たたかうアイカツ!おじさん
権俵権助(ごんだわら ごんすけ)
第一部 「たたかうアイカツ!おじさん」
第1話 アイカツおじさんと19時の向こう側
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※この物語は、くれぐれもフィクションである。
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2014年8月某日、日曜日。
郊外のショッピングモールは手軽な避暑地としての需要もあり、どこもかしこもたくさんの親子連れでごった返していた。
その中でも、ひときわ子供たちの熱気に満ち満ちているのが、様々なゲームが設置されたアミューズメントエリアの一角、キッズカードゲームコーナーである。
キッズカードゲームとは、セガの『WCCF』に端を発するトレーディングカードアーケードゲームの中でも、特に子供を対象としたタイトルのことで、1プレイごとに排出されるカードを収集し、デッキを構築することで更に深くゲームを楽しめるのが特徴だ。
過去に『甲虫王者ムシキング』と『オシャレ魔女ラブandベリー』が大ブームになったことを記憶している人も多いことだろう。
そして現在、その第二次ブームとでも言うべきキッズカードゲーム戦国時代を迎えており、特に『機動戦士ガンダム』や『ドラゴンボール』、『妖怪ウォッチ』といった版権物が幅を利かせている。
そんな中、ゲーム発の新規IPにも関わらず小学校低学年の女児を中心に大きな人気を集めているのが、”国民的アイドルオーディションゲーム”のキャッチコピーで登場した、バンダイナムコのリズムゲーム『アイカツ!』であった。
このモールにおいてもその人気は凄まじく、横並びに四台設置された筐体の前に、キャラクターの描かれた大きなカードバインダーを手にした女の子たちが長い行列を作っていた。
皆、出てくるカードに目を輝かせ、リズムゲームを楽しみ、かけがえのない笑顔を振りまいていた。
そして、そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
あれほど高くにあった陽はいつの間にか西の地平で赤く染まり、親子たちはそれぞれの家庭へと帰って行った。
日中の賑わいがまるで幻であったかのように人気が無くなり静まり返ったアミューズメントエリアの入口に、アルバイトの青年が「16歳未満のお客様は午後6時以降、保護者の方がご一緒でもご入場いただけません」と書かれた立て看板を置いていった。
楽しい祭りの時間は過ぎ去った。また明日になれば、きっとここに子供たちの無邪気な笑顔の花がたくさん咲くのだろう。
……だが。
そんな静寂の地を一人、踏みしめる男がいた。
時刻は19時過ぎ。
それはまさしく夕飯時。しぶとく残っていた子供たちもすっかり去った時刻。紺のスーツに薄い茶色のビジネスバッグという、明らかな仕事帰りの出で立ち。その表情は花粉対策用の大きなマスクに遮られて窺い知ることはできない。
男は慎重に周囲を見回し、誰も居ないことを確認すると、キッズカードゲームエリアの最奥、受付カウンターの影になった場所に設置された『アイカツ!』筐体の前に立った。
男の名は権俵権助(ごんだわら ごんすけ)、35歳独身。
彼は『アイカツ!』がメインターゲットとする「小学生女児」とは対照の位置にいる「中年男性」であるにも関わらず『アイカツ!』の世界に魅了されてしまった業深き者……俗にいう「アイカツおじさん」であった。
権助は二人掛けの低いロングチェアをずりずりと引きずり出して座り、『アイカツ!』筐体と向き合った。毎度、このチェアを引き出す度、権助は少しばかりの疎外感を味わっていた。
『アイカツ!』を含むバンダイナムコの複数タイトルで使用されているデータカードダス筐体は、ちょうど子供の目線の高さにモニターが来るように設計されているため、従来のアーケードゲームと比べて椅子が低く(場所によっては椅子自体が無い場合もある)、さらに二人同時プレイや親子連れを意識した二人掛けが用意されていることが多い。
この椅子は、成人男性が座るにはあまりにも低く、また一人で座るにはあまりにも広い。この事実が、否が応でもアウェーを感じさせるのだ。
権助はポケットの小銭入れから百円硬貨を取り出すと、筐体下部のコインシューターへと投入した。
”アイカツ!”
投入SEに重なるように……いや、SEすら消し飛ばすほどの大音量でタイトルがコールされる。確かに、大勢の子供たちがガヤガヤと騒ぎ走り回る日中にはこれぐらいの音量でなければ存在感を示せないのだろう。
だが、この静寂が支配する夜のキッズカードゲームコーナーにおいて、この大音量はあまりにも目立ちすぎる。
もちろん、ボリュームが大きいのはタイトルコールだけではない。BGMもSEもすべてがこの音量だ。
さらに……。
”ボタンを押して、遊びたいモードを選んでね!”
キッズカードゲームとは、その名の通り子供を対象にしたゲームである。特に低学年の子供に対しては字幕だけでゲームのルールを説明するのは難しい。となれば、当然音声による案内が必要だ。ボタンを押す度に、懇切丁寧に大音量での解説が入る。さすがに最近は慣れてきたものの、初めの頃は権助も面食らったものだった。
”らぶゆ~です! アイカツカードが下から一枚出てくるよ! 忘れずに取るのです!”
「ひとりであそぶ」を選択すると、登場アイドルの一人、有栖川おとめによる案内と共にカードが排出された。
背を曲げて排出口に手を伸ばす。
出てきたカードは「ウエストマークシフォントップス」、セクシー属性のノーマルドレス……どちらかというとハズレに近い。
権助はカードを確認すると、ビジネスバッグの奥から取り出した革のカードケースにしまい込んだ。
ダブりである。
代わりに、そのカードケースからピンク色のICカードを取り出すと、筐体左部の「へこみ」にセットした。
『アイカツ!』をはじめとするデータカードダス筐体では、このICカードを使ってプレイヤーデータの保存を行うのだ。ちなみに権助が使っているのは『アイカツ!』に登場するアイドル学校、スターライト学園の学生証と同じデザインのICカードだが、ある程度汎用性があるので他のゲームにも使用することができる。
なお、400回の使用回数制限があり、権助は常に予備をもう一枚持っている。
”読み込みが終わったよ! ゲームが終わるまでICカードには絶対に触らないでね!”
……と言う割にはICカード設置部はただの「へこみ」なので、そのうち筐体を一新する機会があるなら、今度は是非ともカードが外れないように抑えるストッパーを付けていただきたいものだ……と思う権助であった。
ICカードの読み込みが終わると、「ゴンスケ」という名前のマイキャラ……いわゆるアバターが表示された。ゲームの舞台となるアイドル学校・スターライト学園は女子校なので、「ゴンスケ」も当然女子中学生だ。
可愛い女の子に自分の名前を付けるのと、可愛い女の子の名前を考えて付けるのと、どちらもおじさんには厳しい選択と言える。
”今日のオーディションタイプはキュートね!”
『アイカツ!』は曲に合わせてタイミングよく3つのボタンを叩いてステージクリアのノルマスコアを目指す、俗に言う音ゲーだが、スコアを左右するのはプレイヤーの腕前だけではない。読み込ませるトップス・ボトムス・シューズの3枚のドレスカードの属性やレアリティによってスコアが大きく変わってくるのだ。属性はキュート・クール・ポップ・セクシーの四種類で、曲ごとに設定されている属性に合わせたカードを読み込ませることで、さらにハイスコアが狙える仕組みとなっている。
”セルフプロデュース、スタート!”
セルフプロデュース、つまりアイドル自身が自分をプロデュースする……というのが『アイカツ!』の特徴の一つである。
同じバンダイナムコのアイドル育成ゲーム『アイドルマスター』では、プレイヤー=プロデューサーという視点であったのに対し、小学生女児を対象とした『アイカツ!』では、プレイヤー=アイドルであるという視点なのだ。
さて、権助が今回プロデュースに使う衣装は……「スイートツインズトップス」「スイートツインズスカート」「スイートツインズブーティー」のスイートツインズコーデ。これら三枚のカードを革のカードケースから取り出し、順に筐体中央の読み取り部分へ挿入してスキャンしていく。
一枚読み込むごとに、画面上のアバターに衣装が着せられていく。この着せ替え人形感覚も、女児に受けている理由の一つだろうと推測できる。
権助はおじさんなので、あくまで推測である。
なお、今回使っているカードのレアリティは「レア」。上から順に「プレミアム」「レア」「ノーマル」のランクがあり、「レア」は相対的に見ると中の上あたりだ。特別良いわけではないが、決して悪いわけではない。プレイヤーの実力があれば大抵のステージはクリアできる、といったポジションのカードだ。
本当はプレミアムカードがあれば良いのだが、『アイカツ!』デビューからまだ二週間ほどの権助が用意できるキュート属性カードとしては、これが精一杯であった。
さて、今回プレイする曲は『アイドル活動!』。
その名の通り、このゲームを代表する一曲だ。明るいメロディと前向きな歌詞で、明朗快活な『アイカツ!』の世界が良く伝わってくる。
選ぶ難度は程々の星三つ。もっとも、巷に溢れる他の音ゲーに比べれば驚くほど簡単だ。このコーデで普通にプレイしていれば、まずゲームオーバーにはならないだろう。
曲が始まり、トン、トンとゲーマーらしい軽いタッチでリズムに合わせてボタンを叩き、スコアを稼いでいく。流れてくるリズムマーカーの後ろでは、きらびやかなドレスに身を包んだマイキャラ「ゴンスケ」が元気いっぱいに踊っている。ゲーム自体が簡単な分、こういった演出をちらちらと脇見できる余裕があるのは良いところだ。この曲にはあのドレスが似合うのではないだろうか、この振付にはあのコーデが映えそうだ……湧き上がってくるそういった思いが、次の1コインへのモチベーションへと繋がる。
そして、曲も中盤に差し掛かった頃……。
「……!?」
権助は、ふと側面からの視線に気が付いた。
興味津々に、権助と筐体とを交互に見つめる小さな眼。年の頃は三つか四つか。頭に大きなピンクのリボンを付けた可愛らしい女の子だった。
『アイカツ!』本来のメインターゲットである女児たち……彼女たちのことを、アイカツおじさんたちは敬意と畏怖の念を込めてこう呼ぶ。
「先輩」と。
先輩に観られていると自覚した直後、ゲーム中のマイキャラ「ゴンスケ」がすっ転んだ。平静を装いプレイを続ける権助であったが、その心中の動揺は見事なまでにプレイに反映されていた。
ああ、こんな小さな子が一人で立ち入り禁止時間のゲームコーナーにやってくるということは、つまり……。
「あずさ、どこー? ……あっ、いた。もう、一人でどっか行かないの」
子供が勝手に歩き回っているとなれば、当然ながら探しに来るのが親御さんである。あずさちゃんと、あずさちゃんのお母さん……二人は権助のすぐ隣で再会を果たした。
……気まずい。
想像に難くないことだとは思うが、大抵のアイカツおじさんが最も避けたいと考えているのは、先輩および、その親御さんとの遭遇である。権助が大きな花粉対策用のマスクをしている理由も、極力彼女たちとの接点を避けようという思いからだ。
理由は皆さんご想像の通り……いたたまれないから、である。おそらく、それは親御さんにしてもそうだろう。こういう時、どう対応するのが正解なのか。
「ほら、あずさ。もう行くよ」
画面を凝視し、無言でプレイを続ける権助と、早々にあずさちゃんを連れていこうとするお母さん。そう、お互いを「見なかったもの」とすれば、何一つ問題は起きないのだ。それが大人の処世術というものだ。
……だが、その理屈はあくまでも大人のものだ。
「あずさ、ほら。何してるの。早く行くよ」
すっかり『アイカツ!』の華やかな映像に魅了されたあずさちゃんには、もはや母の言葉は耳に届いていないようだった。じっと画面を見つけるあずさちゃんと、そちらを見ないように黙々とプレイを続ける権助。
わずか一分半の『アイドル活動!』が、今の権助にとっては永遠に続くかのように長く感じられた。
”書き込みが終わったよ!”
ゲームを終え、ICカードへの書き込みが完了したところで、権助はそそくさと席を立ち、ゲームコーナーの出口へと歩き出した。
……が。
「あの、これ……」
背後から聞こえてきたのは、あずさちゃんのお母さんの声。おそるおそる振り向くと、その指にはスターライト学園の学生証を模したピンク色のICカードがつままれていた。
「あ……すみません」
権助はそれを受け取ると、再び出口へ向かって歩き出した。
目は合わせられなかった。
辛い。
それでも権助は、また『アイカツ!』に次の1コインを入れるのだろう。
だって、しょうがないじゃない。
好きになってしまったんだもの。
- つづく -
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