第2話 アイカツおじさんと夢の咲く場所
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※この物語は、あくまでもフィクションである。
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2017年8月20日(火)、16時過ぎ。
「……ふぅ~っ!」
ここは大阪湾を望むユニバーサルスタジオジャパン
……の裏手。
高波のように前方に突き出た屋根が特徴的なコンサートホール、Zepp Osaka Baysideから出てきた権助は、ひと仕事終えた表情で深呼吸をした。
「いやあ、『アイドルタイムプリパラ』にリニューアルしてからの新曲はすべてやってくれたし、春の劇場版『み~んなでかがやけ!キラリン スターライブ!』の曲……特にTricoloreの『Neo Dimension Go!!』はぷちゅう(*1)最速披露だったし、海ピュー館(*2)のすぐ近くであるこの会場で『Triangle Star』をやってみせるという聖地巡礼も素晴らしかったし、夏にこのオオサカプ(*3)でも『トンでもSUMMER ADVENTURE 』をついに聴くことができたし、本当に素晴らしいライブだった……!」
(*1:プリパラ界では「宇宙」のことをこう呼びます)
(*2:プリパラ界では「海遊館」のことをこう呼びます)
(*3:プリパラ界では「大阪府」のことを以下同文)
本日ここで行われていたのは、『アイカツ!』シリーズと双璧をなす女児向けアイドルアニメ『プリパラ』シリーズのライブイベント『アイドルタイムプリパラ サマーアイドルツアー2017』大阪公演。権助は昨年に続いての参戦であり、彼もこの日ばかりはアイカツおじさんからプリパラおじさんに転身するのであった。
「……しかし、アレはひどい」
権助は、ホールから出てきた観客の一人に目をやった。その両腕には、どっしり5kgの米袋が抱えられていた。恐ろしいことに、ライブ中に行われたプレゼント抽選会の賞品である。ちなみに本日の観客のうち七~八割は大阪府外からの遠征組であり、案の定この客も愛知県へ米袋を持ち帰らねばならぬ事態に陥っていた。
「鬼畜の所業か」
まったく”実にプリパラらしい”なと権助は笑った(他人事)。ライブ中に米を配給してもおかしくはない……それがね、プリパラ♪ 歌いながら空を飛び、喋る掃除機がアイドルデビューし、ライブを止めると時限爆弾が爆発し、校長先生が巨大化してパリでデヴィ夫人と殴り合う。そんなフリーダムな世界観こそがプリパラの楽しさ。
これは、現実に即した描写で「お仕事アニメ」の側面を持つ『アイカツ!』との大きな違いである。このリアリティラインの差によって両作品には異なるベクトルの魅力が生まれており、権助のように「それはそれ、これはこれ」と、フアンを兼任する者は少なくない。
現にスマホを開いてキラキラッターを覗いてみると、ちょうど権助と入れ替わりに、これから始まる夜公演への参加を表明する書き込みが見受けられた。帰り道、向かいから歩いてくる人たちの中にキラキラッター仲間がいるのかな……などと考えつつ、権助は最寄りのJRゆめ咲線・桜島駅へと戻って来た。
「『アイカツ!』と『プリパラ』、この調子でこれからも切磋琢磨し、末永く共存していっていただきたいものだ。……それにしても、『ゆめ咲』線か」
恐らく、プリパラライブを観終わったあとのお客さんの大半は、この文字から主人公・夢川ゆいの口癖「ゆめ○○」を思い出すことだろう。
だが、それを目にした途端、権助の心はたちまち『アイカツ!』でいっぱいになった。やはり彼のホームはこちらなのだ。
(夢咲ティアラ……)
心の中で呟いたそれは、『アイカツ!』二年目から登場した新しいアイドル学校「ドリームアカデミー」、通称ドリアカの学園長の名前であった。
『アイカツ!』の主人公・星宮いちごの通うスターライト学園は、その厳しい入学試験で多くの受験生をふるいにかける「選ばれし者のための学校」だ。それは『学校には夢を預かる責任がある。入学してから才能が無かったと突き放すのは大人として無責任である』という理念によるものであった。
一方、ドリアカは『なりたい思いがあれば誰でもアイドルになれる!』が教育方針である。誰もがアイドルに挑戦できる……そして、もしその道を諦めたとしても、デザイナーやプロデューサーといった別の道を模索できるという仕組みを作ったのだ。
実際、芸能界ではお笑い芸人から放送作家へ、声優から音響監督へ……といった転身はよくあることで、このあたりはシリーズ構成である加藤陽一氏の元・放送作家という経歴が存分に活かされていると感じられる。
余談になるが、権助は『アイカツ!』が描く「大人の責任」がとても好きだ。
『アイカツ!』に登場する女の子たちは誰もが品行方正で、主な視聴者である子供たちの良いお手本になってくれる。そして同時に、彼女らを指導する教師たちもまた「社会人かくあるべし」という、大人が思わず背筋がピンと伸びるようなお手本を見せてくれるのだ。
特に印象深いのは第117話「歌声はスミレ色」。氷上スミレが直接オファーされたモデルの仕事を断り、自身が目指す歌のオーディションへチャレンジするとなった際に、普段はジャージ姿でおちゃらけているジョニー先生が正装でオファー元へ詫びを入れに行くというエピソードである。さらに後の話で、その断られたオファー元が「夢を追いかけたスミレを応援する」と、改めて別件のオファーをくれるのだ。この話を見た権助は、現実の仕事もこうありたいものだなぁと、気持ちを新たにするのである。
閑話休題。
桜島駅のホームで、権助はスマホを見ながら電車の到着を待っていた。
(さて、ここから大阪駅まで戻って、キタで晩飯でも食って帰るかな。……ん?)
流れ行くツイッターのタイムラインの中に、ふと彼の目に留まったツイートがあった。
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「……随分と日が沈むのが早くなったな」
地下鉄の出口から出てきた権助は、いつの間にかすっかり暗くなったミナミの街を眺めて呟いた。彼の行き先がキタからミナミへと変わった理由は、やはり件のツイートにあった。
権助はゆったりとした足取りで、夜の大阪を歩いていく。
グリコの看板を横目に見ながら道頓堀を通り過ぎ、その先にあるドン・キホーテの隣の筋を左折し、そのまま、まっすぐに……。
「ん~……あっ、ここか」
その店の入口は地下への階段の先にあったため、表に出された看板が無ければ危うく見落としてしまうところであった。看板には「エミュリボン」という店名が書かれていた。
階段を降りると、なにやら扉の向こうから賑やかな話し声が漏れ聞こえてくる。
「いらっしゃいませ! おひとりですか?」
入店するなり、モノクロの可愛らしい衣装に身を包んだ若い店員さんが元気よく声をかけてきた。
「一人で。え~と、席はそこで」
権助は中央あたりのテーブルを指さした。
席数はあまり多くなく、一つのテーブルで三人の相席である。権助は先客に会釈して座り、改めて店内を見回した。店員は皆、若い女性ばかり。入口正面には、椅子やソファなど様々な形態の座席が密度高めに配置されており、向かって左側には調理場やスタッフルームが見える。そして右手奥には、一段高くなったライブ用のステージがあった。
ここはいわゆる「コンセプトカフェ(*4)」と呼ばれる種類のお店で、このエミュリボンの特徴は、歌手やその卵である女の子たちが店員として働きながら、定期的に店内ライブを行うところにある。
(*4:あるコンセプトに基づき、特殊な接客を行うカフェのこと。その種類はメイドカフェや猫カフェ、ガンダムカフェなど多岐に渡る)
これと似たコンセプトのお店が、実は東京にもある。それは「秋葉原ディアステージ」である。ディアステージは「でんぱ組.inc」を輩出したことで知られているが、一方で大人の『アイカツ!』フアンたちがよく訪れることでも有名だ。
なぜなら、歌唱担当グループ『STAR☆ANIS』『AIKATSU☆STARS!』のメンバーの多くがこのお店に在籍しているからである。特にSTAR☆ANISのメンバーは『アイカツ!』以前から店内勤務を行っており、いわゆる「地下アイドル文化圏」から女児向けアニメである『アイカツ!』へとスカウトされた人材であった。
さて、この「秋葉原ディアステージ」と「エミュリボン」には、ある共通点がある。それは、どちらにも同じ創設メンバーがおり、同時に両店の名付け親でもあるということだ。その人こそ、『アイカツ!』において紫吹蘭・風沢そらの初代歌唱担当を務めた吉河順央(よしかわ すなお)である。彼女はディアステージとSTAR☆ANISを経て、続くチャレンジの新天地としてこの大阪を選んだ。
エミュリボンのオープンは2016年10月9日。今思い返してみれば、「もな」がAIKATSU☆STARS!を卒業し、「巴山萌菜」として初めて大阪でライブを行ったあの日(*5)、あの場所に吉河順央が現れたのは偶然ではなかった。エミュリボンのオープンからわずか5日後、自分と同じく新たなスタートラインに立った同郷の仲間に会いに来たのだ。
(*5:第3部『第2話 アイカツおじさんと2つのスタートライン』参照)
しかし。
今、この店内を見渡しても……吉河順央の姿はどこにもなかった。
2017年2月8日を最後に、彼女は療養のため活動休止を続けているのだった。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「それじゃあ、このカリガリカレーで」
カフェとは言いつつ、割とがっつり食べられるメニューが多いのがこのお店の良いところである。
「ココナッツカレーか……普段はあまり食べないが、結構イケるな」
と、権助がお腹を満たしていると。
「皆様、お待たせしました!」
スタッフルームからの呼び声に皆が振り向いた。視線の先には、接客用の衣装に身を包んだ、髪を二つ結びのおさげにした女性が立っていた。
「山崎もえさん、今から入りまーす!」
その紹介に、店内中から大きな拍手が起きた。
山崎もえ。
吉河順央と同じくかつてSTAR☆ANISに所属し、『アイカツ!』屈指の人気アイドル・藤堂ユリカ様の初代歌唱担当を務めた女性であった。
彼女はステージに上がると、少し緊張した面持ちで自己紹介をはじめた。秋葉原ディアステージに居た時のこと。STAR☆ANIS時代のこと。それから小説家として本を出したこと。そして今は歌手としてCDをリリースしながら、アニメやライブなどクロスメディア展開する作品にアシスタントプロデューサーとして携わっているということ……。
おそらく、今日ここに集まっている客たちは皆、彼女のことをよく知っている。かく言う権助も、彼女が吉河順央のいなくなったこのエミュリボンに、自ら志願して勤務しにくるというツイートを見かけてやってきたうちの一人だった。
山崎もえがこの日選んだ曲は、ディアステージ時代によく歌っていたという、ボーカロイド・鏡音リンの『メランコリック』。権助も好きでよく聴いていた曲だったが、今、耳に届いている歌声は紛れもなく藤堂ユリカ様のものであった。……いや、あの頃よりもさらに美声に磨きのかかった「その先の」ユリカ様の歌声だった。
ライブが終わると、立ち見を含む満席の店内から暖かな拍手が送られた。
それから、彼女は他のスタッフと同じように客席を回ってメニューを伺い、いろんな話をして、大いに店を盛り上げた。
今も『アイカツ!』を続ける人がいる。
シンガーソングライターになった人がいる。
お店を始めた人がいる。
小説家やプロデュースを始めた人がいる。
みんなそれぞれの「夢の咲く場所」を見つけ、その夢を大きく花開かせている。
そして、それぞれ歩む道は違えど、その足下には、どっしり大きく『アイカツ!』という大木が根を張り、今でもみんなを繋いでいる。
権助は、そのことがとても嬉しかった。
「追加のご注文はいかがですか?」
権助はメニューの中から、山崎もえがリクエストしたという、この日だけの特別メニューを選んで注文した。
「トマトジュースをひとつ」
それは、ユリカ様が愛する飲み物だった。
-おわり-
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