第二部 「アイカツおじさん、最後の百二十日」

第1話 アイカツおじさんとバンダイナムコの慈悲

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※この物語は、おそらくフィクションである。

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権俵権助(ごんだわら ごんすけ)、36歳独身。


十数年間、社会人としての経験を積み、今ではそれなりに責任のある仕事を任される立場ではあるがそれはさておき、この者、アイカツおじさんである。


「午後八時過ぎか」


2015年12月某日。仕事帰りに立ち寄ったショッピングモール内のゲームセンター。そのキッズカードゲームコーナーへとやってきた彼は、腕時計を見て呟いた。


「平日だからな、九時頃には出ていかねば明日の業務に差し支える。1プレイ七分として……八回か」


彼は両替機で千円札を十枚の百円硬貨に崩すと、さっそく目的のゲームへと向かった。左右を背の高いコナミ『オトカドール』とタカラトミー『プリパラ』に挟まれた、横並び四台の『アイカツ!』筐体。左端の台では既に先客のアイカツおじさんがプレイ中であったので、権助は右端の台に座って百円を投入した。


”アイカツ!”


子供たちのいない夜のキッズカードゲームコーナーに元気なアイドルの声が響き渡る。午後七時を過ぎれば子供たちはこの場所へ立ち入れなくなるため、彼らアイカツおじさんたちは落ち着いて自身のアイドル活動に精を出すことができるのだ。


もし定時ちょうどに仕事を上がっていれば、まだ子供たちとかち合ってしまう時間に到着してしまうわけだから、日々の辛い残業もたまには役に立つものだと権助は苦笑した。『アイカツ!』は権助にとって残業の唯一のモチベーションであり、つまり『アイカツ!』が日本の経済を回している根幹だと言っても差支えはないのだ。


ゲームを始めてまず出てくるのはモード選択画面。


新作ドレスブランド・ドーリーデビルの「目指せ小悪魔系?ストーリー」や、実在のアイドル・橋本環奈とのコラボ「かんなちゃんストーリー」等の中から、権助は「ジャパンツアーへLet's GO!」を選んでボタンを押した。


「アイカツ!ジャパンツアーもいよいよ大詰めだな」


『アイカツ!』はゲームとアニメが密接に繋がったメディアミックス作品であり、この「アイカツ!ジャパンツアー」もその連動企画の一つである。主人公・大空あかりたちの三人組ユニット「ルミナス」が日本全国を縦断しながら様々なアイドル達と出会って成長していくという内容で、ゲーム版は、アニメの放送に合わせて北海道から沖縄までプレイできるステージが順次アンロックされていく仕掛けになっている。なお、ゲーム版の大きな特徴としては、ツアーに参加するメンバーにプレイヤーの分身である「マイキャラ」が加わっており、一緒に全国ツアーを回っていけることが挙げられる。


「最後にアンロックされたのは、関東地方&ハワイだったな」


ハワイ。


それは「ジャパンツアー」の言葉の意味を考え直したくなる地名であったが、アイドルが素手で崖を昇り斧を振り回す『アイカツ!』界において、最早この程度のボケにいちいちツッコミを入れるアイカツおじさんは存在しなかった。


「最初のマスは、2wingSのスペシャルステージか」


ボードゲーム風に描かれた日本地図の上を、マス目に沿ってアイカツワゴン(駒)を動かしていく。止まったマスごとに異なるシナリオと楽曲が用意されており、その地域のマスをすべてクリアするとツアー成功となる。


「それにしても、長いツアーだ」


地図の広さを見て権助は呟いた。そう、アイカツ!ジャパンツアーは足掛け二ヶ月以上に渡る一大イベントであり、その総ステージ数はゆうに三十を超える。1プレイ最短七分とすると、少なく見積もっても三時間半はプレイしなければ全ステージ制覇ができない計算になる。


しかし、権助にはすべてのステージをクリアしてツアーを成功に導かねばならない理由があった。それは「アイカツ!ドキュメンタリーアルバム」プレゼントキャンペーンの存在である。


このアイカツ!ジャパンツアーでは特定のステージをクリアするごとに、マイキャラおよび参加したアイドルたちによる記念撮影が行われる。撮影した写真は『アイカツ!』公式サイトからバンダイナムコIDを使ってユーザーページ「アイドルック」へログインすることで鑑賞することができるのだが、このキャンペーンは、それらの記念写真をオンデマンド印刷で実際のアルバムにしてくれるという大変に素晴らしい企画なのだ。いくら「アイドルック」上で写真を閲覧できるとは言っても、公式サイトが永遠に存在しているわけではないし、何よりもプレイの思い出が「アルバム」という形ある物として残るのは大いに魅力的である。


そして、権助はこの企画に大きな不安とわずかな希望を抱いていた。


まず、不安……それは、このプレゼントの当選者が「抽選」で決まるということだった。


『アイカツ!』稼働一年目に実施された、マイキャラのTVCM出演権を賭けたハイスコア競争に勝利したのは「キリト」さんだった。おそらく、女児ではないだろう。


映画『アイカツ!ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW!』エンドロールへのマイキャラ出演権を賭け(中略)トップ3に輝いたのは、同じ顔をした三人だった。本キャラと二人のサブキャラと考えれば、おそらく、女児ではないだろう。


かように、過去『アイカツ!』のユーザー参加型イベントはことごとくアイカツおじさんたちの財力によって蹂躙されてきた歴史を持つ。そこへきて今回は「抽選」である。つまり、やろうと思えばバンダイナムコ側でアイカツおじさんたちを「弾く」ことが可能というわけだ。そして権助はマイキャラ初回登録時に、バカ正直に「20歳以上」と入力していたのであった。


……絶望の二文字が見えた。


しかしながら、わずかに存在する希望……それは「アイカツ!ドキュメンタリーアルバム」プレゼントの応募期間である。


 第一回応募締め切り 2015年12月20日 当選者500名

 第二回応募締め切り 2016年2月14日 当選者2,500名


なぜ、わざわざ二種類の応募締め切り日と当選人数を用意したのか……権助はその意味を考えた。注目したのは最初の締め切り日。この日は、ツアー最終エリアである「関東&ハワイ」が解放されてからわずか十日後である。そして、このエリアのステージ数は全部で10。『アイカツ!』は1プレイ百円なので、全ステージを一発クリアしたとしても千円はかかることになる。


十日で千円。


一ヶ月はおよそ三十日であるから、最初の応募締め切り日に間に合うためには、少なくとも月三千円を自由にできる財力が必要という計算になるのだ。常識的に考えて、年齢一桁の女児に与えるには多すぎる額である。


そこから権助が導き出した答え、それは……。


「この500人、アイカツおじさん枠……!」


アイカツおじさんとは本来、顧客として考慮されていない異端の存在であり、こういったキャンペーンの当選者からは除外されても文句は言えない立場である。だが、神(バンダイナムコゲームス)は彼らに慈悲を与えたもうたのだ。


「このチャンス、逃しては罰が当たる」


と、神に感謝を捧げながら、しかし黙々とツアーを遂行していく権助であった。


「次はいよいよハワイか」


ボタンを叩いてアイカツワゴンを海の向こうへと進めると、アイドルたちはストリートファイターの如く飛行機へと乗り換え、瞬く間にハワイの地へと降り立った。


”アロ~ハ♪ ニホンのアイドルのみなサン ようこそいらっしゃったネ!”


登場したのは、ハワイのアイドルであるモニカ・キキィ。フラダンスでのアイカツを得意とする、初の外国人アイドルである。


「もったいないな、実に」


しみじみと権助は呟いた。このモニカの他、頭に鬼の面を付けたインパクト抜群の秋田のアイドル・花輪やよい、クールビューティーな見た目に反して「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ」とすぐに阿波踊りを繰り出す四国のアイドル・荒灘はづき等、このアイカツ!ジャパンツアーには数多くの魅力的なご当地アイドルが登場するのだが、残念ながら彼女たちはアニメにおける出番がほぼ無い。せっかくの全国ツアーなのだから、できるだけ色んな地方でのドラマを観てみたいものなのだが……。


(やはり2クールは欲しいところだよな)


課題曲である『オーロラプリンセス』をプレイしながら、権助は改めて思った。これまでプレイしてきた数多くのステージを振り返ると、北海道でのルミナスとドリアカルテットの共演、九州でのソレイユの飛び入り参加、三ノ輪ヒカリと紫吹蘭のお忍び温泉旅行……などなど、ゲームだけで終わらせるには勿体ないエピソードがたくさんあった。


しかし、アニメでツアーを描くために用意された枠は1クールのみ。

日本全国を回るには少々物足りない話数と言えた。


「よし、次だ」


ステージをクリアした権助は、後ろに順番待ちがいないことを確認して次の百円硬貨を投入した。



それから、時間はあっという間に過ぎ去り……。



”アイカツ!ジャパンツアー 全ステージ大成功! ゴンスケちゃん おめでとう!”


怒涛の勢いで全ステージを終えた頃には、時計の針は既に午後九時半を指していた。


「つい、遊びすぎてしまったな。……腰が痛い」


しかし、全ステージを制覇したという達成感の前では、その疲労もまた心地よかった。


だが、この時の権助はまだ気づいていなかった。なぜアニメが駆け足でアイカツ!ジャパンツアーを描く必要があったのかを。


彼がその理由を知るのは、年が明けた一月のことである。



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……で。


それはそれとして、後日、権助の元にアイドルたちと「ゴンスケちゃん」とが一緒に映ったアルバムが届いたのであった。


グラシアス、つまりありがとう、バンダイナムコ。



- つづく -

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