第2話 アイカツおじさんとサヨナラの季節

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※この物語は、くれぐれもフィクションである。

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2014年9月某日。


午後八時のショッピングモール、そのキッズカードゲームコーナー。


いつものように『アイカツ!』の前へとやってきた権助だったが、この日はすぐには着席せず、まずは筐体上部に飾られたポップを見つめた。


そこには、『アイカツ!』の主人公・星宮いちごと音城セイラのユニット「2wings(ツウィングス)」と、彼女たちの目標とする先輩ユニット「WM(ダブルエム)」の姿と共に、目立つ大きな文字で「2014シリーズ第6弾」と書かれていた。


バンダイナムコの手がけるキッズカードゲームは大抵、二ヶ月ごとにゲーム内容が更新され、排出されるカードも一新される。第6弾ということは、つまり一年間の区切りであり、本日はその最終稼働日であった。


『アイカツ!』は2012年から展開しているので、これで二年目も最後となるわけだが、この2014年の終わりは昨年のそれとは違う意味を持っていた。


初年度の年商15億円から二年目には一気に年商140億円という驚異的な成長率を見せたことにより、当然のように三年目の継続が決定した『アイカツ!』。


だが、長寿コンテンツが必ずぶつかる壁がある。そう、「マンネリ」だ。これを避けるためには、これまでになかった新展開を用意するより他ない。そのために『アイカツ!』がとった施策は「主人公交代」であった。王道と言えば王道である。


「…………」


権助はもう一度、ポップに描かれた現在の主人公・星宮いちごを見つめた。


明日には、新しい主人公による新しい物語が始まるのだ。


権助は、最後の日を噛み締めるように着席した。……とは言っても、実のところ権助は来年以降の展開についてあまり心配はしていなかった。


新主人公による新展開という施策は本来、旧キャラクターに付いていたファンが離れたり、方向転換に失敗したりといった危険が付き物なのだが、ことアニメ『アイカツ!』に限っては、従来のスタッフ継続の元、他に類を見ないほど恐ろしく丁寧な主人公交代劇を描いていたからだ。


第102話からの新主人公である「大空あかり」だが、初めて登場したのはおよそ一年前の第50話。当時の主人公である星宮いちごに憧れる小学生のモブキャラとしてだった。続いて二年目の初回である第51話にも登場し、それから半年後の第76話にて、準レギュラーとして本格登場。そこからさらに半年間の脇役時代を経て、102話でついに主役の座を得るという、実に一年以上の期間をかけて主役交代を行ったのである。


そのおかげで、視聴者もポッと出の新キャラによる唐突な路線変更の心配をすることなく、安心して視聴を継続できるというわけだ。


さて、話を戻して。


権助が二年目の最後に選んだ曲は『SHINING LINE*』。現在のアニメのオープニングテーマ曲である。


アニメ版『アイカツ!』には、(一部の回を除いて)毎週CGキャラによるライブシーンが用意されており、そこで流れる曲をゲーム版においてリズムゲームとして遊べるという連動になっている。


そのため、アニメを制作するサンライズ(現バンダイナムコピクチャーズ)、音楽制作会社MONACA、ゲーム開発を担当する北海道のh.a.n.dスタッフの間で連携し、毎回その弾ではどんな曲を用意するのが相応しいのかが決定されている。


その結果、既存アーティストとのタイアップでは決して実現し得ない、『アイカツ!』のためだけの楽曲が用意されることになる。そして、この『SHINING LINE*』は主人公交代の節目に作られるべくして作られた一曲であった。


権助はリズムに合わせてボタンを叩きつつ、その歌詞に耳を澄ませた。


いつでも あこがれが最初の道しるべ

今わたし達の空に 手渡しの希望があるね

受け取った勇気で もっと未来まで行けそうだよ

もらうバトン キミとつなぐ 光のライン チカラにして


この二年間で成長した主人公・星宮いちごの軌跡と、彼女に憧れて追いかけてきた大空あかり。いちごからあかりへと手渡されるバトン。子供に向けたストレートな歌詞が、まっすぐな分だけ心に突き刺さる。


……かと思えば、前オープニング曲『KIRA☆Power』、前々オープニング曲『ダイヤモンドハッピー』を含めたこの三曲で、サビの最初の四音をすべて「ソ・ド・レ・ミ」で統一することで「バトンの継承」を表現するという凝った作りに大人のコダワリも窺え、権助のようなおじさんも思わず唸ってしまうのだ。


余談になるが、「ヒット曲を作りたくばソドレミを使え」というのは、『ウエスト・サイド物語』の作曲者であるレナード・バーンスタインの言葉である。


「……ふぅ」


プレイを終えた権助は、少し名残惜しそうに席を立った。


今日をもって、『アイカツ!』2014シリーズは全国的に稼働を終了する。明日からは一斉に新たなシリーズが始まるため、恐らく二度とこのゲーム内容で遊べる機会はないだろう。


アーケードゲームとの付き合いに別れは付き物だ。


インカムが悪ければ前触れなく撤去されるし、場合によっては店そのものが無くなることだってある。そう考えれば、弾の更新時期や大まかな可動終了日が事前に分かるキッズカードゲームは、きちんと最後のお別れができるところが長所と言える。


「……お」


先ほどまで権助が座っていた席に、珍しいお客さんが座った。

見た感じ、二十代中頃のOLさん……いわゆる「アイカツお姉さん」だ。


権助は、このコーナーで自分以外の成人プレイヤーを見るのは初めてであった。この女性も2014シリーズに最後のお別れに来たのかな……と思いながら、権助は少し離れたところからそのプレイを眺めることにした。


「……!?」


権助は、その眼で見たものに、とてつもないカルチャーショックを受けた。


彼女の右手はごく普通にボタンに添えられていたが、その左手には『アイカツ!』筐体に向けられたスマホが握られていたのだ。


右手でゲームをプレイしつつ、左手でその映像を撮影する……それは、俗に「自撮り」と呼ばれるプレイスタイルであった。


ちなみに、『アイカツ!』は筐体に向かって左側が1P、右側が2Pではあるが、一人プレイ時はどちらのボタンも反応するので、右手で2P側のボタンを使って操作することも可能である。


権助は、その自撮りプレイに「なるほど」と感心すると同時に、こうして気軽に写真や動画といった記録を残せる時代になったのだな、と今更ながらに思った。


今はもう思い出の中にしか存在しない、学生の頃に行きつけだった数々のゲームセンターの景色が頭に浮かび、そして、その記録を残さなかったことを後悔した。


時代は変わった。


この『アイカツ!』2014シリーズも、きっと人々の記憶だけでなく、こうして記録としても残されていくのだろう。そして、明日からまた新たな思い出が積み重ねられていくのだ。


権助は最後に筐体を……今度は少しの笑顔をもって見つめ、そして、背を向けたのだった。


- つづく -

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