツ」「ティアラ」の四枚。
それは、旧『アイカツ!』時代のカードであった。
カード裏面のQRコードを筐体の読み取り部にかざすと、モニター内のアバター「ゴンスケちゃん」が、美しく解像度の上がった、かつてのドレスに身を包んだ。
「やはり似合うな」
このように、ゲーム自体がリニューアルしても過去の資産を引き続き活かせるというのは『アイカツスターズ!』の素晴らしいところである。ただし旧カードに能力的に秀でたところはないので、権助はあくまでYoutubeにアップする動画用のオシャレ衣装として使うことにしている。
「動画にする曲は『Dreaming bird』、と」
権助はこの曲を初めて聴いた時から、旧『アイカツ!』のロリゴシックブランドのコーデが似合うだろうなと思っていた。
(しかし、このコーデを使っていると、やはりあの回を思い出すな……)
「あの回」とは、夏のオールナイトでも最後に上映され、最大級の拍手で迎えられた第177話「未来向きの今」の、氷上スミレの最後のステージのことである。彼女がその時に身に纏っていたのがこのブルーエンプレスコーデだったのだ。
「またいつか、彼女が歌う『いばらの女王』をライブで聴きたいところだが……難しいだろうな」
氷上スミレの歌唱担当である「もな」は、『アイカツ!』終了と共に、歌唱担当グループ・AIKATSU☆STARS(および兼任しているSTAR☆ANIS)を卒業してしまったので、それは無いものねだりというものだった。
アニメやゲームの中のアイドルは、いつまでもアイドルを続けていられる。しかし、現実のアイドルはなかなかそうはいかない。皆、どこかで区切りをつけ、新たなステップへと進んでいくのだ。
余談になるが。
AIKATSU☆STARSの中では「もな」が初めての卒業生だが、『アイカツ!』の初代歌唱担当であるSTAR☆ANISからは以前に紫吹蘭・風沢そら担当の「すなお(吉河順央)」、藤堂ユリカ様担当の「もえ(山崎もえ)」の二人が卒業している。
この二人は「もな」とは加入時期が重なっていないので彼女とは面識が無いのだが、『アイカツ!』最終話で「すなお」が居た頃に録音された音源と、「もな」加入後に新録された音源をミックスした初代エンディング曲「カレンダーガール」が披露されたことで、ただ一度だけ「もな」「すなお」二人の疑似的な共演が実現したことがあり、権助は深い感銘を受けたのであった。
閑話休題。
「さて、『アイカツスターズ!』もたっぷり堪能したし、そろそろ行くとするか」
時刻は16:30。そろそろ陽が傾き始めた頃に、権助はナムコランドを出発した。そこから10分ほど歩くと、もう一つの目的地が見えてきた。
梅田ロフト前である。
そこは、国内最大の売場面積と蔵書数を誇る書店「ジュンク堂」、関西のテレビ局「MBS」本社、音ゲーで知られるゲームセンター「アミュージアム(旧チルコポルト)」、映画好きにはお馴染みのミニシアター「テアトル梅田」などに囲まれた、四六時中、人通りの絶えない賑やかな場所である。
17時前、一人の男性シンガーがそこに機材をセッティングし、路上ライブを始めようとしていた。
「どうもー、オオザカレンヂ keisukeです。毎週金曜日、夕方五時からここでライブやってます。初めての人も、そうでない人も、よろしくお願いいたしまーす!」
慣れたMCぶりで、テンポよく歌と喋りでライブを進行していく。
ふと周りを見れば、いつの間にかたくさんの人が足を止めて歌に聴き入っていた。どうやら、常連客も多くいるらしかった。
「ありがとう! ……さて、今日は特別ゲストに来ていただいております。それでは早速どうぞ! 巴山萌菜ちゃんです!」
そう紹介されて小さな舞台に上がったのは、ゆったりと青いシースルーのドレスに身を包んだ女性シンガーであった。
(ああ、随分と大人っぽい雰囲気になったな)
巴山萌菜(ともやまもな)。
かつてSTAR☆ANISで夏樹みくるの、AIKATSU☆STARSで氷上スミレの歌唱を担当していた「もな」その人であった。グループを卒業し、昔からの夢だったシンガーソングライターへの第一歩を踏み出したのだ。
(こうして歌を聴くのは『アイカツ!』最後のミニライブ以来だから……もう八ヶ月ぶりか)
あの時とは違い、今度は子供たちではなく自分たち大人へ向けたライブである。権助は遠慮なく最前列を確保した。ライブが始まり、彼女が最初に歌ったのはオリジナルソング。
その曲名は。
『スタートライン』
権助はその名前に運命を感じた。
なぜなら、「もな」が抜け、「せな」「りえ」という新メンバーを迎えて再出発した新生AIKATSU☆STARS最初の曲……『アイカツスターズ!』初代オープニングテーマ、その名前もまた『スタートライン!』であったからだ。
~ スタートライン! ~ (AIKATSU☆STARS)
夢は見るものじゃない 叶えるものだよ
輝きたい衝動に素直でいよう スタートライン!
~ スタートライン ~ (巴山萌菜)
新しいスタートラインを 越えて越えて今走り出そう
みんなの押してくれる声で 空よりも雲よりも高く
飛んでゆけるから
権助の中で二つの『スタートライン』の歌詞が重なってゆく。
まるで、旅立つ巴山萌菜へのAIKATSU☆STARSからのエールのようではないか。
(きっと、悩んで悩んで決めた道だったんだろうな)
あのままSTAR☆ANISやAIKATSU☆STARSに所属していれば、毎週のようにテレビから日本中に自分の歌声が届けられるし、大手メーカーから何枚もCDを出せるし、ライブで全国ツアーを行い、数千人規模の観客の前で歌うことだってできる。
けれど、彼女はそれを捨てて自分の夢を目指す道を選んだ。こうして小さな路上ライブをしながら、自主制作のCD-Rを手売りする。まさに裸一貫からの再スタート。その道を選ぶのに、一体どれほどの勇気が必要だったのだろうか。
権助は『アイカツ!』第117話「歌声はスミレ色」を思い出していた。
生まれ持った美貌のためにモデルの仕事がたくさん舞い込んでくる氷上スミレ。しかし、彼女が本当に目指したかったのは歌手であった。そしてスミレはモデルの仕事を断り、実績のない歌手のオーディションへと挑戦する……。
権助には、二人の姿が重なって見えた。
路上ライブが終わってCDの手売りが始まると、ぞろぞろとたくさんの人が列を作り始めた。
「あっ……」
権助はそこに並ぶ人たちの服や鞄の多くに、見覚えのあるアイカツ!グッズが付けられているのを見つけた。そして、その中には小さな女の子たちも居た。そんな子供たちを前にすると、巴山萌菜はすぐに屈んで目線の高さを合わせてハイタッチをした。
(……どうやら、裸一貫というわけじゃなさそうだな)
彼女が『アイカツ!』を通して得た経験と、多くのファンたち。それらはきっと、これからも巴山萌菜というシンガーを支えていくのだろう。
(シンガーソングライター活動、シンカツ!始まります……か)
と、権助が満足げにその場を離れようとした……その時。
「!?」
彼はにわかに信じがたいものを目にした。
(あれはまさか……!)
帰り支度をする巴山萌菜へ話しかけた若い女性。権助はその女性を知っていた。
「よ、吉河順央……」
それは、先にSTAR☆ANISを卒業していた「すなお」その人であった。
権助は胸が高鳴っていくのを感じた。異なる時にそれぞれ違う道を目指して『アイカツ!』から旅立った二人が、その先の道でこうして邂逅したのだ。
いずれ、二人が本当に共演する日が来るのかもしれない。
「これだから……これだから本当に!」
『アイカツ!』は最高なのだ、そう心の中で叫ぶ権助であった。
- つづく -
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