最終話 アイカツおじさんと、トクベツニュースがあってもなくても
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※この物語は、事実を基にしたフィクションである。
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「うわあ、こりゃえらいことになってるな……」
2018年6月19日、午前8時50分。
出社した権助は、部署内の惨憺たる光景を見て思わず呟いた。PCのディスプレイは半分以上が倒れ、コンクリートの壁には細かなひび割れが幾つも走っている。ある程度の予想はしていたが、実際に目にするとやはり辛い。
前日、2018年6月18日の午前7時58分に発生した、マグニチュード6.1を観測した大阪北部地震。当日はあらゆる交通機関が停止したために権助の職場も営業停止を余儀なくされたが、各運行会社の尽力により、今日はどうにか振替輸送でオフィスへやってくることができたのだった。
「おお、権俵くんおはよう」
「おはようございます、部長。地震、大丈夫でしたか?」
「ああ、なんとかね。……しかし、これじゃあ仕事にならんな」
「午前中は、まず掃除ですかね」
実は、地震がオフィスへもたらした最大の被害は”ホコリ”であった。年季の入ったオフィスの天井……特に蛍光灯やその周辺の溝に、数十年単位で蓄積されていたホコリが、この地震で一斉に床や机へと降り注いだのだ。権助はロッカーから掃除機と箒・塵取りを数セット取り出して、むん、と気合を入れた。
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「結局、今日は清掃と昨日の遅れを取り戻すだけで一日が終わってしまったなぁ……」
人間、普段と違うことをすると疲労が溜まるものである。権助は乗り慣れない路線の電車に揺られながら、フウとため息をついた。それから、いつもより時間がかかりながらも、目的の駅に到着した。
「日常を取り戻さないとな」
電車を降りた権助は、馴染みの場所へと向かった。キタのランドマーク、HEPナビオの向かいにあるOSビル……つまり、彼が『アイカツ!』時代からずっとホームにしているnamco梅田店である。権助は入店前にスマホを取り出し、twitterを開いた。
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namco梅田店 @namco_umeda 6月18日
【梅田・大阪周辺の方へ】 当店、お手洗い(2F)・自動販売機(飲み物)がござます。 もし、行き場にお困りの方はお越しください、スタッフ数の都合上お手伝い出来ることは限られてしまいますが可能な限りお手伝いさせて頂きます。 また店舗前にもベンチもございます。
また電源も本日解放しております。 口数が少ないですが2Fモミトイ前のレストスペースをご使用頂けますのでご利用の方はスタッフにお声掛けください
【営業情報】 3Fもただ今より一部を(VR・キャラポップストアを除き)営業開始致しました。 3Fカフェスペースも解放いたしますのでご自由にご利用ください また3Fにもお手洗い・自動販売機がございます。 合わせてご利用くださいませ
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これは、昨日の地震で大勢の帰宅困難者が出た際に、namco梅田店の公式アカウントが呟いたログである。
ゲームは嗜好品であり、生活必需品ではない。それゆえに、こうした緊急時の対応如何によって世間からの見られ方は大きく違ってくる。ゲーマーの端くれである権助には、こういうお店にはきちんとお金を落として支えていかねばという思いがあった。
余談になるが、ナムコは二十年ほど前から福祉とゲームを関連付けた事業を多く手掛けており、かつてゲームセンターで流行した『ワニワニパニック』や『太鼓の達人』をリハビリ用マシーンとして改良し、全国の病院や介護施設へ販売したり、付帯保険付きのゲートボールスティックを発売したりと、シニア向けへの展開にも積極的だ。こうした企業努力を続けたことによって、ゲームは近年ようやく一つの娯楽文化として認められてきたのだ。
ゲームは昔から、やれ「ゲーム脳」だの、やれ「人殺しを助長する」だのと理不尽な誹謗中傷に晒され続けてきた娯楽だが、そもそも、創業者である中村雅哉がナムコの前身である中村製作所を立ち上げたのは、祖父からの家業である鉄砲鍛冶商・空気銃の修理業から離れ、「もっと夢のある、人々に喜んでもらえるようなものを」との理念によるものであり、ナムコは今でもゲームを通して人々に夢と楽しさを提供し続けているのである。(出典:赤木真澄 (著)2005『それは「ポン」から始まった-アーケードTVゲームの成り立ち』)
「んー、四台中、先客がいるのは一台だけ……かな?」
namco梅田店の『アイカツフレンズ!』筐体は3Fエスカレーターの正面にあるため、昇っている最中に大まかな混雑状況が分かる。さすがにまだ地震の翌日、しかも平日なので、混み具合はそんなものだろう。権助は筐体の手前にある両替機で千円札を崩し、空いている一台に着席した。
(さて、日常を取り戻すとするか)
と、百円を投入しようとした時。
「あれ? 権俵さん?」
「えっ?」
話しかけられ、隣に座っていた先客を見ると、時々このゲームセンターで出会う、地元のキラキラッター仲間のきのこさんだった。
「ああ、どうも」
「ども~。権俵さんも、今日はBFR(ベストフレンズレアドレス)2倍キャンペーン(*)狙いですか?」
(*:『アイカツフレンズ!』第2弾初期において、フレンズドレスカードに表示される2人のアイドルの位置が逆転する不具合が発生したことに対するお詫びとして、6月14日~20日の間、最高レアリティであるベストフレンズレアドレスカードの排出率が2倍になるキャンペーンが行われた。同時に不具合カードの交換対応も行われたが、これはこれでレアなので交換した人はあまりいないと思われる)
「えっ……」
その質問に、権助はドキリとした。
いいか。
アイカツおじさんよ。
正直になれ。
「日常を取り戻す」?
「ゲームセンターを支える」?
それは単なる口実だ。
正直になれ。
ただ、マイキャラを着飾るレアなコーデが欲しいからだと。
ただ、アイカツフレンズ!を遊びたいからだと。
ただ、君はアイカツ!が好きだからここへ来たのだ。
正直に、なれ。
「…………はい」
「出るといいですね~。あっ、ゴンスケちゃん呼びますね」
「ありがとうございます! じゃあ、私もこっちできのこちゃん呼びますね!」
二人は、お互いのマイキャラをパートナーに選んでプレイを始めた。『アイカツフレンズ!』では「フレンズ」と呼ばれる二人組のユニットで遊ぶのが基本となる。権助は、キラキラッターや各種ライブ・イベントを通じて得た新しい友人たちのおかげで、このコンセプトを存分に楽しんでいた。
これが、かつて孤独のアイカツおじさんだった権俵権助の今の日常であり、一日でも長くその日常が続くように、今日も彼はアイカツ!を続けるのだ。
-おわり-
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<補足>
小説の内容はテンポや娯楽性を重視して脚色している部分があります。資料として役立てられるよう、脚色部分の補足を以下に記載します。
第3話補足
声優による生アフレコは14時回の終了後に複数回行われました。本編で記載しているのは最終回の台本です。
第4話補足
生コメンタリーの入場整理券は開館と同時に地下一階・事務室横の屋外で配布されました。そのため、二階へ上がったのは整理券を受け取った後になります。また、午前の部・午後の部としていますが、実際は三部構成です。参加者募集当初は、権助たちが参加した一部・二部のみの予定でしたが、抽選時の手違いで両方当選or両方落選という極端な結果になったため、落選者のみを対象に第三部が開かれました。
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