最終話 アイカツおじさんと全部アイカツ!

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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


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「潮の香りだ……」


 ちゃおフェス会場であるパシフィコ横浜・展示ホールDに隣接する同・国立大ホールは、太平洋へと繋がる東京湾に面していた。視界いっぱいに広がる雄大な海と、太陽に照り付けられたアスファルトから吹き上げる熱気が夏を感じさせる。ふと隣の公園に目をやると、そこには、いかにもな夏祭りを主張する大きな櫓が建てられており、周囲にはカレーやビール、フランクフルトといった屋台が夜に向けて開店準備を進めていた。


「あっちのお祭りもなかなか楽しそうだな。しかし、今日ばかりは主役はこちらだ」


 今回の横浜遠征の主目的である「『アイカツフレンズ!』BEST FRIENDS! スペシャルLIVE ~Thanks⇄OK~」の開演まで、いよいよあと三時間と迫っていた。


「それにしても、これだけ暑いと……あの5thフェスの物販を思い出すな」


 昨年の九月に幕張メッセで行われた『アイカツ!シリーズ 5thフェスティバル!! 』では、平成史上最悪を記録した酷暑の中、六時間ひたすら直射日光を浴び続けながら物販列に並ぶという荒行が実施された。(*1)


(*1:第七部 第2話「アイカツおじさんと灼熱の物販サバイバル」参照)


 まあ、それも含めて今となってはいい思い出ではあるが、もう一度アレに並べと言われたら丁重にお断りするつもりの権助であった。


「で、今回の物販はどこでやってるんだ? 貼り紙の矢印に従ってここまで来たものの、どこにも待機列が見当たらないが……」


 きょろきょろと辺りを見回すと、国立大ホールの壁沿いに、折りたたみ式のテーブルが複数用意されているのを見つけた。近づいて確認してみると。


「これは……給水タンクか」


 テーブルの上には「WATER STAION 給水所 熱中症対策・水分補給に御利用ください」と書かれた貼り紙と共に、大きな給水タンクと大量の紙コップ。さらに飲み終わった後のことを考えてゴミ袋までもがセットで用意されていた。ここまで汗だくになってやってきた権助もコップを拝借し、一杯いただくことにした。


「うん、よく冷えている。しかもタンクは複数あるし、これなら物販列に並んでいる最中に脱水症状で倒れたり、なんてことはなさそうだ。……ん? 並んでいる最中?」


 あることに気が付いた。給水タンクが必要ということは……つまり、この場所こそが「物販待機列」なのだと。そしてタンクの傍の壁に目をやると、国立大ホールの中へと続く最後の案内が貼り出されていた。その矢印に従いロビーに足を踏み入れて、権助は納得した。


「なるほど、道理で列が見つからないわけだ」


 今回の物販は、冷房の効いた屋内で行われていた。ずらりと並んだ八台のレジカウンターすべてがクレジットカード決済に対応し、タブレットによる素早い販売を実現。先程の給水タンクの設置。高まったスタッフの練度。加えて事前物販の実施。そのすべてが、あの灼熱地獄だった5thフェス物販とは比較にならない快適さで、なんと列が形成されるよりも早く客を捌いてしまっていたのだ。いくら待機列を探したところで、もともと存在しないものが見つからないのは当然のことであった。


「ああ、5thフェスでの我々の犠牲は無駄にならなかったのだ……」


 などと感激しつつ物販に並ぶ権助。しかし結局、その本人がこうして利を得ているのだから、犠牲とは随分と良く言ったものである。


 スムーズに買い物を済ませ、改めて大ホールのロビーを見回した。そこに集まった、思い思いの『アイカツフレンズ!』グッズを身に着けた多くのフアンたち。その中から、権助は見知った顔ぶれを見付けて声を掛けた。


「どうも~」


「あっ、権俵さん! どうも~」


 きのこさん、きいろさん、ゴードンさんにまかろんさん……すっかり親しくなったキラキラッターの面々が既に十数名、集まっていた。


「どやっ!」


 ゴードンさんとまかろんさんは、さっそく物販で購入した「マカロンハッピー(法被)」を着こんでポーズを決めている。


「お~、アニメまんまのデザインですね」


 なんて話していると、後ろから別の男性に肩をポンと叩かれた。


「権俵さん、これ参加してもらった同人誌。せっかく大阪から出てきてくれたから、この機会に渡しとくね」


「えっ! ありがとうございます~! ……うわ~、実物見るとやっぱり感動するなぁ」


「でしょ~」


 ……と、今度は隣に見覚えの無い顔が。


「あっ、はじめまして……ですよね?」


「はい! はじめまして~。いつもキラキラッターでお世話になってます! あの、マイキャラカード交換しませんか?」


「ぜひぜひ! むしろこちらからお願いしたいぐらいですよ!」


「マイキャラ沼に浸かってるって言うの、ホントなんですね~」


 久しぶりに会った仲間たちとは話が尽きず、初めて会う人とは新たに交流が始まる。みんな、『アイカツ!』のイベントとあらば、南は九州から北は北海道……時には海外からも同じ会場へとやってくる。ライブはそれ自体も楽しいが、こうして普段は全国に散らばっている同好の士が一堂に会して語らえる機会を得られることも、また同じくらいに楽しいのだ。


「そろそろ開場時間ですね。外で列形成するみたいなんで、いったん出ましょうか」


* * *


 表に出ると、既に国立大ホールの周囲にはぐるりと長蛇の列ができていた。開演までにはまだ余裕があったので、権助たちは海を見ながら少し時間を潰すことにした。


「んん~っ……!」


 心地良い海風を肌に受けて、伸びをする。まだ涼しいとまでは言えないが、夕刻を迎えて過ごしやすくはなってきた。


「ん? あの建物は……」


 海にせり出した桟橋の先に、洋風の二階建て客船ターミナルを見つけた。これは「ぷかりさん橋」という名の、みなとみらいの観光名所の一つなのだが、権助が目を留めた理由は当然そこではない。


「あれ、ほら見てくださいよ」


「あっ!」


 他の面々も気付いた様子で建物を指さしている。それは『アイカツフレンズ!』第28話「ひとりでもフレンズ!」で、主人公「ピュアパレット」が一対のハート型ペンダントを手にした名場面において映っていた建物である。いや、それだけではない。ピュアパレットが結成された観覧車はここから見える「よこはまコスモワールド」のものだし、劇中で頻繁にライブが行われる会場もこのパシフィコ横浜そっくりだ。『アイカツフレンズ!』は架空の町が舞台ということになってはいるが、そのモデルとなっているのはここ、横浜なのである。その聖地で、これから一年半の物語の集大成となるライブが行われる……そう思うと、権助は身震いした。


* * *


 国立大ホールを囲うように形成された列に従い、反対側の入口から改めて入場すると、ロビーに設置されたたくさんのフラスタが鮮やかな姿を見せた。演者と担当するアイドルのイラストが描かれたもの、色が変わる電飾を仕込んで七色に輝かせたもの、月・星・ハートの色とりどりのバルーンで飾られたものなど、そのひとつひとつが賑やかな個性にあふれていて、まるでここだけで一つの美術展のようだ。これから始まるライブへの感謝と期待で作られたその「花道」を通って、いざ会場へ。


* * *


「さすがに広いな……!」


 権助の座席は一階後方。全容が見渡せるだけに、キャパ5,000席を超える会場の大きさがよくわかる。椅子に腰掛け、足元に置いた鞄からマフラータオルとペンライトを取り出す。いつもと違うのは、取り出したペンライトが二本だということだ。『アイカツフレンズ!』は、その名の通り二人一組の「フレンズ」と呼ばれるユニットを中心とした楽曲が多い。つまり、ライトも二人分のカラーが必要というわけである。


(よし、準備万端!)


 ふと隣を見ると、なんだかまだこういったライブに慣れない様子の男子ふたりが、そわそわとペンライトを持って楽しそうに話している。他の場所でも、これから始まるライブへの期待から、会場のあちこちでざわざわと楽しそうな話し声が上がっている。その統一感の無い喧騒が、照明が落ちると同時にウオオオとひとつの巨大な歓声に集約された。一気に高まるボルテージ。そしてライブ開始の合図であるBGM『カードもともだち!』に合わせて、あのピュアパレットが、ハニーキャットが、リフレクトムーンが、そして春風わかばが、ゲームとアニメそのままの姿と笑顔でステージに立った。


 そして。


♪ きっとすぐそばにいるの 私たちはひとりじゃないから ”大丈夫”そう思えたよ 歩き出そう


 始まりを告げる曲は『ありがと⇄大丈夫』。アニメ『アイカツフレンズ!』初代OPにして、このライブの題である『Thanks⇄OK』の由来でもある、正に「これしか考えられない」幕開け。


(みんな凄いパフォーマンスだ……特に、松永さんがまた上手くなってる!)


 CD音源よりも5thフェス、5thよりも今日。主人公・友希あいね役の松永あかねはこの曲を最初期から歌い続けているだけに、一年半での彼女の成長が最もよく伝わってくる。


(このメンバーで、この曲からスタートしたということは、次は……!)


 歌っていた七人が捌け、暗転したステージに浮かび上がる二つのシルエット。


♪ 同じ呼吸 同じリズム


 予想と期待のどちらをも裏切らない、初代ED『Believe it』。歌うのはもちろん、トップアイドル・ラブミーティアこと田所あずさ&大橋彩香。初代『アイカツ!』から現行『アイカツフレンズ!』まで途切れることなく出演し続けている二人は、劇中同様、キャスト陣においても若手を引っ張る頼れる先輩だ。七年前に『アイカツ!』が始まった時には、まだどこの誰だかも分からなかった新人が、今や貫禄すら覚える堂々たる姿を見せる。最後までピッタリ息を揃えたまま、腕を交差させてハートの決めポーズを形作って曲を締めると、ラブミーティアふたりのイメージカラーである赤と黄色の光に染まった客席から、ひときわ大きな歓声が上がった。


 再び照明が灯り、ここで出演者九人が出揃ったところで、今回の座長である松永あかねが元気よく呼びかけた。


「みなさん、もっともっと盛り上がる準備できてますかー! 最後まで熱くなる準備できてますかー! 小さなお友達も、大きな声を出す準備はできてますかー!」


 その呼びかけに、観客たちが全開の声量でレスポンスを返す。改めてメンバーの自己紹介を行った後は、ソロ楽曲が目白押し。まず『ココロひらこう』で主役が先陣を切ると、続く『世界は廻る』では美しいレーザー演出と青一色に染まったペンライトの海が幻想的な景色を作り出す。そして『Girls be ambitious!』。


♪ オーオーオオー オオオーオーオオー


 まるでサッカー日本代表のサポーターかの如く、イントロに合わせて客席から起こった大合唱。突然のことに、権助の隣の二人は周囲をキョロキョロと見回している。それもそのはず。これは公式から「やれ」と言われたわけではなく、昨年の5thフェスティバルで、高まったフアンたちの中から自然発生的に起きた現象だったからだ。ライブは生き物。経験するたびに新たな絆が生まれ、育っていく。曲が二番に入る頃には、隣の二人も一緒になって笑顔で合唱に加わっていた。そこから『みつけようよ♪』『おけまる』とハニーキャットが立て続けに魅せたあとは。


♪ リボンとフリル fuwafuwaのワンピース ミツバチさんカチューシャ cute cute


 『この世界はすばらしい』を歌うのは、春風わかば役の逢来りん。まだ十七歳でグループ一番の新人だが、その堂々とした歌唱とダンスからは、既に巨大なアイドルオーラが浮かびあがっている。そして目を惹くのが、その身を飾る美しいドレス。


(ハミングトパーズコーデだ……!)


 先程ちゃおフェスで子供たちが着せていたジュエリングレアドレスを、その直後にステージ上のアイドルが纏って歌う。アニメとゲームと現実との境界線が無くなる時。きっとステージ前方で観覧している子供たちにとって、憧れが目の前に現れた瞬間なのだろう。そしてそれは、何も子供たちだけの話ではない。


♪ 近づいても離れてく ヒカリが欲しいなら 目を逸らしていいこと なんてひとつもない


(ああ……本物だ……)


 「ラブディスティニーコーデ」と「ソウルディスティニーコーデ」を着て『プライド』を歌うラブミーティアの二人。権助は、あの二ヶ月に渡って繰り広げられたダイヤモンドフレンズカップでのスコアアタックを思い出していた。いや、それだけではない。ピュアパレットやハニーキャットやリフレクトムーンが曲を披露する度に、権助はこの一年半の思い出を何度も噛み締めていた。朝からゲームセンターに通って集めたカード、毎週楽しみにしていたアニメ、ラジカツで知った演者たちの素顔、杉並アニメーションミュージアムでの杉カツ、5thフェスの熱気、ゲームでマイキャラと共に歩んだアイドル活動の積み重ね、そして、たくさん増えたアイカツ!仲間たち。それらが複雑に絡み合い、大きな感情のうねりとなって心を包み込む。音楽は、いつもその時代の記憶と共にある。その意味では、長く『アイカツ!』シリーズを追いかけてきた大人たちの方が、より心の奥にまで沁みるのだ。


(女児先輩の多くは数年で『アイカツ!』を卒業してしまう。そして、また新しい子供たちが『アイカツ!』を好きになる。……ずっと「そこにいる」私たちアイカツおじさんは、いつの間にか「先輩」よりも「先輩」になってしまっていたんだなぁ)


 そのことが嬉しくもあり、また寂しくもあった。そして、いよいよ最後の曲。


♪ いちばんのポジティブ! アイドル活動! Here we go!


 九人の出演者全員で歌う『アイカツフレンズ!』。歴代の『アイドル活動!』『Let's アイカツ!』『アイカツステップ!』の系譜に連なる「アイカツ!ソング」で、最高のイベントは幕を閉じた。


 ……いや、まだだ。


 そう、アンコール無しでは終われない。いつもの「アイ!カツ!」コールで演者を再びステージへと呼び戻すのだ。権助は大きく息を吸い込んだ。


「アイ! カ……」


”アンコール! アンコール!”


(!?)


 耳に届いたのは、恒例の「アイ!カツ!」コールに混じって聞こえる、少なくない「アンコール!」の呼び声。権助は一瞬、不思議に思ったが、隣のふたりが「アンコール!」を叫んでいるのを見て状況を理解した。アイカツ!ライブにおける通例を知らない……つまり、それだけ『アイカツフレンズ!』から新たに入ってきてくれたフアンが多いということなのだ。そこで、権助たち古参のアイカツおじさんたちは、一段と大きな声で「アイ!カツ!」コールを叫び始めた。すると、次第に「気付いた」人たちが順にコールを修正していく。そして、いつしか会場全体が生まれ変わった「アイ!カツ!」コールで満たされていった。そして、その声に応えてついに照明が暗転した。


 ……だが、ステージの上には誰も現れない。いつもとは違う。そう思った次の瞬間。


”重大発表”


 スクリーンに映し出された四文字。


 そして。


「アイカツオンパレード!はじまります!」


 聴きなれた……あまりにも聴きなれたその声。


 星宮いちご。


 眼前に現れたのは、三年半前に激しいロスに苦しみながら別れを告げた『アイカツ!』、その初代主人公であった。さらに、彼女と並び立つのは二代目の大空あかり、『アイカツスターズ!』虹野ゆめ、『アイカツフレンズ!』友希あいねと湊みお。歴代の主人公が勢ぞろいし、動き、喋る。誰もが初めて目にするその映像。『アイカツ!』の有栖川おとめと『スターズ!』の花園きららがじゃれあい、『スターズ!』の白鳥ひめと『フレンズ!』の神城カレンが微笑み合えば、『アイカツ!』の黒沢凛と『フレンズ!』の蝶野舞花がポーズを決める。思考の猶予すら与えられず、矢継ぎ早にシリーズの垣根を越えた夢の映像が流れてゆく。カットが変わるたび、アイドルが映るたびに、会場のあちこちから悲鳴や大絶叫が沸き起こり、もはやパシフィコ横浜が誇る音響施設はその役目を果たせなくなっていた。号泣する者、頭を抱えてうずくまる者、隣人と抱き合う者。皆それぞれの形でこの歓喜を受け止めていた。


”いつか『アイカツ!』や『アイカツスターズ!』が好きな人達も帰ってこられる場所を作るのが僕の仕事だと思っています”


 それは、かつて伊藤貴憲プロデューサーが我々に約束した言葉だった(*2)。2019年10月5日(土)午前10時30分から始まる、『アイカツ!』シリーズすべてのアイドルが集結する新番組『アイカツオンパレード!』がその答えだったのだ。


(*2:第六部 第4話「アイカツおじさんと手塚治虫 ~復活編~」参照)


 映像が終わっても、場内に満ちる異様な高揚感は一向に収まらない。一体、この気持ちをどこにぶつければいいのか。いや待て、思い出した。そうだ、これはアンコールだった。


♪ さあ行こう 光る未来へホラ 夢を連れて


 シリーズはじまりの曲『アイドル活動!』、その新アレンジ「オンパレードver.」を歌いながらステージへと帰還した演者たちを、持てる感情のすべてを詰め込んだ大歓声が迎え入れる。


「!?」


 舞台に立ったのは五人。『アイカツフレンズ!』主人公・友希あいね役の松永あかねと湊みお役の木戸衣吹。春風わかばと二役をこなす『アイカツオンパレード!』新主人公・姫石らき役の逢来りん。そして……!


「ああ……帰ってきた……帰ってきてくれたんだ……」


 『アイカツ!』主人公・星宮いちご歌唱担当わか、そして『アイカツスターズ!』主人公・虹野ゆめ歌唱担当せな。あの武道館公演で卒業し(*3)、今ではそれぞれMia REGINA、Mi☆nAというユニットを組み、新天地で活躍している彼女たちが、今一度『アイカツ!』歌唱担当として帰還してくれたのだ。もちろん賛否はあろう。わかる、わかります。しかしプロレスファンでもある権助からしてみれば、大仁田厚は七回引退したし、長州力は今年20年ぶりに引退した。それに比べればこの程度は笑って迎え入れられるし、何より、また『アイカツ!』シリーズの歌が聴けるという純粋な喜びに勝るものはなかった。


(*3:第五部 最終話「アイカツおじさんと明日へのステージ」参照)


 改めてステージに全員が集まり、今度こそ最後の曲。


♪ いちばんのポジティブ! アイドル活動! Here we go!


 締めは『アイカツフレンズ!』。十月からは『アイカツオンパレード!』が始まる。けれど、今日は『アイカツフレンズ!』の日! 歌に合わせて、松永あかねが跳ぶ。わか から5thフェスで伝授されたアイドルジャンプが美しく決まり、ライブは最高の終わりを迎えたのだった。


* * *


「ふう……」


 キラキラッター仲間たちとの会食(という名のライブ感想限界オタクトーク)を終えてホテルに戻った権助は、軽くシャワーを浴びてから仰向けにベッドに倒れこみ、ようやく長いようで短かった一日の終わりを実感した。寝ころんだまま左腕だけを持ち上げて、手首に巻いたアイカツ!スマートキャンバスを見上げると、ちょうど日付が変わる瞬間。時刻と一緒に、表示されている「アイカツ!格言」も変わった。


”ステージでまた会おう!”


「……できすぎだよ、これは」


 微笑して、そのまま目を瞑った。今日はきっと、いい夢が見られる。


* * *


「いい朝だ」


 翌日、午前七時。権助はホテル20階の窓からパシフィコ横浜を見下ろして呟いた。昨日の熱狂がまるで一夜の夢であったかのような静けさだ。朝やけを見ながらコーヒーを一杯飲み干して。


「さて、そろそろ行くかな」


 ……と、すぐ脇のカウンターでいそいそとチェックアウトの手続きを済ませた。勝手にロビーでくつろいでいた中年に、受付のお兄さんは見て見ぬふりをしてくれていた。朝やけを見ながら? パシフィコを見下ろす? そんな良い部屋が簡単に取れるわけないでしょ! ロビーです! コーヒーも無料サービスのやつです! 部屋からは空き地がよく見えました!!


* * *


 ホテルから一歩出た途端、眩い直射日光に焼かれて目を細める。


「こんな時間でも、もう日差しが強いな。日焼け止めを塗ってきて正解だった」


 ライブを楽しんだ後、せっかくだから帰る前に横浜観光……といきたいのであれば、山下公園や中華街からはかなりの距離があるこの立地はあまり適切とは言えない。しかし彼の本日の旅程を考えれば、パシフィコ横浜まで徒歩5分というこのホテルは正にうってつけだったのである。


* * *


「うわ~すごいな、開場二時間前でもうこんなに並んでるのか」


 オーストラリアのオペラハウスのように、前方へ突き出たパシフィコ横浜の特徴的な屋根。その軒下に沿って、たくさんの親子連れが「ちゃおフェス Day2」のために朝から行列を作っていた。権助も、さもどこぞの家族のお父さんでありますという表情を作ってその最後尾に並んだ。


「日陰とはいえ、この暑さで今から二時間待機か。なかなか厳しい戦いになりそうだ」


 と思った矢先、会場の中からスタッフTシャツを着たお兄さんたちが現れた。


「皆様~! 気温が上がってきましたので、開場を早めたいと思います! 今から、熱中症予防としてお子様にお水とヒヤロンを配布しますのでお受け取りくださ~い!」


(なんという神対応、さすが大正時代からキッズ向け商売を続けている小学館。おそるべし……!)


 なお、権助はおじさんなので自前の氷ペットで涼をとりつつ、少し早めの会場入りを果たした。


* * *


「おっ、さっそく新グッズが並んでる。仕事が早い!」


 入場後、先日ジュエリングカップが行われた『アイカツフレンズ!』ブースに立ち寄ると、昨晩の『アイカツオンパレード!』の発表を受け、早くも十月からの新商品がガラスケースに並べられていた。それはそれで最新情報を得られて嬉しかったが、しかし、権助が本日ちゃおフェスを再訪した理由はそこではない。ホールのさらに奥……目指す特設ステージには、すでに多くの人だかりができていた。権助がステージ脇のスペースを確保して立っていると、正面の特設エリアに子供たちがワッとなだれ込んできて、あっという間に座席が埋まった。


「みんな~、こーんにーちはー!」


 期待に満ちたたくさんの瞳が見つめるステージ上。司会のお姉さんが登壇すると、子どもたちが大きく、明るく、元気な声で返事をした。そう、昨日の『プリ☆チャン』に続き、今日は『アイカツ!』の子供向け無料ステージがあるのだ。


 『アイカツフレンズ!』主人公の松永あかねと木戸衣吹。そしてこれから『アイカツオンパレード!』を引っ張っていく逢来りんの三人がステージに呼ばれ、データカードダス筐体の紹介やクイズ大会を通して子供たちに笑顔の花を咲かせていった。


 これは後のラジカツで語られたことだが、次期主役を任された逢来りんは、かつてこのちゃおフェスの子供席で初代歌唱担当・STAR☆ANISのミニライブを見て『アイカツ!』の世界に憧れを抱いたという。そんな彼女が、今度は子供たちの憧れとしてステージに立っている。「受け取ったバトン 次はわたしから渡せるように」……『SHINING LINE*』の歌詞を体現する彼女は、実は権助たちにとって永遠の「先輩」だったのだ。


(昨日のような大きなライブも最高だが、やはり『アイカツ!』が子供たちの目を輝かせている瞬間は、何よりも尊いものだ……)


 ……と油断していると。


「ここで、ゲストをお呼びしましょう! 星宮いちごちゃんの歌を歌っているわかちゃんと、虹野ゆめちゃんの歌を歌っているせなちゃんです!」


♪ さあ行こう 光る未来へホラ 夢を連れて 


(~~~~っ!?)


 思わず声が出そうになった。昨日の今日で、もうレジェンド歌唱担当を子供向けイベントに呼んで新曲披露である。


(こんなことを仕掛けてくるのは……!)


 ステージを囲む人々をぐるりと見回す。権助のちょうど真正面……客席を挟んだステージの反対側に、腕を組んだ全身黒ずくめの男性がいた。その者、うっすん。どうやら、これからもアイカツ!のイベントからは片時も目が離せないようである。


* * *


(本当に楽しい旅だった……)


 権助は、帰りの新幹線に揺られて少しウトウトしながら、この二日間の思い出を反芻していた。アイカツ!を通じて、日本全国から仲間たちが集まり、最高の時間を過ごす。こんなに楽しいことはないと、いつも思う。そしてイベントが終わった後は、いつも少し寂しい。胸ポケットからスマホを取り出して、旅行中に撮影した写真を眺める。


(せっかくみんな揃ったんだから、集合写真の一枚でも撮ればよかったかな……)


 と、画面をスワイプしてtwitterを開いた。


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木村 隆一

@Ryuichi_Kimura


8月17日

みなとみらい来た

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「おっ、木村監督も昨日のライブ観に来てたんだ。……あっ!」


 監督がつぶやきと共にアップしていた一枚の写真。


 そこには、「ぷかりさん橋」の前で集まって楽しそうに話している、権助たちキラキラッター仲間の姿があったという。


-おわり-

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