第4話 アイカツおじさんの理想郷(ユートピア)

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。

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2014年12月某日、休日。


権俵権助は先日、仕事中に見つけた「気になる店」を訪ねるため、電気街へとやってきた。もっとも、今や電気街といってもアニメ・漫画・ゲーム関連の店舗が軒を連ねる「オタク街」と呼ぶ方が相応しかったが。


首にマフラーをしっかりと巻き付けて寒風を防ぎながら駅からしばらく歩くと、目的の店の目立つ黄色い看板が目に入った。そこには「トレーディングカード販売・買取」の文字があった。


「さて……取り扱っているかな?」


暖房の効いた店内に入ると、あまり広いとは言えない敷地をフル活用するように、天井近くまでの高さがある壁一面のショウケースに様々な種類のトレーディングカードがびっしりと並べられていた。


また、それとは別にレジカウンター横のテーブルに、プラスチックの籠にぎゅうぎゅうに詰め込まれたカードたちも見受けられた。値札を見比べると、レアなカードとそうでもないカードで分けられているようだった。これらは物によっては実に百倍以上の値段の差があり、権助はううむと唸った。


「……お、あったぞ」


権助お目当ての『アイカツ!』カードは、さすがに人気タイトルらしく目立つところで取り扱われていた。


本来、こういうものはゲームをプレイして排出されるものを集めるのが本道ではあるのだが、輩出カードが二ヶ月おきに更新されることもあり、期間内に欲しいカードが揃うことなどそうそう無く、また、権助のように途中参加したプレイヤーが過去弾のカードを手に入れるためには、こういう店で購入するかオークションを頼るか、または同好の士と交換するぐらいしか方法がなかった。


なお、権助に交換できる相手がいないことは言うまでもない。


「ユリカ様のゴスマジックコーデのアクセサリー……三千円!? 噂には聞いていたが凄いな……」


いくら能力の高いカードとはいえ、ノーマルカードが一枚十円で叩き売られていることを考えると、実に三百倍の価格差である。


レアカードの冷やかしを終えた権助は、胸ポケットからメモ用紙を取り出し、事前に書き込んでいた「お探しのカード」たちを確認した。


「えーと……コレのボトムスと、コレのシューズか……」


権助が探しているのは特別にレアなカードというわけではなかった。


トップス・ボトムス・シューズの三枚を同じ種類で揃えることで大きな効力を発揮するという『アイカツ!』の仕様上、どれかが足りない、いわゆる「歯抜け」状態のカードを埋めたかったのだ。


もっとも、単純にコレクションとして抜けが気になるという動機もある。


「……ん? もう現行弾のカードも売ってるのか。ということは、もしかして……お、ロマンスドレスもあるじゃないか。これも買っておこう」


先ほど「本来、こういうものはゲームをプレイして排出されるものを集めるのが本道」と書いたばかりで申し訳ないのだが、このロマンスドレスに限っては早急に手に入れておかなければならないカードであった。


これは2015シリーズから始まった期間限定の「ロマンスチャレンジ」に起因するもので、このモードを解禁するためにはロマンスドレス一式を装備した状態で出せる「ロマンスアピール」を成功させる必要があるためだ。


なお余談になるが、この仕様は2015シリーズ第4弾からは「ロマンスアピールを出さなくても、ストーリーモードをある程度進めた時点でロマンスチャレンジが解放される」という改善がなされている。


「カードはこんなものだな。あとはスリーブを補充しておくか」


運よく探していたものを一通り見つけ、レジにて清算を終えた権助は再び寒空の下へと出た。なお、カードスリーブは裏面のバーコード側から被せておくと、読み取り時に引っかからずに済むことを覚えておくといいだろう。


「せっかく揃ったカードもあることだし、ここらでどこか『アイカツ!』できるところはないかな……」


と、頭の中でこの街にあるゲームセンターを検索する。


幾つか思い浮かんだ中から、さらにキッズカードゲームを取り扱っていそうな二、三の店舗に候補を絞り込むと、権助は早速最寄りの店へ向かった。


その店は某ゲームメーカーの直営店舗で、一階にプライズ、二階に音ゲーをはじめとした大型筐体、三階がメダルゲームという構成になっていた。


二階へ上がると、権助の予想通り、キッズカードゲームコーナーが併設されているのが見えた。


「『アイカツ!』は二台か。……しかし、変わった店だな」


権助がそう感じた理由は、キッズカードゲームコーナーの配置にあった。まるで音ゲーや体感型大型筐体に隠れるように、一番奥まった暗い空間にひっそりと配置されたキッズカードゲームの数々は、その名に反してキッズたちが近寄りがたい雰囲気を醸し出していたからだ。


見れば、先客もアイカツおじさんが一人だけ。子供の姿はどこにもない。


「……!!」


権助は、先客がプレイ中の『アイカツ!』筐体が普通の物とは違うことに気が付き、目を見張った。


なんとICカード読み込み部の上部に、音量調節機能付きのイヤホンジャックが増設されていたのだ。最近の音ゲーでは筐体にイヤホンジャックが付いているものは多いが、子供向けである『アイカツ!』にはそれが無くても仕方がない……と、諦めていただけに、まさか筐体自体を改造する店があるとは夢にも思っていなかったのであった。


だが、驚きはそれだけでは終わらなかった。


「!?」


よく見れば、二台の『アイカツ!』筐体の間にテレビモニターとそのリモコンが用意されており、モニターには現在空いている『アイカツ!』筐体と同じ映像が映し出されている。そのモニターからは筐体と、なんだかよく分からないUSBハブのような黒い小箱へとケーブルが伸びていた。


と、そこへ現れた新たなアイカツおじさんが、空いている筐体にコインを入れた。そして、懐から取り出したUSBメモリを先ほどの小箱へと差し込んだ。


「これは……まさか」


そのアイカツおじさんが続けてリモコンを操作すると、テレビモニターの右上に「録画」の赤文字が現れた。


「自撮り……いや、これはもはや『撮りカツ』……!」


驚きのあまりよく分からないことを口走る権助であったが、しかし、イヤホンジャック増設に加えてプレイ映像の録画環境まで整えてあるという至れり尽くせりの環境はそれほどに衝撃的であった。


しかも、ここはショッピングモールの一区画ではなくゲームセンターである。ということはつまり、18時以降に16歳未満の子供たちが紛れ込んでくるという事故も起こりえないという、まさにアイカツおじさんにとって最高の環境であった。


なるほど納得、ここは「オタクの街」なのだから、子供ではなく「大きなお友達」相手の商売に特化しようという戦略は正しいと言えた。


「ああ……ありがたや……」


生活圏内からはちょっと遠いけど、頑張って通おう……権助は、ようやく理想郷を見つけたのであった。


- つづく -

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