最終話 アイカツおじさんたちと、ありがとうの生まれる光

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。

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その地下鉄の扉が開くと、乗客たちがドカドカと雪崩のように押し出されてきた。


「ふう、えらい人だな……」


ここは大阪市営地下鉄・西梅田駅。

ホームに散らばった人々の中に、権俵権助の姿もあった。


「会場まで歩いて五分か。意外と近いな」


と、少しばかり緊張の面持ちで呟いた。


今日は2015年5月3日、『アイカツ!』1年目~2年目の楽曲を中心に歌唱を担当してきたグループ「STAR☆ANIS」による全国ツアー『SHINING STAR*』初日、大阪公演当日である。


権助が地下道から階段を上がると、幹線道路沿いの歩道へ出た。その視界には、既に会場であるサンケイホールブリーゼが入っている。


いよいよだな……と、権助は鞄から取り出したチケットに視線を落とした。


昨年、プラチナチケットとなった東京での初ワンマンライブを仕事の都合で参戦表明すらできなかった権助にとって、今回のツアー参加は正に念願であった。


改めて喜びを噛み締めながら会場入りすると、開演前から開かれている物販コーナーに、既にたくさんのアイカツおじさん・お姉さんたちが列をなしていた。


ちなみに、『アイカツ!』のメインターゲットである子供たちは後述する「ある理由」によって一人たりともおらず、権助もそのオトナたちの列に混ざることにした。


スムーズに販売を行うため、物販コーナーのある一つ上のフロアには、数十人区切りで順番に係員が案内する仕組みとなっており、権助が階上に進むのにはまだしばらく時間がかかりそうだった。


改めて周囲を見回してみると、鞄に『アイカツ!』のキーホルダーをぶら下げている人、どの曲が好きだのあの回が良かっただのと『アイカツ!』話に花を咲かせる人、登場キャラクターのコスチュームに身を包む人……誰も彼もが『アイカツ!』を好きだというオーラを発していた。


権助は彼らに圧倒され……そして思った。


孤独ではなかったのだ、と。


「はい、続いてどうぞー」


数十分後、係員に促されて上階へと進んだ権助は、大音量で流れる「オトナモード」を聴きながら販売グッズの一覧を眺めて……。


眺めて……。


弱った。


「ううむ、グッズは色々あるが……色々ありすぎて、一体どれが必要なのか分からないぞ」


これまで、こういったライブに参加したことのなかった権助は困惑した末、前に並んでいる人たちが何を購入しているのかをチェックすることにした。


「なるほど、よく売れているのはTシャツ、マフラータオルにペンライト。あとはCDジャケットのイラストを使ったトレーディングバッジといったところか」


郷に入ればなんとやら……集団心理に流されやすい日本人然とした買い物を済ませた権助がロビーで開場を待っていると、何やら会場の方から騒がしい声が聞こえてきた。


直後、会場から出てきたのはたくさんの親子連れ。


「どうやら”昼公演”が終わったようだな」


そう、今回の全国ツアーはファミリー向けの「昼公演」と、逆に子供が入れない……つまりアイカツおじさんたちのために用意された「夜公演」とが存在するのだ(物販の列に子供がいなかったのはこのためである)。


なお余談になるが、昼公演においても「コールやヲタ芸などを入れず静かに鑑賞する」ことを条件に、アイカツおじさんたちにも昼公演のチケットが限定枚数販売された。


その名を「紳士・淑女の心得」チケットという。


いよいよ開演時間を迎え、ゆっくりと列が動き始めた。たくさんのフラワースタンドを横目に見ながら、権助は真っ暗な会場へと足を踏み入れた。


「おお……!」


奥にうっすらと見えるステージ……その暗闇に浮かび上がる虹色の「STAR☆ANIS」の文字。


否が応でも期待が高まる。


「座席はK-8……あそこか」


一階、前から数えて11列目、ステージ中央寄りで、後ろと右隣がどちらも通路というこの座席。二階席含めてキャパ千人弱の会場としては、なかなかの良席だ。

権助は改めて自身のビギナーズラックというものに感謝した。


座席に着くと、先に入場していた隣席の男性が早くもペンライトをしっかりと握りしめ、そわそわと開演を待っていた。


見たところ二十代前半。周囲の客層も多くは似たようなものだ。「アイカツおじさん」などと呼ばれていても、実際に一番多いのはこのあたりの年齢層なのだろうな、と権助は思った。そして、彼と同じく買ったばかりのペンライトを取り出し……その時を待った。


開演五分前にもなると会場のあちこちからペンライトの光が現れはじめ、いよいよ異様な熱気に包まれていた。そして、ついにその時がやってきた。


ゆっくりと……照明が落ち、すっかり聞きなれたフィッティングルームの曲が流れ始めたその瞬間、待ってましたとばかりに客全員が総立ちとなり、七色のペンライトの輝きが客席を支配した。


そして曲が終わると同時に現れたのは、オープニングアクトを務める「AIKATSU☆STARS!」るか・もな・みきの三人。最初に歌うのはもちろん。


”Let's アイカツ!”


そう、あの時、はるか遠くのステージで披露された一曲。


大歓声が上がり、ペンライトの光が巨大な波となってうねり出す。


権助は気が付いた。


(ああ、そうだ。いいんだ……今日はいいんだ……!)


ここには、席を譲るべき子供たちも、痛々しい世間の目もない。


そこに居るのは、ただ『アイカツ!』を好きな、好きになってしまった大人たちだけだった。


本来『アイカツ!』は子供たちのものであり、子供たちに向けられているからこそ輝いているものだ。そして権助たちアイカツおじさんは、そういう自分たち大人に媚びないところにこそ惹かれるのだ。


だがしかし……いや、だからこそ、こうしてほんの一瞬、自分たちだけに向けられた優しい眼差しが嬉しくてたまらないのだ。


AIKATSU☆STARS!の三人が計三曲を怒涛の勢いで歌いきり、皆の大きな拍手で退場すると、ついに待ち焦がれたSTAR☆ANISの8人が壇上に立った。


その一曲目は。



”アイドル活動!”



「そうだよな!」と権助は心の中で頷いた。


この瞬間、会場に居るアイカツおじさんたちの心は一体となった。


これまでの子供向けライブにおいて、ひたすら静かにおとなしくそれを眺めてきたアイカツおじさんたちであるはずなのに、コール、ジャンプ、振りコピのタイミング……すべてが圧倒的精度で統一されていたのだ。


ああ、宇宙へなど出なくても『アイカツ!』があれば人類は分かり合えるのだ……権助はそう感じた。


そして、彼らの至福の三時間は瞬く間に過ぎ去っていった。


滅多に聴けないドラマ曲の連続、まるであおい姐さんが顕現したかのような「真夜中のスカイハイ」「prism spiral」のコンボ、息つく間もない風沢そらタイム、いちご&あおいによるマスカレードの再現、会場の気温が三度は上がったのではないかというソレイユの「ダイヤモンドハッピー」、解散したはずのトライスター、WMの復活、もはや一生分の「アイ!カツ!」を叫んだのではと思えるアンコール、そして「輝きのエチュード」「カレンダーガール」。


そして最後にその空間を満たしたのは、あの「SHINING LINE*」だった。


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すべて、夢幻だったのではないか……。


会場を出た権助は、散り散りに夜の街へと消えてゆくアイカツおじさんたちを見つめながら、そんな風に思った。


『アイカツ!』が魅せた、一瞬の救済。


今晩の出来事は、何年も続く『アイカツ!』の中では、ほんの一夜の出来事に過ぎない。だが、それによって救われたアイカツおじさんたちは、こう誓えるのである。



「さて、明日からまた頑張って『アイカツ!』するか!」



その姿に、もう後ろめたさは感じられなかった。



- おわり -

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