第3話 アイカツおじさん対プリパラおじさん

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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2016年1月下旬。


権俵権助は、いつものように夜のショッピングモール・キッズカードゲームコーナーへと現れ、いつものように財布から取り出した千円札を百円硬貨に崩し、いつものように『アイカツ!』筐体へと歩みを進めたが、その表情はこれまでとは違い、どこか寂しげだった。


『アイカツ!』アニメはいよいよ最終1クールとなり、これまでの三年間の集大成とも言える全力投球で、毎週最高の30分を提供してくれている。


だが、それが最後の輝きであることを知っている権助にとって、同時に別れの時へのカウントダウンでもあった。


「……今を楽しむしかないな」


横並び四台の『アイカツ!』筐体。なんとなく定位置となっていた右端の席に座ってプレイをしていると、そのさらに右に人が座った気配を感じた。ちらりと見ると、隣接した『プリパラ』筐体に、権助と同世代の男性が座っていた。


(プリパラおじさん、か)


プリパラ。


それはタカラトミー発の女児向けリズムゲームであり、ひとことで言えばバンダイナムコの『アイカツ!』と競合するコンテンツである。


32インチの縦型ディスプレイに映し出される美麗なグラフィック、オンデマンド印刷による輩出カードデザインの多様さ、カードを分割し交換することによるプレイヤー同士の交流といった、ハイスペック&新機軸により、登場と同時に爆発的な人気を獲得した。その勢いは凄まじく、稼働一年目で登録者数が日本の僧侶の数の三倍に達したほどである(2015年1月28日付タカラトミーアーツ公式発表より)。


なお、『アイカツ!』と同様に成人男性がプレイする場合は「プリパラおじさん」と呼ばれ、松竹芸能所属のお笑い芸人・よゐこの濱口優が始祖とされている。


(さすがに、これに比べると少し見劣りするのは事実だな)


『アイカツ!』筐体は、オンライン対応など内部的なアップデートはあったにせよ、基本的なスペックはこの三年間以上ずっと据え置きである。寿命が長いのは良いことではあるが、やはり最新型に比べればディスプレイは小さいし、グラフィックの質も劣る。


『アイカツ!』の売上は2014年3月期決算の140億円をピークに右肩下がりを続けており、今年度は30億円を割るとの試算もある。その理由は、先に挙げた筐体の相対的なロースペック化や長寿命ゆえのマンネリ化などによる顧客離れ、主力高額商品である『アイカツフォン』のリニューアルを行わなかったことなど様々に考えられるが、やはり『プリパラ』をはじめとするライバル作品の台頭は大きな要因であり、今回の『アイカツスターズ!』へのリニューアルも、『プリパラ』への対抗措置として考えるのが自然であった。


しかしながら、権助は『プリパラ』に対して何一つ恨みつらみの感情を抱いてはいなかった。


(歴史とは、そういうものだからな)


かつて、『プリティーリズム』という女児向けリズムゲームがあった。


セガの『オシャレ魔女 ラブandベリー』のブームが過ぎ去り、空白状態となっていた「女児向けアーケードゲーム」という土俵にひとり乗り込んできたそれは、当時、安藤美姫や浅田真央らの活躍で人気を博していたフィギュアスケートの華やかさと、リズムゲームの楽しさ、プレイする度に排出される宝石のようなプリズムストーンのコレクション性を併せ持ち、最盛期には年商100億円にも達する一時代を築いたのだ。


だが、その天下はいつまでも続くものではなかった。そう、その牙城を崩したものこそが『アイカツ!』であったのだ。


『アイカツ!』はAKB48を中心とした巷のアイドルブームを取り込み、カードを使ったセルフプロデュースというコンセプトでたちまち少女(と一部の大人たち)のハートを鷲掴みにして大ヒットコンテンツへと成長し……それ以降は、皆さんもご存知の通りである。


だが、歴史は繰り返す。


タカラトミーは、再び女児向けアーケードゲーム界の頂点を目指して『プリティーリズム』をアイドル物として生まれ変わらせた……それこそが『プリパラ』である。そして『アイカツ!』もまた負けじと『アイカツスターズ!』へと生まれ変わる……。


ドラゴンクエストにファイナルファンタジーがあるように。

バーチャファイターに鉄拳があるように。


切磋琢磨できるライバルが居てこそ、コンテンツは成長する。『プリティーリズム』や『プリパラ』が居たからこそ、『アイカツ!』はここまで素晴らしい作品で有り得た。そのことが分かっているから、権助は『プリパラ』に感謝こそすれ、恨みなどは微塵も感じていないのだった。


(それにしても、やはり大画面は迫力があるな……)


と、自身の『アイカツ!』プレイ中にちらちらと隣のプリパラの様子を見ていると、画面の中のアイドルが煌びやかな電飾だらけの衣装へと早着替えをした。


と同時に、プリパラおじさんが猛烈にボタンの連打を始めた。


「サイリウムチェンジ」による連打ボーナスタイムである。連打力でスコアを競うのは今も昔もゲームの王道。


なお、1983年にコナミ『ハイパーオリンピック』が稼働した時には、ガシャポンのカプセルや鉄定規を使用した「ドーピング」が問題となったが、このプリパラでも先日、公式サイトにてサイリウムチェンジ中の電マ使用禁止令が発令されている。


つまり、それだけ激しい連打を要求するモードであり、思わず筐体の上に置いてあったカードに腕が当たってしまったのも仕方のないことであった。一足先に『アイカツ!』のプレイを終えた権助は、床に落ちたプリパラのカードを拾い上げ、落としたことに気付かないままゲームを終えた男性へと差し出した。


「これ……”プリチケ”落ちましたよ」


「あっ、すみません。ありが……いや、”グラシアス、つまり、ありがとうございます”」


この時点で二人の意思疎通は完了していたと言える。


お互いの国の言葉が通じる相手だと言うことは、今の会話だけで十分理解に事足りていたのだ。


「あの……もしかして『アイカツ!』もされるんですか?」


権助は思い切って訊いてみた。


「いや、ゲームの方はやってないんですけど、アニメは毎週観てるんで」


「ああ、なるほど。自分も『プリパラ』のアニメは欠かさず観てるんです。もともと『おねがいマイメロディ』シリーズで森脇監督のファンになって」


「ああー。いやぁ、どっちも違った面白さがあっていいですよね。『プリパラ』と『アイカツ!』って、よくライバル扱いされるし、実際に商売上ではそうなんでしょうけど、視聴者層……特に『大きなお友達』のファン層はかなり被ってるんじゃないかと思いますよ」


「だと思います。ところで……」


「はい?」


「今年の『プリキュア』、どうですか?」


「! ……いいですね、すごく良いと思います」


「ですよね……! 第一話の背景動画バリバリの作画で意気込みが伝わってきたというか!」


『アイカツ!』『プリパラ』『プリキュア』……すべて違う番組だが、自然と会話が噛み合ってしまう。


女児向けアニメの制作本数は、年間平均わずか5~6本である。三ヶ月おきに何十本と新作が放送される深夜アニメに比べて非常に供給量が少ないため、このジャンルが好きな人間は必然的に同じ番組を観ることになるのだ。


権助は貴重な同好の士との会話を楽しみながら、次回は”トモチケをパキれる”よう、自分もプリパラデビューしておくのも悪くないかな、などと考えるのであった。



なお、権助はこの四ヶ月後にプリパラ声優グループi☆Risの2ndライブツアー『Th!s !s i☆Ris!!』に、六ヶ月後にプリパラ声優陣による『プリパラサマーアイドルライブツアー』に参戦するという華麗な沼落ちをキメることになるのだが、それはまた別のお話である。



- つづく -

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