第八部 「ひろがるアイカツ!ワールド!」

第1話 アイカツおじさんと日本一のアイドル

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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。


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2019年1月。


「……やるか」


 権俵権助(39・独身)は、いつものように『アイカツフレンズ!』筐体を前にしていた。財布から百円硬貨を一枚取り出し……いや、二枚……まだまだ出てくる……最終的に計五枚を取り出した。念のために言っておくが、データカードダス『アイカツ!』シリーズのプレイ料金は、この六年間ずーっと一回百円のまま据え置きである。


「今から、五倍の集中力で行く……!」


* * *


(おっ、当たった)


 時は遡り、2018年11月29日(木)、夕刻。namco梅田店にて。


 1プレイごとに抽選の権利を得られるプレミアムレア(PR)ドレスプレゼントルーレットで運よく当たりを引いた権助は、心の中でガッツポーズをした。当選カードを店員に渡し、アクセサリーカードを除いた「ラブディスティニーコーデ」の三枚と交換してもらう。『アイカツフレンズ!』五弾稼働初日から幸先が良いことだ。


「おっ、これ、ラブミーティアの『キセキのドレス』のうちの一着か。そういえば、あともう一着はフレンズチャレンジをクリアすれば確実に手に入るな……」


 『アイカツフレンズ!』においてPRドレスを手に入れるには、大きく分けて五つの方法がある。


 まず、1プレイごとに排出されるカードの中から出てくるのを待つ「通常排出」。次に、特定のレアドレスを着た状態でプレイをしていると、ライブ中にPRドレスに変化する「グレードチェンジ」。それから、この五弾から新たに採用された、排出カード決定時にPRに変化する「レアリティアップ」。そして、先ほど権助が当選した「プレゼントルーレット」。最後は、「ある曲を複数回プレイする」「フレンズアピールを規定回数出す」など、特定の条件を満たすことで一枚ずつ排出の権利が得られる「フレンズチャレンジ」である。


 余談になるが、「フレンズチャレンジ」自体は『アイカツフレンズ!』から実装された要素ではあるが、同様の「実績解除」系イベントは、前作『アイカツスターズ!』一年目に生まれたものであり、その時のご褒美はYoutubeへのプレイ動画アップ権であった。子供へのYoutubeの浸透をいち早く察知してシステムに組み込む先見の明があったと言える。


 閑話休題。


 五弾の「フレンズチャレンジ」で手に入る「ソウルディスティニーコーデ」は、PRドレスの中でも特別な「キセキのドレス」のうちの一着であり、もうひとつのキセキのドレス「ラブディスティニーコーデ」と合わせることで、トップクラスのスコアを叩き出すことができるのだ。


「そうなると、あと足りないのは『ラブディスティニーコーデ』のアクセだけか。もし、キセキのドレスが揃ったら……ダイヤモンドフレンズカップ、ちょっと頑張ってみようかな」


 ダイヤモンドフレンズカップ。


 それは、アニメ『アイカツフレンズ!』において、登場するアイドルたちが優勝を目指す最終目標であると同時に、データカードダス版では文字通り「日本一のアイドル」を決めるスコアアタック全国大会を指す。マイページからのエントリー方式で、2018年11月29日~2019年1月30日の開催期間中に、課題曲『プライド』にてスコアを競い合う。(おそらく大人が表彰台を占拠してしまった)過去の教訓(*)から「中学生以下オープンクラス」「中学生以下ガールズクラス」「年齢制限なしクラス」に分けてスコアを集計し、各部門のトップ10には賞品として「ダイヤモンドフレンズドレスを着たマイキャラトロフィー」が、上位1,000名には「ダイヤモンドフレンズドレスを着たマイキャラが描かれた記念ブロマイドの払い出し権」が授与され、ランキングに漏れた人にも、参加賞として「特別なカード払い出し権」というフワッとしたものがプレゼントされる。


(*:第二部 第1話「アイカツおじさんとバンダイナムコの慈悲」参照)


 そして、その課題曲「プライド」において、おそらく最も高いスコアを出せるのが、ラブミーティアの『キセキのドレス』二着。権助は五弾初日にして、早くもそのコーデが揃うまで残り一枚とリーチをかけていた。これまでは「アニメの補完のため」「かわいいマイキャラのため」「フレンドと遊ぶため」と、楽しさ最優先のエンジョイ勢を満喫してきた権助だったが、手元に最強コーデが揃いかけたことで、彼が元来持つゲーマー気質が刺激され始めていた。


(マイキャラ……ゴンスケちゃんを生み出してからもう五年か。一度くらい、うちの子にだって、本気でアイドルのてっぺんを目指させてあげてもいいよな)


* * *


 2018年12月9日(日)。


(当たれ……! 南無三っ……!)


 祈りながら、箱の中に右手を入れる。がさりとした紙の海から、一枚の欠片を掬い取る。そこに書かれていた文字は。


「あ~、”ハズレ”ですね~。ごめんなさい~」


 権助は店員のお姉さんに見送られ、とぼとぼと列を離れた。


 ここは大阪・天王寺あべののファッションビル『Hoop』内にある、アイカツ!オフィシャルショップ。本日ここで行われる二人一組の「ベストフレンズ認定大会」に合格すれば、足りない「ラブディスティニーハートアクセ」が手に入る……はずだったのだが、参加上限30組60名のところ、なんと50組以上……つまり100人を超える大行列が形成され、残念ながらその抽選に外れてしまったのだった。


「すみません、どうやら”持ってなかった”です……」


 いやいや、それだけ人気があるのは良いことだから……と、同行してくれたキラキラッター仲間が言ってくれたのはせめてもの救いであった。


(……いや、アクセはまだ”アテ”がある。今はとにかく自分にできること……スコアアタックの準備をするのが先決だ)


 その日から、権助のダイヤモンドフレンズカップに向けての修行が始まった。


* * *


 さて、ここで『アイカツフレンズ!』のスコアアタックについて説明しよう。かつて放送されていた昭和のクイズ番組では「知力・体力・時の運」が必要とされてきたが、このゲームにおいて必要なのは「技術・財力・時と運」である。


 まず「技術」。


 『アイカツ!』シリーズはリズムゲームなので、当然、譜面に合わせて正確なタイミングでボタンを押す技術が要求される。いやいや、子供向けのゲームだから、そんなに難しくないでしょ……と思われるかもしれない。確かに、クリアするだけならそう難しくはない。特にダイヤモンドフレンズカップの課題曲『プライド』の設定難度は5段階中の3と低めに設定されている。……しかし、今回の目標は「クリア」ではなく「他人よりも高いスコア」である。全員が同じ条件で低い難度のステージをプレイするというのは、つまり、たった一つのミスが勝敗を分けることを意味している。そのため、スコアアタックガチ勢はメトロノームを使い、常に一定のリズムを保ち続ける特訓をしていると言われている。


 次に「財力」。


 1プレイにつき百円を投入する。これは誰もが知るアーケードゲームの常識であり、かつては百円を入れれば参加者全員が同じスタートラインに立つことができた。だが、今のゲームはプレイデータを保存するのが当たり前となり、この『アイカツフレンズ!』においてもそれは例外ではない。プレイ履歴はアイドルランクやバッジといった様々な形で蓄積され、それらは永続的にスコアの底上げをするパッシブスキルとして機能することになる。


 そして、今回のダイヤモンドフレンズカップにおいて必要なものは以下の通りである(参考:データカードダス『アイカツフレンズ!』公式サイト)。


・キュートレベル100(5弾時点でのMAX)

キュート属性のコーデを着ると上昇する。スコアが増加する。


・5弾ドレスバッジ

アイカツフレンズ!5弾で追加されたドレスを25枚手に入れる。アピールポイントがアップする。


・ラブミーティアバッジ

ラブミーティアのフレンズボーナスを50回出す。ラブミーティアのスペシャルアピールのポイントがアップする。


・キュートドレスバッジ

キュートドレスを着て100回ゲームをプレイする。キュートドレスのアピールポイントがアップする。


・ソングマスターバッジ

クリアしていないステージを100回クリアする(アイカツ!ミュージアムは除く)。アピールポイントがアップする。


・ともだちとアイカツ!バッジ

フレンドとのなかよしレベルをMAXの99まで上げる。アピールポイントがアップする。3人レベル99にすると効果が最大になる。


・スペシャルアピールバッジ

アピールを200回成功させる。スペシャルアピールのポイントがアップする。


・フルコンボバッジ

フルコンボを100回成功させる。フルコンボのボーナスがアップする。


・レッツアイカツ!バッジ

リズムゲームを50回プレイする。リズムマークのグッドのポイントがアップする。


・オーディションバッジ

リズムゲームに100回合格する。リズムマークのベリーグッドのポイントがアップする。


・パーフェクトリズムバッジ

リズムゲームでリズムマークのパーフェクトを250回出す。リズムマークのパーフェクトのポイントがアップする。


 ……ずらずらと並ぶ、数十回、数百回のプレイ条件たち。当然、これらをこなすだけの財力は必須となる。


 そして「時と運」。


 『アイカツフレンズ!』の1プレイにかかる時間は平均10分弱。上記の条件をクリアするためには、財力だけでなく、相当な時間を割かなければならないのも必然である。加えて、スコアアタックの前提条件である「キセキのドレス」を揃えるための運が必要なのも言うまでもない。なお、この「技術・財力・時と運」はこの後にまた登場することになるが、それは、時が来たら改めて語ることにしよう。


* * *


 2018年12月某日。


 権助は、いつものnamco梅田ではなく、JR大阪駅の近くにあるタイトーステーション梅三小路店の前にいた。余談になるが、ここにはかつてソフマップ梅田店があり、その撤退後、このご時世に新しいゲームセンターができるということで話題になった店舗である。『アイカツフレンズ!』の筐体数は二台と少ないが、どちらも録画台であることと、もう一つの利点があった。


「そろそろオープンだな」


 確認した腕時計が午前八時を指すと同時に、店の自動扉が開かれた。そう、このタイステ梅三小路店は「朝練」と称して午前八時から営業を行っているのだ。通常、ゲームセンターの営業開始時刻は午前十時、早いところでもせいぜいが九時であることを考えれば、ここの「朝練」は別格である。日々、時間に追われる社会人ゲーマーの権助にとって、少しでも長く遊べるこのサービスを利用しない手は無かった。


”アイカツフレンズ!”


 誰もいない早朝のゲームセンターにデータカードダス筐体の声と音楽が響き渡る。


「どうせなら、全曲全難度クリアを目指してみるか」


 修行とはいえ、楽しくアイカツ!できるに越したことはない。それに、各曲ごとに全難度クリアボーナスとして様々なマイキャラパーツが獲得できるのもやる気をそそる。


「まずは『おけまる』から行くぞ」


* * *


「よし、キュートレベル100到達だ」


 繰り返しプレイを重ねて、少しずつスコアアタックに必要な条件を満たしていく。幸い、これまで熱心にプレイしてきた積み重ねがあったため、大抵の条件はすぐに達成することができた。しかし、すべてではない。


(今、自分に足りていないものの中で、鬼門になるのは『ラブミーティアバッジ』と『ともだちとアイカツ!バッジ』の二つだ)


 これらを得るために必要なプレイは、それぞれ「ラブミーティアのPRドレスを揃えて50回フレンズボーナスを出す」と「フレンドとのなかよしレベルをMAXの99まで上げる」。権助の場合、これらがまったくと言っていいほどこなせていなかった。理由は明白。「様々なカードを組み合わせて自分のオリジナルコーデを作る」「キラキラッターで知り合ったたくさんのフレンドを順番に呼んで遊ぶ」という、彼のプレイスタイルと相反する取得条件だったからだ。


「ここから先は……プレイスタイルを変える」


 今までの権助のように、好きなドレスを着せて、いろんなフレンドを呼んで楽しく遊ぶ。それもまたアイカツ!である。一方で、ストイックに研鑽を積み、ただただ頂点を目指す姿勢もまたアイカツ!なのである。


「まずは『ラブミーティアバッジ』のためにプレイ50回! そして現在、最もフレンドレベルの高い”きのこちゃん”に連続オファーをし、『ともだちとアイカツ!バッジ』も同時進行する! 所要およそ八時間! やるぞ!」


* * *


「……ん、もうこんな時間か」


 同日、午後一時。朝練を終えた権助は、二時間ほど前からnamco梅田に場所を移して修行を続けていた。昼時を迎えて混みあってくると、やはり台数の多い店の方が待ち時間が少なくて済むからだ。


「さすがに、そろそろ何か腹に入れないとな」


 席を立ち、同フロアのプライズコーナーへと向かう。もちろん、目的はぬいぐるみではない。プライズコーナーの奥……壁際に設置された軽食自販機に硬貨を投入し、最初に目に付いたあらびきウインナーパンを選ぶと、機械の腕が商品を掴んだ。権助は取り出し口からそれを拾い上げると、その場でビニールを破いてパクついた。


「……よし、続きだ」


 もはや食事に割く時間も惜しい。時間は、誰にも平等に流れていく。違いが現れるのは、その使い方だ。


* * *


 2019年1月2日。


 年が明けても権助の修行は続いていた。


”バッジをゲットしたよ!”


 画面に、金色に輝く『ラブミーティアバッジ』が映し出された。少し前に手に入れた『ともだちとアイカツ!バッジ』も合わせて、いよいよスコアアタックの用意が整いつつあった。


「よし、あとは『ラブディスティニーコーデ』のアクセを取りに行く」


 以前、ベストフレンズ認定大会の抽選に落ちてしまい、手に入れ損ねたこのアクセだが、実はもうひとつ、確実に手に入れる方法があった。それが、今、権助が選んだ「期間限定!フレンズドレスショー」である。用意された3つのステージをクリアすることで特定のPRドレスのアクセが排出できるモードで、12月20日から1月2日までにプレイすると、件の『ラブディスティニーコーデ』アクセが手に入るのだ。もちろん、運が良ければ通常排出でもこのアクセは出てくるので、あわよくば修行の最中に排出されるのを期待して後回しにしていたが……さすがにPRドレスの単騎待ちは厳しかったようだ。


「ついに……揃ったぞ」


 手にした八枚の最強カード。そして、磨き上げたバッジの数々。


 時が来た。


「……やるか」


 権助は、財布から百円硬貨を一枚取り出し……いや、二枚……まだまだ出てくる……最終的に、計五枚を取り出した。念のために言っておくが、データカードダス『アイカツ!』シリーズのプレイ料金は、この六年間ずーっと一回百円のまま据え置きである。


 最初の百円玉を投入し、いつものようにタッチパネルで「好きな曲で遊ぶ」を選……ばずに、「カードを買ってからあそぶ」を選んだ。これは文字通り、ゲームを遊ぶ前にカードだけを買うモードである。


 余談になるが、データカードダス筐体は、正確にはゲーム筐体ではなくカード販売機(カードベンダー)という扱いで、筐体そのものがメーカーからのレンタル品であるため、アイカツおじさんたちの夢である「一家に一台アイカツ!筐体」は現実には難しいのだ。


 閑話休題。


 その「カードを買ってからあそぶ」モード、普通のプレイヤーには「時間が無いけどカードを集めたい人のためのもの」だと認識されており、事実その通りではあるのだが、実はもう一つの意味が隠されている。


(スコアブーストをかける……!)


 スコアブーストとは、アイカツ!スコアラーたちが名付けた俗称で、正確には「アピールポイントUPスター」と呼ばれるもの。これは一つにつきアピールポイントが80アップするアイテムで、カードを一枚買うごとに一つ付与され、最大で四つ同時に使うことができる。400円を投入すると、加算されるのは80ポイント×4で合計320ポイント。アピールポイントが高ければ高いほどスコアは伸びるのだが、キセキのドレスを着るだけで普通に一万ポイントは超えてしまう。そう考えれば、この320ポイントは本当に微々たるものである。……だが、その僅かな差で勝負が決まるのがスコアアタックの世界である。本気で上位スコアを狙うのでれば、このスコアブーストは必須となる。


 つまり。


 スコアアタックに限って言えば、『アイカツフレンズ!』は”1プレイ500円”なのである。


「今から、五倍の集中力で行く……!」


 タッチパネルから「ダイヤモンドフレンズカップ スコアアタック全国大会」を選び、いざ課題曲『プライド』☆3へと挑む。


(大丈夫……さっき予行演習も済ませてある……)


 そう言い聞かせるが、やはり鼓動は少し早い。ゆっくりと流れてくる黄色いノーツに合わせて、同じ色のボタンを押す。ベリーグッド……パーフェクトではない。完璧に押したつもりだったのに……しかし、そのわずかな動揺が確実に結果として現れるのがリズムゲームである。すぐに心を落ち着かせ、次のノーツではパーフェクトを出す。そこを起点に、一定のリズムを刻み続ける。曲ごとにパーフェクト判定が異なる『アイカツフレンズ!』においては、いかに一度獲得したパーフェクトのリズムを保ち続けるかが重要なのだ。


”アピールチャンス!”


 声に合わせて視線をタッチパネルに落とし、素早く、そして的確に四つのマークを視認と同時にタッチする。タイムアップを防ぐため、マルチタッチ対応であることを利用し、近くにあるマークはできる限り同時押しを心がける。


”ベストラブミーティアウィッシュ!”


 見事にキセキのドレスのミラクルアピールが決まり、スコアが一気に上昇する。だが、問題はこの後だ。アピールが終わると画面下部に3つのアイコンが現れ、ルーレットのようにぐるぐると回転し始めた。


(さあ来いっ……AP!)


 アイコンの回転が左から順に止まり、二つにはハートや星の絵柄が、そしてもう一つには「AP↑↑」の文字が現れた。


(AP1か……まだまだ……!)


 「AP↑↑」……その意味するところは「アピールポイント上昇」、つまりスコアの底上げであり、1プレイにつき3度のルーレットチャンスで、いかにこれを数多く(最小3~最大6)獲得できるかもスコアアタックでは重要となる。


 三度のスペシャルアピールとルーレットを経て、権助のプレイは終わった。


「ふう……プレイの精度はそこそこだったが、結局出たのはAP3か。……よし、もう一度だ」


 再び、百円硬貨を五枚取り出した。


 精度高くパーフェクトを取る「技術」、1プレイ500円に耐えうる「財力」、繰り返しプレイをする「時間」、そして「AP↑↑」を数多く獲得できる「運」。「技術・財力・時と運」は、スコアアタックが始まってからこそ真に要求される条件なのだ。


 それからしばらく。


「AP4……だめだ、今日はここまでにしよう……」


 期待値の低いAP6を待ちながらプレッシャーのかかるプレイを繰り返せば、当然疲弊し、プレイの精度も落ちる。引き際を見極めるのも重要なことだ。結局この日、権助の満足いくスコアは出なかった。


* * *


 2019年1月下旬。


 いよいよ、ダイヤモンドフレンズカップの締め切りが近づいてきた。権助は今日もnamco梅田で『アイカツフレンズ!』筐体前の椅子に座って順番待ちをしていた。


「最後の追い込みが始まったな……」


 スマホで公式ページを開き、ランキングの途中経過を確認すると、これまで見たことの無いハイスコアや新規参戦フレンズたちがたくさん出現していた。ダイヤモンドフレンズカップは登録制なので、たとえハイスコアを出しても、登録するまではランキングに載ることはない。そんな隠れた実力者たちが、ついに表舞台に姿を現し始めたのだ。


(負けてられないな)


 空いた台に座り、百円硬貨を五枚と『キセキのドレス』二着、そしてゴンスケちゃんのマイキャラパスを取り出した。


(一緒に昇ろうか、行けるところまで)


 キセキのドレスに身を包んだゴンスケちゃんとフレンドのきのこちゃんがポーズを決めると、この二か月間で何度も何度も聴いた『プライド』が流れ始めた。


(最初は黄色……パーフェクト)


 最初のノーツを上手く捌き、同じ呼吸、同じリズムでボタンを押していく。パーフェクトが続く。ついに緊張に慣れが勝ったのか、なんだか今日はいつもより落ち着いてプレイできている気がする。


(最初のルーレット……AP3!)


 これ以上は考えられない序盤の展開に、さすがに少し胸が高鳴る。少し大きめに息を吸い込み、その鼓動を抑え込む。二度目のスペシャルアピールを決め、再びルーレット。


(AP……2!)


 AP6にリーチがかかる。直後、ベリーグッドが続く。思わず指先に力がこもってしまったか。意識的に譜面に集中し、わずかな動揺を冷静に圧し潰す。……ベリーグッド、次はグッド。いや、メンタルの問題ではない。何かがおかしい。権助は、突如右腕に起きたその異常に気が付き、青ざめた。


(この痛み……まさか……いや、そんなはずはない……!)


 その疑いは、強烈な痛みと共に確信に変わる。


(馬鹿な……まだあと半年はあるはずだぞ……このタイミングで来るなんて……!)


 スコアタによる酷使か、日々の労働によるものか。原因は分からない。だが、想定していたよりも早くそれは訪れてしまった。


(四十肩……!)


 いやいや本当に笑いごとではない痛みである。決して四十肩を侮ってはいけない。


「~~~~~っ!」


 思わず声が出そうになるのを必死で抑えて、使い物にならなくなった右腕を下ろし、代わりに左腕を上げる。


(まだだ……データカードダス『アイカツフレンズ!』は、利き腕両対応のため1P・2Pどちらのボタンでも反応する……! これは旧『アイカツ!』時代からの仕様……!)


 プレイを引き継いだ左腕が、再びリズムを刻み始める。だが、利き腕ではない以上、正確にパーフェクトを取り続けることは容易ではない。がくんと精度が落ちたまま、三度目のスペシャルアピールをかろうじて決め……そしてルーレット。


(AP…………1!)


 皮肉にも、あれだけ目指し続けていたAP6。技術・財力・時と運……そして健康状態。それらすべてを考えれば。


(おそらく、これが最後のプレイになる……!)


 左腕一本で、最後のフィーバーボーナスをなんとか乗り越える。


 そして、最後のスコアアタックは終わった。表示されたスコアは、237545点。


(ここまでか……)


 痛む腕を抑えながら、筐体を後にする。


(まだスコアに伸びしろがある以上、悔いが無いと言えば嘘だ。……しかし、やれるだけのことをやったからかな。なんだか、気分は晴れやかだ……)


 およそ二ヶ月に渡るダイヤモンドフレンズカップ。あとは、結果を待つだけだ。


* * *


 そして。


* * *


 2019年2月7日(木)。


 すべての集計を終え、ダイヤモンドフレンズカップの結果が発表された。最終的に、第一位のスコアは243273点。そこから第十位の242567点まで、わずか706点差という超接戦となった。


 そして、上位入賞者の一覧に、ゴンスケちゃんときのこちゃんのフレンズ名もあった。


「208位、か。……よくがんばったな」


 そう言って、アイカツパスに描かれたゴンスケちゃんに微笑みかける。


 勉強でも、スポーツでも、もちろんゲームでも。目標に向かって一生懸命に努力することは、結果がどうであれ必ず何かが残る。それは達成感であったり、納得行くまで努力したのだという自信であったり、形は様々だ。人生、必ずしも何かを残す必要はない。しかし、何かを残したと言える人生は有意義だ。権助は、ダイヤモンドフレンズカップに挑戦して本当に良かったと思った。


* * *


 それはそれとして。


* * *


 かかりつけの整形外科にて。


「ところで、最近何か腕に負担をかけるようなことをしましたか?」


 そう尋ねる医師に、権助は真顔を崩さぬように答えた。


「長時間コンピュータを触っていまして」


 これはアイカツおじさんからの余計なお節介ではありますが、女児先輩の皆様、もし三十年後もアイカツ!を楽しんでおられましたら、くれぐれも健康にだけはお気を付けください。


-おわり-

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