最終話 アイカツおじさんと明日へのステージ


2018年2月5日(月)、某社。


「部長、私事で申し訳ありませんが、2月28日と3月1日に有給休暇をいただきます」


朝一番から、部下である権俵権助にそう告げられた部長は、驚きの表情を隠せなかった。勤勉な彼が多忙な月末月初に連休を取ることなどこれまで一度も無かったし、それ以前に計画的な休暇は必ず二ヶ月前には申請してきていたからだ。そんな彼が「休めますか」ではなく「休みます」と断固たる意志を持って申し出てきたということは、これは余程の事態ということだ。


「わかった。28日と1日だな」


「ありがとうございます。引き継ぎは完璧にしておきますので」


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「結構な肉ね」


その2月28日、新幹線の車内。権助は新大阪駅で買った赤ワインステーキ弁当を開けて呟いた。左手の窓に流れる景色には、珍しく雲ひとつかかっていない富士山が映っている。


「うん、美味いな」


口からはそんな感想が出たが、彼の心は別のところにあった。


”2月27、28日『アイカツミュージックフェスタ in アイカツ武道館!』開催!”


およそ八ヶ月前の2017年7月8日。東京ドームシティ・ラクーアガーデンで開催された『アイカツスターズ!』ミニライブイベント「Fantastic Summer Festival」でその発表が行われた時、権助は「ついに武道館か」という感動と同時に「ああ、でも行けないな」という失望感を味わった。地方在住の社会人が平日に東京遠征をすることはとても難しい。さらにその難度は、年をとればとるほど重くなる仕事に対する責任に比例して高くなっていく。


だが、彼は今こうして日本武道館へと向かっている。


衰えた体力を絞り出し、普段の何倍も仕事に打ち込み……結果、初日は無理だったにせよ、二日目の28日(と移動日の翌日)だけでも休暇を勝ち取ることに成功したのだ。一度は武道館を諦めた権助が、今になってそれだけの無理をした理由はたったひとつ。


”STAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!は「アイカツ!ミュージックフェスタ inアイカツ武道館!」をファイナルライブとしアイカツ!シリーズから卒業します。これまでたくさんのご声援ありがとうございました。これからはメンバーそれぞれの未来に向かって頑張っていきます。応援よろしくお願いします”


2018年2月4日、『アイカツ!』『アイカツスターズ!』に続く新シリーズ『アイカツフレンズ!』発表会の直後、それは唐突に告げられた。


いつか必ずこの日はやってくる。それは分かっていたことだった。しかし、いざその一報を目にした時、権助は自分が予想していた以上に動揺した。そして、自分の中でこの二つの歌唱担当グループの存在がそこまで大きくなっていたのだと、改めて気が付かされたのだった。


『アイカツ!』シリーズの「歌唱担当」という制度は、声優が歌唱も兼任することが多いアイドルアニメ界においては異端である。当然、既に他作品で多くのアニメファンが付いている人気声優たちと比べれば、ほぼ無名の彼女たちのイベント集客力の差は歴然だったことだろう。しかし、それは決して悪いことではなかったのだと、権助は今になって思う。『アイカツ!』シリーズのためだけに結成されたSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!という二つのグループ。それゆえに、彼女たちを見に来るのは他作品のファンではなく、『アイカツ!』を大好きな子供たちと、それを後ろで見守る『アイカツ!』に心を奪われた大人たちだけだった。それは、本当に幸せな空間だった。


そして、その空間は五年の間にどんどんと広がっていき、ついには、あの日本武道館の席をすべて埋めるまでに大きくなったのだ。


”まもなく終点、東京です”


車内アナウンスが、権助をその地へ連れてきたことを告げた。


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「おお……ここがあの有名な武道館!」


東京メトロ・九段下駅を出てすぐに日本武道館の屋根が見えた。夢の舞台を目の前にした権助は、その胸の高鳴りに思わずスマホを取り出してパシャパシャと記念撮影をした。


「さらに! これがあの有名な九段下駅2番出口!」


すかさず振り向き、今度はさっき出てきた地下鉄の出口をパシャパシャ激写した。別にテンションが上がり過ぎて奇行に走っているわけではない。今から二年前に放送されたアニメ『アイカツスターズ!』第一話は、主人公・虹野ゆめがトップアイドル・S4の武道館ライブを目にして、アイドルになる決意をする場面から始まる。その時に使われたのがこの2番出口なのだ。


「もう少し右からの角度か……?」


権助がアニメと同じフォトスポットを探しつつ撮影を続けているうちに、2番出口からは次々と武道館を目指すアイカツ!フアンたちが現れ、権助と同じように2番出口の撮影を始めた。一心不乱に地下鉄の出口を撮影する者たち。おそらく、通りすがりの皆様からは新手の鉄オタの出現だと思われていることだろう。なお、このあと武道館へ向かう途中の田安門前でも「おお……ここがあの有名なゆめちゃんと小春ちゃんが待ち合わせた場所!」とかやり始めるのだがキリがないので割愛する。


「ついた……!」


頂の擬宝珠を中心に正八角形に広がる特徴的な大屋根に、赤地に金文字の『武道館』と書かれた巨大な正面看板。大阪在住の権助も、何かが何かを救う番組などで見たことのある著名な建造物ではあるが……昨日と今日、この二日間に限っては、ここは「日本武道館」ではない。


『アイカツミュージックフェスタ in アイカツ武道館!』


そう、ここはアイカツ武道館。


前述した通り『アイカツスターズ!』始まりの場所であると同時に、劇場版『アイカツ!ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW!』の舞台となった地でもある。つまり、武道館は二つの『アイカツ!』世界を結ぶ特別な建物であり、五年半に及ぶ『アイカツ!』『アイカツスターズ!』の歴史を締めくくるには「ここしかない」場所なのだ。


「それにしても……いや本当に……なんというか……すごいな」


権助が語彙を無くすのも無理はない。武道館周辺に集まった、開場を心待ちにする数千人のアイカツ!フアンたち。もはや人の頭しか見えない長蛇の物販列。そして、どこまでも続くフラスタ(フラワースタンド)の海。そのすべてが、これまでのあらゆるアイカツ!イベントを大きく超えたスケールであった。


「そうだ、開場前にアレを見ておかないとな」


権助は人ごみをかき分け、色鮮やかなフラスタが立ち並ぶエリアへと向かった。


「しかし、なんて数だ」


見回しても見回しても花、花、花。アーティストの公演が多く行われる武道館だけあって、お祝いのフラスタを置く場所も決まっているのだが、今回はなんと120基を超える数が集まり、特別に設置スペースが拡張されていたほどだった。


「おっ、これか!」


権助が足を止めたのは、ちょうど正面階段のすぐ脇という好位置に飾られた一基のフラスタの前。色とりどりの花と電飾に彩られたそのフラスタは大きく四つに区分けされており、右下にはSTAR☆ANISをイメージした八色のダイヤマーク、右上にはAIKATSU☆STARS!のロゴマークと同じ星、左下には総勢126人におよぶ出資者たちの名前。そして左上には、『アイカツ!』時代のブランド「メチャパニック」のスペシャルアピール「モグモグモンスター」発動時に出現するウサギのような謎の生き物……つまり、キラキラッターのマスコットが配置されていた。


”walfie:行くことできないけど、私の精神はそこにある…皆さんに感謝します。”


そう、これはニューヨーク在住のwalfie氏が立ち上げた『アイカツ!』フアンたちの集うSNS、キラキラッターの有志一同が送ったフラスタであった。フラスタのあちこちにwalfie学園長が描き下ろした40人以上のアイドルたちが顔を覗かせる、とても華やかで可愛らしいその仕上がりに、権助は思わず笑みがこぼれた。


「これを見られただけでも、来た甲斐があったというもんだ」


と、まじまじとフラスタを眺めていると、どうやら、これが自然とキラキラッター女児たちを集める役割を果たしていたようで……。


「あ~っ、権俵さん! お久しぶりです!」


振り向くと、大都会岡山で出会った天津飯さんがこちらに手を振っていた。


「お~、お久しぶりです! あっ、クルクルさんも!」


「どうも! アイ(ス)カツ!ぶりですねー。向こうにマスゾエさんやアイさんもいますよ」


「えっ、本当ですか。是非お会いしたいです!」


久々の再会に加えて、普段キラキラッター上でしか話したことのないアイカツ!仲間との初接触。このフラスタを中心地として、いつしか大規模なキラキラッターオフ会が開かれていた。


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「いや、まさかこんなに集まるとは……!」


権助は交換したカードの束を見て興奮気味に呟いた。名刺代わりのマイキャラカード交換はアイカツ!オフ会の定番行事とはいえ、キラキラッター女児全員がデータカードダス筐体をプレイしているわけではないので、交換用のダブりカードもそこまで多くは必要ないだろう……と思いつつも、念のために三十枚ほど持参していたのだが、今、手元に残っているのはたったの五枚。それだけ多くの人数が集まったということである。さすがは武道館、さすがは最後のライブ会場。


「そう、これが最後……」


時計の針が、開場時間の17時を指した。ゆっくりと、人の波がうねり出す。権助もキラキラッター女児たちと別れ、武道館の看板をくぐった。


権助の座席は二階南側の通路前。もちろんアリーナ席と比べれば舞台からは遠いものの、ステージ真正面かつ、目前に何も遮るものが無いという、とても一ヶ月前に滑り込みで取ったとは思えない良席であったが、これもまたキラキラッターで知り合ったアイカツ!仲間から譲り受けた座席であった。権助はアイカツ!が結んだ人の縁に改めて感謝しながら席に座った。


「これが、武道館の景色……」


真正面に見える吊り下げられた日の丸国旗と、その真下に設置された大型モニターと広いステージ。それをグルリと囲む座席が見渡せた。そして、そのすべてがアイカツ!フアンたちで綺麗に埋め尽くされていた。


(ああ……よく、よくここまで辿り着いたものだ……!)


四年前、権助があべのキューズモールで初めて見たAIKATSU☆STARS!の無料観覧ステージ。たった三人しかいないメンバーで、アイカツ!のことをよく知らない人たちが前を横切る中で、たどたどしいMCを交えながら一生懸命に歌っていた彼女たち。歌いながら子供たちとハイタッチを始めると、曲が終わってもステージに戻らずに、みんなとの触れ合いを優先したその姿を見て、権助は彼女たちを応援したいと思ったのだ。


そんな彼女たちが地道に少しずつ積み重ねてきた努力の成果が、今こうして、目の前の壮大で美しい景色へと繋がっていた。


「……ふぅ~~~~」


いよいよ始まる最後のステージ。期待と緊張と惜別が入り混じった心を落ち着かせるため、大きくひとつ深呼吸をした。……耳に、聴き馴染んだメロディが届く。


「『スタートライン!』に『1,2,Sing for You!』……今日の客入れ曲は歴代オープニングメドレーか。さてはセトリを一切予想させないつもりだな、うっすん」


客入れ曲とは、開場から開演までの時間にBGMとして会場に流す曲のことである。『アイカツ!』シリーズのライブイベントでこの客入れの選曲をしているのは、すっかりおなじみ、前説からセットリストの構築からライブBDの制作まで八面六臂の活躍を見せる、株式会社ランティス(現・株式会社バンダイナムコアーツ)のプロデューサー”うっすん”こと臼倉竜太郎氏である。


これまでの『アイカツ!』ライブの客入れ曲と言えば、「今日は歌わないから、せめて開演前に流すね」という、通称”ごめんね枠”と呼ばれる選曲がなされていた。これにより、その日のセットリストから外れる曲がある程度分かる仕組みになっていたのだが、今日は「確実に歌う曲」を多く含む歴代オープニング曲メドレーを流すことで、セットリストを予想させないつもりであろうというのが権助の予想であった。そしてその予想は、次に流れた一曲で確信に変わった。


♪ 瞳の奥が熱くなる お願いもう少しだけ

  オモイが溢れてしまうのは まだ恐いから


「ははっ、そう来たか」


突然流れたのは、アニメ『citrus』のエンディングテーマ「Dear Teardrop」。もちろん『アイカツ!』シリーズとは関係のないアニメである。しかし、それを歌っていたのはMia REGINA……つまり、STAR☆ANISのメンバー、わか・ふうり・りすこが『アイカツ!』から独立して結成したユニットである。アイカツ!での活動が終わっても、彼女たちの道はまだまだ続いていくのだという、うっすんの意思が伝わってくる選曲であった。


余談になるが、前日の武道館初日では『アイカツ!』筐体を受け継いだ姉妹作『ドリフェス!』の楽曲が客入れに採用された。そして、このアイカツ武道館の直後、『ドリフェス!』も一旦の展開終了が告げられ、楽曲を歌うDearDreamとKUROFUNEの二つのグループもまた最後に武道館ライブを実現し、有終の美を飾ることになる。


閑話休題。


今日もうっすんの手腕は冴えているな……と、客入れ曲を楽しみながらそんなことを考えていたこの時の権助は、今にして思えば油断していた。


♪ 一か八か!


「!?」


その曲が流れた瞬間……権助はそれが持つ意味を理解し、そして震えた。いや、彼だけではない。同時に武道館全体からドオオと地鳴りのような大歓声が上がった。それは、ちょうどこの時期に放送中のテレビドラマ『賭ケグルイ』の主題歌『一か八か』。そして、この曲を歌っているのは女性シンガー『Re:versed』。


『Re:versed』、それはタロットカードの”逆位置”の意味から付けられた変名であり、彼女の”正位置”の名前は巴山萌菜。かつてSTAR☆ANISでは夏樹みくるの、AIKATSU☆STARS!では……そう、タロットカード占いが得意な……氷上スミレの歌唱を担当していた”もな”その人であった。


二年前にAIKATSU☆STARS!を一人卒業し、路上ライブやCDの手売りから再スタートを切った彼女は、その後数々のオーディションやライブに挑み、ついにこの『一か八か』で再メジャーデビューを実現してみせたのだ。それも、地上波ドラマの主題歌と言う大輪の華を咲かせて。


「うっすん……なんて粋なことを……!」


客入れにこの曲を流す……それは決して当たり前のことではない。何故なら、Mia REGINAや『ドリフェス!』の面々は同じランティスの、同じく臼倉氏が担当しているアーティストだが、巴山萌菜はそうではないからだ。もっと言えば「他社レーベルからこれから発売される、他局で放送中のドラマの主題歌を流す」という無理をやったのだ。だが、その無理を通してでも、かつてSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARS!を共に歩んだ彼女の魂を、今日のこの大舞台に一緒に立たせてやりたかった。これを粋と言わずしてなんとする。


うっすんのニクい演出で高まった会場のボルテージを維持したまま、場内の照明が…………落ちた。その一瞬の暗闇は、直後に起きた大歓声と共にたちまち七色のサイリウムの海へと変わった。権助も鞄の中からペンライトを取り出して灯りをともした。それは三年前、STAR☆ANIS初の全国ツアー『SHINING STAR*』大阪公演で手にした、彼にとって初めてのペンライトだった。


時は来た。


ライブの直前に流れる劇中BGM『SHINING ROAD』に合わせて、自然と客席全体からクラップが起きる。そして、ついにSTAR☆ANIS、AIKATSU☆STARS!、加えてマスカレードとエルザ・フォルテの歌唱を担当するりさ・えいみの総勢15名が、各々が表現するアイドルたちのモニター映像を背負いながら最後のステージへと上がり……記念すべき一曲目のポジションに立った。


♪ 1,2,3 de アイカツ!

  なんてったって青春

  まだ見ぬ未来へ一直線


まずはアニメ『アイカツスターズ!』を代表する曲、『アイカツ☆ステップ!』を全員で。その中でも権助の目は、せな・りえの二人にくぎ付けになっていた。遡ること二年前、大阪のへき地にあるイオンモールりんくう泉南で行われた『アイカツスターズ!』初のミニライブイベントで権助は初めてこの曲を聴いた。それは当時、いまだ『アイカツ!』が終わったことに気持ちを引き摺られていた権助に、アイカツ!新時代を見せてくれた新メンバー二人の記念すべきデビューステージだった。最初はガチガチに緊張して子供たちに笑顔すら見せられなかった彼女たちが、今、こうして大舞台で堂々と歌い踊っている。それだけで、胸がいっぱいになる。


♪ 今日が生まれかわるセンセイション

  全速力つかまえて!


二曲目は「START DASH SENSATION」。三年半の『アイカツ!』を締めくくった最後のオープニング曲である。歌手も観客も思い入れが強すぎて、もはや涙なしには語れないこの曲を序盤に、しかも全員で楽しく歌うということに驚き……そして同時に理解した。今日のライブは悲しいお別れではなく、「明日へのステージ」にするのだということを。


”見てくださった方が素敵な明日を迎えられるような、そんなステージにしたいです!”


『劇場版アイカツ!』で星宮いちごが語った、その言葉通りに。


『アイカツ!』の企画が立ち上がった時に、その方向性を決定付けた逸話をシリーズ構成の加藤陽一氏が語っている。


”バンダイの会議の場で皆で盛り上がったのは、『エースをねらえ!』のお蝶婦人じゃないですけど、昔の少女漫画みたいな熱さがあるといいよねという話でした。上履きに画びょうが入っていたり、「私のカードが本番前に破かれた」みたいなことがあるんじゃないの、と(笑)”


”コンセプトを固めている最中の2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京・浅草のバンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震で電車が止まったので、車で来ていた僕が三人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TVで原発や津波のニュースを見ながら進むうち、都心でも車が動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間ぐらいかかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメ『アイカツ!』の若鍋竜太プロデューサーと企画スタッフです。車に缶詰め状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、今まで話してきたような作品はできないね」という話もその場で出て”


”木村監督も、「今の時代に暗い話を観たい人はいない」と感じていて、メインスタッフの意見が一致し、「温かくて前向きな」いまの形に向けて、作品づくりがスタートしました”

(学研『アイカツ!オフィシャルコンプリートブック』より引用)


権助は『アイカツ!』にいつも元気づけられていた。仕事で辛いことがあった時や、後ろ向きになりそうな時、『アイカツ!』のアイドルたちの明るく一生懸命な姿を見ると、自分も前向きになれた。いやいや、それはフィクションだから……ではない。フィクションだからこそ、裏も表も無い、純粋な元気をもらえるのだ。


世の中に数えきれないほどある子供向け作品の中で、どうして『アイカツおじさん』という存在だけがことさらに取り上げられるのか。その答えはひとつしかない。それだけ『アイカツ!』に救われた大人がたくさん居たということだ。


ライブは続く。


『Lovely Party Collection』『スタージェット!』『KIRA☆Power』『Signalize!』と怒涛のオープニングメドレーで畳みかけた後は、スマホアプリで展開する「フォトカツ」楽曲、そして『アイカツ!』いちご世代メドレー、『アイカツスターズ!』一年目メドレー、『アイカツ!』あかり世代メドレー、『アイカツスターズ!』二年目メドレーと、これまでの五年半の歴史を、登場した41人のアイドルたちの歴史を凝縮したセットリストが、衣装を次々に着替えながら展開された。ここですべてを出し切る、その意思が伝わってきた。


メドレーのトリを飾ったのは、『アイカツスターズ!』現在の……つまり、この時点で最後のオープニング曲『MUSIC of DREAM!!!』。舞台にひとり立つのは、星宮いちごとして歌う「わか」、大空あかりとして歌う「るか」からバトンを受け継いだ……三代目主人公、虹野ゆめとして歌う「せな」。


♪ あぁ… 大好きも大嫌いも 全部ほんとの私なんだ

  スタートラインを飛び越えた あの日から今も同じ夢を見ている


新人にしてあの『アイカツ!』を引き継ぐという大役を背負い、この二年間走り続けてきた彼女の集大成のステージ。奇しくもこの日はアニメ『アイカツスターズ!』クライマックス、世界一のアイドルを決める虹野ゆめの決勝ステージが放送される前日。権助の目に……いや、武道館に集まった人々の目に「せな」と「ゆめ」、ふたりのアイドルが重なって見えた。そしてそれを後押しするように、せなの背中のモニターに、虹野ゆめがこの二年間歩んできた軌跡が映し出された。権助はもう、完全に涙腺を締めることができなくなっていた。


「……っ!」


一瞬、せなの歌声が揺らいだ。それはそうだろう。権助たちですら涙を止められなくなっているのだ。ゆめと同時にアイドルの世界へ飛び込み、ずっと一緒に歩んできた彼女が、誰よりも心を動かされているに違いないのだ。


(がんばれ……! がんばれ……!!)


権助は懸命にペンライトを振った。隣のお姉さんも泣きながらペンライトを振っていた。客席から数千のエールと光が、ひとりのアイドルへと送られていた。


その想いは。


♪ いつか完璧へと たどり着いたとき

  同じ仲間と 同じ景色を

  見れたら 最高だよね そうでしょう

  暗い空を 飾り付けるような Starlight


その歌詞通りの、最高の景色を作り上げた。


最後まで歌いきった彼女に、客席から万感の拍手が送られ続けた。


いよいよ終わりが近づいてきていた。


だが、そんなことを感じさせないぞとばかりに、続いてラジオ番組『ラジカツスターズ!』のテーマ曲『ラン・ラン・ドゥ・ラン・ラン!~NEXT LAP~』でブンブンとタオルを振り回させたかと思えば、ゆうに100を超えるアイカツ!楽曲の中で最も盛り上がる曲と言ってもいい『ダイヤモンドハッピー』で会場の気温を一気に上昇させ、ドドメにフォトカツ代表曲『ドラマチックガール』でテンションをこの日の最高潮にまで高めた。


そして。


♪ この出会いに、ありがとう


『アイカツ!』歴代オープニング曲の「ソ・ド・レ・ミ」から始まるサビの伝統を受け継いだその曲は『AIKATSU GENERATION』。この日、この時のために作られた、13人全員で歌う新曲。


♪ 忘れられないオモイ 忘れたくないキセキ

  もっと もっと 未来まで連れて行こうね

  この日々が続いてく この日々を歩いてく

  風の彼方 (光る)  笑顔 (大好き)  色あせないジェネレイション


気持ちは高揚しきって笑顔でいるのに、その目から流れるものを止められない。


♪ 流れる星のように 終わらない夢のように

  ずっと ずっと きらめきを 手ばなさないで

  この日々をはじまりに どこまでも行けるから

  アツい絆 (つなぐ)  勇気 (永遠に) わたし達のジェネレイション


それは、ここで終わりではないということを。彼女たちと我々『アイカツ!』フアンたちの人生がこれからも続いていくことを。そして、その人生に『アイカツ!』が常に寄り添っていることを教えてくれた。


権助は、ここで覚悟を決められた。STAR☆ANIS、AIKATSU☆STARS!と笑顔で別れる覚悟を。


最後の曲は。


♪ 今わたし達の空に 手渡しの希望があるね

  受け取った勇気で もっと未来まで行けそうだよ

  もらうバトン キミとつなぐ 光のライン チカラにして


世代の継承を歌い上げた、あの『SHININGLINE*』だった。


”アイカツ!は続く!!”


そのアイカツ格言最終回の言葉通り、新世代へとバトンを渡し、ライブは終わった。


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アイ!







カツ!








アイ!





カツ!





アイ! カツ!



アイ! カツ! アイ! カツ!


アイ! カツ! アイ! カツ! アイ! カツ! アイ! カツ!



劇中、アイドルたちが繰り返す掛け声が武道館に広がっていく。その言葉が、彼女たちを再びステージへ呼び戻す。


アンコール!


♪ 憧れは次の憧れを生む わたしはここだよ

  震えるような高みへと 夢は夢を超えていく


その曲は『STARDOM!』。一年前、あべのHoopにおいて子供たちの前で歌った時よりも格段に心に響いた。きらめく彼女たちを見て憧れた次の世代は必ず現れる、そう確信させた。


ラスト、二曲。


権助は次に何が来るかもう分かっていた。分かっていたのに……いや、分かっていたから、涙を止めることができなかった。


『アイカツ!』初代エンディング曲『カレンダーガール』


♪ 何てコトない毎日が かけがえないの

  オトナはそう言うけれど いまいちピンとこないよ

  カレンダーめくって今日も わたしらしくアレ

  前向きに視界良好 おはようみんな


毎日、通勤電車に揺られながらアイカツ!の曲を聴き、毎週木曜日に放送されるアイカツ!を楽しみに仕事をこなし、ゲームセンターで時にひとりで、時に仲間と一緒にアイカツ!を遊び、アイカツ!のライブを大切な思い出のアルバムに刻んでいく。五年半の、なんてことない、けれど、かけがえのない毎日。子供たちにはピンと来ないかもしれない。でも、ここにいる大人たちはみんな分かっている。今日この瞬間が、そのかけがえのない日なのだということを。


最後の曲は。


本当に最後の曲は。


♪ さぁ! 行こう 光る未来へホラ 夢を連れて


『アイカツ!』始まりの曲にして、すべてを体現した曲『アイドル活動!』。権助は、人目を忍んでデータカードダス筐体へ向かい、初めてこの曲をプレイした日のことを決して忘れないだろう。あの日がなければ、今日は無かったのだから。


(ありがとう……本当に、本当に……)


♪ ここから(はじまる) キラメく(ミライへ) 

  Going my way(Going my way)

  大志を抱け

  汗キラリ 涙こぼれても 立ち止まるな!

  アイドル(アイドル) カツドウ(カツドウ)

  Go Go Let's go(Go Go Let's go)

  明日に向かって 走り続ける キミが見える

  ファイトくれる


すべてを歌いきった。


大きな、大きな拍手と共に、13人は最後のステージを降りた。


宴の後には寂しさではなく、抑えきれない熱気が残っていた。彼女たちは「明日へのステージ」を見事に成功させたのだ。


ふと、権助は手にしていたペンライトに目をやった。それは、ちょうどその役目を終えたように根元から二つに折れていた。


「……お疲れ様。今までありがとうね」


権助はペンライトを大切に鞄にしまうと、足早に出口へ向かった。今はとにかく、じっとしていられない。一刻も早く仲間たちと合流して、このライブのことを、これまでのアイカツ!のことを、そしてこれからのアイカツ!のことを語り合いたい!


「おーい!」


権助は、外で待つ仲間たちに向かって手を振った。


明日からまた、アイカツおじさんたちのアツいアイドル活動、『アイカツ!』始まります!



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この物語はあくまでもフィクションである。


しかし、『アイカツ!』が多くの人の心を動かしたこと、


そしてアイカツおじさんたちが燃やした情熱は、決してフィクションではない。


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-おわり-

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